冥府への旅路⑤三尾の魔獣
闘技場全体が揺れはしたが、そこは元々は地震大国、大八島国の技術の結晶、耐震設計で作られた闘技場…かつての市営グラウンドで有る。
場内が【あんな事】になって居ても、コンクリートの粒がパラパラと落ちたくらいで建造物にはそれ程の損傷は無い。
「おおっ!こりゃ凄い!こんな上位の術が使えるとは思って無かったよ♪いやぁ〜それだけに…残念…僕のモノになっていてくれたらねぇ…」
高夜の興奮した声が響くが、詳細は下の席まで伝わらない。
「正人…マジか…だが確かに、どれだけ巨大でも、ああなってしまえば…」
「デスね♪以前マドカ様が円谷君に、霊力消費量も大きいし、使いどころも限定的だから、アレは使わなくて良いと言ってましたけど、意外とちゃんと想像出来てますね〜本来の規模はもっと大きいのでしょうけど…上手くハマりましたね♪」
ジョーイと涼夏もそれぞれ感嘆の声を上げる。
場内が【あんな事】になる少し前…
◆ ◆ ◆
魔獣調教師が巨猪の目隠しを外す、魔獣の瞳が目の前の現人に向く、進行方向に邪魔する存在が有れば躊躇無く突撃し踏み潰す…そんな巨獣が後ろ脚で地面を蹴る。
広い闘技場では有るが、巨獣の脚力なら大した距離では無い、こんな巨獣の突進を闘士はどう捌くのか?一戦目や二戦目の様なわけには行くまい、観客の中には術師もいる。
あれだけの巨体には大地の槍も石の鎧や防壁でも、物理特化の地の術では、巨獣の突進を受ければ槍の様な術でも物質を顕現させる以上生成物にダメージを受ければ相当な霊力、精神力を持っていかれる事になる、並の術師ではマインドダウンでそのまま昏倒する事も有り得る。
この手の獣には、炎術や雷術のエネルギー攻撃か、隠術や一部の状態異常や精神に影響を及ぼす術が有効では有るのだが、闘技場の真ん中に居る闘士にはそれは使えまい、複数属性持ちで有るなら別だが、そう言った人間は大抵の場合は術に専心するタイプが殆どで戦士職に就く者は少ない。
これは一般的なステレオタイプでは有るのだが、地属性を使う術師は戦士で有ると言うのが一般的な認識なのだ。
正人の筋肉の鎧に覆われた立派な肉体を見る観客達は、皆がそう思っていたに違いない。
大方の予想では運が良ければマインドダウンで昏倒、悪ければ…こちらを望んでいる観客は多いだろう、防壁を打ち砕かれ圧倒的な質量で跳ね飛ばされ、手足が千切れ飛ぶ…その光景を…
凄まじい勢いで巨獣が迫る。
にも関わらず、正人は眉間に皺を寄せ目を細め闘技場の中心を見つめ…歌う。
「荒ぶる大地よ♪揺れよ♪裂けよ♪口を開け♪その内に豊穣の贄を捧げよう♪」
闘技場全体が揺れ…地響きが起こり大地が避ける。
ほんの半径数メートルではあったが巨獣の半身を飲み込むには充分な大きさであった。
正人に向かって突進する巨獣は止まれない、飛んで躱そうと試みたが無駄であった。
その重い身体では大地の亀裂を飛び越える事は出来ず、スッポリとその半身が亀裂の中に飲み込まれる。
前足をバタつかせて暴れるが、下半身を大地に飲み込まれている状態では、土ぼこりが立つのみで無駄な足掻きで有ろう。
「プギィィィィィィ!!!」
正人の顔色が少し悪い、【地裂】これ程の上級の術を使用すれば精神疲労も濃い、霊力の消費もそれなりであった筈だ。
本来はもっと広範囲に広がる術では有るが、それを自身の霊力の範囲内で抑えたのかも知れない。
「悪いな…本当は殺したくなんか無いんだけど、せめて大地の養分になってくれよ…来たれ♪我が右手に鋭き地霊の刃を♫」
右手に抜いたナイフ…触媒が瞬く間に長く鋭い刀に変化する。
ゆっくり近づき、邪魔な前足を切り飛ばす、血を噴き出しながら巨猪の前足が大地に転がる。
紡いて鋭い刃をほぼ何の抵抗も無く、巨獣の額にズブズブと埋め込んで行く、ぱっと見スルスルと苦も無く、刃が猪の硬く分厚い頭蓋に、滑り込む様に刀が差し込まれて居る様に見えるが…不壊の霊刀と正人の膂力があってこその光景で有る。
暫く叫び声と断末魔の呻きを上げていたが、とうとう育ちすぎた大猪は動かなくなり…
「大地よ♪我が供物を受け取っておくれ♪」
再び大地が震え…亀裂の中に大猪を全て飲み込み、再び大地は何事も無かった様に亀裂は閉じられ、残ったのは切り払われた二本の前足と血痕を残すのみ。
場内は静まり返り…静寂が支配している。
司会の狐人がその静寂を破る。
「まっ…マジかぁぁぁぁぁ!巨獣の呆気ない最後!無惨!アシハラの暴走ランナーは大地の底に飲み込まれてしまったぁぁぁぁ!円谷正人!戦士風の風貌に我々は騙されているのか?!何と上位の地属性術をいとも簡単に使いこなすとは、円谷!アシハラでは聞いた事が無い珍しい名字ですが…一体何者なのかぁぁぁ!」
正確に言うのならば、下の世界とある程度はリンクしているので過去には存在はしていたかも知れないが、雪、星、月、等々のシンボルが名字に付いている地名姓を含む家系が、大多数を占めるのでそれ以外の姓は非常にレアでは有る。
但し、今現在のアシハラでは同じ性を持つ者は居ない可能性は有る、終末の大戦が起こる切っ掛けになった大崩壊で、大八島国の沿岸沿いの都市部はほぼ崩落か水没してしまっているのだ、大八島の人口の七割が消える程の大規模な地殻変動であったのだ、消えた家名も数多くある。
司会が喋り終わると同時に、観客席から歓声と罵倒が巻き起こる。
ほぼ濁音で聞こえないが、歓声三割罵倒七割くらいだろうか?
ふと…正人が横を見ると何処かで見た見たような狐色の髪の女が、叫びながら何かを破り捨て怒り散らしてるのが見えた。
(あ、この間の…確かアザミだっけ?俺が負ける方に賭けてたんだ…本当にアゥエーだな…後二戦で樹海の地図が手に入る…霊力は半分ってトコか…精神活性剤を飲んでおくか…)
ただ精神活性剤を飲んだところで、精神力はある程度癒されるが霊力は回復はしない、活性霊素がたっぷり含まれた霊晶石はかなり高額でそうそう手に入らない、天然物は滅多に出回らず、人工物は含まれる霊素量に比べ非常に高額で最安値でも四区で発行されている町金貨一枚程度だろうか?
歓声と罵倒に包まれる闘技場から一旦出て控室に戻る。
「次のカードは……コイツは高夜様のお気に………」
(次の魔獣…なんだ?マドカの授業でも聞いた事が無いな…あぁ…疲れた早く休もう…)
司会が次のカードを発表しているが、精神消費が激しい、霊力に残量があっても先に精神が摩耗してしまっては体力にも影響が出るし、術も使えない、足早に控室に向かう。
◆ ◆ ◆
「聞いた事が無い魔獣デスね…瘴狐?狐の魔獣?一角獣の狐くらいしか知りませんけど?一回戦の熊の一角獣なら兎も角、そんな普通の動物みたいなのが出て来る筈も無いですし…」
ジョーイには多少心当たりが有るらしい。
「う〜ん…魔獣じゃ無いけど…ドワイトヴィレッジが有る隣の山に狐人の社が有るのは話したよね?」
「はい、それは聞いてマスけど…魔獣じゃ無いってどう言う…」
「あぁ、俺の予想でしか無いんだけど聖獣ってのが、こっちの世界には居てね、その社には霊狐ってのが居てさ…大型犬くらいの大きさなんだけど結構賢くてさぁ…父さんにくっついて交渉事が有る時に社に出向いた時に、ソイツらが案内してくれたりしててさ…使う所は見た事が無いけど、不思議な術も使えるらしい、それの魔界バージョンってのも、知られて無いけどいるんじゃ無いかなってさ…」
涼夏も何かに気付いた様でジョーイに質問する。
「あのジョーイさん、その狐尻尾は何本有りました?」
ジョーイが怪訝な表象で返す。
「ん?聖獣は他の動物でも大体二本だよ?あ、でも三本ある奴も見た気がするなぁ?それが何か?」
「なるほど…いえ下の世界にもそんな伝承が有るんですよ天狐とか、善狐とか悪狐……下の世界でも大妖怪とされてる九尾とか…」
「九尾って…そんなに尻尾が有る聖獣…いや魔獣なんているのか?俺はアシハラの伝承には詳しく無いけど…聞いた事も無いよ…」
いつの間にか後ろに立っていた高夜が口を挟む。
「へぇ〜!珍しい!君は生きた異世界人かぁ!ひょっとして円谷君もそうなのか?北星町に異世界人が住んでいるとは聞いた事があったが…こんな所でお目にかかれるとは?!霊力も低いだろうに…良く生きてたなぁ!益々レアだなぁ!僕の闘士になってくれていたら…最初からどんな術を使うのか分かっていればこんなカードは組まなかったのに…本当に残念だ…」
ジョーイは面倒臭そうに高夜に文句を言う。
「何だよ…またアンタか、人の話に聞き耳を立てるとか趣味が悪いぞ?このカードって何なんだよ…巨猪は兎も角として、アシハラの魔獣で邪眼の魔狼以上の危険な魔獣なんて数える程しか居ないだろう?大鎌鼬とか…大百足…危険な魔獣だけど、例え奴等でも正人なら…もしかして海外から取り寄せたとか言わないよな?七区の人間でもアシハラを出て行く分には自由だろうし…瘴狐ってなんなんだ?」
高夜はバカにした様に笑う。
「ヒャハハハ!所詮は東大陸の侵略者か!一般的な知識しか持って居ないんだな、そっちの異世界人の娘の方が良く知ってるじゃ無いか♪」
ジョーイは侵略者呼ばわりされて少し気分を害したらしく、何も答えずにそっぽを向いてしまった。
「あーそうかよ、もうアンタとは喋らない、侵略者と話しても気分が悪いだろーし…」
確かに過去に五区や六区で起きたトラブルは侵略者と呼ばれても仕方無い事ではあったが、四区の住人達の先祖にはその罪は当てはまらない、へそを曲げたジョーイは取り合えす置いておき、涼夏は高夜に問いかける。
「…まさか…本当に九尾なんて言わないでしょうね…私達の世界では…国では伝説の三大妖怪なんて呼ばれてる凶悪な伝説が残っているのですが…」
だが、それは高夜も否定する。
「まさか!九尾ってのはね、下ではどうか知らないが、こっちではれっきとした人間、狐人の覚醒者、神人の事なんだよ…彼、或いは彼女かは分からない…数千年以上前の古い話だからね…その神人の子孫が表の世界で神職を務める狐宮家、星狐家、雪狐家…そんな同族達の祖先でも有る。勿論、僕ら狐麻里一族を始めとする裏社会の狐人もね…多分…下の世界で魂の記憶が蘇った人間が、似たような話を作ったんじゃ無いか?」
「じゃあ瘴狐ってのはなんなのデスか?残念…と言うからには正人君が勝てないとでも?」
高夜は心底残念そうな顔で無慈悲に告げる。
「まあねぇ…僕の提案に乗って専属闘士になってくれて居ればねぇ、伝説的なチャンピオンにしてあげたのに、あそこまで物理特化だとはね…五戦目の鎌鼬だったら多少はマトモな勝負も出来たろうけど…瘴狐はそっちの金髪君が言う通りの存在さ、代々瘴気に晒され魔獣と化した霊狐の事だよ、世間に知られて居ないのは元々僕らに仕える存在だからね、野生の瘴狐は存在しない…僕の夜太郎は陰属性の術の他にエネルギー攻撃も使える。しかも尾は三本あるんだぜ?大鎌鼬みたいな素早い上に、真空波をアチコチに乱発する危ない魔獣と比べれば、危険度は低いけど。巨猪とは別のベクトルで円谷君との相性は悪い…ここまでだね。」
「そんな…正人君…」
ここでフッと虚空に向かって高夜が目を細める。
(ん…おかしい結界に何か微かに…他に異常は…?!…なんだコイツらのキャンプには二人だけ?…もう一人…赤毛の武道家らしき女が居た筈だが…あの子達が目を離したのか?…所詮は獣か…サボりやがって…街に入ればすぐに分かる…まぁ、女一人、気にする事も有るまい…)
◆ ◆ ◆
闘技場の司会が興奮気味に声を張り上げる。
「さぁ!続いて第四戦目!高夜様より新たな情報が入りましたぁ!なんと飛び込み闘士、円谷正人は世にも珍しい下の世界からの来訪者とか?!霊力が低いとされる異世界人がどうやってここまで生き延びて来たのか?!」
ここで一旦息を吸い込み会場の観客を大げさに見回し、アナウンスを続ける。
「しかし!先の三戦でその実力は確かなもので有ると皆様も知った事でしょう!だが…それだけに残念で有ります!次の魔獣は我が狐麻里一族の千数百年の歴史の中で生まれし從魔…瘴狐!高夜様のお気に入りのペットでも有ります!流星街の皆様も一度は見掛けた事が有るかも知れません、彼の名は夜太郎!魔獣で有りながら呪術を行使する、彼の陰属性はCランク!だがそれだけでは無い!それ以外の複数の属性にDランクの適正を持つ瘴狐のトリックスター!卓越した術師を相手に物理特化の円谷正人に待っているのは…」
司会の熱の入ったマイクパフォーマンスは続く。
(高夜のペットだって?術特化の魔獣…邪眼の魔狼と似た様なモンか?…奴に比べれは遥かに小さい…デカい犬と同じくらいか?黒い狐…尾は三本、俺達の世界にも尾の数で霊格を表す様な伝承もあった気がする。身軽そうにも見える地霊の槍は…躱されるか?一応エネルギー攻撃対策に、地霊の盾を用意して地霊の刃で仕留めるか?精神系は…まだアイラの術が効いてる問題無い。)
魔狼と対戦する前は全く動きを見せず、こちらの様子を伺う様な反応を見せて居たのとは対照的に夜太郎はゆっくりと客席の近くを歩き周り時折、客の歓声に応える様に三本の尾を振ったり、ケーンだがキャーンと言った鳴き声で愛想を振りまいてるのが、妙に人間臭く別の気持ち悪さを感じさせる。
(気味が悪い奴だな…人間臭いのは相当に知性が高いのか?狐人は火にも親和性が有るんだよな?じゃあ…コイツも、炎なら防げる。地霊の盾は必須か…触媒を使うか…)
ベルトに刺さった白い円錐状の触媒を左手に準備する。
そして…司会も夜太郎の事を良く理解しているのか、他の魔獣とは扱いが違う、そもそもこれまで魔獣と一緒に闘技場に入って来ていた調教師が居ない。
自由気ままに歩き回り、ひとしきり客の歓声を浴び終わると満足したのか、闘技場の中心で正人に初めて目をを向ける。
瘴狐の口がニッ…と僅かに開き、その細い目も有ってか、獣であるのに…何故か嗤って居る様に見えた。
高評価ブクマ宜しくお願いしますm(_ _)m




