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束の間の休息⑥星島の伝承



円谷正人と言う男は、オタクの割にはオープンで社交的では有るが、反面デリカシーに欠ける男でも有り、不満や愚痴、或いは思った事を思わず口に出してしまう、失礼な男で有るかも知れない。


改心して不満や愚痴は減りはしたが、思った事を吐いてしまう悪癖は本人が全く悪いとも思っておらず、気付いていないので中々治らない。


だから弥之助などを怒らせてしまう羽目にもなるのだが…


いや、彼と弥之助の場合は正人にしてみれば失礼な事を言っている感覚も無く、親切のつもりですら有るので尚更タチが悪い。


だが、逆にポロリと零され、ましてやそれが自分の事で間違い無く、今までに無い程のポジティブかつ、センシティブな内容であったとなれば……


元々その良く言えば率直な、悪く言えば失礼な男で有るが故に、恋愛系のプラグを尽く逃し、それ故に約二十一年間、万年童貞であったのだ。


背が高く身なりに意識を向けていれば、見栄えもそれ程悪くは無いのだが…


昭和末期と平成初期と言う性の乱れた時代にあって、恋愛イベントなどは皆無の青春であった。


それ故に、いざチャンスが明確に訪れるとなると、逆に怯え、情けない態度で、どうして良いか分からなくなる。


そう、女性からそんな好意的な視線で見られた事は皆無であった。


例えば、英二の様な一途な情熱も無くジョーイの様にその場の状況でお付き合いを始めてしまう様な器用さもない。


かつて女性に発した言葉も本人は口説いているつもりでも、かつて正人に秋波を送られていた涼夏などは全く気付かず、過去に正人が自身に対してそんなつもりで接していたなどとは、未だに知らないし、恐らく一生気付かないかも知れない。


例えば…つまりは当時の涼夏に正人に付いて何か思う所があったとすればこの様な感じであった。


(何なの?この人?私と喧嘩でもしたいんですか?!人の考察にいちいち反論して!腹立つ!…そっちがその気なら…)


仲良くはなれたが、格好を付けての知識マウントなど、オタク女子には喧嘩を売っているとしか思われて無かった。


当然色っぽい雰囲気になろう筈も無く、議論でマウントを取り合う関係にしかならなかった。


女性へのアプローチが徹底的に下手なのだ。


恋愛対象で無い、美咲などしても、大きな身体の割に細かい事をグチグチと言うヘタレ男としか、当初は思って居なかったであろう。


その後…転移直後の赤い森で正人の懺悔を聞き、少し複雑な思いと反省を抱きはしたが、それ程見方は変わってはいない。


最近こそ戦闘面では、実力も認め、頼りになる仲間としてのイメージが大きくなって来てはいるが、正人に対して、それ以上の気持ちは無いだろう。


だが、こちらの世界の生まれで有るアイラにしてみれば正人のイメージは全く異なる。


自らの油断で窮地に陥り、絶望し、呪詛を吐く事しか出来ずに漆黒の闇の中で飢えに苦しんでいた。


あの岩屋での小鬼達の仕打ちは、穢される事こそ無かったにしろ、精神性の高い彼女ですら、仲間達の運命を気に掛ける余裕の無い飢餓地獄であった。


そして…その闇の中から助け出してくれた男は、頼り甲斐の有る鍛え上げられた肉体は、古代の英雄の彫像の如く力に溢れ、彼女の説明に打てば響く様に鋭い考察が帰って来る。


…その上惨めな虜囚と化した自分のあられもない姿……全てを見られてさえいる。


神人の娘であり精神性も霊性も高くはあるが、本人はあくまで現人で、上位者の様な過去世の魂の記憶に触れる事が出来る様な能力は無い、霊能力も破邪に特化しており霊視能力は低い。


幼い頃から上位者の娘として様々な事を見聞きし、思慮深く達観した視点を持つ娘ではあるが、彼女の生まれは戦地にも近い、一般の住人も多くはいない前線基地の様な場所で育ってもいる。


子供は少なく、また周囲の子供たちも似たような存在であった。


そう、アシハラの町々にいる多くの普通の女の子達の様な経験は持ち合わせていない浮世離れした存在。


そんな彼女は現在悩みを抱えている。


ポロリと本音を零してしまい、正人の動揺した声を聞き、今では流石に不味いと思ってはいるが、彼女も圧倒的にその手の経験が足りない。


そんなわけで…焔の巫女アイラは、現在に至るまで何故に彼が余所余所しい態度を取るのか理解出来ず、非常に淋しい思いをしていたのである。




 ◆ ◆ ◆



焔の巫女と、その従士達はアイラの退院を待って東部方面に出発し、現在は高木弥之助がギルドマスターを勤める第五居住可能区域、北星町の浄化ギルドに滞在し暫し、この地に逗留中であった。


今現在は地殻変動で、一つの小大陸となっているアシハラではあるが、元々この東部の土地は数百年前に大八島を統治していた八皇家が一つ、海華星(みかほし)家の領土であった土地が多くを占める。


今現在は新しい姓も増えたが、海華星家に連なる家や仕えた武家の家系は星に纏わる名字が矢鱈と多い、中には地名姓も有り街の名前と同じく、北星さんは沢山いたりする。


他には一番星…二番星…明星…西方人と付き合うようになり封建制も無くなった近代では、皆一般人でどの家がどんな由来があったかなど覚えている者はいない。


新生歴以降の有名な冒険者の中にも、ルーツがこの辺に有る冒険者は多々存在する。


【風の刃】一番星綺羅羅…【斬岩の刀士】明星透…そんな有名冒険者もルーツを辿ればこの近辺の出かも知れない。


この街を現在仕切ってるのは天星家、かつての海華星家に仕えた古い家系で有る事から、街を取り仕切るのに誰からも文句が出ない人物が選出されたわけだ。


この街はほぼアシハラ人ばかりで、西大陸や東大陸からの避難民は少ない、全体の一割程度だろうか?


焔の巫女とその従士達は、北星町でそれぞれ別れ、情報収集に励んていた。


涼夏はギルドで奥地に踏み込む類の依頼を漁っており、美咲と英二は酒場で奥地に踏み込んだ事の有る、冒険者を当たっている。


アイラは弥之助の紹介で町の代表者で有る、天星総忰(あまほしそうずい)から、家に伝わる伝承等を聞く為に面会する事と相成った。


アイラの共周りはジョーイと正人の二人…筆頭従士で有るジョーイは兎も角として…何故正人なのかと言えば…当然それはアイラのご指名である。


アイラは少々男っぽいだけあって好意を表現するのに些かストレート過ぎるきらいがある、こうなって来ると正人しては内心嬉しい反面…まぁ、戦闘などにしても分かる通り、基本的にはビビリで有るので…そっち方面に関しても…


それは、兎も角として現在は天星邸にて三人は、当主と面会し歓談中と云った所である。


当主の総忰は五区には珍しく、理知的にして穏やかで、人の良い男ではあるのだが…挨拶もそこそこに彼の愚痴を聞くハメになった次第。


「巫女様の御役に立てるので有れば、馬頭人に関する資料もお出ししましょう……いや、しかし…皆さんが羨ましいですよ…祖先が無駄に頑丈な家を建てたせいで終末の大戦も大災害も生き残り、以降代々こんな役職を押し付けられて…僕は籠の中の鳥ですよ…ハハ…」


なるほど、彼も矢張りベクトルは違うが、五区の住人だと言う事なのだろう。


自身の境遇を誰かのせいにして、多くの一般人より恵まれた環境で有るのに、祖先への感謝も無い。


ただひたすらに、外の世界に憧れているだけなのだろう。


その気になれば、一人で出奔する事も出来ようが…ただ彼にはそんな気力も無く、他の有力者の操り人形として町の安定の為に、家名の奴隷として生きている…と言うのが本人の感覚らしい。


他の有力者とは、彼の妻は高木弥之助の孫娘の一人…


この世界で着々と高木弥之助の支配の手は伸ばされつつ有る。


流石に根切りや焼き討ちなどはしないであろうが、なんとも抜け目の無い狸ジジイだ。


「こんな町、そんなに欲しけりゃ高木の爺さんが自分で仕切れば良いんですよ、妻には不満は無いですけどね、恋人くらい自分で…異世界人のクセ……いや失礼、少々愚痴を零してしまって…お恥ずかしい…」


その辺の、少々センシティブな愚痴はスルーし、アイラが質問をする。


「それで総忰殿、ある程度の場所は仲間の一人が知り合いになった馬頭人から聞いてはいるのですが、彼等が住む場所は【樹海】に有ると言う事と、不死の山の裾野とだけで、詳細な場所などを知る人物に心当たりは有りませんか?或いは冥界の伝承でも何でも良いのですが…」


「はて…?今現在、彼等の住むとされる集落は魔界の深部七区の最奥になります、彼らと付き合いのあった家の者は既に滅び、樹海の近くに有る街の支配者も、既に多くは魔人と化しているとかで、霊能力の適正が高い馬頭人は近付きません。とはいえ六区の者とは取り引きが有る様で稀に魔界の産物を持参し、取り引きに来ると言う話は聞きた事が有ります。後は不死の山の伝承ですかね?冥界の場所までは分かりませんが、それらしい記述は幾らか有りますよ」


「ふむ、六区の街の名前とその伝承をお聞きしても?」


総忰は古い書物を開き関連する事が記されているページを指し示す。


「冥界かどうかは分かりませんが、不死の山は終末の大戦以前は魔界の中に有る聖域と呼ばれていました。大八島時代の星大島は八島の中心の島で有り、不死の霊山が有る島として、約一千年前から始まった大統一時代には八皇家の頭領に選出され、大八島の首都島とされた時代もあったのです。魔界と言うのは当然周囲に有る【樹海】を含む地域の事ですね…」


正人がその話に割り込む。


「なるほど、何処がどんな風に移動して今のアシハラになったのか何となく分かったぞ、確かに下の世界の富士の樹海の近辺にも似たような伝承があった。富士王朝なんて伝説も聞いた事が有る。既に塞がれてしまった洞窟や調査が出来ていない洞窟もあったと思ったけど…」


アイラは正人のでしゃばりを止めるでも無く、控えめに目を輝かせながら話を聞いている。


恋は盲目とは良く言った物である。


「ホォ!下の世界にも似たような場所が有るのですね?それは興味深い、伝承と言うのは正にその洞窟なんですよ、ただ冥界では無く、その洞窟の一つが竜の庭に通じている。…と言う話です」


今度はジョーイが微妙な表象で呟く…


「竜ですか、俺達の…西方の昔話では英雄に倒される役どころですね…」


「ふむ、西方では竜と言うとあまり良いイメージは無いと思いますが、その竜に(ゆず)られた聖域が洞窟の奥深くに存在すると言う伝承ですね、これは上位者達の言う所の地底人…竜人の事では無いかと言われています。そんなものが本当に存在するのかは知りませんが、私達が知るのは邪鬼に肉体を乗っ取られ、既に絶滅したとされる蜥蜴人の様な亜人くらいで、上位者と付き合いが有るくらいですから、そう言った存在とは別モノなんでしょうね」


「竜人…知り合いの真人に龍種とは存在のレベルが違い過ぎて意思の疎通は図れないと聞いた事が有る、辛うじて下位の龍種とはコンタクトも可能だとか…いや…それは違ったか?…思い出した!竜人とはナーガと呼ばれる人々の事では?大昔は地下に住んでいたとも聞いた気がする…」


総粋もこの手の話は好きらしく目を輝かせる。


「ほう!上位者のお知り合いが…はぁ…私も街の外へ行ってみたいなぁ…いや、失礼、それはまた興味深いお話ですねぇ、この書物には竜人に付いての詳しい事は書かれてはおりませんが、龍種は人とは全く別の存在だとも聞いた事があります。ですから竜人がナーガで有る可能性は高いかもしれませんな…それに付いてはこれ以上は判りませんが…あぁ…そうそう、馬頭が取引に訪れる場所は………」




 ◆ ◆ ◆




街から少し離れた小高い丘に有る、少し古い日本家屋によく似た天星邸を後にし、道すがらアイラが正人に声を掛ける。


「それでは、ある程度情報収集が終わったら馬頭人が取引に訪れると言う安星町へ向かうとするとして…正人、ギルドハウスへ戻る前にに何か食べて帰らないか?あっ…勿論ジョーイも…」


取ってつけた様に言われ、ジョーイは苦笑するが…正人は…


「あ、あ、うん、えっと…えーと…その…ああっ!そう!美咲ちゃんが酒場で他の冒険者と喧嘩になってないか見に行かなくちゃ!いや…そう…本当にヤンキーは困るよね!じゃ…じゃあ俺は行くから!」


ヤンキーが何の事かは理解出来ないが、普段の美咲の発言を鑑みるに、恐らくは好戦的な戦士の事だろうと思われる。


下の世界の言葉の中にも時々【言の葉の護符】を身に着けていても、あまり意味がハッキリしない言葉が多々ある。


それはともかくとして脱兎の如く走り去って行く正人に、あっ…と微かに零し、手を伸ばす素振りを見せるアイラ。


彼女の様子は非常に寂しそうで、見兼ねたジョーイが慰めの言葉を掛ける。


「えっと巫女様?アレは、その…男の子的反応ですからあまり気にされ無くても大丈夫ですよ?多分恥ずかしがってるだけなんで…」


「だと良いのだが、私もポロリと零してしまったが、アレは女性としては少々はしたない言動であったと反省はしているんだ、アシハラの文化には少々疎くて…いや彼は下の世界か、矢張り色々と違いが有るんだろうか?」


そう問われても、ジョーイも異世界の事など分からない。


参考までに自分の体験談をアイラに聞かせる。


「さぁ…俺にも正人達の文化は分かりませんが、俺達とそれ程には変わらないのでは?俺もヨハンセンの私塾に通ってた頃に勤め先の肉屋の娘と良い仲になった事があって、彼女との馴れ初めも彼女の方からでしたので、女性から押すのも別に不思議な話では無いと思いますよ?ただ、俺は西部の山岳地帯の村の出ですから、カレンさんが生まれた南部の火山地帯の風習は分かりません。ですが…その温泉でどうこうは絶対に特殊な例です。」


「確かに、あの時もカレンとムトゥバは何も言わずに、私はその場から移動する様に別の場所に誘われたが、そうか…ジョーイが付き合っていた彼女とは…その後どうなったんだ?従士として、あの街を離れてしまってからは会ってもいないのだろう?」


ジョーイはポリポリと頭を掻きながら苦い表情で控えめに説明を始める、女性の前で言ったら怒りを買いそうな可能性も有る結末ではあったのだ。


「あぁ…いえ…あの時は既に別れてました。一緒になって店を継いで欲しい、なんて話をされる様になって、まぁ、俺の夢を優先させたんですよ、少し修羅場には…ま…まぁ俺の事は兎も角として、正人もどう反応して良いか分からないみたいです、でも別に巫女様を嫌っての事では無いと思いますので…」


アイラは不安な表情でコクリと頷き、ジョーイに助言を求める。


「そ、そうなのか?…私の感情は置いておいて…これから目的を果たす為の支障になるのは困る…その…具体的には…私はどう対応すべきだろうか…?」


具体的にと言われてもジョーイは正人では無く、細かな感情までは分からない、アイラもまた多くのアシハラに住む年頃の娘とは全く違う感覚を持ってもいる。


見ていれば両者共に、気は有るだけに焦れったくて仕方が無い、当人達の問題でジョーイが取り持つのも違う気がする。


…それでも言える事と言えば…


「具体的…え~と……そうですねぇ…ゆっくりと距離を詰めて行くのが良いんじゃ無いですかね?えっと…確かあれは…時が解決する…時薬だったかな?俺が言えるのはこれぐらいしか……」


 ◆ ◆ ◆


翌日、北星町を離れ…第六居住可能区域に有る安星町に向かう一行に、弥之助がわざわざ街の入り口にまで見送りに来た。


以前は上位者の娘など助けたくない、などと言っていたのに…現金な爺様で有る。


「おお!巫女殿!もう発たれると聞きましてな!またいつでも当家に滞在して下され!万が一馬頭人に会えず樹海に赴かれるなら、ワシも何度か依頼で探索はした事があるが、一度入れば方向が分からなくなる魔界の中でも厄介な場所。少々高く付くが七区の流星街で魔人の商人から大まかな地図を買うのも手ではありますぞ?…邪鬼であるし邪悪ではありますが、一応まだ人ではある。宿を取るなど滞在は勧めぬが…買い物くらいは出来るでな…」


「ありがとう…ギルマス、助言痛み入る。またいずれ帰りにでも滞在させて貰う、その時には…冥界で力を付けより強くなった私達をお目に掛けよう、では我々はそろそろ」


続いて正人も余計な挨拶をする。


「じゃあな!爺さん!俺達が帰って来るまで元気でな!それじゃ行って来ます!」


「………小僧が樹海で一人で迷います様に…」


などと呟き…パンパンと柏手を打つ弥之助。


「爺さん…なんで俺にだけそんなに冷たいの………?」


相変わらず分かっていない正人。


英二がボソリと呟く…


「正人…本当に分かって無いんだ…嫌われてるの…アイラさんも大変だな…恋は盲目か…」


二人の恋愛模様はともかくとして、焔の巫女とその従士達は馬頭人の集落。


そして…地下深くに有る冥界、竜の庭を目指して北星町を旅立ったのであった。




m(_ _)m


私は北極や南極の向こう側でセンターベークレープンの大いなる未知の中心を見た (地球空洞説)

リチャード=バード少将の手記より…



センター?何?分からないデシ…(´・ω・`)

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