束の間の休息⑤英雄の条件
「…それでは…本当に私に協力してくれるんだね?」
アイラは神妙な表情で、四人の異世界人に問う。
「あぁ、ちょっと悩んだけどさ、君に帰還の手助けを頼むって事は、君自身が俺達の帰還に巻き込まれるリスクが有る。それを無視して自分の希望だけ押し付けるのは違うかなってさ…それに…ん…まぁ良いか…」
それに、の先は未だ正人にも良く分かっていない。
奇妙な運命を感じてはいるが、それは…微妙な感覚でしか無く、上手く口に出来ない、単純に口にしてしまえば『君が気になる』と安い口説き文句と捉えられる様な言葉しか出て来ない。
だが、そうでは無いのだ、言葉に出来ない感覚で有る以上口にしない方が賢明だろう。
「僕らは貴女から聞いた話を加味して帰還するには最も最適な選択が協力する事だと思ったんだ。人の縁もマドカさんの予言でも有るし、そこには俺達じゃ計り知れない意味が有るとも感じているんです…」
元々浅く広く、オカルト知識を持っていた英二ではあったが、マドカとアグニの二人の真人に師事した経緯から、精神世界や因果律、そういった方向に比重が傾いて来ているらしい。
「アタシは、勿論元の世界に帰りたいけど、アシハラの外もちょっと見てみたいし、初めての海外が異世界でってのもおかしいんだけどさ♪それに魔王ってのと戦ってみたい、冥界に行けばもっとパワーアップ出来るかも知れないなら、アタシは行きたい。」
子鬼の集落でのボスとのタイマンから残念ながら撤退し、自分が格闘戦のイロハを叩き込んだ正人と交代するハメになったのが矢張り悔しかったらしく、美咲らしい理由では有る。
「勿論、私も行きますよ!魔王だなんて、こう言う展開を求めて異世界に残る事を決めたのデスから!…と言う訳で私は後方支援に徹しますので前衛の方々はお願いしますね♪」
と…半ば観光気分の涼夏、大丈夫なのだろうか?
そして、ジョーイも四人に追随する。
「おお!みんな…これでまた暫くは一緒にいられるんだね、巫女様!俺も焔の従士として最後までお供します!」
アイラはベッドの上で微笑む。
「ああ、ありがとうジョーイ、これからは筆頭従士として宜しく頼むよ。」
一昔前の東大陸の避難民で有れば、誰もがリーダーになりたがったもので有るが、今の彼らは、特に四区に住む者達は元々謙虚な者が多く、更に数世代を経て、価値観もアシハラナイズされて居る。
そしてジョーイにはどうしても後ろめたさが残る。
「…いえ…筆頭従士は…俺には力不足ですし…それは誰か…別の…正人の様な超人的な力も無いですし…」
だがアイラはそれを許さない。
「違う、これは君の為の試練なんだ、君がどう思っていようとカレンの判断は正しかった。彼女が判断を誤っていれば君はここにいなかっただろうし、私にしても…仮に助けが入ったとしても狂ってしまっていたか、世を呪う呪詛に塗れ精神性を大きく落としていたか、或いは…あのまま放置されていたら何れは餓死していたかも知れない。」
「……でもっ!俺には…」
「だから君は…重責を負わねばならない。カレンは敵の情報が少ない中で良くやった。英雄足るには勿論力は必要だろう、だがそれだけでは足りない、焔の巫女である私は他の多くの者と比較しても高い素養と霊力は有るかも知れない、だが見ろ。油断していた結果、小鬼共に裸に剥かれ…辱めを受け、助けが来るまで世を呪う事しか出来無かったり英雄足るには力だけではダメなのだ、出来るからやらせるのでは無い、英雄への道の導きだと思ってくれ…」
それは、そうなのかも知れない、今回の騒動の中で出会った高木弥之助、その亡き妻のアメリアにしても、最初から二つ名持ちの冒険者…英雄に次ぐ存在であったわけでは無い。
弥之助は霊力が低いとされる下の世界の住人で、アメリアにしても多くのアシハラ人に比べれば素養は低い。
数世代霊術に触れていない環境で生活して来た東大陸の避難民であった。
到底有利な状況では無かったに違い無い、それでもアシハラの冒険者の歴史に名前を残す二つ名持ちの冒険者になったのだ。
環境と創意工夫、そして試練が人を英雄に押し上げるのだと言えよう。
「導き…英雄への…分かりました。俺ももう一度覚悟を決めます!」
ジョーイの承諾を聞き、アイラは晴れやかに笑顔を見せる。
「そうしてくれると助かる、以前の私はカレンやムトゥバの存在に甘え、巫女としての役割を失念していた。勇者を導いてこその巫女なのにな、勝手に決めさせて貰ったが、皆それで構わないだろうか?」
正人達に異論は無い、ジョーイも今迄の冒険で正人一行の能力と性格は把握している。
今は中衛だが本来は後衛のジョーイが指揮を執るのが良いかも知れない、襲撃の時の様にタンクの正人が強敵に縛られてしまう局面はこれからも多くなるに違いない。
「うん、俺達に異論は無いよ、この前の異常個体みたいな奴がいると結局は、俺も冷静な指揮なんか取れないし、英二も普段は冷静なんだけど、美咲ちゃんの事になると冷静じゃなくなっちゃうし、そうだよなぁ、この前だって全員の機転が無ければどうなっていたか、割とヤバかったのかも…」
確かに、当初の作戦で有れば、もう少しスムーズに制圧出来る予定で有った。
誤算であったのが族長の異様な頑丈さと邪眼の魔狼、鈍狼の出現であった。
あれは五区程度の深度の浅い魔界に居て良い魔獣では無い。
通常で有れば、六区の奥地にでも入らなければほぼ見掛ける事も無い、そんな生物である。
「正人の言う事も最もかも知れない、分かった。今後は中衛と後衛で戦況を見ながら指揮を取らせて貰うよ、だけど皆も何か有れば助言を頼むよ。」
「任せといて♪これでも高校は割と良い学校出てるから♪私の知恵が必要ならいつでも言って!」
美咲がトンチンカンな事をのたまう。
「いや、美咲ちゃんはいつもこっちが何か言う前に「任せた」って飛び出しちゃうから助言する暇無いじゃん…」
周りから笑いが起こる。
「フフ♪君達は仲が良いんだな、パーティーは仲間の事を理解していなければな、だが冥界が見つからねば辺境で仕事をしながら地道に力を付ける他あるまい。五霊山の冥界はその地下に有ると言われていたが、結局その入り口は見つける事が出来なかった。父と母の神霊は暫く私の近くに居て数日後には何処かへ消えていた。恐らくは冥界に下ったのだと思う。何かに引っ張られている。とは言っていたが…」
「あ~アイラさん?ん…焔の従士になるんだから巫女様って呼んだ方が良いのかな?一つ良いですか?」
英二が何か言いたげに口を開く。
「ああ、英二だったか?勿論だとも何でも言ってくれ、それと私の事は別にアイラで構わない、年齢も君達と然程変わらないと思う、敬称で呼ばれていたのはカレンが元々母に雇われた守役でもあったし、ムトゥバは父が指揮する浄化隊の一人だったからだな、上司の娘だからそう呼んていたに過ぎない。だから君達は別に呼び捨てで構わないさ、ジョーイにもそう言ってるんだが…」
これにはジョーイも苦言を呈する。
「いえ、巫女様それは無理ですよ、あの二人がいる手前、俺と鈴華だけ呼び捨てなんて、だから俺はこのままで行かせて貰います」
英二はその話を聞いてふむふむと納得する。
「ふむ…ジョーイがそうなってしまうのは仕方が無いかも知れませんね、それじゃあ、アイラさん、実はそれもあって貴女に協力する事にもなったんですが、実は冥界の場所に宛が有るんですよ…」
アイラが驚きながらベッドを降りて英二に詰め寄る。
「それは本当なのか?!冥界の入り口の近くは必ず魔界になっていると聞くが、五霊山を解放して龍脈から結界が発動した後も近くに瘴気が滞留する場所は無かったと聞いていたが……」
「そうそう…実はさ、君を探して東部の魔界に入った時に…」
正人が何か言おうとするが美咲が割り込んだ。
「ほら♪さっそくアタシの知識が、じゃないけど人脈が役に立ったじゃない♪尾形さんにしてもそうだったでしょ?アタシってこう見えて結構顔が広いんだから♪アタシの友達に聞いたら冥界にだってすぐに行けるわ♪」
などと自信満々に言ってはいるが、その友達が手掛かりを知って居るかも、などと言う情報を知ったのは昨日の事で有る。
「美咲さん、断言してしまうのはどうかと…あくまでも可能性の話デスよ?」
「涼夏ちゃんは硬いなぁ〜♪マドカさんだって言ってたじゃない♪信じる事で現実を引き寄せるんだって!明るく行こうよ〜」
美咲と涼夏がそれはまた解釈がどうだの、場所はまた別だとかとやり始めてしまったのでそのまま正人が引き継ぐ。
「美咲ちゃんとタイマン張った大型獣人がいてさ、馬人族?…いや馬頭だったか?俺達の世界では地獄の獄使、馬頭鬼なんて呼ばれていて、鬼と同一視されていたけど、そう言う伝説の有る存在なら知って居てもおかしくは無いかも知れないぜ?」
アイラも大型獣人と聞いてハッとする。
「確かに、ミノタウロス達も軍人や今は冒険者になる者が多いが、遥昔は冥界の入り口、迷宮を守る門番であったと聞いた事が有る。しかも大八島国は近代に於いて地上に唯一残った古代国家と呼ばれていた。高度なテクノロジーを誇りながら古の伝統を守る国と、だからアシハラの獣人達は海の外とは全く種の違う獣人が数多く存在しそれぞれ特別な役職に付いているとも…」
「へぇ~こっちでもやっぱりそうなのか、獣人は居なかったけど、確かに特別な動物達は居たかもな…神様扱いされてる。」
アイラは真剣な顔で正人に返答する。
「うん並行世界だから似てる部分は有るのだろう、しかし…大型獣人は人類のプロトタイプだと聞いた事は有るだろう?そちらの世界にはいなかっただろうが…」
「ああ、こっちに来てからマドカの授業で聞いたかな?それが何か?」
「我々現人の歴史は浅い、精々が十五万年〜二十万年と言った所か?中型や小型の獣人達は諸説有るが二十万年〜三十万年とされている。大型獣人は約五十万年の歴史がある。当然彼等も覚えてはいないが、西方の遺跡ではその時代に巨大な石器が幾つも見つかっている。これはほぼ間違い無い」
流石に正人も驚く。
「そりゃ…凄いな、俺達の世界の伝説の大陸が五万年〜十万年なんて説が有るけど…それの五倍か…」
「現人が星神に作られた頃には既に世界の主では無くなっては居たが、獣人達を含む人類の文明は何度も滅んでいてね、世界の主が現人と獣人で何度も入れ替わる中で大型獣人は力が強い反面、少しだが頭の回転が遅い部分があって。当然個人差はあって中には小型獣人や現人を凌ぐ者はいるが、少数の特別な一族を除けば奴隷化される事が多かったんだ。アシハラではそんな事も無く、有る部族は古代のままの生活圏を維持し…近代では保護されていたとも聞いているが、そうか終末を生き延びて今でも…」
アイラは大陸で産まれたので知らなかったらしい、とは言え現在のアシハラでも接触が有るのは東部地方の商人や一部の冒険者だけであろうが…
「そうか、嫌な歴史はこっちでも有るんだな、ちょっと話しただけだけど、ずっと昔から魔界に結界を張って住んでる変わった種族みたいだな、他の種族はわざわざ魔界で暮らしたりしないから、近代でも生息域を追われなかった…って事か…」
「しかし…」
アイラは何事か言い掛けて少し言葉を止める。
(しかし…この男、正人と学術的な会話をしていると…ふふっ…何故だろう…心が弾む…楽しい…両親の無念を晴らし…魂を牢獄から解放しなければならないと言うのに…彼は私より頭一つは大きい…私も巫女達の中ではかなり鍛えている方だが、超人でも無いのにどうやってこんな身体を作ったのか?…大きくて逞しい。あの特殊個体と真正面から寸鉄帯びずに格闘戦で圧倒したとも聞いた。歯に衣着せぬ率直な…それでいて知的な会話も楽しめて……)
この立派な身体は地霊の加護の力で、無茶なトレーニングで作った身体で有り、つい数カ月前迄は追い詰められれば自己保身に走る背が高いだけのヒョロガリでしか無く。
寸鉄帯びずに殴り合いになってしまったのは、雷撃に過剰にビビって装具を付けなかっただけ…
それに、学術的、知性的と言うよりは、ただの不思議や歴史が好きなオカルトオタク故である。
下の世界のヲタク文化など知らぬアイラにはそんな正人が、随分と好ましく見えるらしい。
焔の巫女と言えど年頃の娘、しかもビクともしない重い鉄扉を開け放ち、漆黒の闇から助け出してくれた恩人でも有る。
「……イラ?アイラどうかしたのか?病み上がりで少し疲れたなら…俺達はそろそろ…」
「……あ…いや済まない、君との会話が楽しくてな、それに…私も女なのだな、君と肌を重ね合わせてみたいと、世の娘達は矢張り同じ様に思うのだろうか?だから人目も憚らずに…温泉で…」
アイラの脳内にあったのはアシハラに来て直ぐに、カレンやムトゥバと行った南部の温泉で見た光景を…ぼーっとしながら、問われるままにポロリと言葉を放ってしまった。
それに対する正人の反応は…
彼は極めてズケズケと物を言い、好きな事には饒舌にもなってしまうオタク青年である。
オタクとしては極めてオープンで社交的な面はあるにしても所詮は女に対してその手の免疫が無い、童貞男子なのだ。
「はい?…ぇ…それって…えーと…えぇっ!!」
正人の叫び声に全員がビクリとする。
円谷正人は混乱し、その場から逃げ出したのである……
手直し完了✩




