束の間の休息③母の予言
焔の巫女、アイラが静かに口を開く。
「そうか…カレンが…彼女は私の最初の従士で、姉の様な存在だった。西大陸に来た時は既にそれなりにベテランの冒険者で、それでも西大陸で戦い続けるには力が足りなかった。」
周りの者は静かにアイラの言葉の続きを待つ、ジョーイのみが項垂れ、身体を震わせる。
ジョーイがアイラの従士であったのは二ヶ月に満たない短い時間ではあったが、それでも仲間達は家族の様な存在だったのだ。
「だから、魔界の深部へ冒険者達と共に向かう事が多かった私の両親から、私の守役にと雇われたのが彼女だったのだ、ムトゥバ…彼も西大陸で活躍していた戦士だった。私の両親の死後、焔の巫女の認定を受けにアシハラに行く事になった私に同行したのは、己の力不足を痛感しアシハラの魔界で己をもう一度鍛え直すのだと言っていたが、彼の一族の中で真人に進化した者が出てね、対抗意識もあったのかも知れないな、冷静で落ち着いて見えるが意外と熱い男だったんだ…フフ…」
ジョーイが目に涙を滲ませながら追随する。
「確か…オニャンコポン、数多の精霊を創造したとされる偉大な古の神人、ムトゥバさんの祖霊、いつかその名を継ぐのだといつも勇んで…俺に取っては兄の様な人でした。」
「カレンとムトゥバに関しては私の以前からの知り合いでも有る。覚悟も出来ていただろう、カレンは数年は掛かるだろうが、いずれ立ち直る、強い女だからな、ムトゥバの魂は既に来世へ旅立ち今世で得た教訓と課題を果たすべく再び転生をしている事だろう。だが、鈴華と君には正直悪い事をしてしまったと、私も少し後悔していたのだ。」
「そんな!アレは俺が未熟で…」
「いや、猫人の習性をちゃんと理解していれば、獣人達は本能や習性を克服する事で精神性を高め上位者へと至る者が多い、本来で有れば上位者の血を引き、最も近しい私がそれを導かねばならなかったのに【五討星】への憧れ、西大陸極東部最大の聖域須弥山解放の英雄達の逸話の数々、私は正直アシハラの魔界を舐めていたのかも知れない、だからメンバー集めも己の好みを優先してしまった。母の予言の言葉を深く考えて居れば回避出来たかも知れないのに…」
ジョーイから聞いた自身が雷撃で昏倒してからの流れを自省する。
アイラは唇を噛み目を伏せる。
後悔は有れど、アイラは直ぐに過去として消化するだろう、精神性の高い者は、反省はするが割り切りも早い、人生は忙しい過去の傷に拘る暇は無い。
「予言ってのは…?」
正人が予言と聞き口を挟む、マドカの予言で焔の巫女を見つけ出す事が出来た。
他の…しかも神人と呼ばれるアイラの母の予言がどんなものなのか聞いてみたくなったのだ。
実際にはマドカの場合は予言では無く、魂に刻まれた別世界の円谷正人として生きた記憶と、【風の囁き】による情報収集の賜物でしか無いのだが、そんな事は正人の知るところでは無い。
「ん?ああ…それは、不確かで分かり難いものなのだが、幼い頃母が髪の手入れをしてくれていた時に、呟く様に言われた言葉なんだよ。」
それは、【貴女と仲間達に不注意から試練が訪れる。光ささぬ密室で貴女は世を呪う。でも、それは僅かな間、金髪の男に導かれし大地の使徒が貴女を解き放つ、数多の黒き魂を灰に変え、やがて遠い大地を千年守るだろう】
「ん…それは確かに分かり難いな、マドカの予言の方が具体的で分かりやすかったけど、それも小さい頃の話じゃ意識も出来ないだろうし、仕方無いんじゃ…」
アイラは正人の言葉に軽く微笑む。
「確かにな、今にしてみれば何と無く分かる。そんな言葉では有る。マドカノミコトか、どんな方か知らないが、一度会ってみたい物だ、金髪の男はジョーイ、大地の使徒とは間違いなく君の事だろうな、霊体と地霊が融合してる存在なんて初めて見たよ、加護どころじゃ無い、ランクに換算すれば…A+くらい?凄いね、地属性の適正が高いとされる東大陸の先住民の子孫だって大体がB−かB+位なんだ。Aランクの適正ですら数千人に一人いれば良い方なのに、あ…高い所と、水には気をつけた方が良い、沈んだら浮かんで来れないだろうから…」
最後にサラッと怖い事を言うアイラ。
◆ ◆ ◆
『特異属性の地域による分布』
適正とは生物が生まれ持った属性を大まかに数値分けして居るのが適正ランクになる。
人種や種族に寄って得意属性の傾向は絶対では無いにしろ、割と分かれる。
世界の人々の傾向は、大体が一点か二点が高めで後はEランク…と行った傾向が強い。
現人の場合は、アイラの母方のルーツでも有る西大陸西方では、全体的に火や次に地属性、或いは西大陸極西の島国であると生命系統の植物に対して親和性が高い。
つまりは先祖代々居住して来た地域や文化に左右される事が多いのが現人と言って良いだろう。
基本的に大元の根っこは皆同一の祖先から発生しているのだ、地球の人類を創造した古の星神達の実験の結果により、又は地域によって、多少発生の時期は前後する場合も有るらしいが、全てのソースは皆同じ所から来ているとされている。
西方の南部、南大陸では灼熱の大地で現人も黒人が多いが、イメージとは真逆で実は水…次いで風…或いは生命系統…肉体…器の力を高める事が出来る者が多い、逆に地系統は極端に少ない。
地系統の適正が高いのが東大陸の先住民達である。
但し創造よりも力を大地から得る方向に特化しており、その為か生命系統の植物に関する力には弱かったりする。
逆に東大陸南部にルーツを持つ者は、植物や水に対して親和性が高い、アイラの父方はこちらの民族をルーツに持つが、火の神人の系譜で有るので例外的に火の力が強かった。
西大陸極東部は風の適正を持つ者が多く、次いで大気…水と火…地…その辺は割と平均的で中には全てDランク等と言う珍しい者が居る様に、これといって不得意属性は無い、その変わり得意な風属性も精々がB−或いはC+で他の属性も割と得意、とそんな比率の者が多い。
世界の他の場所に関しても様々で、氷の島などは火とは相反する水属性の氷系統に特化した者が多いなどと、地域によって割りと異なる。
獣人等は地域の影響を多少受けはするが、基本的には種族によって得意属性は異なり、霊属性は現人より高い場合が多く、火の属性が低い種族が多い。
そしてアシハラ、文化的には均一なのに得意属性はそれぞれバラバラな場合が多く、これは大八島時代に南北に大小の島々が近いとはいえ点在していた事の影響かも知れない。
そして、世界では珍しく、陰と陽の適正が高い者が割合に多いのも特徴の一つで有り、中には相反する属性が共に高いと云う珍しい特性を持つ者が非常に多く存在する。
実はA+以上の適正も有る。
Sランクは数十万に一人、真人や神人などの上位者達の中でも稀で有るとされている。
この得意属性の数値化や、ランク付けという判別法は、世界宗教の失墜後に西方文化圏から発祥した方法で有る。
適正によって着く職業を選択する者が増えた。
業務の効率化を図る目的でエネルギーを生み出す希少な大気の属性雷系統…
又は建築に有用であった地系統の術師を多数発見、育成する事に成功し、高層建築もこの時代から急速に進化し、世界は大いに発展した。
たが反面、得意属性による差別なども横行する現象が発生してしまうのは致し方ない。
当初で有れば、大気や雷系統の属性などもそうであった。
何せ、元々は遥か昔に絶滅した有翼人が得意とした属性でもあり、人間社会では、その系統の術が東方は兎も角として、西方では全く発展していなかった。
ただでさえ世界宗教の影響で、数々の古代の術が潰されて来たのだ。
そもそも西方人…白人が得意とする陽属性や火属性を根源とした神聖術以外は、全て異端とされて来た歴史が有る。
有翼人達が使った雷槍なども上位の神聖術として位置付けられては居たが、有翼人は他種族にそれを伝える事も無かった為に、あくまで天使達が使った神聖術として、人間には扱えぬ技として伝説の中の技術として記録されるのみだった。
他の獣人や現人に適性があっても役立たず、とされて来たのだ。
それがひっくり返ったのが電気を利用した生活の変化だろう、これには、いわゆる魔法、魔術師達が深く関わって居たのだが、近現代とは、世界宗教から異端視されていた魔法使い達、彼らが生み出した新しい多くの属性魔法。
魔法と科学技術の融合の時代でもあったのだ。
そして魔法の時代は、世界宗教が魔界を生み出しながらも魔界を浄化していた時代よりも、世界の魔界化はより深刻にはなって行った時代でもある。
それは世界宗教の影響が軽微で、元々雷術や空術が多少はあった東方よりも、西方の魔界化はより深刻で進行速度も速かった。
やがては…便利な生活の発展により肥大した人々の欲望は西方だけで無く東方、アシハラをも飲み込んでしまったのだが、これは早いか遅いかの違いであったろう。
まぁ、そんな大きな話で無くとも、この得意属性選別法は子供達のいじめなどの温床にもなった。
火や地の属性の比率が高い西方人の中に、風や水の属性に親和性がある者が居れば?
そして大人の世界でも、いじめでは無いが、時代に必要とされる技術の為に格差が生まれた。
地属性が不得意で、厳しい環境で貧しい生活を余儀なくされる南大陸の住人達の中に、地属性が得意な者が現れ、建築等の分野で利益を独占する者が出始めたら?
仲間外れや、嫉妬ややっかみ、人は足ることを知らず、他人をうらやむ…負の感情が集まれば瘴気を呼び魔界と化す。
得意属性がバラバラなアシハラの人々は、その点は恵まれて居たのかも知れない。
魔界と化してない大地が、それなりに多いが為に…世界中から神格者が集まり神の、神格者が集う国、最後の聖域となった側面は有るだろう。
だが、それだけでは無い、神格者が集まり始めたのはそれよりも遥か以前、世界宗教失墜直後なのだから…
アシハラには…大八島には謎と秘密が多い。
人々も世界の平均と比べれば、得意属性は全くのバラバラで集団的なのに個人主義、快楽を追求しながらも禁欲的で風変わりなしきたりや文化も多く。
自分の好きな物事以外は無関心なクセに、協調性や精神性も世界の平均よりほんの少し高い。
確かに人々は変わっては居るが、それよりも場所と土地により多くの秘密が隠されているのは間違い無い。
一説には古代の星神が現人のプロトタイプとして創造し、余りに霊性が高く、逆に生殖能力が衰え子孫を残せなくなってしまったが為に、星神達が相反する要素を混ぜ込んだ民の子孫だとされる説も有力視されている。
自殺者が他の国々に比べて多いのは労働文化の為で有るとされては居るが、実はその辺に秘密が有るのかも知れない。
また先に創造された獣人達の地位が高かったり、特殊な立ち位置で有るのもアシハラ独自の文化で有り、星神達の助手等を務めて居たのでは無いかと言われてもいる。
◆ ◆ ◆
「うん、そりゃ前にもマドカに言われたよ……あの……もしかして裸見た事怒ってる?あれは別に…」
正人には後ろめたさが有る為に、そう感じたのかも知れない。
だが…アイラは驚いた顔で返答する。
「まさか!助けて貰って居るのにそんな事を思うわけが無いじゃ無いか!そんなに精神性の低い女だと思われていたとは心外だよ…私は小鬼に取っては囮ぐらいにしか使えない存在。ヘタをすればあのまま飢えて死んでいたかも知れない、君に感謝する事はあっても恨んだり怒ったりするなんてあり得ないよ!」
思わず他の人間の前でポロッと零してしまったが、それは美咲も、口煩い涼夏も仕方無い状況だと理解しているので何も言わなかった。
小鬼達には囮以外ではまさに無用の長物であった。
言霊封じ、術の詠唱を阻害し常に呪いの重圧で精神をかき乱される部屋、炎の強化も霊術も使えず、手足をもがれたも同じ状態ではあったが、生まれながらの様々な属性耐性と身に宿す浄化の力が強すぎて精神支配の邪言も意味をなさず、黒き魂を持つ者に取っては不快極まりない存在ですらあった事だろう。
だから他の女達の様な目に遭う事も無かったわけではあるのだが…
最初こそ、心が折れれば精神支配も出来るとウサ晴らしも兼ねて毎日殴られ続け…
小鬼達の一匹が迂闊に近づいた時に、素手で首をへし折る事すらしてのけた。
結果、あの数日前から放置され始め、裸のまま着るものも食料も与えられずに世を呪っていた。
それに…そもそも、そんな下らない事を気にするアイラでは無い。
「そうなのか?…うん…ちょっと気にしててさ…悪いなって…」
「ふむ、アシハラ人と似てるが下の世界は少し文化が違うのか?カレンの故郷がアシハラ四区南部の火山地帯でな、彼女の案内でムトゥバや他の温泉客と一緒に湯に浸かった事だって有るんだ。男も女も皆裸だったが気にする事でもあるまい、目を憚らぬカップルも居て目のやり場に困ったが、新しい命が増えるのは良い事だ、人類が世界を取り戻す為にも。」
たまたま混浴温泉だったのか、それとも…
それが今の世界で生きる者の共通認識なのかは分からないが…
アイラはイタズラっぽく微笑み正人を挑発する。
「何なら今ここでもう一度脱いで見せようか?」
などと言って寝間着を捲り上げる仕草を始める。
「ちょっと巫女様?!駄目デスよ女の子がそんな事したらっ!」
「えっ?!わぁっ!良いよ!もう気にしないから!ちょっと止めろ!」
「フフ♡君があまりにも気にしているのでな、ほんの冗談だ♪」
正人だけでなく涼夏が騒ぎ始めたが、幸いにも…
いや、不運なのか?
残念ながら…ジョークであったらしい。
「……あ…冗談かよ…ちょっと残……いや良かった…んんっ、そっ、それで…今度は俺達の目的の方なんだが、助けてやったんだから、みたいな事は言いたく無いけど、やっぱりどうしても向こうに帰りたいんだ、少なくとも俺と英二…美咲ちゃんは、だが方法が良く分からないし莫大な霊力も必要らしい」
アイラは顎に手を当て考え込む。
「世界に穴を開ける。か…私は上位者や神格者では無いから世界の法則の維持と管理、それには抵触しない、だが空属性の術が必要だろうな、一応適性はCマイナスは有るが、少し他の術を学ぶか?いや、新たに開ける必要も無いか?元々有る場所の歪に霊力を注ぎ込めば開くだろうか?」
帰還の方法まで考えてくれているとは、これはOKと言う事で間違い無いのか?
「おお!それじゃあ…」
「本当に帰れるの…か?」
「…パパ…ママ……やっと…」
「良かったですねぇ!私は帰りませんケド!」
四人はそれぞれに喜びを口にするが、アイラが但しと付け加える。
「勿論!恩人達に義理は果たしたい。但し!私にも使命が有る。空間を開けば術者も転移に巻き込まれるかも知れない、己に課した使命を果たす迄は残念だが、それを果たすのを待っていて貰うか…待てないので有れば引退した巫女でも探すか?彼女らにも夫や子供家族が居るだろう。難しいかも知れない、それとも、焔の従士として私に同行し使命を果たすのを手伝うか…どうする?」
この四人の異世界人は、霊力の総量はこちらの人間と比べれば若干劣るかも知れない。
だが、そんな彼等は現地のベテラン冒険者達が出来なかった事をやってのけた。
そして、アイラは霊視がそれ程得意では無いが、見ただけで分かる。
円谷正人の超人に迫る身体能力と、強力無比な地の力、彼らが居れば…或いは…
◆ ◆ ◆
西大陸極東地域の小聖域、五霊山…アイラの故郷で有り、浄化隊が最初に解放した聖域の一つ。
現在の西大陸で最も栄えた地域でも有り、極東北部浄化隊の本部も有る街。
その更に奥、極東北部を支配する魔王種【黒鱗の女帝】…
彼女を倒さねばかつての草原の国への道は開けない。
かつては【青鱗の女帝】と呼ばれ、草原の国への道を閉ざす最大の障壁でもあった魔王種の一人。
浄化隊は彼女を放置して、西へ浄化を続けた結果、須弥山を解放するに至ったが、いずれは打ち破らねばならない存在で有る事には違いない。
強力な邪鬼の軍隊を擁する女帝を、草原の国間近まで追い詰めたのがアイラの両親であった。
だが両親も帰らぬ人となった。
その上女帝の側近の魔人、不死の魔法使いに、その魂は囚われたままなのだと言う。
邪鬼に神人の輝く魂をどうこう出来よう筈も無いのだが、何らかの術で牢獄に閉じ込められているのは間違い無い。
今は五霊山の冥界で神魂になる為の修行を続ける両親の神霊が、冥界に行く前に伝えてくれた話で有るので間違いは無い。
先ずはアシハラの冥界を探し当て、古の神霊から力を授かり、今以上の力を手に入れ…
そして、彼ら、この四人が従士として同行してくれれば、アイラの両親を殺した敵にも迫れる可能性すら有る。
彼らの故郷を思う気持ちを利用するのは気が引けるが、アイラにも果たさねばならぬ使命…少し個人的な物では有るが、二人の神人の娘として果たさなければならない。
それが果たせるので有れば喜んで彼等に同行して異世界へ行っても良い。
何なら…
アイラは目の前の男に貞操を捧げても構わない、とさえ思っていたのである………
出直し完了☆
今の我が表現力ではここまでが限界よ…ってわけでその内また手直しするかも☆
天地人。時の場合、民族などによって同じ道でも現れ方は違うぞ…m(_ _)m




