番外編〜ドン&イダ…黒き魂の記憶…②
赤鬼のドンは集合住宅の廃墟を抜けて西の方角へ森を彷徨う。
背中にはずっと眠ったままのイダを背負って…
「…腹減った…なぁ……」
背中で呟きが聞こえる。
起きたのかと思ったが寝言らしい。
「クソッ!…寝言かよ…腹減ったなら早く起きろや!」
不思議な事に、揺すっても頬を叩いても起きないので諦めてはいるが…
暫くそのまま歩いていると不意に森の匂いが変わる。
水の匂いがする…淀んだ香り…
沼地が近いのかも知れない。
微かに綺麗な沢の水の香りもする。
沼の水など飲めた物では無いが、沢が有るなら水は得られる。
…そちらに向かう…
広い沼地にモソモソと動く者が見える。
…霧掛かって良くは見えないが…
沼地の幼女と言う奴かも知れない、ドンは目にするのは初めてだったが、印象は人型の藻の様な生き物、それ以外に何か思う所も無い。
一応邪鬼の眷属ではあるらしいが、言葉も通じず進化もしない下等な存在だと聞いている。
その内一匹がこちらを見たが、目を合わせると、すぐに興味を失って再びもぞもぞと沼地を彷徨う…
下等生物では有るが、黒き魂を感知したのだろう。
ドンはオスでは有るが襲っては来ない。
(この先の奥からだ、流れる水の香りがする…)
沼地に繋がる小さな川とも呼べない、壊れかけた古いコンクリート製の水路を辿る。
近くに滝と流れる川、壊れたコンクリート製の水路の水源はここで間違いない。
良く見ると滝の蔭に洞穴の入り口らしき物が見える。
そちらに向かって歩き出すと、不意に洞窟の奥から青い鱗に覆われた、妙にテラテラと油らしき粘液で照り返る。
爪と尾を持ち白い髪に真っ赤な瞳のメスの邪鬼が現れる。
【青鱗の魔女】黒き魂の眷属である。
「なんだ?結界に触れる奴がいるから見に来て見れば…おっと!そこの小鬼!ここから先は私の城だよ!勝手に入るんじゃ無い!とっとと森へお帰り!」
「チッ、住んでる奴が居たのかよ…へぇ♪話には聞いていたが、デカいけど割とそそるメスじゃねーか!…へへ…♪」
魔女がゆっくりと近づいて来てドンを値踏みする。
色付きの小鬼でも魔女からすれば、大した存在では無い。
二メートルを超え、岩をも砕く強靭な尾と鎌の様に鋭い爪を持ち、更には高度な水流操作の邪言を駆使する魔女にしてみれば、小鬼としては大柄なドンでも警戒する理由も無い小型の邪鬼に過ぎない。
「へぇ♪おべっかも使えるのかい♪アンタも小鬼にしちゃあ、割と良い面構えのオスじゃないさ、残念だね…眷属でなければ私の奴隷、暴威頭に加えてやったのに、色付きか、へぇ珍しい♪そっちに背負ってるのはメスじゃないか?珍しいねぇ?八十年は生きているけど…話には聞いた事があったが…初めて見るよ」
だが、ドンはまだ気付いてない。
「あぁ?コイツはアレは小せえしメスみたいな面してっけどよぉ、これでも一応オスだぜ?それよりよぉ、何か食い物恵んでくれよ。ちっこい兎しか食って無くてよ…コイツも怪我してるし、何かくれたらとっとと消えるからよぅ……」
一応は種は違えど、同じく黒き魂の眷属では有る。
「フン!群れはどうしたんだい?お前ら小鬼は群れるのが好きだろ?フフ♪ハグレモノかい?それとも、まぁ…良いわ、昨日の食い残しで良けりゃ、くれてやるからそれ食ったらもっとと森へ帰るんだね、ちょっと待ってな」
群れる小さき者を魔女は内心嘲笑っている。
沼の幼女達は発声器官は無くとも言葉は通じる。
どの青鱗の魔女も幼女にこう語る。
「アンタ達も同じ水辺に暮らす仲間じゃ無いの♪だからアンタ達もいつかアタシの様に美しく強力な存在になれるさ、その方法も教えてあげる、だから私に尽くしなさい」と……
小鬼も幼女と同じく群れる弱き存在、内心バカにはしているが、ドンは小鬼としては見栄えも良い、施しをくれてやるのも吝かでは無い、醜く愚かな沼の幼女に関しては利用するだけ利用して自身の財を蓄えるのに使い潰すだけだが…
見た目のいいオスには多少甘い部分が有る。
彼女の奴隷を見ればそれは明らかだろう…
魔女はドンに背を向け、昨日の食べ残しを取りに洞窟の方に戻ろうとした。
「ああ…ありがてぇ…黒い魂の導きだぜ、恩にきるぜ鱗の姐さん…よ…ヒヒッ♪…炎よ……」
片腕を魔女の背中に向ける。
魔女は格下の小鬼に警戒などしない、水の中ならドンに勝ち目など無い、腕力でも勝ち目は無いだろう。
硬い鱗に小鬼の素手の一撃などほぼ通じない、近づく前に強靭な尻尾の一撃を食らうのがオチだろう。
川のそばで有るが小さな水路と陸地、背を向けてもいる。
魔女の体表を流れる油は電撃を受け付けず、武器攻撃さえ効果は半減する。
だが…唯一の弱点は高温の炎…
ドンの伸ばした手の平が赤く輝き、邪言により生成された火炎球が徐々に大きくなる。
惨めな眷属に施しを与えようと、完全に油断していた。
青鱗の魔女に向かって高温の炎が炸裂する。
魔女が苦痛の叫びを上げる。
「んがぁぁぁぁぁ!このっ……雑魚がぁあああ…良くもっ…あギィ…喉が焼け……」
激しい炎が体表を流れる油に引火し、黒い煙に燻され、魔女の喉が焼ける。
近くには水も有るが喉を焼かれ…塞がれ…邪言は使えない。
「ヒヒヒヒ♪流石に油は良く燃えるなぁ♪思った通りだぜ…ザマァねぇな!格上さんよぉ!!!」
得意属性による相性も有るが、冒険者の魔女と戦う際のセオリーは決まっている。
水場から離れて、炎で焼き殺せ、魔女は炎上に弱い。
炎上で命を失う、ドンがそれを知るわけは無いのだが、過去世の知識の片鱗か?或いは直感か?
陰振怨嗟とも呼ばれる、魔女の断末魔の悲鳴が滝の音に掻き消される。
水を求めてやっと滝に到達するが、既に絶命していた。
滝に頭を突っ込み火は消えたが、そのまま動かなくなった。
高温で熱されて急激に冷やされた鱗にパリパリとヒビが入る。
暫くすると洞窟の中から人間の、数人の男の声が聞こえた。
「なんだ?魔女の奴隷か?支配が解けたのか?!不味いな…」
今は武器も持っていない、それに魔女の奴隷は生殖用であると同時に護衛の兵士でも有る。
武装している可能性が高い。
この深度が深い魔界に居ると言うことは、かつてはそれなりの冒険者であった可能性すら有る。
下手をすれば、この前集落を襲撃して来た冒険者より手強い可能性すらある。
川に向かうと、水の中の出来る限り深い部分を探して身を潜める。
洞窟の奥から三人の男達が慌て気味に飛び出して来た。
その格好は、武器はそれなりだが防具は実用的では無い。
ほぼ裸の様な格好に金や宝石付きの腰帯や銀色の鎖で編んだ腰巻のみの、何とも扇情的な格好。
いずれも筋骨隆々とした姿。
一人は猫科の獣人、顔は然程現人と変わらないが、その大柄な体躯と耳と尾、特徴的なたてがみで獅子人だと分かる。
後は現人が二人、全員が美しい容姿の男達、実用的では無い装具は魔女の趣味だろうか?
「いたぞ魔女だ!コイツ…よくも!誰が殺したか分からんが有り難い!せめて首を持ってギルドに…」
「おい…えっと、名前は知らんがそれは後で聞くとして…魔女が焼けている…多分近くに何かいるかも知れん警戒しろ!」
「待て!こんな格好では魔獣に出くわしてもマトモに戦えん!魔女の近くには必ず幼女の沼が有る。裸の様な格好では奴らの毒にも対処できん!とにかく一度森に入ろう!」
洞窟の入り口が有る滝で焼け死んでいる魔女を見つけると、全員で一発づつ蹴りを入れる。
その後、周囲を警戒しながら森の方へ去って行った。
男達が完全に見えなくなったのを確認して川から上がる。
「やれやれ…やっと行ったか…流石にこの前のデカブツみたいな奴がいたら不味いからな…」
あの背の高い男の一撃は今までに出会った事の無い強力な一撃だった。
僅か何回かの攻防で防御は崩され、こちらの一撃は効いてはいたようだが、分厚い毛皮を持つ魔狼でさえ棍棒を使ってではあるが、数撃で沈めるドンの攻撃を何発当てても倒れず…
達人の剣士の斬撃でも断てなかったドンの骨に、ヒビさえ入れて来た。
更には顎へのクリーンヒットを一発食らっただけで、暫く立てなくなるダメージを負うなど初めてであった。
それ故、警戒してしまうのは仕方が無い。
洞窟の中で食料を漁ろうと入り口に近づく、その時だった。
魔女の死体から赤い人型の霧が湧き出て、ドンの首を絞め上げる。
「へっ♪どこぞで彷徨ってりゃそのままでいられたろうに、バカなメスだぜ♪」
集中して肉体から呪力の波動を飛ばす。
霊体は意志と感情の塊で有る。
騙し討ちした相手を呪いたくもなるだろうが…
物理攻撃は効かないが、霊力や呪力の攻撃や波動には脆い、呆気なく崩れて揺蕩う瘴気の一部と化した。
「おぉ…良いじゃねぇか♪上質の瘴気だぜ、こんだけ濃けりゃコイツも目を覚ますかも知れねぇなぁ…」
背中に背負ったままのイダをチラリと見る。
起きる様子は無い。
妙な波動を感じ滝の方に目を戻す。
魔女の死体の近くに黒い影がユラユラと立ち竦んでいる。
形は魔女と同じだが、霊体はたった今霧散した筈…
だが、霊体の様な意思や感情は伝わって来ない、ただその場に佇むのみ。
これは黒い魂、通常は観測などは出来るものでは無い、進化したお陰だろうか?
暫く不思議に思い見ていると、徐々に小さくなり、最後は黒い球になり、何処かへ向かおうとしている。
(もしかして…これが黒き魂なのか?)
故郷の老人から聞いた事が有る。
黒い魂を噛み砕き食べる事が出来れば、それを繰り返せばやがては大鬼に至れる。…と…
(だが…瘴気と同じで触れやしないだろ?こんなもんどうやって食えってんだ?……ん…よし!)
手に呪力の膜を張るイメージ、手に呪力の手袋が出来、逃げようとする魂を捕まえる。
(良し!触れたぜ♪へへっ…このまま飲めば良いんだったか?いや…確かジジイ共は…)
故郷の部族の年寄りの話を思い出す。
『大昔の大鬼は砕いて溢れる液状の瘴気を飲み干したってよぉ、ワシもそれ以上は知らん、ただ砕かぬまま飲み込めば、気が変になったり性格が変わっちまうんだと、嘘か本当かは分からん、黒い魂とは言うがワシだって見た事無いんじゃから…』
(やってみるか…んっ!くっ!硬てぇ!このっ!…………!)
指先で摘める程度の大きさの黒い珠を全力で潰そうと躍起になる。
暫く呪力を込めると卵が割れる様にヒビが入り…少量の黒い液体が溢れ出した。
急いで口を開け、喉の奥に流し込む。
「おっとぉ!!!………んっ!くぅぅぅぅぅぅぅ!!!身体が熱くなってきたぁ!こりゃなんなんだ!力が溢れて来やがる!うっ!がぁぁぁぁぁぁぁ!身体中がっ!痛てぇ!」
黒い液体は恐縮された瘴気、穢れた霊素、転生を繰り返した何百回分の人生の記録の塊。
黒い魂の記憶、魂ごと飲み込めばやがては侵食し発狂や飲んだ者の性格の改変にも繋がる。
だが…魂を破壊して中身だけ取り出して流し込めば、それは高濃度の負のエネルギーと同義で有る。
バキバキと音を立て、ドンの背丈が急激に数十センチも高くなり、身体も一回り大きくなった。
「ハァ…ハァ……ヒデェ目に遭った…だけど…こりゃ凄げぇ!!アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!力が溢れて来る!そう言う事か…分かって来たぜ…」
眷属食い、邪鬼達は眷属の魂を食い合う事で力を高める、異次元の悪魔達は魂を欲する。
その想念に長く晒されれば…
普通の魂を得るに至った生物は他の者の魂を喰らわない。
それは魂と云うシステムに刻まれたロックでも有る。
マトモな魂を持つ者で有れば、そんな事をしようとすらしないだろう。
それは黒い魂を持つ者で有っても、ある程度は機能している。
だから力が高まるのは分かっていても、そうそうそこには至らない。
だが邪言を使えば使う程に、異次元にアクセスする割合が増える。
ドンは無意識に強化の邪言を使い続けていた。
常に異次元の想念を浴び続けていた。
無謀にも格上の黒き魂の眷属を襲う、そんな行動もその影響だったのかも知れない。
基本的には、力に従順な小鬼の性質では無い。
我慢の結果反乱を起こす事はあっても、格上の存在を襲うなどの行為はほぼしない。
神人達上位者が、かつて大鬼をアシハラから根絶したのには理由が有る。
この世から完全に魔界は無くならないし、邪悪は無くならない。
魂を黒く染める人間も必ず出て来る。
特に下の世界では、魂は百万世界を自在に旅する。
潰せば増える世界がそれを補充しようとする。
そして、全ての並行世界で似たような現象は必ず起こる。
一つの世界で起こった事象は別の平行世界、或いは下の世界に何らかの形で波及する。
神人達はこの世界の事だけを考えて行動しない。
そんな高みに有るのだ。
これまでの十数万年の人類の記録でそれは明らか、それを分かっている神人達は敢えて魔界を無くさずに深度の深い、凝縮された魔界を作り、下の物理編重の世界に転生出来ない黒き魂が邪鬼として生まれてくる場所とした。
出来うる限りは…魂のロックが壊れてしまった大鬼の様な存在を狩る事で、管理しやすい魔界を人類への試練として残す事にした。
アシハラと云う土地は世界の雛形、新たなる新時代のモデルケースとなったのである。
数百年は掛かるであろうが、最終的には魔界を世界の地表の三割〜四割に抑え、棲み分けと適度な脅威による、魂の修練場としての魔界が同居する新世界が完成する。
この神人達の計画は、真人クラスや精神性の高い人間達も知らない。
アシハラの外に多数存在していると言われる魔王種、それは黒き魂のロックが完全に外れ、共食いをし合った邪鬼達の成れの果てなのだ。
奴等は因果の法則からの逸脱種、放っておけば、魔界は減らず、やがては…
高評価ブクマ宜しくお願いしますm(_ _)m
手直し完了。
( ・`д・´)陰振怨嗟は炎上が弱点ダゾ!炎上で全てを失うノダ……エスプリですよ?ショークですよ?
悪は滅ぼすのではなく抱き参らせないと消えんぞ
らしいっすお…(*´﹃`*)




