巫女の行方⑧邂逅
赤鬼の巨大な棍棒の一撃を受けて正人の顔に焦りが走る。
肉体へのダメージ自体は殆ど無い、術による創造で一時的に作っている鎧を纏っている為に、そのダメージは精神と霊力に直接影響する。
他の子鬼達が振るう鉄パイプや棍棒、ナイフの攻撃では痛痒さえ感じず余裕もあった。
術で作った生成物を維持する、又は術を使うには霊力と精神力を削る事になる。
霊力が低い程に精神疲労も大きい、霊力が少ない場合は使い切っても昏倒する事は無いが、暫く術は使えなくなる。
逆に霊力が残っていても精神力が脆い場合は、いわゆるマインドダウンと言う現象を起こす。
メンバーの霊力量は正人、ジョーイ、弥之助、涼夏、英二、美咲の順になる。
東大陸からの避難民は霊力や霊性が低い傾向に有るが、それでも物理編重の下層世界の人間に比べれば霊力の総量はやや多い。
また精神性はともかくとして、厳しい環境に置かれる事で成長する精神力に関しては、戦国期の武士である弥之助、美咲がいる事で苦痛や逆境に強くなる英二、他のメンバーはどんぐりの背比べ…と言った所だろうか?
つまりは弥之助や英二は霊力が尽きても、マインドダウンしにくいと言う事になる。
正人が何故この世界の一般的な人間よりもやや多い霊力を持っているかと言えば…
正人の霊体の核となっている地霊に依るものだろう。
例え分断された多層世界に生きていても、生まれた時から地霊が霊界にアクセスして霊素を取り込みながら成長して来た結果である。
普通は精霊に気に入られて加護を得る事はあっても、本人の霊体を地霊が核となって形付くっている事などは滅多に無い、この奇妙な現象はマドカの様な上位者であっても明確な答えは得られなかった。
で…有るので声法を使う時は…
「地霊よ♪…」では無く「自分よ♪…」であっても問題無いのだが…その辺は様式美であろう。
どちらにせよ、人間的な視点で言えば、大地からは仲間とみなされ常に不足した霊力を補い肉体の回復力を活性化させてくれるのだが…
深度は浅いとはいえここは魔界、大地に瘴気が染み込んでいる為に大地からのエネルギー供給は僅か…
【真人の庵】にある修練場を百とすれば、三区で五十、四区で三十、五区や六区では更に低くなってしまう。
魔界ではその回復効果は一割に満たないだろう。
赤鬼の棍棒の一撃で頭がくらりとする感覚を覚えた。
(不味い…こんな打撃を何発も食らったら、精神力が尽きて動けなくなるかも、どうする?まずは武器を奪って…よし!)
赤鬼がニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「クウッ!カテェナア!デカブツ!…アノキンパツノメス…オレノオキニイリノドレイトオナジワザカ…?ヒヒッ…ウチツヅケレバソノウチ…キゼツスルダロ?テメェハデカクテクイガイガアリソウダゼ!!!」
打ち下ろされる棍棒を飛び退いて躱し。
「地霊よ♪大地の槍で♫……」
赤鬼の武器の持ち手に岩の槍が当たり、堪らず棍棒を落とす。
「ヌゥ!クソ!ウットオシイ!」
「おっと!取らせるか!」
棍棒を拾われる前に思い切り遠くに蹴り飛ばし、鎧と小手を解除する。
「アアッ?!テメェ!ドウイウツモリダァァァ!」
正人に比べれは十数センチは小さい筈だが、その暴力的な迫力に思わず気圧される。
(うぅ…やっぱり怖い…色付きと殴り合いかぁ…この鬼…妙にヤンキー臭いし…苦手だなぁ、地霊の刃でスパッと、行きたいとこだけど触媒の短剣は無いし、鎧を生成したままだと霊力だけで無く精神力まで削られる。でも俺だって三ヶ月近く美咲ちゃんに殴られ続けたんだ、それに今なら、あれだけ毎日鍛えて身体も作った、肉体は超人になってる筈…覚悟だけだ、今…克服するんだ…出来ない事は無いっ!)
近くに落ちている錆びたナイフをチラリと見るが…
(アレなら触媒に……いや…)
頭を振り覚悟を決める。精一杯顔を作って挑発する。
「こ、来いよっ!素手で勝負だ!怖いのか?!お、俺はお前には…ヤンキーみたいな奴には負けないっ!」
「アアッ!?ヤンキーダァ?!コレデモオレハホンショクデヨォ♪クミジャアステゴロ…ナンダ?…コノキオクハ…?」
(ヤンキー?何だ何故俺は意味を知ってる…組?本職?ステゴロ?何だ…それは…ううっ…この現人と話してると…妙な記憶が…素手…ステゴロ最強…分からん…分からんが素手の喧嘩で…俺が負けるなど許されん…違う!何故だ!?戦闘で敵を前にして武器を使わないなんて愚か者のする事だろ?!うぅ…気持ち悪りぃ…)
何故か赤鬼は不可解な表情で固まっている。
「行くぞ!せやぁっ!!!」
美咲やマドカに拳の握り方やパンチの打ち方は教えて貰っている筈なのだが、恐怖と緊張で憶えた事を忘れてしまっている。
出たのは力み気味の後ろに拳を引いて、溜めを作っての大振りなストレートパンチ。
一見勢いを付けて威力が有りそうに見えるが、普通で有れば、今からパンチを打ちます…そんな分かり易いモーションでは当たろう筈も無い。
だが…赤鬼は何故か苦しそうな顔のまま硬直している。
見事に固まっている赤鬼の顔面にヒットした。
ガクンと首がのけ反り、その勢いに二〜三歩後ろに下がる。
素人とはいえ超人の膂力を持つ正人の一撃でもこの程度…
普通の小鬼であれば首の骨が確実に折れているであろう一撃である。
「テ、テメェ…ヤルジャネーカ…」
相当に効いたのか頭をブンブン振り…怒りも露わに再び戦闘態勢に入る。
「アア!…ヤッテヤルョ…!コレデモクラエ!」
正人に突進しての身長差もある為がやや上、顔面を狙っての右ストレート。
正人は両手でガードを上げる。
だが…それはフェイント…
左で脇腹へのボティブロー!
ドンは素手での戦闘は初めてで有る筈なのだが、自然と腋を締めて腰に捻りを加えた右ストレート…に見せかけてのボディブローが出る。
その動きは素手での喧嘩に慣れている様にさえ見える。
黒い魂の記憶なのだろうか?
「バーカ!スナオナゲンジンダゼ!」
「ぐぇ…!!!」
(うぅ…胃が揺れる…これが…美咲ちゃんとは全然違う…重い…だが…今の俺なら…耐えれる!)
二カ月に満たない時間で激しい基礎トレーニングとパンプアップを繰り返し、獲得した超人の肉体である。
それでもフェイントを食らえばこうなってしまう、だがもうフェイントは食わない。
体制を整え、美咲達に習った通り、腋を締めた細かいジャブで牽制しながらフックで横から顎を狙う…人の形をしている以上はそうそう弱点は変わらない。
だが、風を憑依させた剣士の一撃を見切る天性の戦闘功者、その戦いのセンスだけは邪言の力では無く、生まれ持った感覚だろう。
全てガードされ躱される。
…それでもドンは驚愕していた…
(バカな!あの狼を捕まえた時ですら大したダメージを受けなかったのに、ガードした腕が痺れる!それにさっき腹を殴った時の…硬いもんでもぶっ叩いた様な感触は…コイツ本当に現人か?!)
ドンは生来他の者達より身体も大きく、若い者達のリーダーだった。
生まれ故郷は大森林のもっと深く、数百匹規模の大きな部族であったが年長の者達のやり方が気に食わず、イダを始めとする数名の若者達と飛び出した。
途中で拾った他の部族のハグレ者達を傘下に加えつつ…
現在は進化も果たし、数匹から四十近い部族に成長させた。
遣り方は間違っていなかった。
だが今は、僅か数匹と子供と赤ん坊しか残っていまい。
お互いに既に言葉も無い、ガードして躱して、打ち込む…、手応えもあるし相手の現人も呻きはするが止まらない。
正人も攻撃は全てカードされ当たらず、逆に撃たれる。
だが…正人はもう、打たれる痛みを気にしていなかった。
(俺はやれてる…!こんなヤンキーみたいな奴と殴り合えてる!痛い!美咲ちゃんの蹴りよりも…でも……やれる…恐怖を克服出来てる!)
かつて中学時代、友達と原宿に遊びに行き背が高いが為にヤンキーに目を付けられた。
一人だけ路地裏に連れ込まれ、ヤンキーに惨めに財布を差し出し、泣きながら品川の実家に歩いて帰った見かけ倒しの少年はそこに居ない。
◆ ◆ ◆
ドンが打ち込み、正人が食らいながらも耐え、ドンは正人の打ち込みを全てガードする。
そんな攻防が何度続いただろうか?
ついに、ドンのガードが弾け飛んだ!
(うっ!不味い!腕が…上がらねぇ!クソッ!)
その時、横目に映ったのは岩山の上から奴隷小屋の上に落ちたイダが屋根から気絶したまま転がり地面落ちるのが見えた。
胸から腹まで切り裂かれ、血を噴き出している。
「?!イダッ!!!」
少し横を向いた瞬間、正人のフックがドンの横顔を捉える。
ドンは顎にモロに食らい、後ろに吹っ飛ぶ。
「やった!当たったぞ!!!良し!このまま…」
殴り飛ばされたドンの近くにイダが倒れている。
…酷い傷だが…イダの口から微かに呻き声が聞こえる…
「グギ……」
立ち上がろうとしたが脳が揺れて平衡感覚を失っているのだろう…立てない。
(イダ…まだ生きてるのか?部族はほぼ壊滅…狼共があのメスを殺れても…まだジジイもデカブツも他のヤツもいる…)
デカブツが追い打ちを掛けるべくコチラに来るのが見える。
(コイツが生きてるなら…まだやり直せる…だが…どうする?立とうとするとフラつきやがる。俺にもイダみたいな術が使えりゃ…俺が使えるのは支配だけ、故郷の族長も風の刃を操れたってのに…俺は…いや、出来る筈だ…俺の肌は赤…年寄達の話が本当なら…炎が使える筈だ…)
今まではイダが雷撃を操れた為に使う事も考えなかった。
そもそも腕力と棍棒と支配の邪言で、全てに対処が出来たのだ、追い詰められる様な状況にもならなかった。
離れた場所で突然破裂音が響く。
細かな血肉がこちらまで飛んで来た。
先程戦っていたメスともう一人のメスの大きな悲鳴が聞こえる、
「何だこりゃ?!美咲ちゃん!鈴本さん!どうした!!!」
デカブツの視線がドンから外れ立ち止まる。
(この匂い…狼の血肉?…何だ?…やられたのか?!使えない獣め!…だが…チャンスだ…デカブツはあっちに気を取られてる…やってみるか…)
デカブツに向け、上がらない腕をもう片方の腕で支え、怒りの念を送る。
(あぁ…あのデカブツを燃やし尽くせる炎を…)
ドンが掲げた手の平が赤く白熱し、小さな火球が生成され、それが徐々に大きくなって行く。
◆ ◆ ◆
正人のすぐ近くから眩しい輝きと熱気を感じる。
ハッとして視線を戻すと赤鬼が倒れたままこちらに腕を突き出し、その先には両腕で抱えれる程の大きさの火炎球が…
「コレデモ…クラエ!デカブツ!!!」
正人が咄嗟に願いを叫ぶ!
「地霊よ!壁を!!!」
瞬時に巨大な土壁が正人の目の前に現れ…続いて爆音と熱風…土埃…
壁が消え、少し頭がクラクラする。
あの火球は相当な破壊力があったらしい…
爆風が収まり土埃が落ち着いた。
ゆっくり目を開けると、そこには赤い小鬼はおらず、土の上にはどす黒い血の染みが広がるのみだった。
◆ ◆ ◆
「美咲ちゃんが一人で戦っている!…頼むジョーイ一緒に来てくれ!彼女を助けたいんだ!」
魔狼を相手に美咲は一進一退の攻防を繰り広げている…いや…魔狼が吠える度に少しづつ動きが鈍くさえなっている様に見える。
少し残っていた小鬼も数匹は英二とジョーイで仕留め、何匹かは部族を見限り森の奥へ逃げて行った。
「魔狼か…そうだな…うん…分かったよ…俺が護衛する!近くで美咲をサポートとしてやると良い!」
「えっ!私は森から離れたら!でも…私一人でここに残っても…う〜〜分かりました!生木の杖よ♪細く鋭い槍となれ♪」
涼夏の杖が鋭い木製の槍に変化する。
涼夏の杖は生きている大木の化身で有る、槍になる以外にもツルを伸ばして単体の敵を縛り付ける事も出来るのだが…
バカデカイ狼が相手では引きちぎられるのが関の山だろう。
一応は近接戦闘の訓練もしているので槍がベストかも知れない。
三人は赤鬼と何故か素手で殴り合う正人を横目に、美咲の方へ駆けて行く。
「アアッ!駄目だ!美咲ちゃん!うし………」
美咲に背後から襲い掛かろうとしていた魔狼を確認して英二が大声で叫ぶ。
次の瞬間…
突然その魔狼が…爆ぜた。
周囲に毛皮と血肉を撒き散らし、その巨躯は弾け飛び、地面には四つの足だけが残っている。
ジョーイを初め英二や涼夏にも血肉が飛び張り付く。
「いやぁ〜〜〜〜!!!!なんなんデスか!これはぁ!!!」
だが、至近距離で粉々になった魔狼の血肉で全身を真っ赤に染める美咲の悲鳴たるや…
「いっ………ギャァァァァァァァァァァァァァァア!!!!」
ジョーイも驚愕して震える。
「こっ…これは…何だ?突然何が起こったんだ!!!」
今この場は驚愕と混乱の坩堝であった。
魔狼すらも、同族がやられても何の感情も読み取れはしないが、精神支配故なのかそれとも元々の習性なのかは分からない。
それでも周囲を警戒して飛び退き、二匹共が互いに距離を取る。
纏めて攻撃されない為だろうか?
そう、この場で唯一冷静なのは英二のみ、彼はまず第一に美咲の安全確保、周囲の状況の把握と対処を行う。
周囲を見回せば、岩山の上で銃を構えた弥之助が結果を確認しヘタリ込むのが見えた。
(ギルドマスターが何で銃を持っているのかは分からない…でも彼がこれをやったのは間違いない…ありがとうギルマス…なら俺のやるべきは…)
「我が心の内に有る闘志の炎よ♪仲間達の心に…その熱き勇気の輝きを分けておくれ♪」
声法の波動が空気を伝わり、仲間達の心に勇気の炎を灯す。
仲間達の心を占めていた恐怖の感情が小さくなり、勇気の炎が灯る。
恐怖と驚愕はただの汚れに対する嫌悪や不快感に変化し、それ以上に闘志を覚醒させる。
「ウェ〜汚い…でも後二匹…早く片付けて水で洗わなきゃね」
美咲が落ち着きを取り戻す、もう膝も震えて居ない、涼夏もジョーイもそれに続く。
「うぇ〜あ〜匂い残りそう、でも一匹片付きましたね…何でか知らないデスけど…」
「残るは二匹!この槍を奴の魔眼に突き立ててやる!」
英二は触媒の火種を腰から取り出し、火を付けると続けて言霊を呟く。
「猛き炎よ♪我が愛する人の具足に炎の力を♪」
美咲の魔鉄鋼製の具足が赤く輝きを帯びる。
「ダーリンあんがと♪
じゃあ…行くよっ!」
二匹の魔狼達は他の三人を無視して再び美咲にゆっくりとにじり寄り、咆哮を上げる。
「アオ〜〜〜〜〜〜ン!」
だがそれは最早意味が無い、美咲の心には炎が灯っている。
素早く二匹と距離を取り、どう責めるか考える。
「どうしよう…やり難いなぁ〜後ろを取ろうとすれば必ずもう一匹がアタシの後ろを狙ってくる。回避する分には問題無いけど…攻撃に身が入らないんだよね…」
魔狼に闘志を燃やすも、無視されているジョーイが英二に振り向き声を張る。
「こっちを見ないなら向かせてやる!英二!火種を貸してくれ!」
「成る程、OK!分かった!二人でやろうじゃ無いか♪言霊を炎に伝える文句は…こうだ…」
ジョーイが火の言霊を多少使えるのは知っている。
だがどうせやるならもっと高度な技で確実に仕留めれる方向に持っていった方が良いだろう。
二人で火種を掲げ歌う。
「「猛き炎よ♪炎の飛礫の雨となり魔狼に降り注げ♪」」
【輪唱】、同じ術を複数で歌う事により威力は一人で使うより二割程上昇する。
輪唱する術者が多い程に三割…四割と跳ね上がる。
これを声法では【大調和】と呼ぶ…
【共に和し、和の力を持って大調和と成せ、時果つる先は大調和の時なり】
これは遥か古代の神人の言葉とされており…
これにはその人の精神性に応じて、理解出来る複数の意味が隠されていると伝えられている。
二人の輪唱により生まれた焔の礫は威力を増し、一度天に昇り、美咲を後ろから狙う魔狼に集中して雨の如く降り注ぐ。
焔の飛礫如きでは、通常は一瞬発火するのみで燃え上がりはしない、小鬼で有れば慌ててのたうち回るだろう。
炎に弱い魔獣とは言え、牛程もある魔狼では効果は薄い。
だが…断続的に降る焔の飛礫で湿った毛皮にも火が付き魔狼が燃え上がり、地面の上をのたうち回る。
「ギャウン!!!」
ジョーイと涼夏が顔を見合わせ頷き合う。
「よし今だ!止めを刺すぞ!」
「了解デス!」
ジョーイと涼夏が毛皮に火が付きのたうち回る巨大な魔狼に走りより…
短槍と木製の長槍を突き立てる。
…何度も…何度も…動かなくなるまで…
後方の警戒の必要が無くなった美咲が跳躍し、得意技となった死角…高所からの踵落としを残った魔狼の脳天に落とす!
炎の付与が発動し、魔狼の頭上から頭部全体に炎が広がり…邪眼を焼く…
狡猾で巨大であろうと所詮は獣…炎には弱い…
慌てた魔狼は、美咲のなすがまま、連続して全身各所に蹴りを食らい、その場所からまた炎が燃え広がる。
…大勢は決した。
小鬼達の何分の一かは森の奥に逃げ出し、この集落に残るのは奴隷と子供、赤ん坊だけであろう。
可愛そうだから、で放置は出来ない、長じて人を捕食する邪鬼に成長するのだから…
◆ ◆ ◆
奴隷は解放出来たが、小鬼のボス赤鬼は取り逃してしまった。
つまり支配の邪言は解除されていない。
集落の中央に女達を集める。
…彼女たちは子供や赤ん坊を取り上げても、無気力な表情で何の感情も見せない…
子供や赤ん坊はどうしたのか?
言うまでも無いだろう…積み上げられた何かの骸の上に弥之助の血まみれの刀が刺さっている。
奴隷の数は涼夏が【写像】の術で確認したよりも数が二人程多かった。
精度に難が有る術で有るので仕方無いが…
彼女達はただ無気力状態で、指示されるままに中央に集められ待機するのみ。
皆…ボロ布一枚に首の部分だけ穴を開けた半裸の様な状態で有る。
ジョーイが見知った顔を見て二人に駆け寄る。
金髪のがっしりしたやや太めの白人女性と東方系の顔立ちの華奢な猫の獣人に…
「カレン隊長!鈴華……カレン……隊長…?…その膨らんだ…お腹は……まさか…」
弥之助から力の無い言葉が出る。
「話掛けても無駄じゃ、小僧が小鬼の頭領を取り逃がしよったでな、簡単に精神支配の邪言は解けん。魔獣と違って人間には小鬼共は精神支配を深く掛ける、命令に従うだけの肉人形よ、だが…逆に良かったのかも知れん、突然支配が解けて我に帰れば己の現状が受け入れられずに、錯乱して自傷する者も出よう…」
力無く呟きながら、鬼の子を孕んでいると思われる女性の腹に霊符を貼り付ける。
「そんな…なんて事だ…マスター弥之助?それは…?」
「あぁ…浄化の霊符よ、鬼の子は瘴気を取り込み成長する。瘴気を取り込まん為の浄化の結界府よ、とは言えわしには霊、水、風、炎…陽…などの浄化に適する属性の素養があまり無いでな、出来ても唯人の儂らじゃ進行を遅らせる事しか出来んが…気休めよ…仙人共や巫女なら浄化もすぐ何じゃが…」
「そう…ですか……マスターは陰陽術の使い手と聞きました。精神支配は陰の術に近いと聞きますが……マスターは…」
無理だと分かっていても儚い希望を込めて聴かずには居られない、従士隊の隊長のカレンが、ジョーイに逃げる様に命令を下して居なければ、今彼はここには居なかったろう。
「残念ながら、ワシは大気の属性、しかも雷術しかマトモに使えん、世の中には複数の属性が得意な物もおるらしいが、勿論使おうと思えば使えん事も無いが、ワシの能力では陰の術を使っても多大な霊力を消費して僅かに相手の能力を下げるくらいじゃろうな、解除解析などとてもとても…小鬼達の邪言は陰の力で思考力を極度に低下させては居るが、それだけでは支配は出来ん。認知の書き換えの様な技法も使っとる。詳しくは解析されとらん、強力な陽の術で思考速度を上げて認知に疑問を抱かせ破る方法も有ると聞くが、まぁ…三区に有る浄化ギルドの救護院に連れて行ってゆっくり治療する他あるまいよ」
◆ ◆ ◆
美咲と涼夏は集落に置いてあった飲用の水がめを探し当て、早速装備品に付いた血糊を流しに行ってしまった。
英二もそれを手伝っている。
正人は一人…集落の中を探索する。
奴隷小屋の中には、焔の巫女と思しき赤毛の女は見当たらなかった。
まだ確認していないのは獣の檻の更に奥…
(もうここしか残っていない、鈴本さんが見た岩屋はここで間違い無いだろう。コンクリートに鉄骨…光を通さない隙間無く埋められた漆喰の壁、しかし…この禍々しい文字の様なものは何だ?…アシハラの文字とも違う…異次元の影響を受けて獲得した知識で…とか?わからない…)
岩屋には鉄の両開きの扉、そこには恐らく廃墟から引き抜いてきたであろう建築用の鉄骨を数本指してシッカリと封印されている。
小鬼の集落には必ず有るとされている、術封じの間であるのは間違い無い。
強靭な精神力を持つ人間は精神支配するのが難しい、だからこの様な場所で術を封じ日々暴行を加え、精神が擦り減るのを待ち、奴隷化するのだと言う。
今回の場合は、焔の巫女の強力な浄化の力で、精神に効果を及ぼす邪言は通じない。
あの雷撃を受けて生き残れたのも、或いは肉体に効果の有る邪言でも、有る程度は緩和出来るのかも知れない。
焔の巫女の役割はあくまで囮として冒険者をおびき寄せる為に使ったのだろう。
必要な時だけ意識を奪って吊るす為に…
「よっ!と…」
数本の鉄骨を引き抜き、取っ手を持ち両側に開く、淀んだ空気が流れ出す…血と…何か食べ物が腐った匂い…放置された糞尿の匂いも…
「うっ!酷い匂いだ…割と広い…流石に暗いな…本当にいるのか?」
中に足を踏み入れ、目を凝らして見る。
突然だった。
真横の鉄扉の陰から何者かが飛び出し、背中から正人に抱きつき両足で胴をがっちりとロックされ、そして正人の首に女の割には厳つい腕が絡みつき首をガッチリとロックされる。
薄汚れてはいるが女の腕と足で間違いない、それは背中に当たる乳房の感触でも明らかで、絞められる間も微かに横目に赤く乱れた髪が揺れる。
恐らくは焔の巫女で有るのは間違い無かろうが、釈明しようにも首を締め付けられ言葉も発せない、正人の耳元には熱に浮かされた様な掠れた呪詛の籠もった呟きが…
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……………………」
女の腕を掴もうと足掻くがカッチリと正人の首にハマっている為に掴めない。
(不味いぞ!巫女は錯乱状態だ…これで落ちたら、何をされるか、一人で来るんじゃ無かった。それにしても…ヤバイ…相当に力が有る…動脈を…クソッ…)
落とされる前に岩屋から飛び出し、背中を激しく周囲の岩壁に打ちつける!
何度か打ち付けるとやがて腕から力が消えロックが外れ…
ドサッっと地面に女が落ちる。
正人が振り返る。
外の光でようやくその姿を確認できた。
朧げながら光に目が慣れたのか正人を見て巫女が呟く。
「……人間……なの?……だ…れ…?」
そのまま裸の、赤毛の女は気を失った。
人だと認識出来て気が抜けたのかも知れない…
(あ…こんな状況で女の子の裸見ちゃったよ…初めて…薄汚れてるけど……妙に……いや!何を考えてる!そんな場合じゃない!早く介抱しなきゃ!)
道着の上を脱いでそれで裸の巫女を覆う。
両手で抱きかかえ、皆が集まる集落の中央へ走って行く。
「お~い!みんな〜焔の巫女が見つかったぞぉ〜!!!!」
こうして円谷正人と、焔の巫女アイラの初めての邂逅は成ったので有る。
好評価ブクマ宜しくお願いしますm(_ _)m
岩戸が開いたのはめでたいぞ。誠の世の苦労は苦しいけれども楽しいぞ。秋の収穫を待つようにちゃんと成果が返って来るからだぞ……
扉を開いたと言う事で…こちらをどうぞ…m(_ _)m




