プロローグ
背後から巨大な影が絡み付く枝や草花を引きちぎり追いすがって来る。
「おい!気おつけろ!後ろから来るぞ!」
その言葉に茶色掛かったソバージュの女が勢い良く答える。
「OK♪ダーリン♪任せといて!サポート宜しくぅ♪」
メガネの青年が恋人に向かって何かを呟くと、ソバージュの女の全身が仄かに赤く輝く。
「キタキタキタキタぁ!んじゃ!コレでもっ!喰らいなぁぁぁぁっ!」
背後に向かって数メートル跳躍する、異常な身体能力…人間業では無い。
そのまま空中で一回転して自重を加味して、背後に迫っていた馬の頭に人間の身体、身長は二メートルを軽くを越える…何処かの地獄絵で見た様な怪物。
その怪物の頚椎への延髄蹴り…彼女の足には薄紫に輝く金属製の具足が装着されている。
その一撃の威力は…
派手な炸裂音が周囲に響き渡る。
馬頭の怪物は数メートル先の大木に打ち付けられ、大木の表面の皮がバリバリと零れ落ちる。
だが…
馬頭はヨロヨロと頭を振りながら身を起こし…
相当なダメージは有るだろうが苦痛と怒りの嘶きをあげる。
「うわぁ、流石にデカイだけあって頑丈だよねぇ、でもっ!…タイマンなら誰にも…んっ!……大抵の奴には負けないっ!だから他のは、みんなヨロシクねっ♪涼夏ちゃんもそろそろ限界みたいだし…」
その言葉に…長く伸ばした髪を後ろで束ねた青年が、メガネの青年に少々感心と呆れが混ざり合ったトーンで話し掛ける。
「流石は元ヤン!でも英二…お前の彼女ってさあ、本当に押し付けがましいと言うか自分本位と言うか、いや…別に今更な話だけど、ちょっと思うよね…」
眼鏡の青年はムッとして反論する。
「おい…正人!お前がヤンキーを煙たがっているのは知っているけどなぁ…美咲ちゃんだって鈴本さんの事を気遣っていたじゃないか!ちゃんと成長してるんだ!…そんな色眼鏡で人を見てるから。お前はいつまでも彼女が出来ないんだよっ!」
「うっ!お前だって何ヶ月か前まで萬年童貞のオカルトヲタ……」
そんな二人のやり取りに呆れるのは少々もっさりとした娘。
雑に頭頂部で髪を纏めた度の強い眼鏡の娘…鈴本涼夏がキレ気味に叫ぶ!
「ちょっとぉ!二人共そんな話は後にして下さい!もう森の木々に干渉するのも限界みたい……意識が……あぁ…」
そう…
周囲を見回せば枝や長い草花に絡みつかれているのは、人間の半分程度の醜悪な小さな生物。
総数六体…内五体は緑色の肌に頭頂部に小さな角の様な突起…
現地の【現人】と呼ばれる、正人達とそれ程容姿が変わらない人々が言う所の邪鬼…小鬼である。
或いは地域によって、その大きさによっても…
その呼び名は変わる、ゴブリン…ブッカブー…ウェンディゴ…黒小人…天邪鬼…
個体差は有れど、どれも同じ…この世界の何処にでもいる、負の象徴でも有る、黒き魂の眷属邪鬼の一種、狡猾で暴虐な醜い生物。
「分かってるよ…地霊よぉ♪左手に守りを♪右手に刃を♪来い!」
独特の声色で歌うように【願い】を呟く…
右手に持った触媒だろうか?あまり実用的では無いナイフが一振り。
それが蜃気楼の如く、だが徐々にハッキリとした金属製の反りが入った片手持ちの刀に変化する。
【左手に守り】とは?左手には何も無い…が…
少し左手の周囲の大気が歪んでいる、若干左手が屈折して見える。
植物による拘束を引き千切り最初の一匹が仲間を守る様に先頭に立つ正人に迫る
小鬼が片言の言葉を叫びながら跳躍し
両手で棍棒を振り上げ躍りかかる!
「メス♪…メス♪…ヲイテ…クタバレ!」
人間の半分程の大きさにも関わらずその跳躍力はは常人を遥かに凌駕する!
棍棒の一撃は食らえば軽く昏倒する…或いは…
当たり処が悪ければ絶命してもおかしくは無い…だが正人は慌てない。
「最初は驚いたけどワンパターンなんだよなぁ…【地霊の盾】!」
左手を掲げると身体の左半分を覆うゴツゴツした岩の壁が現れ、打ち付けられる棍棒を跳ね返し瞬時に消える。
邪鬼はバランスを崩し地面の上に「グェ…」とうめき声を漏らし転がった。
そこにすかさず刀を邪鬼の胸に突き立てる、少し捻りを加えて空気を入れてサッと引き抜く。
「まずは一匹…」
続いて英二が間髪を入れずに…右手の松明に向かって、歌う様に…語りかける様に…【願い】を込めて呟く。
「猛る炎よ♪礫となり邪鬼を打て♪」
松明の炎がグルグルと渦巻き…その中から五つの小さな炎の礫が飛び出し、蔓や枝を今にも引きちぎろうとしていた邪鬼にぶつかり燃え上がる!
だが…致命傷では無い、発火は一瞬でしか無い、だが小鬼達にはそれで充分だった。
突然の炎に慌てのたうち回る邪鬼に一体づつ正人がトドメを刺して行く。
だが最後に残った一体は…
他の個体よりも一回り大きい黒い体色の小鬼が身体の炎を振り払い雄叫びを上げる。
「だよな…奴は雑魚とは違うよなぁ、戦闘狂の美咲ちゃんが向こうに手を取られて無きゃ俺が相手しなくても良いんだけど、嫌だなぁ…」
小鬼は炎に巻かれながらも雄叫びを上げて振り払う。
怒りの表情で…恨みが籠った視線で正人達を睨みつけると、似たような術なのかも知れない、呪詛の様な呟き発する。
瞬時に手に持った木製の棍棒が更に凶悪に…大きく黒く…若干の赤い光を纏った禍々しいその威容…
その小柄だが筋肉質な体躯を遥かに超えた人間大の長大な棍棒を軽々と頭の上でブンブン振り回し威圧する。
邪悪な微笑みを浮かべながら正人にゆっくりと迫り数メートル手前で立ち止まる。
彼らの使う邪言は正人達の使う術…言霊の術…このアシハラでは声法と呼ばれる古代から伝わる術とは根源が異なる…似て非なる術で有る。
彼らの使う邪言は何も武器にだけ作用するわけでは無い。
中には他の、精神的に脆い現人や獣人、頭の悪い亜人、或いは獣や魔獣すら操る者が居るのだと言う。
奴等の邪言による精神操作が通用しないのは、より上位の黒き魂の眷属か精神が強靭な者…
或は龍種や真人や神人と呼ばれる人間の上位種達。
(邪言…そうか、体色が濃い…こいつが特殊個体、ボスなのか、仕方無いな、出来れば触れずに仕留めたい…)
後方で巨大な獣人と一進一退の攻防を繰り広げる美咲をチラリと見る。
(呪縛が解ければ…あの馬頭人も…いや…興奮してるからすぐに正気には戻らないかな?…でも…少なくとも精神支配の邪言は解ける筈…)
「この特殊個体は俺に任せて英二は彼女…美咲ちゃんの援護に行ってやれよ!」
「分かった!正人も気を付けてな!…鈴本さんも立てるかい?ここは正人に任せよう…」
「…ん…まだ何とか…」
二人の学友は後方で激戦を繰り広げる仲間の元へ肩を取り合い向かって行った。
正人は黒い体色の邪鬼に少しビビりながらも、出来る限り虚勢を張り不敵に笑ってみせる。
「おい小鬼さん!俺もお前と似た様な事が出来るんだぜ?ちょっとばかし代償は必要なんだけどね…」
髪を数本抜いて大地に向かって再び歌う様に願いを呟く…
「地霊よ♪右手の刃に力をおくれ♪鋭く長く…小鬼を切り裂く刃をおくれ♪」
抜いた髪の毛がフッと消えて…刀の刀身は鋭く長く…
「バカメ…ナガイダケ!イミナイ!オマエアタマワルイ♪ソンナケンハコレデッ!!!」
そんな長く、細い刀などこの棍棒でへし折ってやる、恐らくはそんなつもりでもいるのだろう。
邪鬼は嗤いながら…
脅しのつもりだったのだろう…
棍棒を大地に叩きつけるとボワッと大きな焔が立ち昇る、複合的な付与の邪言であるらしい。
だが…小鬼の脅しは無駄な行為…悪手であった。
その瞬間…正人が動いた!
邪鬼が巻き起こし立ち昇った焔と一緒に…金属的な光を放ち刃が煌めく!
正人は一気に軽々と横薙ぎに長刀を振り抜く!
刀の全長は二メートル、確かに長い、が…邪鬼に届く距離では無い筈である。
立ち昇った焔が消えた時だった。
邪鬼の首が嗤ったままの表情でゴトリと地面に落ちる。
続いて切れ目からドス黒い血が吹き出し周囲の木々を汚す…
最後に腰みのを身に着けた小さいが、鎧の様な筋肉に覆われた身体が崩れ落ち…地面に倒れる。
あの変化した凶悪な棍棒は掻き消える様に消え失せ、元の大きさに戻っている。
「あっ!やべ!やっちまった!焔の巫女の監禁場所聞かなきゃいけなかったのに、あの棍棒が凶悪過ぎて…ビビって思わず使っちまったよ、こりゃあ…あ…やっぱり、髪だけじゃ済まないよなぁ、自分でも想像出来ない願いじゃな…何が代償法だよ……あっ…」
何かを捧げる事で術を消費する霊力や精神力が軽減される…筈ではあるのだが…
捧げる対象は何でも良いのだ、重要なのは覚悟の大きさである。
髪の毛数本では覚悟も何もあったものでは無い。
急激な疲労感でガクリとその場に膝を付く…
他の仲間は、それぞれに適性は有りはしたが本人想像の範囲内で、それも触媒を使わねば事象を具現化出来なかった。
だが円谷正人だけは最初から無茶な願いも地霊は聞き入れてくれた。
大地の派生で有る金属などの変化には触媒が必要では有るが…
土に関する物なら触媒など要らない、何故なら足元に無限に広がっているのだから。
だが加護を持っている理由は分からない、生まれ持って事象を歪める力を持つ者が存在するのだと言う。
例えば見えぬ存在を、見る、聞く、感じる者…更には此方側の【神人】や【真人】とコンタクトを取る者…
中には炎の力を制御できずに人体発火に至り焼死する者も…
矢鱈と雨に好かれる雨男や雨女もわその類で有ると言えよう。
とは言え…その【地霊の加護】こそがこの世界に来る呼び水になったのかも知れないが、或いは別の…運命的な【何か】か…
それを教えてくれた者はコチラの世界に来てすぐに出会った。
言霊の法…声法を伝授してくれた【真人】を名乗る現地人は正人に対してこう言った。
「君は地霊に愛されている、いや霊体の核が、詳細はともかく【地霊の加護】持ちだね?下の世界…重い世界ではそれで困った事も得した事もあるんじゃ無いの?」
と…
だが無茶な願いを聞いてはくれるし、気に入られてはいても多少の霊力や精神力はの消費は必要らしい。
バカ長い刀は想像出来る。
実際に物干し竿の様な伝説も有るので認知も百万世界の事象の一つとして世界に刻み込まれている。
だがその長い刀でも届かぬ数メートル離れた生物の首を落とす願いは言葉に出来ても想像は出来ないと云う事だ。
(う〜む…想像に色々無駄があった様な気がする…もっとちゃんと想像しないと……後はビビらない様に…あぁ…度胸が欲しい…だから見掛け倒しって言われちゃうんだよなぁ…)
体力を消耗した身体でフラフラと立ち上がり、仲間の方にヨロヨロと進む。
既に馬頭の獣人の呪縛は解除されているが戦闘の興奮に飲まれているらしく…
「人間のメス!オマエナカナカツヨイ!」
「アンタも中々やるじゃない!こっちの世界だから勝負になってるのかも知れないけど、でもアタシは二度と負けないっ!次でケリは付けさせて貰うっ!」
「カカッテコイ!ツギハオレノゼンリョクノイチゲキデ!シトメテ…ツヨイセンシ!ハクセイニシテイエニカザル!」
(誰も気付いて無いのか…相手普通に喋ってんじゃん…大型獣人だからなぁ…馬男も何故自分が闘っているかなんて…直ぐには頭が回らないんだ…認知はそうそう覆らないって事か…)
止めないで拳を握り彼女を応援する英二と精神力を使い果たし、地面の上でスヤスヤと眠りに着く涼夏を眺める。
(あ〜あ…鈴本さんが昏倒しちゃってるんじゃ仕方無いか、普段は冷静なのに美咲ちゃんの事になると熱くなるんだもんなぁ…)
戦闘中の一人と一匹に向かって疲れた身体で声を張り上げる
「お~い!ちょっと待ってくれぇ!ストップ!ストップ!また焔の巫女の情報聞いて無いから!」
(邪鬼に攫われた焔の巫女…何処に居るんだ……俺達が元の世界に帰るには…巫女が必要なんだ…)
◆ ◆ ◆
これは…突然異世界に飛ばされた港湾大学の学生である円谷正人と焔の巫女の物語…
物語の始まりは平成初期…
港湾大学伝奇…いや…郷土史研究会の三人と、彼氏の英二に引っ付いて来た尾形市東短大の女学生一名。
その不可思議な物語は彼らが尾形市のタウン誌の編集長であり、かつてはこの地方都市一帯を治めていたた大名の子孫でもある…初老のスケベ親父…
尾形進(58)に面会したその日に始まったのかも知れない。
尾形氏秘蔵の書物…
【山間討鬼伝】を見せて貰う為に…
※現在、昭和アウトローガールズ☆犀角を編集再投稿しております、美咲もレギュラーキャラとして出ております、討鬼伝の前日譚として見て頂ければ嬉しいです、R18のノクターンノベルスではありますが…
そんなわけで暫くは投稿頻度が落ちます、ご了承下さい




