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6話ー本物ー


ーグリテンリバー城下町ー


 穢獣(あいじゅう)バルバンテの熱線により、窓が割れるなどの被害が出た城下町。負傷者こそいるものの、皆軽傷で済んだのが幸いだった。ケメィ達の調査隊は、城下町郊外をキャンプ地とし拠点を設けた。その中で、診察場所を一般開放し、負傷者の手当てに勤しんでいる。


 警備の手厚い一際大きなテントの外で、隊士に指示を出すケメィの姿があった。


「来たぜ」


 レイゼルの声に振り向き、隊士への指示を言い終えてから中へと案内される。


「テキトーにお座りください」


 ケメィは吐息多めで疲労感のある声色で話した。出入口の隊士に手を上げ、何かを合図する。


 テントの真ん中にある大きなテーブル、簡易的な椅子が並び、左にケメィ、右に3人が座る。


「ヨロレイヒ湖国本軍調査団団長のケメィ・シユジールです。よろしく」


「俺レイゼルっす」


「リク・シャルダーンです。よろしくお願いします」


「カリンです。よろしくお願いします」


「で、ヨロレイヒ湖国の本軍様がなんでここ……」


 言ったレイゼルは、ふと思い出し言葉を詰まらせる。


「昨日、ここら一帯の地主トーデン・サルボラが巡礼に失敗し命を落とした。その原因究明の為に来たんだが、もう調査どこじゃなくなってしまった」


 昨日レイゼルが穢獣を解放したグリテンリバー穢場(けがれば)は、バルバンテとの戦闘により荒れてしまった。


「それは〜残念すね」


 他人事のように言うレイゼルだが、ほんの少し安心したのも事実である。


「穢獣バルバンテの顕現。敵対して尚、被害者を数名に抑えたのは、あなた達の功績だと私は思います。ありがとうございました」


「どういたしまして」


 満更でも無い表情のレイゼル。少し表情の硬いリクは、地雷を踏まぬよう慎重になっている。


「そこでお聞きしたいのだが、あなた達は何者です?穢獣バルバンテと、かのラスティオン帝国の鬼神クァズノーム相手に、少々余裕まで見せる立ち回り。それにレイゼルさん、あんたはまた桁違いに見えたんだが」


「いやー?」


 先ほど合図された隊士が、皆のもとにコーヒーを置く。ここぞとばかりに、レイゼルはアツアツのブラックを飲み干す。カリンは砂糖とミルクを足し、少し冷めるのを待つようだ。


「我々、アルルカリアから来ました。彼女の旅行の護衛です」


 リクは代わりに述べた。カリンも、自然の中で勉強するのが好きでしてと合わせる。


「おーアルルカリアから。さぞ遠かったでしょう。カリンさん、さぞお強い2人が護衛なさって心強いことでしょうね」


 含みのある言い方にカリンも、ええまあと流し気味に応える。


「アルルカリアには5年前行きましてね、女王の銅像があるでしょう?お綺麗でしたよ」


「立派な銅像だもんな」


 淡々と応えるレイゼル。


「ええ……」


 ケメィはレイゼルの目を捉えていた。


「あ……」


 カリンは察したように声を漏らす。


「ところでレイゼルさん、甚だ疑問に思うことがあるのですが……」


 空気が変わる。


「先の戦闘にて、何故、穢獣を庇う動きをしていたんです?」


「庇ってないけどねぇ〜」


 ケメィは顎に指を添え、沈黙する。


「謎の女性、鬼神クァズノーム。この2人はバルバンテを討とうと敵意を向けていた。この当事者達を止めに入ったのもレイゼルさんだ」


「……」


「穢獣を討とうと近づく者が殆どの中で、庇うという行動を見たのは初めてでしてね」


「んー……」


「それに、アルルカリアの首都にある女王の銅像は6年前に壊され、造り直されたのは3年前だ。5年前は銅像なんて無いんですがね」


「あんまり国に居なくてさ。それに最近年数経つの早くてね。いつだったかあんま覚えてないんすよ」


「カリンさんの護衛なんでしょう?歳は16から18程でしょう。そんな国を出突っ張りなんです?」


「今もだけど、カリンは旅行が好きでさ、よく行くんだよ」


「よく行く旅行ならば、その都度帰国するでしょう。女王の銅像が壊されたとなれば噂も広まるし、掲示板などにもデカく載るんだがね」


「んー忙しくてね」


「それはあなたが"リオルドラン"だからでは?」


「そんなまさか」


「穢獣解放思想……でしたっけ。バルバンテを護る行為と合致するのも気のせいで?」


「気のせいっすね。そんでもし仮にそうだとしてさ、バルバンテを護ることがマズいみたいな言い方だけど、なんかあんの?」


「穢獣バルバンテの生命力を保持していたメスローデ・アギリタルは、"アルパースランド"傘下国の中でも有力な戦士でしたから。仮に、解放する為に"殺した"となれば、我々はアルルカリアと戦争しなければなりませんので」


 事が大きくなりつつある話に、カリンは瞳孔を狭くせざるを得ない。


「そっか」


 レイゼルはリクをチラと見る。それに対し、リクは頷く。


「俺とリクはリオルドランだ」


「証拠はありますか」


 間髪ない切り返し。ケメィも散々、リオルドランの偽組織に振り回されてきたことに由来する。


「機密事項にあたり、交換条件でどうでしょう。呑んで頂ければ、我々の魔法陣をお見せします」


 ケメィは言葉を発したリクへと視線を移す。


「交換条件……ですか」


「はい。まず、我々はメスローデ殿を殺してないことを誓う。憶測になり矛盾しますが、手を掛けたのは"ヌルビアガ"だと断定しています」


 ケメィは静かに聴いた。


「そしてバルバンテを討った者は、ラスティオン帝国のハドア・ステルターニ。鬼神クァズノームが執事として護衛する名家の青年です」


 ケメィは紙にインクを走らせる。


「全ての事が起こる前、このレイゼルとハドアは接触しており、今後はアルパースランドへ向かう旨の会話をしています」


 ケメィの手は止まる。


 ラスティオン帝国の来訪の報告は無い。4大穢場を保有する国の来訪となれば、傘下国にも通達がいく。今回のヨロレイヒ入国も、ケメィはその目で見て知ったことになる。


 何かが暗躍している。この予感がケメィの脳裏に浮かびうる。


「……つまり」


「我々の出す交換条件というのは、アルパースランドでのハドアに関する情報の常時共有を求めます」


「ヨロレイヒ湖国本軍調査団団長様のあんたなら、上を説得することもできるっしょ」


「……ふぅー」


 ケメィは簡易椅子の背もたれに体重を預け、髪の毛を鷲掴んでテントの弛む縫い目を見るしかなかった。


「ヨロレイヒ湖国にとっても、大国アルパースランドにとっても、我々リオルドランの介入は大きな意味を持つと思います」


「今日確信したけど、ヌルビアガも動き出してるしな」


「フェアに行きましょ、ケメィさん」


 坊主に剃り込みのある見た目のリクからは想像もできないような提案に、ケメィの心拍数は跳ね上がっていた。


 カリンも、凄い瞬間に立ち会ってる気がして、何故か緊張する。


「……どうすればいい……っすかね」


 リクはニコっと笑う。


「交渉成立だな」


 レイゼルの言葉を合図に、2人の背後に魔法陣は生成される。レイゼルは茜色、リクは淡藤色。三重魔法陣の中心に、リオルドランを象徴する"二重太陽"の紋章が記されていた。"二重太陽"とは、簡易的な太陽を囲む円の外側に、直剣が九方に向く特徴的な印である。


「……本物」


 カリンの瞳にも、この魔法陣は反射していた。


「しかも三重ですか」


 さも当たり前かのように三重魔法陣を展開した2人。魔法陣とは、1つの円で成すのが通常である。その魔法陣を生成するのでさえ、生命力を可視化する程の力が必要。魔術を学ぶ者であれば、魔法生成時に自ずと展開する。生命力の可視化による光の輪"光背"がそう見せているだけ、という説もある。


 しかし、魔法陣を重ねることは並の魔術師でも容易でなく、度重なる鍛錬と多量の生命力を必要とし、高度な魔術を学ぶ必要性がある。


 仮に球を全力で投げたとしよう。その球が物体に当たる前、空中にある間にまったく同じ軌道に重ね、後に放った球が先の球を後押しする。このイメージが、魔法陣を重ねる事を意味する。


 つまりは、カリンが口を開けっぱなしになる奴らだということ。


 2人は魔法陣を閉じ、ケメィと握手することで互いの生命力を記憶した。しかし、レイゼルの手を離した際、その生命力を思い出せなくなってしまう。


「後で私の使と握手してください。その使が伝達係になります」


 リクの言葉にケメィは戸惑いを見せたが、すぐに状況を飲み込み、自身の責務へと戻る。


「先程、"ヌルビアガ"という組織名が出ましたが、今回の件にどう関係しているんでしょうか」


「メスローデ殿を殺害及び、バルバンテ討伐による生命力の保持を目論んでいたものと断定します」


 ケメィは再度、インクを走らせる。


「まず、シームリバーの町中で彼は"リオルドランになった"と叫び注目を集めていました。ということは、そう唆し近寄った存在が居る。そして観衆の前での殺害。バルバンテを討った程の漢が警戒すらせず、そして顔面が瞬間的に穿たれる力」


 カリンは思い出し、視線を少し落とす。


「それをやり遂げる力を持つ者が居たこと、そして不審な女との対峙により感じた生命力。このことから、ヌルビアガだと断定しました」


「では、ラスティオン帝国の者らは、あの場に居合わせただけ……と?」


「ラスティオン帝国がメスローデ殿の殺害を目論んでいた場合、あの場に居たのは部が悪いです」


「……あー、そうですよね」


「メスローデ殿を殺害する者、顕現した穢獣を直ぐに討つ者に分かれている筈。しかし、その場に居たクァズノームは反射的に駆け出しました」


 レイゼルもうんうんと頷く。


「ですが、ヌルビアガの"ヨデンと名乗る女"もあの場に居ました」


「……何か理由が?」


「恐らく、本物のリオルドランの炙り出しでしょう。思惑通りの結果になってしまいました」


「本物のヌルビアガの場合、大変なことになりますね」


「やばいよマジ」


「ヌルビアガがあの場に居たことから、ラスティオン帝国一行の後を尾けている可能性も十分にあります」


「それで情報の常時共有という訳ですな」


「ええ。私達は多忙ですが、ヌルビアガとなれば優先的に動きます。ご協力いただけて光栄です」


 ケメィはこちらこそと頭を下げた。


 ヌルビアガ。


 穢獣殲滅思想。


 世界の禁忌を目的とした危険組織。


 世界の禁忌とは、この世界の起源にまで遡る。


 "4人の神"から始まり、亡骸が4大穢場へと果てた。有り余る生命力から穢獣は産まれ、途方もない年月をかけて多くの穢場へと派生していく。人々は生命力に惹かれ、神たちの意思とは反する形で、穢れた世界に成る。生命力を求めて命を奪い合い、それはやがて国単位で求める。


 人とは存外、力の魅力には弱いものだ。


 何故そこまでして生命力を求めるのか。


「"欠片"狙いだろうな」


 ケメィの居たテントを後にし、街路樹を歩きながらリクは呟いた。


「あの女……ヨデン?は"欠片"に近かった?」


「……分からなかった」


「"欠片"って、4大穢場の主の生命力持ってる人をそう呼ぶんだっけ?」


 2人の後ろを歩くカリンは、眉を八の字にして聞いた。


「んー、そうだけど、そうじゃない……みたいな」


 レイゼルは振り向きながら、カリンの瞳を見て言う。


「4大穢場の主を討てる程の生命力を持っていて、そこに主の生命力が加わるとさ、もう想像もできないくらいの生命力になっちゃうじゃん?って感じ」


 リクもカリンに分かるように砕いて言う。


「じゃあ、めっちゃ多くの穢獣の生命力を持って、合算して凄い生命力を持っちゃった人も"欠片"って呼ぶのかな」


「そう!でもそれだと、生きてるうちに成せるかどうかって話になっちゃうから、みんな4大穢場の主を狙うんだよね」


 カリンはその言葉を踏まえ、ケメィと2人の会話を思い返していた。


「で、そのヌルビアガの人たちは"欠片"になろうとして……なってどうするの?」



「"4人の欠片"が揃うと、世界書き換えれるからじゃない?」



 流れる雲を見ながら、サラッと言うレイゼル。


「それが世界の禁忌だね」


「やってること神様じゃん」


「それを、俺らリオルドランは阻止しないとねってこと」


 ほわ〜と、あまり想像できてないカリンは目を丸くした。


「そうだレイゼル。俺は真っ直ぐアルパースランド向かうんだけど、一つ頼まれてくれないか」


「また〜?地主トーデンもあんたの我儘なんすけど?」


「ありがとうありがとう。で、君たちクロックヴェルクに向かってくれないかな」


 ヨロレイヒ湖国の隣、標高の高い場所にあるが栄える都市。形式上は国として登録されているが、国土は狭く、円形になっている。


「何でクロックヴェルク!?あそこの穢場に何か動きあったん?」


「どうやらね」


 リクはレイゼルの目を見やる。


「穢獣ニキビの顕現によって、そこの主の生命力を保有してるミリオットが動いたって」


 リクはカリンへと視線を移す。


 ……否。


 カリンの肩を見ていた。





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