23話ー開戦ー
ーアルパース城から東 ヘプテム山脈ー
ハドアは自身の熱に押し潰されそうな感覚で、目を覚ます。
背中が地面に埋もれ、身体に覆い被さる地面の破片を退かしながら立ち上がる。
穢纏はまだ解いていない。
しかし、酷く立ちくらみがして、揺らぐ視界に吐き気を催す。
焦点が合ってきた時、やっと現状を理解した。
山の斜面に大きく窪んだこの場所。少し離れた場所に、胴体が半分に裂かれて力尽きるウルビダの姿。
"その横に顕現するセプテバロは、ウルビダに寄り添うように脚を折りたたんで座っていた。"
穢場を持たない、特殊な穢獣。
セプテバロは、ウルビダの顔に頬をすり寄せる。
動かないウルビダに、セプテバロは何を想うのか。
静かに、その瞳から感情は流れ落ちる。
身体から桜の花弁が舞った。
その花弁は、ハドアへと流れ着く。
身体へと溶け込んだ花弁。直後から、ハドアの心に重くのしかかる悲哀の感情。
「……重いなあ」
そこで、気付くのだ。
「……っ!」
思わず背中を丸めて腹部を抑えた。遅れてやってきた痛覚が、尋常ならざる痛みを気付かせる。傷口を焼いて止血するも、その痛みは呼吸の回数を増やす。ゆっくりと、穢纏を解く。
「動かないとな……」
目立ちすぎた。早くしなければ、アルパースランドの増援が到着してしまう。
ウルビダの亡骸を横目に、ハドアはよろよろと立ち去る。
ー同日 18時26分 アルパース城ー
ウルビダの訃報の届いた城では、ジェンドを筆頭に厳戒態勢が敷かれていた。
部屋を厳重警備していたにも拘らず、ルゼラカルトは窓を破壊して姿を消す。
同様に、"ロザンパーゴ"の姿も無いのだ。
明らかに異質な事態に街も騒めき、噂は羽を付けて瞬く間に広まっていく。
ジェンドは怒りの中で思考する。
"奴ら"の目的を考えろ。
ルゼラカルトがメリトーを襲撃したのは"宝剣"が目的。その宝剣を持ったとして、何をする?
ラスティオンのハドアがウルビダを襲撃した目的は?穢獣の奪取……だとして、ハドアは"奴ら"と関係があるのか?
このタイミングで姿を消したロザンパーゴの目的は?別の場所でルゼラカルトと落ち合う為か?リクが見せた"リオルドランの魔法陣"を本物と断定した場合、ルゼラカルトとロザンパーゴは"ヌルビアガ"だったと?
ロザンパーゴが"ヌルビアガ"だと仮定すると、奴はこの国の内部で何を……。
……。
書庫に多く出入りしていたな。
……大穢場……主の討伐。
城に残る円卓の六将は、私一人になってしまった。
ウルビダ……君の奮闘は、我々にも届いたぞ。
命を賭して戦った勇敢な戦士。
見事であった。
……。
大穢場へ……。
「"牛影月に従え"」
ー"某日" 18時43分 アルパースランド某所ー
静かに装飾された店内で、完全個室。
間接的な蝋の灯りが、薄暗く部屋を照らす。
「凄いことになっちゃいましたねえ」
がむしゃらに肉に喰らいつくルゼラカルトは、同じ卓に座る3人を見渡した。
「結構な邪魔が入っちまったなあ」
同じく肉を頬張るヨデンは、ラウーシュが手に取ったパンを奪い取る。
「おかげで、計画はめちゃくちゃだ」
"ロザンパーゴ"は、丁寧に肉を切り分ける。
「まだ"宝剣"の実態を掴んでいないのでしょう?」
ルゼラカルトは、ロザンパーゴを見やる。
「あと少しだった。ジェンドの側近にさえ、近付けていれば」
「言い訳じゃんよ。慎重になりすぎたんでしょ。もっと早く動いてればねえ」
口の中の肉を、葡萄酒で流し込むヨデン。
「にしても、ラスティオンのあいつは何?」
葡萄酒の匂いを嗅ぎ、ラウーシュは言う。
「私欲で動くキチガイ」
ヨデンはパンを齧った。
「目的はあくまで、ウルビダの穢獣だろうな」
「たまたま、同じ時期に動いてしまったということですかね」
ルゼラカルトは最後の一口である肉を口に運ぶ。
「迷惑すぎる。そういう情報は"あいつら"が把握するべきだろ」
「でもそのハドアってやつ、数日前にバルバンテ獲ったばかりだぜ。それまで"生命力も無かった"んだとさ」
ヨデンとルゼラカルトは目を見開く。
「そんなんで、ウルビダを討ったんか」
「穢纏まで使えるんじゃ、バケモンですね」
4人の溜息が重なる。
「"宝剣"は諦めて、決行するしかないな」
声を鎮めるラウーシュ。
「まあ"宝剣"は"あのリオルドラン"対策なだけだからな」
葡萄酒を見やるロザンパーゴ。
「そうですねえ。今こうしてる間にも、ジェンドは動くでしょうから」
ルゼラカルトは強く頷く。
「ジェンドの相手は誰すんの?ラウーシュお前責任取ってやれや」
口調の強いヨデン。
「勘弁してくれ」
「……やるよ。責任取る」
切り分けた肉を口に運び、ロザンパーゴがそれを言ったのだ。
「まあ、ロザンだろうな」
当たり前だなと、合いの手を入れるラウーシュ。
「あとクソ面倒なのが、リオルドランが動いてるってことですよね」
「ミリオットも、恐らくオドムも潜んでるしな」
「ルゼラカルトの傷、情けねえなあ。死に損ないのミリオットにやられたんだろ?」
嘲笑いながら、ヨデンはルゼラカルトの腹部の傷口を指差す。
「まったく、屈辱ですよ」
「決行は"明日"だ。異論は」
「ない」
「ありません」
「やろうぜ」
絶大な4人の会合は、こうして幕を下ろす。
その火蓋が、切られようと。
街はそれを知らずに、静かに夜を迎えるのだ。
ーアルパース大穢場 ウルビダ絶命翌日4時03分ー
アルパースランドの中心部に位置する大穢場。楕円形の超広範囲に鎮座し、山頂から麓にかけて3段階の結界に分かれている。
巡礼者は首都アルパースからのみの入場となり、残り2つの関門を通る。巡礼場所となる山頂は標高が高く、世界で見ても5本の指に入る高度を誇る。巡礼者は標高の高さに身体を慣らす為、ある程度まで登って降りるを繰り返しつつ徐々に登る。故に、巡礼場所の山頂までは入場から3ヶ月を要するのが常である。
グリテンリバー穢場の結界をクァズノームは破壊して強制入場したが、大穢場の結界は生命力の密度が桁違いの為、ヌルビアガであっても破壊する判断はしない。そこに割く力は使いたくないのだ。
アルパース第6軍は麓の入出の為の第1の門の内と外に配置される。
ジェンド率いる第1軍は第2の門にて待ち構える為、急ぎ向かっている最中だ。鍛え抜かれた彼らであれば、身体を慣らさずとも登山が可能。第3の門で待ち構えない理由としては、"主の範囲"に入ってしまうことが懸念される為である。
第2軍から第5軍は、第2の門までの中間の主要拠点にそれぞれ配置。
緊迫した空気の中、待ち構える。
あくまでジェンドの想定に過ぎないが、昨日牛影を通してリクと会話した結果、この判断に至る。
軍が配置についてから一度目の、第1の門の開門。
ジェンドの伝えにより、"二重太陽"の魔法陣の提示があった場合に入場を許可せよとのこと。
開門により、数名が入場。
「第1の門、二重太陽の魔法陣提示により開門しました」
音声転送魔具により、全軍へ通達。
馬に跨りながら、ジェンドもその報告を聞いた。
ーアルパース大穢場 "2日後"3時37分ー
いつ来るか分からず気を張っていた兵士達に、疲れの色が目立つ頃。交代で仮眠を取りつつ、一抹の不安を覚え始めた。
第1の門。
荷車を引いた馬車が来る。
「ジェンド様に頼まれた食料を運びたい。開門してくれないか」
守衛と顔見知りのその兵士は、手際良く荷台の布を捲り、多量に積まれた食料の一端を見せた。
「わかった。本当に、襲撃なんて来るのか?」
「可能性の話だろうな。この感じだと、まだまだ先は長そうだぞ」
開門。
その馬車は、入場する。
閉門。
「第1の門、食料補充の為の馬車通過の為、開門しました」
全軍へ通達。
数秒。
「食料の備蓄はまだあるぞ。誰の命令だ?」
より声の低いジェンドの声。
「……ジェンド様の……」
「私はそんな命令は下してない!!今すぐに取り押さえろ!!」
守衛の心拍は跳ね上がる。
「開門しろ!!」
3度目の開門。
豆粒に見える程遠くで止まる馬車。
第6軍の半数は急ぎ向かい、馬車を取り囲む。
守衛は、息を呑んだ。
手綱を握っていた筈の顔見知りの兵士が"居た"その場所には、弾け散った血と肉塊に被さった鎧の破片と布のみが残されていた。
「……に、荷台を調べろ!!」
守衛の声の後に、周りの兵士が荷台の布を開ける。前面に積まれた食料の奥には、空間があるのだ。
「……俺は……ぐ……馬鹿野郎……」
震える手で魔具を握り、声を絞り出す。
「侵入……されました」
「……各軍!兵士を起こし!厳戒態勢!!」
覇気の籠った声に、心身を揺さぶられる。
「長くなったな!気を張って疲れたろう!しかし!皆の闘志を私は知っている!国を想う心意気もだ!!頼んだぞ!!」
音声転送魔具を突き抜け、その号令は兵士の耳へ届く。
沸々と湧き上がる士気に、それぞれは実感する。
これから、戦うのだと。
空もまだ寝ている時、静かに、それは静かに開戦した。
ーアルパース大穢場 第1拠点 4時59分ー
第1の門から、通常6時間の距離にある宿舎。巡礼者はここから次の拠点を往復し、高度に身体を慣らしていく。その道中は雪が積もる為、装備の調整にも用いられる宿舎だ。普段であれば常駐の兵士が2人。この拠点の周囲に、第5軍が列を成す。
指揮を取るのは、ジェンドの側近であるクルスエド。
王の盾に仕えた、列記とした戦士。
その重圧は、やってくる。
地面を砕いて着地したそれは、戦士達の心拍を鷲掴む。
「……1人」
ジェンドは4人が襲撃に来ると予想していた。しかし、そこに居るのはたった1人。
「巡礼者は邪魔になるから排除しろって言われちゃったからさ、来たはいいものの、君、ただの側近だよね」
目を黒髪で覆う眼鏡を掛けた男。
特徴からして、ラウーシュと断定。
「こんな相手に時間割いてるなら、まとめて行った方が合理的だと思うけど。さっさと合流しないとね」
その言葉から推測すると、やはり複数で来ているか。だとしたら、他の軍も危ない。
クルスエドは、目の前の男含めた彼らが"ヌルビアガ"の可能性を承知している。
しかし、噂に聞く"ヌルビアガ"の武力の真髄を、クルスエド本人は実感していない。
その絶大な武力を、この後の行動一つで理解させられるのだ。
【穿廻ゼレスカン 庭穿踏血】
頭上の歪みを目視。クルスエドは本能的に後退した。声を発することも間に合わず、一部の兵士達が空気の圧に押し伏された。皮膚は裂け、鎧の隙間から血が流れ出る。その地面は大きく円形に沈んだ。
【穿廻ゼレスカン 穿廻】
尖り捻れた空気の弾が飛翔。盾で受ける兵士は、その盾がひしゃげ、大きく吹き飛ばされる。
ゆったりと歩き寄るラウーシュは、自身の沈ませた地面を通るのだ。
瞬間、ラウーシュは躱す。
空間に押し伏された兵士の刃が、ラウーシュの首元を通り過ぎた。
目を見開く。
瀕死だろうと、口を開けたラウーシュ。剣を振るった兵士の目は、何の光も失わずに眼前の敵を絶えず捉えていた。
同じく数名、立ち上がりラウーシュへ斬りかかる。
幾本も骨は折れ、皮膚は裂けているのだ。
悶えることもせず、その刃は只管に獲物を据える。
ラウーシュもまた然り。
大国アルパース軍の強さを、言葉では理解していた。しかし対峙した今、それを心身から実感する。
"死して尚、喰らいつく。"
その真髄を。
【拘束魔具】
圧倒的な強者を前に触れることすら出来ないことを想定とした拘束魔法の施された魔具。一定の範囲内であれば、指定の方向に向けるだけで対象を絞り、魔法を発動し飛翔させる仕組み。
その魔具を、兵士の全てが所持している。
ラウーシュを囲む瀕死の兵士が拘束魔具を発動。しかし、それは本来の力は発揮されない。
人であれば数秒程度拘束する魔法。その秒数は対象者の生命力の量によって左右される為、圧倒的強者は1秒すらも拘束できない。
だが、それでいい。
1秒すら無い時間でさえ、身体は一瞬動きを止める。加え、拘束を解く為の生命力の消費。
洗練された兵士の全てがそれを持つことは、塵が積もって山となろう。
拘束魔具の連続によって、ラウーシュの心身的疲労は溜まる。合間で穿つ空弾を放つも、直後には一瞬の拘束。兵士の刃の距離は、徐々に近付くのだ。
その攻防は、クルスエドが距離を詰めるに事足りる時間を稼いでくれる。
【穢獣 斬裂】
その一振りは、ラウーシュの首の皮膚を掠める。
名前無し穢獣を持ち、鍛錬のみでその地位にまで昇りつめた男。
クルスエドは、理解している。
自分の役目を。
仮としてラウーシュがヌルビアガであれば、自身に勝ち目は無い。
しかし、奴らの狙いが大穢場の主であれば、生命力及び体力の消耗は避けたいと。
その意を、削いでやろう。
悠々綽々(ゆうゆうしゃくしゃく)としたその態度。舐めり腐って、我々を踏み躙るだけの雑魚と思っていることこそが、狙いなのだ。
意地を以て、削ってやる。




