22話ー衝突ー
ウルビダとハドア、両者の穢纏使用の事実は、世界に通知された。
ハドアの母国であるラスティオン帝国の上層部は慌てふためいていた。
ステルターニ家の子息が、敵国で"戦闘"しているのだ。同場所同時刻に円卓の六将ウルビダも穢纏を使用していることから、容易に想定できる事実なのだ。
"行方を告げず国を発っていた"ハドアが、とんでもないことをしてくれた、と。ましてや、生命力すら無かった者が故に、尚更。
大穢場所有国の戦争に発展しかけない程、恐ろしく身勝手な行動。
そして何より一番衝撃を受けていたのが、アルパースランド上層部である。
ウルビダ邸から守衛が到着したとほぼ同時に、穢纏使用の書類は生成された。
ジェンド、ロザンパーゴ、ルゼラカルト。それぞれ感じ取ることは違うものの、明らかに動揺してしまう。
ジェンドは部隊を編成し、至急例の場所へ向かわせた。自身が出向かない理由として、疑いを向けるロザンパーゴを城に残したくないのだ。残ることで、抑制の意味もあると踏む。
この戦闘の勝敗次第で、状況の天秤は大きく傾くだろう……。
「ウルビダ……」
ジェンドは机に肘を付き、頭を抱える。
「国が……かかっている……」
ーアルパース城から東 ヘプテム山脈ー
両者穢纏の使用により、周囲は不気味な程の重圧に満ちていた。
ハドアはまるで龍燐を纏ったような焦げた外皮の上半身に、赫く脈打つようにヒビがある。下半身はバルバンテ同様龍燐の鎧を纏い、鋸状の長い尾が生える。
顔も若干の焦げがあり、藍色の髪の間から赫色に光る眼球。耳の上から鍬形状の2本のツノが伸び、禍々しい姿となった。
ウルビダの上半身は先程と変わらず、下半身のみ鎧馬となる。鎧馬の首の付け根部分にウルビダの上半身部位が接合された姿。
生命力によって生成された騎槍を右手に持ち、左手は変わらず盾を持つ。
髪色は全て桃色に変色し、頬に桃色二重線の紋様が浮かぶ。
それぞれが穢獣の姿を纏い、互いを見据える。
「昔絵本で見たことある!半身半馬の絵!それ描いた人はきっとさ、君みたいな人を見て描いたんだろうね!」
生命力によるものか、声量も格段に上がっている。
「あんたも、その姿、悪魔だよもう」
「悪魔ー!酷い言いようだなあ!」
ハドアは自身の身体を見回す。
「でもそうかも。君にとっては、僕は悪魔かもね」
ウルビダは空を駆けようと、地面を踏む脚に力を込める。
【炎尾バルバンテ 焦熱気線】
斜面下方からその足元に向けた熱線は、地面を赫く爛れさせながら直線に伸びる。体勢を崩しながらも、熱線到達より先に空へ駆けたウルビダ。
高密度に圧縮された炎の射出速度と、その精密さに驚く。つい数分前まで、炎を矢鱈に放出していただけのハドア。
記し忘れていたが。ハドアこそ、世界最速で覚醒を掴んだ巡礼者なのだ。
生命力量の上昇により、ウルビダの空を駆ける速度は上がっていた。加え、空中でも呼吸は可能となり、より自在に制空する。
自身の生命力によって生成された騎槍。
空を駆ける勢いに乗せ、その騎槍を突き投げる。
【星導セプテバロ 騎彗星槍】
空気の波紋を広げ、騎槍はハドアへ突き進む。軌道を読み、炎を放出して避けた。しかし、騎槍の"進む道"はハドアへと向けられる。
切先の軌道が変わり、ハドアの左肩へ直撃。
同時に、その騎槍の生命力は内側から爆ぜる。砂煙を上げ、たちまち円形に退かした。斜面は大きく窪み、ハドアの身体は破片と共に埋もれる。
龍燐を纏ったような焦げた左肩の外皮は、多少削れはしたものの、肉体までの傷には至らず。
「硬い……」
空を駆けながら騎槍を生成し、ハドアの外皮の硬さに唸る。
不思議なことに、穢纏状態だと生命力の使い方が身体の一部かのように鮮明に理解できる。これが、穢獣と1つになることの意味なのだと。
それはハドアも同様。
尾を地面に突き立て、体勢を直す。そのまま脚に力を込め、尾と合わせて地面を蹴る。
「空中で熱線を出すなら、背中からも炎を出さないとだよね。空中で安定しないと、狙いも定まらないし、少しブレただけで全然違うところ行っちゃう。技を出すのもリスクなわけだ」
ウルビダと同高度を維持。
距離を詰めなかったのは、ウルビダの騎槍が脅威であること。それと、穢獣と1つになってるといえど、尾の練度が低いと自覚しているからだ。
「みんな穢纏の鍛錬はどうやってるんだろう。世界に通知されるこの姿にホイホイなれないもんなあ」
ハドアの懸念は、生命力への理解と鍛錬の量。クロックヴェルクにて穢纏を使用したルゼラカルトでさえ、その場での使用が初となる。しかし彼の場合、長い時間穢獣の生命力を使い、多くの戦いによって理解してきたこと。
そうなれば、"感覚"で扱えるのだ。
生命力を手にしてから時間の浅すぎるハドアは、その感覚を持ち合わせておらず、よって穢纏で"出来ること"も理解していない。
この点に関しては、ウルビダが上。
しかし、ハドアの常軌を逸した適応力を侮ってはならないと、また理解する。
時間が経つのは、よくない。
ウルビダが狙うは、早期決着。
「そっか、良い機会だね。今手当たり次第やってみればいいんだ。この巡り合わせに感謝しなくちゃ」
【炎尾バルバンテ 焦熱気線】
斜面で放った熱線よりも速く、それはウルビダの眼前へ迫る。
ウルビダは足元の"生成した道"を消して落下する。後を追う熱線だが、ウルビダは落下先で更に道を生成して踏み込み、ハドアへと距離を詰める。短い道を点々と生成することで、跳ねるように空中を移動。熱線の制御を混濁とさせる。
縦横無尽に近寄るウルビダへ狙いを定めていたハドア。遥か遠方で、騎馬が生成された生命力を感知する。よって、熱線の密度は乱れる。
その隙を突いて騎槍を投げた。熱線に当てられ、それは爆散。
遠方に居た筈の騎馬の騎槍が、ハドアの左頭部へ突き当たる。視線は思わず、その騎馬へ向く。
……騎馬の騎槍が爆ぜない。
その思考と同時、ウルビダの握る騎槍がハドアの胸部へ追突。貫こうと、ウルビダは"道"を蹴る。貫く気配が無い為、反対側に位置していた騎馬を爆ぜさせ、騎槍側へ寄った重心を利用しようとした。
結果、切先は微かに外皮へ刺さる。
【星導セプテバロ 騎彗星槍】
騎槍の柄先を後脚で蹴り、ハドア諸共上空へ吹き飛ばす。
「硬すぎるってばあ!!」
それでも貫かないことを見やり、道を蹴ってハドアを追う。
途中、ハドアに微力に刺さる騎槍を爆ぜさせた。優雅に泳ぐ白い雲を突き抜け、円形に退く。その爆発は致命傷には程遠いものの、打撲に似た身体の内側へのダメージとなり、ハドアの表情を曇らせる。
ハドアの八方に騎馬を生成。
ウルビダが到達するまでの間、騎馬の突進で意識を逸らした。騎馬の破壊が無意味であると知るハドアは、躱し続ける他ない。炎の放出を抑え、生命力の節約を選択したのだ。
節約という思考の時点で、ハドアはウルビダの能力を舐め腐っていることになる。
ハドアが穢纏を通して生命力の理解を深めるのであれば、それはまた、ウルビダも同じであると思考しなければならなかった。
無意識のうちの、油断。
ハドアは騎槍にばかり着目しているが、本来のセプテバロの能力は"道を生成すること"だ。
ウルビダは道の進化を、ひたすらに模索していた。騎槍の"軌道"を動かせたことをヒントに、閃きつつある。
「熱線は生命力の消費が激しいな。もっと簡易的で、持続力の無い炎を弾にできれば……」
ウルビダの接近を見て、ハドアも思考した。
【炎尾バルバンテ 焦弾灰離】
虚空を殴るように瞬間的に力を込め、熱線と同じ密度の炎を千切り飛ばす。
炎球のようにそれは飛翔した。熱線より狙いの精度は落ちるものの、生命力の消費は抑えられ、かつ当たれば同様のダメージとなろう。
騎馬へ向けて炎球を放ち、再生の合間に包囲を抜ける。ウルビダにも炎球を9つ放ち、行手を阻もうとする。
飛翔する炎球の軌道が、ゆっくりに見える。
【星導セプテバロ 軌道周星】
ウルビダの生成する道は、物理的干渉は無く、生命力にのみ反応するもの。
よって、炎球の軌道をズラす"道"を生成。
炎球は、ウルビダを自ら避けていく。
ハドアは瞠る。
思考が巡った。
「熱線も……無意味……」
熱線の軌道を変えられてしまったらと、攻略の難易度が跳ね上がった事実を噛み締める。
実感する。ウルビダもまた、成長しているのだと。
遠距離攻撃は、意味を……。
ハドアの後方から迫る炎球。
ウルビダの手前で軌道はズラされ、大きく円を描きながらハドアの後方に回っていた炎球。
「自分の炎でも、"火傷"するもんね」
ウルビダの攻撃の精度をハドアは痛いほど理解している。大気圏から落ちる攻撃の際も、避けるハドアの位置を予測していた。
目視なしで避けるのはリスク。
どちらが脅威かを見極め、ハドアは炎球を"避けるのをやめた"。
目を逸らせば、ウルビダは突っ込んでくる筈だと。
その思考通りに、迷うことなくウルビダは距離を詰めていた。
背後への警戒を棄てる、その瞬間を待っていたのだ。
【星導セプテバロ 星騎流団】
ハドアの背後炎球の後を追うように騎馬が生成され、既に空を駆けている。
揺らぐ眼球。
背中から炎を噴き出そうとするも、間に合わず。
炎球はハドアの肩と背中に3箇所直撃。外皮で全て弾かれたものの、その熱により若干の柔さを持つ。外皮の硬度を修復する間もなく、騎馬の騎槍は同箇所に突き刺さる。
肉体の密度を上げていることで、貫通は免れる。しかし、穢纏を使用して初の流血となった。
後続の6体の騎馬と炎球が到達する前に、3体の騎馬の推力に押され、ハドアは前方へ重心を移していた。
ウルビダは"道"を蹴る。
自身の握る騎槍をハドアの鳩尾に突き立てた。
自身の向く軌道同方向に生命力を流し、"道"は動く。その道に乗るウルビダは、一気に加速。
ハドア諸共、空を流れる。
そのまま後続の炎球と騎槍をハドアの背中に衝突させた。
その速度に身動きは取れず、ハドアはされるがまま。ウルビダの騎槍の貫通を防ぐことのみに生命力を集中している。
段々と空の色は落ち、黒く染まった。
空気との摩擦で、ハドアの傷口は更に赫く発光。
微力ではあるが、徐々に、徐々に外皮の内側へと切先は入り込む。
下方へ向く。
"道"の回転数も上げ、全速力で蹴る。
地に落ちる彗星の如く、2人は発光した。
【星導セプテバロ 韻星槍麗】
空気の摩擦により生じた光に加え、ウルビダの絶大な生命力が合わさり、傾きかけた空を桃色の発光が覆った。
その光は、離れた地のグリテンリバーですら目視できる程。そしてそれは、アルパース城を怪しく照らす。
朝焼けにも似た空の色が、その空を見る者の心に重くのしかかるのだ。
遅れて、摩擦による轟音が地を揺らす。
ハドアとウルビダの張り上げる声は、その音に溶けていた。
ハドアの背中からの炎の噴射虚しく、勢いは止まることを知らない。
2人が地面に落ちると同時、周辺の雲は円形に退き、その衝撃波と共に爆炎が空を突き抜ける。
地面は大きく揺れ、ヒビ割れた地面の破片が宙を舞う。
首都アルパースに衝撃波と突風が吹き、遅れて大きな揺れが伝わる。
大きく窪んだ山の斜面に砂煙は吹き荒れ、落下する破片が更に音を増やした。
嵐のような轟音の後、不気味すぎる静寂が訪れる。
数十秒だろうか。それは続いた。
両者共に地面に倒れている。
ハドアの腹部の外皮はヒビ割れ、多量の血が滲み出ていた。
あの攻撃で尚、騎槍は身体を貫かなかったのだ。
先に目を開けたのはウルビダである。
ウルビダの目の前で立つ"鎧馬の脚"。
それは、寄り添うようにして膝を曲げ、身体を伏せた。
"首から上の無い鎧馬"の身体を、重い腕を上げて撫でる。
「頑張ったねえ……セプテバロ……」
地面衝突の直前、ハドアの尾が、ウルビダの胴を裂いていた。
「休ませて……あげられないかも……ごめんね」
ウルビダの穢纏は解け、"鎧馬だったものはウルビダの下半身へ変わる"。
薄すぎる呼吸の隙間で、流れもしない涙。
色を失う唇が、微かに動く。
「ほんと……酷いよお」
目を閉じることなく、ウルビダの力は抜け落ちた。
肺に残った空気が、静かに口から漏れて出る。




