21話ー覚醒ー
ーアルパース城から東 ヘプテム山脈ー
ハドアとウルビダが対峙するこの場所。
岩肌の急斜面の途中で繰り広げられている攻防。
その岩肌は所々抉られ、常に破片が転げ落ちている。
斜面と空間の両方を駆け、縦横無尽に騎槍を突き刺すウルビダに対し、ハドアは動きに対して目を離さず捉え続けていた。
その表情、興味津々に見やる少年のようでもある。
圧倒的に不利な立ち位置。
不安定な足場。
たった数日前に、人生で初めて生命力が宿ったばかりというのに、ハドアの心拍数の上昇は違う意味を宿していた。
生命力を宿した戦闘への憧れからくる、興奮。
それに加え図々しくも、これから得るであろう穢獣の"使い方"を学ぼうとしていたのだ。
対峙していたウルビダは、その感情を嫌という程に感じている。
しかし、ハドアの状況も苦しいものに変わりない。
数日間、鍛錬したであろうバルバンテの炎の魔法だが、精度が著しく悪いのだ。
斜面を蹴り、空を駆けるウルビダを狙う炎は、あらぬ方向へと突き進む。
調整しようにも、読み辛い動きをする相手に合わせるのは至難の業。
速度の緩急をつけたウルビダの突きに対し、避けるのが精一杯といったところだ。
そう、避けはするのだ。
それだけで、ハドアの動体視力の良さと鍛錬された肉体がそこにあると証明される。
"ハドアに見られている"という点で、ウルビダは技を出し辛くなっていた。当てずっぽうな炎ではあるものの、その威力はさすがのバルバンテといったところで、正面から受ければかなりのダメージとなろう。
それに加え周囲の温度上昇により、汗の量も増える。ウルビダの張り付く前髪から、絶え間なく流れる汗が顔面を伝う。
鎧馬に跨りながら斜面へ降り、増える呼吸量で酸素を巡らせる。
「あはー!なるほど!それは結構欠点だね!」
息を切らすウルビダに対し、同じく息を切らすハドアが声高らかに言う。
「空中だと無呼吸なんだ!息を止めないと空走れないんだね!」
ハドアはその後ぶつぶつと独り言を漏らし、ウルビダの全身を舐めるように見やる。
戦い辛い。
それはウルビダが叫びたい感情だった。
ほぼ一方的な攻めに対し、気まぐれに炎を放つハドア。殺意を向けられれば、その軌道を読んだり次の動きを予測したりして攻撃に繋げるのだが……。
「僕が見たかった動きがまだ見れてないのは、きっと僕が動かなすぎるからであって……」
次第に独り言の声が大きくなるハドア。
「僕が本気で殺しにかかれば、危機迫る状況に焦り出して本当に見たかった動きが見れるかも!?」
手のひらを大袈裟に叩く。
「なるほどねー!!!」
手のひらを叩いたその痛みに集中する。
バルバンテ討伐の当日、ハドアは生命力を使用し、左手に大きな火傷を負う。
しかし、その代償として生命力の感覚を掴む。
人生の奥底から欲した生命力に、産毛に至るまでの細胞が歓喜したのだ。
通常、穢獣の生命力を持った者ですら、生命力の具現化には時間を要する。ハドアの初回にして炎を出した事実は常軌を逸した。
体内に流れる生命力の実態を掴んだハドアは自身の治癒力を高める方法を、感覚のみでモノにした。ウルビダと対峙するこの瞬間までに火傷は痕を残すだけでほぼ完治。加え、幾度となく炎を放出し鍛錬に勤しむに至る。
円卓の六将という実戦を幾度も潜り抜けた強者と相対することで、ハドアの興奮は更に生命力への理解を深めることになった。
ウルビダへ向けて炎を放出する。ウルビダは避けた体勢を利用してそのまま空を駆けた。
「あ、ただ乱暴に出してるだけじゃん。ダメじゃん。もっと丁寧にやらないと」
手から炎を出すイメージを鮮明化させると、放出口が開いてる感覚を掴む。その部分を絞るように少しの生命力を練る。
ウルビダの横側方を鋭利な炎の熱線が通り過ぎる。瞬間、ウルビダの瞳孔は縮まる。
ハドアは自身の放った熱線の威力に体勢を崩し、斜面を滑って転んだ。
「威力の制御も考えないといけないんだね。ふむふむ。この反動で次の動きに繋げられそうかもね」
踏ん張り辛い地面を見やると、更に思考は飛躍する。
「……っ!!反動を推力にしたら……飛べる?」
手を下に向けて鋭い炎を放出。斜面を砕き、ハドアは宙へ飛んだ。
叫びながら宙を無造作に旋回。数秒して動きは安定。動作の制御の感覚を見出す。しかし、速度の調整までは出来ず、着地に失敗し斜面に派手に転がる。
理解の圧倒的吸収力を前に、ウルビダの心拍数は変動する。
恐ろしくすらあった。
例え考えついたとしても、それを行動に移せるというのは、大きな意味を持つ。
この対峙で、ハドアはウルビダと対等もしくはそれ以上に、制空権を掴む寸前なのだ。
そしてその宙を舞う姿に、メスローデの戦闘方法を重ねる。
ウルビダの空中での戦闘は、メスローデに教わったことが基盤。師匠となる彼の戦い方。皮肉なことに、ウルビダはそれを倒さねばならない。
ウルビダは静かに、馬の首を撫でた。
対峙するハドアという者を、今後の為に野晒しにしておく訳にはいかない。
今ここで、仕留めなければ。
勘が、うるさくて堪らないのだ。
ウルビダは音が鳴る程に空気を吸い込む。
【穢獣セプテバロ 星騎馬団】
斜面から鎧馬と、それに跨った鎧騎士を52体生成する。盾と騎槍を持ち、それは全てウルビダの生命力によるものである。
他の円卓の六将と違い、軍を持たないウルビダ。
それは、この騎馬団の存在に由来する。
騎馬達は一斉に空に駆けた。合わせて、ハドアも空へ飛ぶ。
空間に生命力の道を敷く能力のセプテバロ。騎馬の複製はウルビダの鍛錬によるものだった。
乱雑に動いて見える騎馬だが、その統制力は流石であり、それぞれがハドアの行動を抑制する動きをする。
軌道を変えるついでに鋭利な炎で騎馬を攻撃するも、生命力によって生成された騎馬にダメージは無く、炎の触れた部分は瞬間的に弾けるものの直ぐに元の形状に戻り、動きを何ら変えることもない。
上空に逃げるしかないハドアだが、地面から離れすぎるのも厳しいのだ。空中に留まることが"たった2回目"が故に、生命力の出力による息切れが激しい。かくしてウルビダ本人は地上で息を整えている。
戦歴が招く差である。
そして見定めるのだ。ハドアの思考が、途切れる瞬間を。
避け続け、逃げ続ける苦しい時間。
その一瞬の隙で、少しだけ落ち着こうと動きを緩める時。
ハドアの死角で狙いを定めていた騎馬の1体が、矢の彗星のごとく飛翔する。
反応に遅れが生じたものの、高出力の炎で避ける体勢。しかし、ハドアの右脇腹の鎧の合間に、騎槍は通過する。極限の体勢から、躱したのだ。反応していなければ、胸部を大きく抉られたことだろう。右脇腹の少しの幅を削られたのみに抑える。
ハドアは噛む歯に力を入れる。痛覚が邪魔をして、先程までの動きを真似ることも容易ではなくなる。しかし、動きを止めれば、そこに待つのは死のみとなろう。
取り残された空中で、動き続ける他ない。
「戦いの流れを作るのも、読むのも、この苦しい時にやらなきゃいけないんだよ?」
ウルビダの跨る鎧馬の脚に生命力を集中。
大きく空気を吸い込み、思い切り斜面を蹴る。
ハドアは、天高く突き上がったウルビダの姿こそ見たものの、目で後を追うことはできず。
続く騎馬の猛攻に対処しながら、その不気味な静寂に心拍は変動。
騎馬に誘導されるように、ハドアは高度を上げざるをえない。
全身の産毛が逆立つ程の、嫌な予感。
極度の緊張状態は、ハドアの脳に亀裂が入る感覚を与えた。今までの生活では到底味わうことのない刺激により、活性化するのだ。
疲労、痛み、予測。五感の全てを鮮明に感じ、自身の置かれる立場を客観視する冷静さすらある。
集中状態にあった。
頭上で、陽光に反射する騎槍の光を捉える。
【穢獣セプテバロ 隕槍】
大気圏からの急降下。
空気の摩擦に騎槍は赫く熱を帯び、その切先はハドアを捉えていた。
その速度に、避けれないと判断したハドアはウルビダに身体を向ける。それを予期していたように、切先は心臓を貫こうとする位置にあった。反射的にハドアは察知して炎を弾き、切先が腹部の位置に来るよう移動する。そして、その切先を両手で掴む。
勢いに握力が追いつかず、切先は鎧を貫き、ハドアの腹部へ若干刺さる。
下方へ向く威力に乗り、ウルビダとハドアは急降下。
地面に到達する数秒が、ハドアには途方もなく感じたのだ。その手に握る力を少しでも弱めれば切先は直ぐに身体を貫く。しかし、このまま地面に背を着けてしまえば、同じく騎槍は貫くだろう。
猶予。
ハドア自身が、その場を凌ぐ方法を得る為の猶予。
「うおあああああああ!!」
劈く叫び。
呼応するように、ハドアの体内に生命力は巡る。皮膚の内側から炎が裂き出て、それは筋肉を刺激した。
バルバンテの生命力が全身に強く巡った為に、"死への感情"を感じ取る。これは、かつてのバルバンテの記憶か……。
怒りに似たその感情は、ハドアの脳の深くに宿るものと酷似していたこともあり。
バルバンテは、それを"許した"。
【炎尾 バルバンテ】
土壇場での、覚醒である。
ハドアの背中から爆炎が溢れ、その炎は周囲へ拡散する。その炎を収束。背の鎧は溶け、地面到達スレスレの場所で2人は動きを止めた。ウルビダの騎槍すらも溶け始めた時、それを握る手を離し距離を取る。
斜面に着地したウルビダは音のする呼吸で息を整え、格納魔法で騎槍を取り出した。
「目の前で覚醒するなんて、ズルくない?」
炎の出力も上がり、感覚を掴んだハドアは泳ぐように空中を飛ぶ。
ほぼ確実と言っていい程、ハドアは制空権をモノにした。
絶えず、騎馬をハドアへ向かわせる。先程とは違い、余裕のある回避を見せたハドアに対し、ウルビダは騎馬を消滅させる。分けていた生命力を、自身に戻す為である。
斜面に着地したハドアは、背中の溶けた鎧を脱ぎ捨てた。
「凄いね!大気圏からの急降下なんてさ」
大技で仕留めきれなかったことの悔しさと、形勢が傾いたハドアの覚醒により、ウルビダには大きすぎる焦りが生まれていた。
「それも全部、"道を敷いてる"んでしょ?」
ウルビダの心情を悟るように、鎧馬は首を振るう。
首を撫でて、心を落ち着かせる。
穢獣セプテバロの顕現は異例なものだった。
ウルビダは馬屋を営む厩務の一家に産まれる。幼少の頃に共に育った馬がいた。
ウルビダがセプテバロと名付け、特に愛情を注いだ馬である。
産まれつき生命力量が桁外れだったウルビダから"愛情を注がれた"セプテバロには、ウルビダの生命力が蓄積されていった。15年の間、愛情を受けたセプテバロだが、病に伏してその生涯に幕を下ろす。セプテバロのウルビダに対する愛情も強く、注がれ続けた生命力を糧に穢獣として顕現することを選ぶ。世界に数件しかない"穢場外での顕現"を成した。
ウルビダに寄り添いたいという強い想いが、異例の顕現を実現させた。
"この2人"にしかできない事象。
その顕現は"世界のみ"が感知し、人知れず10年経過したセプテバロは"名前持ち穢獣"として"世界は感知"した。
顕現から10年が経過した穢獣の存在は、穢纏使用の際と同様の手順で世界に知られることになる。
しかし、このセプテバロの通知は既にウルビダが所有者である旨の記載がされた、また異例なものであった。
セプテバロは、ずっとウルビダと居たいと純粋に願う穢獣。
"許す"ことは、巡礼者と穢獣が1つになることを意味する。つまり、"セプテバロとして共に居ることはできなくなる"。
ハドアという覚醒した強者を前に、ウルビダの危機を感じ取ったセプテバロもまた葛藤していた。
共に生きたいことの願いを尊重するか、自身の感情は消えるが"許す"ことによって1つになり、ウルビダの危機を救うか。
……ウルビダを死なせたくない。
この感情に気付いたセプテバロの判断は、早かった。
首を撫でるウルビダの手を、無理矢理に頭へ触れさせる。
愛した者へ、全てを尽くそう。
「……え?」
ウルビダは思わず瞠るのだ。
【星導 セプテバロ】
「いや、あなたもじゃん!!」
長年添い遂げたセプテバロの生命力を強く感じる。
しかし、感情はそこに無い。
決意と共に、セプテバロの全てを託された。
それはただ、ウルビダを死なせない為に。
ウルビダの覚醒である。
戦いの中、覚醒する者は珍しくない。
だが、両者共にというのは稀。
戦の歴史を見ても、片手で数えれる程の事象。
片や欲望のままに。
片や悲壮のままに。
それぞれが違う感情を持ち、覚醒へと至る。
対峙した両者は、互いの目を捉えた。
そして口を揃え。
互いを強者と認めたが故。
【穢纏 炎尾バルバンテ】
【穢纏 星導セプテバロ】




