20話ー書庫ー
ー円卓の六将会合 2日後ー
メリトーとその"妻子"、衛兵の遺体は火葬された。
ジェンドの部下で構成された調査第一隊により"護子"は保護され、極秘裏に別拠点へと移送される。第二隊により現場検証が行われ、不自然に崩れた地面を解析していた。
一方、アルパース城。
ジェンドにより、ルゼラカルトに厳重監視体制が施される。しかし、本人はそれを承諾し、自室に喜んで籠るのだ。それがまた不気味で、自身は無実であると態度を大にしてるようで鼻につく。
そして。
周囲が断崖の小さな山に建てられた大書庫。その山には大書庫のみがあり、行き来を可能にするのは城から伸びる連絡橋しかない。
城内の者であれば出入りは自由。しかし上階に限り、円卓の六将のみが入室を許可されている。穢場と同様の結界魔法に囲まれ、唯一の厳重な扉の前には守衛がいる。
鼠1匹すらも侵入を許さない場所である。
ジェンドは、昨日来城したリクの言葉の真意を探る為、"ヌルビアガ"と"リオルドラン"に関する書物を探しに来たのだ。
「ジェンド様。お通りください」
守衛に通され、厳重な扉は開かれる。
結界を通り過ぎた際、ジェンドの"陰が揺れた"ことを誰も知り得ない。
"六将の間"。
古びた紙の匂いが漂うこの場所。中央の大円卓には既に、2人が対面に座り書物を並べていた。
「あ、ジェンドさんこんにちは」
顔を上げたのは同じく円卓の六将のウルビダ。顔も上げず、ひたすら書物を漁るのはロザンパーゴだ。
割と目にする光景ではある。
過去の情報など調べる際に利用される六将の間で、2人はよく来ている。しかし、今のこの現状で……"何を調べるのだ"と。
互いに疑心暗鬼になっているのは間違いではない。しかし、この場に居る3人の中に、それは確実に"ヌルビアガは潜んでいる"のだ。
ジェンドは目当ての書物があるであろう棚まで行く。数冊手に取って移動し、大円卓に置いて椅子に座る。ロザンパーゴはチラとその書物を見やった。
「穢獣解放思想と、穢獣殲滅思想の記載がある本ですねそれ」
ウルビダはジェンドの書物を見てそう言った。
「もう読んだのか。調べる必要があると思ってな」
ウルビダはうんうんと頷き、自身の取ってきた書物へ視線を戻す。
ロザンパーゴは1冊のみを開いて読んでおり、題名が見えない。しかし、他の書物に比べ、少しだけ大きいのだ。
「……か___」
ロザンパーゴは誰も聞き取れない小さな声でそう呟く。
ふと、"天井からの視線"を感じ、その在処を探した。
そんな敏感な素振りのロザンパーゴを、ジェンドとウルビダは珍しいとすら思ってしまう。
ロザンパーゴは書物を背表紙側で閉じ、表紙を身体に押し付けてこの場を去ってしまう。
「みんなピリピリしてますね」
そらそうかと、言葉を付け足すウルビダ。
「誰も疑いたくないんですけどね。こうなっちゃったらもう疑うしかないですもんね。こんなこと言う私も、無実を証明できませんし」
ウルビダは腕を伸ばし、書物を閉じてまとめる。
「邪魔しちゃ悪いので、私は去ります!」
ではまたと、ウルビダは書物を抱えて部屋を出る。
……。
ジェンドは書物へ目を通す前に、意味もなく天井を見上げていた。
この2人のどちらかが、"リオルドランかヌルビアガ"。
ウルビダは、どうも本心が見えない。当たり障りないことを淡々と口にして、客観的に物を言う。なのに、ロザンパーゴの動向を探ってるようにも見える。どこまで勘付いているのか。
ロザンパーゴは……信頼している。これまでも散々世話になった。助けてもらったことも多々ある。しかし、その行為全てが信頼を得る為の布石だとしたら。そう考えてしまうのも、心が痛い。
"2人も同じように"、また疑いを持っている。私のことも疑え。慎重にならねば、ならない。
音になる程に息を吐き、そして書物を開く。
___。
リクは円卓の六将ではないが、この六将の間へジェンドの陰を通して入っていた。"影鼠"は、天井を支える柱の上に隠れている。
ジェンドと"牛影"が握手した際、牛影の中に"影鼠"を忍び込ませていた。
影鼠はジェンドが六将の間に入室した際、陰から抜け出し身を隠した。ジェンドの"陰が揺れた"要因はこれにある。
柱の上から一連を見ていた影鼠。
ロザンパーゴの書物と、呟いた言葉を逃さなかった。
瞬間、リクは生命力を揺るがしてしまう。
押し殺していた視線もその時、ロザンパーゴに察知されてしまった。
遠隔で見て聞いたリクの鼓動は早まり、同時に、"宝剣"の闇を覗いてしまった。
常軌を逸する隠し方。しかし、それを"利用してしまう状況"だったと……。
そこまでして……宝剣を所持していたいのかこの国は……。
ジェンドさん。あんたはシロだ。ヌルビアガじゃない。しかし、このやり方は、良いものとは言えない。
ロザンパーゴは宝剣の隠し場所を教わっていないのだろう。この不可思議な隠し方に疑問を抱いていたんだろ。
今になって調べ出したのは、宝剣襲撃があって尚護り抜かれたからなのか。それとも、"ルゼラカルト"へ情報共有する為なのか。
同タイミングで調べ始めたウルビダも同じことが言える。
この2人のどちらかで確定。
レイゼルの情報によれば、ルゼラカルトが精神操作している線はほぼ無い。
この2人のどちらかが、精神操作魔法を施す姿が見れれば。
……危険だが、ルゼラカルトを尾行するべきか。恐らく、ヌルビアガ同士の会話は精神操作した者を使う筈。その者から生命力の一端が感じ取れれば御の字。
影鼠は柱から飛び降り、そのままジェンドの陰へと潜った。
"鼠1匹すら入れない"この六将の間は、出る時もまた同様なのだ。
そしてリクは経験することになる。
ジェンドの、途方もない情報収集時間を……。
___残酷にも、物語は動き出す。
ー同日 16時ー
六将会議が翌日に延期され、アルパース城から仮邸宅に戻り、待機していたウルビダ。
その場所は、城下町からさほど遠くない小高い丘の上に位置する。
整えられた庭に、多種多様な花や植物が生き生きとしている。立派な門の前には守衛が2人。
守衛は、歩き寄る人物に目を光らせた。
「うーむ、手掛かり無しかー」
ウルビダは、大書庫から持ち出した書物を粗方見終え、そっと閉じたところであった。
庭を一望できる窓際の椅子で、紅茶を味わいながらゆったりとしている。その庭を、守衛の1人が爆走して玄関に向かう姿。
忙しなく扉は開かれ、ドタドタと駆ける。
ウルビダの居る部屋の扉が勢いよく音を立てた。
「ウルビダ様!面会したいと言う方が!約束事ですか!?」
ウルビダにそんな予定は無い。
「いや……どなたですか?」
「"ラスティオン帝国"の方です!」
瞬間、ウルビダは視線が定まらず。
かのラスティオンのお方が自分に何用かと。
ましてや、名乗りもしない人。
「要件は?」
「それが、面会したいとの一点張りで……」
「ラスティオンの紋章は?」
「左胸にありました……」
本物……?
悪寒が走る。
"ラスティオン帝国の人が連絡無しにグリテンリバーに居た"という情報。それと同一人物という可能性?
"その人物"と穢獣バルバンテを討ったのは……同一人物?
……。
私の悪い癖だ。
ラスティオンの不報入国の事態を重く受け止めず、その文字を頭に叩き込まなかった。今やアルパースランドの首都にまで歩を進めていたのに。
何をもってして、私に接触しようとしているのだろう。
ウルビダは大凡の予測はついていた。
この穢れた世界で、接触する理由など容易く想像できる。
しかし、その現状を受け入れたくない気持ちを尊重したかった。
言葉を据えて。
「……私の穢獣を……狙ってる」
意識を門に向ければ分かる。
幼少の子供みたく、生命力を剥き出しにしている。
生命力を魔法へと変換することを覚えたての、好奇心すらも感じさせる気配を。
この国の為にも……接触すべき……かな。
「通してください。ジェンドさんに、このこと通達願います」
「かしこまりました!」
急ぎ更衣室に行き、ウルビダは正装に着替える。
ラスティオンの者は客間へ通され、差し出された紅茶にミルクと砂糖を入れた。
客間を見渡し、落ち着かない様子を見せる。
扉が開き、遅れてウルビダが入室した。
その者は立ち上がり、腰を曲げてお辞儀する。
ウルビダは即座に警戒した。
その理由。
その者の感情が生命力に乗って丸分かりなのだ。
その者は、ウルビダを"女を見る目"で鼻の下を伸ばし見ていた。
「……あ、遅れました。ウルビダと申します」
「どうも」
ウルビダはその者の対面に座る。
……。
落ち着きの無い人だと、つくづく呆れる。
「かのラスティオンのお方が、私にどんなご用で?」
もぞもぞと。
指に嵌めたダイヤモンドの指輪を触った。
「あ、僕、ハドアって言います」
「ハドアさん……ですか」
鼓動が弾けた。
脳内でその名を繰り返した際、どうも気に留める響きだった。
そのウルビダの予感を遮るように、ハドアは続けた。
「単刀直入に言います!僕はウルビダさんの穢獣を取りに来ました!」
グリテンリバーにて、穢獣バルバンテを討った張本人……!
「それは国として?それとも、貴方の欲?」
間髪入れず。
「欲」
ウルビダの瞼はピクと動く。
「貴方の欲で戦争になるのも、覚悟の上ですか」
「ウルビダさんの国は、"今戦争どころの騒ぎじゃない"んじゃないです??」
「……はぁ?」
この男は何を言ってるんだと、ウルビダは憤りを覚えたが。
ジワジワと。
……!?
"戦争ができない状況になることを見越していた"とでも言いたげな言葉選び。
この国に暗躍する者と手を組んでいるか、もしくは、その計画すら利用し自身の欲を遂行しようと……。
「いやあ僕ね、つい最近まで"生命力を持たない身体"だったんです」
淡々と話し出すハドア。ウルビダの心拍は上がりはじめる。
「生命力って良い物ですね。こんなにも自由が効くなんて、便利な物」
その戯言が本当なのであれば、数日たらずで生命力の本質を理解できる筈ない。
何年も血の滲む努力と鍛錬で、やっと感覚が掴める。
「生命力の無かった僕は、死ぬ気で掴むしかなかったんですよ」
……あ。
いや。
訂正しなきゃ。
もし戯言が本当なのであれば、生命力の無い者が"どうやってバルバンテを討ったのか"。
"普通の人"であれば、産まれながらに持つ生命力を活用した基本魔法や、肉体を生命力で強化した武術などで穢獣を討つ。しかも最初は名の無い微力な穢獣を討って力を蓄えるところから始める。いきなり、名前持ち穢獣……。
生命力が無いとなれば、その基本ができない。
……執念。
ひょっとして、恐ろしい人と対峙しているのかもしれないと、一歩引いてしまう。
「ウルビダさんの言う欲の為。僕は鬼にでもなりますよ」
【穢獣 バルバンテ】
客間の窓が爆ぜ、ウルビダは庭へ放り出される。瞬間でウルビダは武装し、騎槍とアーモンド型の盾を構えた体勢を整えるのだ。
……メスローデさんの技。
燃え盛る部屋から、褐色の鎧を纏ったハドアが歩き出る。
ハドアが"どっちの組織"と手を組んでいるかとか、わからないから。
……メスローデさん、ミリオット、オドムさん。
「次は私か……!」
計画的に狙われた円卓の六将。
その怒りを、騎槍を握る右手に伝える。
【穢獣 セプテバロ】
生命力により、ウルビダ下方から馬鎧を纏った馬を生成し、それに跨る。
幸いにも、この仮邸宅の周囲に人の気配はない。しかし、城下町に被害が及ばない訳でもない。
場所を移す必要がある。
ウルビダは騎槍を身体に引き寄せ、その先端をハドアへ向けた。
ウルビダはハドアの態度にも憤りを覚えていた。
正面から穢獣を取ると言ったかと思えば、構えも甘く、気の引き締まらない立ち振る舞い。
バルバンテの生命力に溺れてるか。
「舐められたものね」
【穢獣セプテバロ 敷道通貫】
鎧馬は駆ける。
騎槍の先端をハドアは両手で掴み貫通を防ぐ。勢いに乗せ、そのまま後方の壁を突き破った。
小高い丘の斜面を駆け上がり、鎧馬は空を駆ける。
"野を駆ける女騎士"の名は地上だけにあらず、空までも駆けてしまう。速度を上げ、首都アルパースから東にある山地を目指した。
その速度に、ハドアは歯を食いしばる。
山を幾つも越え。
その岩肌の斜面に向け、ウルビダは騎槍を突き出すと鎧馬を空中に停止させる。
速度そのままに、ハドアは斜面を抉りながら転げる。抉られた岩が、動きを止めたハドアの身体に幾つか当たる。
思いの外の急斜面に、ハドアは重心を探りながら立ち上がる。
上方斜面に降りた鎧馬は、平地と変わらぬ感覚で平然と立つ。
「宣戦布告、受けて立ちます」
ウルビダは下方のハドアに、目玉のみを下に向けていた。
「円卓の六将の名において、お前を蹂躙する」




