19話ー疑心ー
ーアルパースランド トエント地方ー
ルゼラカルトはメリトーの家に入る。
誰も居ない部屋で、静かに燃える蝋燭。
見渡し、奥の寝室に向かう。糸を張り巡らせた際、地下通路があることは確認している。その奥で、"女1人と子供1人が隠れていた"。
迷わず棚を退かし、床扉を開け下に降りた。
暗く湿った通路。
まだ蝋燭の匂いが漂っている。
「ったく、狭いですねえ」
腹部の傷を抑えて少し屈みながら前進する。
最奥。
少し広がっただけの空間。
転がる2人の遺体。転がった頭。流れ出た血が土に染まる。
ルゼラカルトはメリトーと開戦する前に、既に殺していたのだ。
「うーん……」
まさか、この場所に隠していると思っていたが。
「違う……場所ってこと、あります?」
壁の奥に空間が無いか、手当たり次第に叩いて探る。
「ただ隠れていただけですか……?」
ルゼラカルトの苛つきは、生命力の圧となった。
「……」
この家に、他に隠し通路も無い。
妻の遺体の胴体部に近寄る。
「じゃあ……!!どこに!!」
何度も、何度も踏みつける。
「目の届くところで!護ってるんじゃないんですか!!」
まさに無抵抗な遺体を。
「あいつが偽の情報を掴まされたとでも!言いたいんですか!!」
頭を蹴り、子の遺体にぶつける。
「広大な山のどこかに隠して、その場所をメリトーのみが知っていたということですか」
遺体を潰しても尚、ルゼラカルトの気が収まる筈もなく。
頭を掻きむしり、定まらない瞳孔で無意味な空間を睨む。
メリトーの命を賭した覚悟は、この場所を護っているものだとルゼラカルトに思わせた。
事実、ここに無い。
湿っただけの空間。
無謀な山を探す時間などない。
血管が千切れそうな頭を抑え、ルゼラカルトは踵を返した。
少しの間、この空間には沈黙が続き、地上で家屋が倒壊する音と揺れが響く。
耐える時間が過ぎた後。
妻と子の2人によって"命懸けで隠した子"が姿を現した。
高度な透過魔法。
"生命力の無いその子に感情など無い"が、2人の荒らされた遺体を眺めると膝を落とす。
過ごした時間が、少なくとも身体には刻まれていた。
起きる筈もない身体を、その子は揺らす。
壁にもたれ、母として接していた頭を大事に抱え、膝に包んで座る。
ジッと、待つのだ。
ー会合翌日 円卓の六将会議ー
朝8時。
アルパース城中央の螺旋階段の上、四方に大窓が配置された大部屋。そこからは大霊峰アルパースをはじめ、城下町の様子や連なる霊峰が見渡せる。真ん中に大円卓が置かれ、椅子が6脚等間隔に並ぶ。
開始時刻になるが、ここに居るのはウルビダ1人だけ。
城内は、会議どころの騒ぎではなかった。しかし、真面目なウルビダだけが、時間を守っていた。椅子に座り、円卓に肘をついて視線は真っ直ぐ。
「やっぱ、やらないのかな」
___早朝に受ける筈のメリトー衛兵からの定時連絡が途絶えたこと。
加え、メリトーの穢纏使用を世界が感知した通達。この仕組みは世界共通であり、世界そのものの力によるもの。
穢纏が使用された場合、詳細な使用場所、使用開始時間、使用者の名前、穢獣の名前が記された紙が生成され、各国の中枢人物に自動配布される。
よって、国が起き始めた時から警戒態勢なのだ。
メリトーの穢纏使用はつまり、"宝剣"強奪の可能性。
国の極秘事項への襲撃。
メリトー宅への調査隊が緊急編成され、第一隊が既に出発していた。
円卓の六将会議などやっている場合ではないと騒ぐ人もいれば、今この状況だからこそ情報共有すべきと意見もある。
「事実確認を最優先事項とする」
ジェンドの下した決断だった。
円卓の六将会議の前に、事実を確定してから始めると。
国の中枢に潜む"ヌルビアガ"は、ルゼラカルトの失敗の尻拭いをしなければならない。そのことに苛立ち、珍しく焦りを見せていた。
調査隊の出発を見た住人から瞬く間に噂は広がり、城下町にて宿泊していた、ヨロレイヒ湖国本軍調査団団長ケメィの耳にもそれは届く。
リクに報告したいが、使の影猿を兄オドムへ譲渡していた為に連絡手段が無い。握手した生命力の探知も、ケメィからでは範囲外なのだ。
ケメィは城下町一大きな掲示板に、"月に従え"と書いた貼り紙を残し、リクからの接触を待つ他無かった。
ルゼラカルトは自室に籠り、治癒魔法での回復を待つ。脳内では、メリトーとの対峙を思い返し、何かヒントが無いか只管に考えていた。
「人質を提示した時、メリトーは黙りこくって下を向いていました……普通ならば弱気な姿勢を見せてもいいのですが、その瞬間に捨てる覚悟をしたとでも?いや、"宝剣を護れる"と確信をしたのかもしれません。大した覚悟です……どこか見落としが……」
1人でブツブツと。治癒中の顎と腹部を交互に指でツンツンと触る。痒くて仕方ないのだ。
外の騒ぎが自分の所為など微塵も気にする様子を見せず。
ー同日 11時ー
ジェンドは自室で、穢纏情報が記載された紙を見やり、1人椅子に座っていた。
「……メリトー」
無事を祈ってはいるが、穢纏まで使用した相手の奇襲となれば、命は……。
危惧していた。
傘下国での猛速度での異常に加え、ルゼラカルトの異例の就任。
やはり内側に、暗躍の陰。
扉を叩く音。
ジェンドは扉を睨み、一拍置いてどうぞと促す。
「元円卓の六将、メリトーさんの訃報が届きました」
一礼した後に発したのは、同じく円卓の六将ロザンパーゴであった。
ジェンドは視線を机に落とし、そうかとだけ言う。
"ジェンドはロザンパーゴが次に発する言葉を、期待していた。"
「やはり、内通者が……」
ロザンパーゴは大机を挟んで向かい合う長椅子の片方に腰を落とす。
ジェンドも対になるよう、もう片方の長椅子へと移動した。
「……ロザン、ルゼラカルト就任をどう見る」
大きな事件が続く中、異例の就任。
「一言で表すなら、仕組まれたもの……ですかね」
「仕組まれたものか……」
「我が国の戦力が削がれ、国王も焦っているのでしょう」
基本的に円卓の六将の就任は、会議にて決定される。現役の六将が集まり、就任候補の人物の功績や素性、過去の経歴を総じて判断される。
しかし今回に限り、"国王の独断"によって就任が決定した。それも、事後報告である。
ジェンドとロザンパーゴのように不満を呈する者もいて、しかしウルビダのように受け入れる態勢も。
長年添い遂げてきたジェンドは、国王の判断であればと……そう言い聞かせようとしていたが、この件に関しては思うところがありすぎる。
「ヨロレイヒ湖国の襲撃はどうだ?」
ロザンパーゴはジェンドの目を見やる。
「この流れで言えば、それも仕組まれたものなのでしょう。この国に入り込んだ、敵側の思惑。オドム帰国日を見越して穢獣を狙ったのだと考えます。その帰国理由……メスローデ殺害によるバルバンテ顕現すらも計画なのかも」
ジェンドの推測と、同じ。
「それに、クロックヴェルクでの騒動とヨロレイヒ湖国の襲撃が同タイミングということは、組織である可能性も示唆できます」
ジェンドは、静かに聞く。
「ルゼラカルトの情報が正しいのであれば、"リオルドラン"が関与してる可能性も……」
穢獣解放思想のリオルドラン。
「メスローデはかつて、武力により穢獣を討ったと資料がありました。リオルドランの対象にはなるかと」
ジェンドは無意識に、右親指の関節を鳴らす。
「リオルドランが、潜伏していると……」
「ここまでの情報でまとめるなら……ですが」
しかし、国王をどう説得したのか。
突如、扉を叩く音が響く。
2人は扉へ向く。
その圧に抵抗するように、それは開く。
「失礼します。ジェンド様、よろしいですか……」
ジェンドの側近は長椅子の外側を周り、紙を渡して耳打ちする。
「……今か?」
側近は頷く。
「……」
ジェンドはしばらく黙った。
そして。
「ロザンすまない。席を空けてくれないか」
ロザンパーゴは口を開けたが、何も言わずに閉じた。
「お客さんですか。こんな時に」
隠しきれない感情が声色に乗る。しかし、ロザンパーゴは立ち上がる。では後ほどと言葉を残し、部屋を去った。
ジェンドは側近に連れて来るよう指示し、1人になった部屋で壁を見つめる。
ロザンパーゴの思考と言葉は、ジェンドの望むものに近かった。
しかし、1つだけ。
期待していた言葉を口にしなかった。
メリトーが命を賭したもの。
"宝剣"の安否。
詳細な所在はジェンドと側近にしか解らないが、宝剣についての心配は無かったのだろうかと。
側近の耳打ちで"護子"の生存は確認した。
ロザンパーゴはメリトーの訃報と、"内通者"に焦点を当てて話を進めた。
それも今大事ではあるが……。
そして、扉は叩かれる。
「失礼します。ヨロレイヒ湖国本軍調査団団長の、ケメィ・シユジールです」
入室したケメィが後方を手のひらで指す。
「そしてこちらが」
坊主に剃り込みの入った男が頭を下げる。
「リク・シャルダーンです」
ジェンドは背筋を伸ばした。
「ヨロレイヒ湖国襲撃について、報告があります」
ケメィの言葉に耳を傾けつつも、初見のその男に視線は奪われていた。
オドムの弟であるケメィと共に居ること。しかし、どの国かも分からない正装をしている。
ジェンドの対面に座る2人。
リクが開口。
「結論から言います。ヨロレイヒ湖国襲撃の主犯はヌルビアガです」
思わず瞳孔が開く。
「オドムさんの穢獣を狙った計画的なもの」
「ヌルビアガ……」
ジェンドもまた、メリトー同様にその名に聞き覚えがあった。
「ジェンドさん、貴方はクロックヴェルク含め、この"宝剣"の襲撃までも誰の襲撃だと予測しますか」
初対面でありながら、その落ち着ききった声色と、真摯な眼差しがジェンドを刺した。
まずは率直に。
「リオルドラン……だと予測している」
リクは小さな声でやっぱりかと漏らす。
「俺はその日、ヨロレイヒ湖国に"間接的"に居ました。グリテンリバーでの件でケメィさんと対談し協力の申請を受けており、"使の者"を同行させていたのです」
ケメィも頷く。
「オドムさんに事情を説明し、協力の承諾が降りた直後の襲撃でした」
「私はオドムの命によりヨロレイヒ湖国を発とうとしていましたが、襲撃による避難を目撃しています。オドムとリクさんが居なければ、甚大な被害が出ていたでしょう」
円卓の六将の弟であり傘下国でも信頼している武人ケメィ。その彼が信頼を置くリクという男の言葉の波に、ジェンドは押されていた。
「関係明確化の為、提示します」
リクの後方に三重魔法陣"二重太陽"の紋章を展開。
「……!!リオルドラン……!!」
つい先程まで、聞いていた組織の名前。
ジェンドの心拍数は跳ね上がった。
手汗が滲み、呼吸の量も増える。
「一体……どういう」
交錯する情報。
「"宝剣"は、無事なのですね。メリトーさんのご冥福をお祈りいたします」
リクは予測していた。もし仮に宝剣が奪われたのなら、こんな対談に応じる筈もなく、面会を拒絶されていただろうと。
心が重くなる。
件の情報と、いざ目の前にしているリオルドランの印象が、こうも違うのかと。
「クロックヴェルクにてミリオットさん巡礼の件ですが、掲示板に張り出された紙を作成した人は誰か分かりますか?」
ミリオットとリオルドランが結託し愚行を働いたとされる事象……。
「……国王の……指示だ」
「国王……」
リクはケメィを見て再度ジェンドに視線を戻す。
「俺の仲間、つまりリオルドランであるレイゼルという男がミリオットの巡礼を護衛しました。その間、"ヌルビアガであるルゼラカルトら"の奇襲により被害を受け、また別の者の手によって住民全員が爆死しました」
呼吸を忘れ。
「いい加減なことを言うな!!根も葉もない!何を根拠にそれを信じろと!!」
声に出した言葉ではある。しかし、どこかジェンドの奥深くでは、そうではないと感じてしまう部分も否定できない。
「その根拠は今は証明できません」
ジェンドの呼吸を落ち着かせるように。
「しかし事実、ミリオットさんと"オドムさん"は無事です。彼らの言葉を聞くことは可能です」
危惧していることを言いますと、リクは姿勢を直す。
「クロックヴェルクでの件で、住民の1人の精神が乗っ取られていたことが確認されています」
ジェンドの脳内も、急速に事態を整理しだす。
「ルゼラカルトの仲間である"もう1人のヌルビアガ"がこの国の深部に入り込んでいる場合、国の中枢人物にも精神操作が及んでいる可能性が示唆されます」
無意味に強く握る手を、また無意味に見る。
「長年この国に支えた貴方なら、心当たりがあるんじゃないでしょうか」
……。
「我々は、"円卓の六将"にこそ、その脅威が潜んでいると踏んでます」
……国王。
貴方は、如何なる時も、判断を急いだことはありません。
過去の戦争の記憶からしても、貴方は国民含め、我々六将の意見を大事にしておられた。
まさか……そんな……こと。
国王に……精神操作……だと?
「我々リオルドランは大半の勢力を以て、力添えいたします」
リクはその場で立ち上がる。
「どうか御賢明な判断を、よろしくお願い致します」
腰よりも深く、深く、頭を下げる。
微動だにしない姿勢。
言葉の奥にある、本意。
「頭を……上げてくれ」
リクは言葉に従い、ゆっくりと。
「彼らと……話がしたい」
リクは、ありがとうございますと伝える。
【牛影】
リクの言葉に、長椅子の陰から影の牛が姿を現す。
「俺の使です」
牛は低くしかし野太い声で応える。
のそのそと長椅子と大机の間に割って入り、身体が揺れてはぶつかる。
そして、ジェンドの横に尻を下ろした。
「その牛影と握手してください」
牛は律儀に前脚を片方上げ、ジェンドの行動を待った。
動揺しながらも、ジェンドは影牛の前脚を握る。
「"牛影月に従え"と唱えてください。牛影が陰から現れます。俺と対話できますので、活用ください」
リクはケメィを見やると、2人立ち上がる。
「では、"周囲"の疑心の目が鋭いので、これで失礼します。追って、日時の指定をお願いします」
部屋から出ようとする2人を、ジェンドは立ち上がって呼び止める。
「この国の行末がどうであろうと、私らは正しい道へと導くのが使命。心意気、感謝する」
頭を下げた。
ジェンドの心の内は、入り乱れている。
しかし、微かであるが光を見出した気を感じる。その直感を、信じてみてもいいのではと。
長年の勘が、そう囁くのだ。
リクは口元だけ微笑ませ、部屋を去った。




