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1話ー穢獣ー


 "スムウェルの大惨事"から16年。


 記録されている中でも、大規模に分類される程の爆発が起きた地。行方不明者の殆どの身元が判明したが、未だ発見されていない者も数名。


 復興は今なお続いている。


 "巡礼者の死神"の目撃情報無し。


 世界4大穢場を含む大規模な穢場(けがれば)からも、特定警戒レベル以上の穢獣(あいじゅう)顕現の情報も無し。


 多くの者が望んでいた奴の死は確認されていない。


 穢獣から生命力を付与された者達は、不気味な静寂の中で巡礼に赴く。





ーグリテンリバー城下町 宿屋ー


「ご利用いただいたシャンプーが規定量を大幅に超えているため、請求に加算させていただいております」


 嶺から湧き出る水の流れるグリテン川。水は透き通っており、川と城の綺麗な構図が人気の観光スポットである。


 グリテン川側の部屋から城の先っちょが見える宿屋の受付での出来事。


「いーや!にしても!高すぎるって!2000アロンてぇ!!」


 アルパースランド傘下国での一月の標準稼ぎは2万アロン。宿代3000アロン含めて5000アロンの請求はかなり高額となる。


 しかし、男の使ったシャンプーとリンスも高級品。赤みを帯びた髪はおかげで艶が増し増しである。


「昨日受付された時にもお伝えしております。これ以上騒ぐなら憲兵呼びますよ」


「ぼったくりだあぁぁぁ」


 男は渋々代金を支払い、宿屋を出てとぼとぼ歩き始める。


 その足取りに元気は無く、自然と公園のベンチへ向かっていた。


 観光地なこともあり、公園は存外人で賑わっている。空いてるベンチをどうにか探し、本に釘付けになっていた女性の隣に腰掛ける。涼しい風に、背中まで伸びる空のような透き通った色の髪が靡いていた。


 座った瞬間、重力に頬が引っ張られ、それを両手の平で支える。


 楽しい雰囲気の公園には程遠い、大きすぎる溜息をついた。


 あまりの負のオーラを醸し出した男が隣に座ってきたが、女性はこの溜息の音で初めて存在に気付いたのだ。


 一度視界に入ってしまったからにはもう止まらない。私は集中している。本を読むんだ。と文字を見ているつもりでいるが、脳は隣の男のあまりの負のオーラが気になって仕方なかった。しかし、声を掛けるのも面倒。しかし、立ち上がり他の場所に移動するのも面倒。観光地の人気公園に加え、今日は地主の巡礼日の為に祭りが催されている。余計に座れない。宿に戻ってしまえばいいのだが、女性は外の空気の中で読む本が好きなのだ。


「はぁああああああああ」


 女性は集中を取り戻す為にもはや本を見ていない。目の前を行き交う人の流れを無心で見続けていた。


 女性は覚悟を決めた。本を読む為に、雑念は排除しておくべきであると。


「どうか・・・されました?」


 男はゆっくりと顔を上げ、チラと女性の顔を見て目線を落とす。


「・・・お!穢獣(あいじゅう)好きなんだ!」


 女性は栞も挟まず音を立てて本を閉じる。


「俺も好きー!」


 ヒラヒラと落ちた栞を男は拾い上げる。


「アルルカリア学院の学徒なの!?秀才じゃんか!」


 栞はアルルカリア学院に入学した際に貰える物だった。世界でもレベルの高い魔法学校として有名で、入学したことすら人生のステータスとして大きな意味を発揮するような場所。


「あいや!・・・えっと!あなたの溜息がうるさすぎて・・・あ!違くて!悪い意味じゃなくて!どうかされましたか〜?って思って」


「それはごめん!さっきの宿屋でシャンプー使いすぎちゃってさ、めっちゃ高い金払って落ち込んでしまった」


「ふ、ふーん?そうなんだ・・・」


「それよりさ!学院の学徒なのに穢獣好きなんて珍し___」


「あーー!!それ以上言わんでー!!ちょ!向こう!行くよ!!」


 男は女性に腕を掴まれ、強引に立たされ歩かされる。


 女性は歩きながら男の耳たぶを引っ張り、顔を近付けた。


「ちょっとさあ。学院で穢獣の研究禁止されてるの知ってるでしょあんた!あんなに人が居る場所でそれ言わんでよ!こんな遠い場所まで来て勉強してるんだからさ!私の学院生活終わらせる気か!?」


「ご、ごめん」


 あまりの気迫に男は気押された。


「お腹空いてます??何か奢りましょか??」


 女性の気を鎮める為に男が思い付いた最大の気遣いである。


「食べたい!!!」


 女性は鼻息荒くして目を輝かせた。


 祭りで賑わう城下町のメインストリートに連なる屋台で、虹鱒の串焼きを買わされた男。食べ歩きながら人混みに歩を止める。


「俺レイゼル。一緒に飯食ったからもう友達っしょ!名前は?」


 虹鱒の美味しさにほぼ白目だった女性は口元を手で隠して答えた。


「ん・・・私カリン!レイゼルが良い人で安心した」


「良い人か〜」


 レイゼルはそう呟きながら、周囲の視線の集まる方向を覗いていた。


 道のど真ん中を避け両端に観衆が居る中、兵士を連れて行進する集団が来た。馬に引かれ、視線が集まるよう高い場所に設置された椅子に、さぞ偉そうに腰掛ける中年の小太り男。


「ここら辺一帯の地主さんだってね」


 カリンは食べ終えた串を手提げ袋に入れる。


 その観衆の中で唯一、レイゼルだけが空を見上げた。遅れて、小太りの地主の前を歩く護衛隊長らしき男がその異変に気付く。


 その男が行進を止める合図を出して数秒、行進列の前に落下。道が砕けた破片が飛び散り、砂煙が観衆を潜り抜け充満する。


 騒然。


 破片が当たり怪我をした人が居る中、地主は意気揚々と立ち上がった。


 砂煙が薄まり見える。


 手足をピクリとも動かさず、ただその地面に横たわる___。


穢獣(あいじゅう)だぞ!!」


 パピヨン犬に鳥の翼が付いた姿の小型穢獣。


 地主が高らかに声を上げて台から駆け降り、側近の兵士から剣を抜き取った。


 穢獣はいくらダメージを与えたとて死ぬこともなければ、その傷は数秒もすれば元に戻る。


 では何故、この地主は剣を取ったのか。


 穢獣の生命力を付与されるには、穢獣から"涙を流させなければ"いけない。


 命という概念の上を行く穢獣。


 しかし、"涙は流す"。


 地主は剣で穢獣の涙腺を突き刺し、強制的に涙を流させるつもりでいる。


 生命力を付与される条件でこれ以上無くラッキーな状況なのだ。


「でりゃあ!こっの!おるぁ!おら!おら!」


 地主は右手に持った剣を高らかに上げ、只管に穢獣を蹴り続けた。


 敵意を向けられた穢獣は敵対心を持ち、自身を守るために攻撃する___筈なのだが、この穢獣はどうも一切の身動きを取らない。


「反撃なしぃ〜!?」


 地主は動きを止め、護衛隊長を見やった。


 地主は既に3体の穢獣から生命力を付与されている。しかし、その全てが最後のトドメのみ。穢獣を拘束または隙を作るのは護衛隊の仕事であり、地主は護衛隊長の指示で剣を突き刺すにすぎない。


 意気揚々と蹴っていた理由は、自分でも勝てそうな穢獣であったこと。そして、反撃する際の能力を見て判断するつもりでいたからだ。


 生命力を付与される数が増えれば、それなりにリスクも伴う。巡礼する穢場によっては大きな日数を必要とする。また、今日みたく巡礼日が被る場合、同じ穢場もしくは近場でなければ厳しいということ。


 基本、穢獣が顕現した近くの穢場が巡礼場所となる。しかし、例外も存在するのだ。


 その判断を自分で出来ない為、護衛隊長を見やったのである。


 迷った末、護衛隊長は小さく頷く。


「ねえレイゼル。私見てらんない。我慢できないから私言ってく・・・ってあれ?レイゼル?」


 カリンは先程まで横目に捉えていたレイゼルの姿を探した。しかし決意したカリンは、苛立ちの先へ向かおうと前を向く。


 小さな穢獣の涙腺目掛け突き下ろされた剣が頭上に舞う。


 剣が頭上に舞ったのだ。剣が、だ。


 その異様な光景を見て、皆気付く。


 一般市民より戦闘の経験を積んでいる護衛隊長でさえ、警戒すらしていないのに。


 "いつの間にか"レイゼルは地主の間合いに入り込み、剣を持つ腕を弾いていた。


 そう、一番驚いていたのは地主である。


「ぅぎゃぎっ!なんだ貴様はがばはあ___」


 レイゼルは地主の顔面を鷲掴みにしている。


 周囲が状況を把握するのに時間がかかり、剣を抜き始めたのは数秒後だった。


「ほげえ」


 カリンは口をポカンと開けて息が漏れる。


 この時、カリンの脳内は大忙しだった。様々な感情が入り乱れ、その一部をここに紹介する。


 ・え?いつ?さっきまでここに居たのに。


 ・あれ地主だよ?顔掴んでるんだよ?


 ・あの人と一緒に居た私も同罪的な?


 ・シャンプーの人だよね!?マジ何者!?


 他にも載せきれない感情はあるが割愛する。信じられないと思うが、この全てが脳内で一瞬にして巡ったことなのだ。


 護衛隊から剣を向けられるレイゼル。地主をそのまま掴み上げ、盾にするように振り回す。地主の悲鳴が、不気味な静寂の中に響く。


「大丈夫!殺さないからさ、剣下ろしてくれない?」


「殺さないのであれば、まずはお前がトーデン様を降ろせ」


「んー、それはできんなあ。だって現行犯だもん」


 護衛隊長は"現行犯"と復唱しようとして口を閉じた。その言葉に覚えがあったからだ。


「・・・"リオルドラン"か」


 国家非公式の穢獣保護団体リオルドラン。穢獣の解放を目的とした組織。非公式ながら絶大な武力で名が浸透しており、海を越えた世界中に構成員が点在している。


 その数、脅威の9名。


 護衛隊長は目の前の男がリオルドランである可能性を"考慮は"している。あまりの知名度ゆえに、リオルドランを名乗る者が後を絶たない為、確信している訳ではない。彼もまた、数多くの偽者(にせもの)を見てきた。


 しかし、護衛隊長もとい隊員達は同じ不快感を持ち、レイゼルの不気味さに緊張していた。


 目では捉えている、認識もしてはいる。


 にも拘らず、見失ってしまいそうなのだ。


「さあ?」


 レイゼルは地主の顔を近寄せ、目が合うまで待った。


「調べたけどさ、あんたん中に居る3体の穢獣さ、全員が強制だろ」


 瞬間、レイゼルの放った殺気はカリンの元にも届いた。


 地主は梅きながら首を揺らそうとして身体が動く。


「さっきも言ったけど、"俺は殺さないよ"」


 地主の頭がミシッと鳴る。


 悲痛に叫び、気を失った。


 レイゼルはやっちまったと言わんばかりの表情で手を離す。


 さも当たり前のように、レイゼルはカリンの方向を見やった。


 嫌な予感がしたカリンは顔を逸らし手で顔を隠す。


「カリンー!!!逃げるぞー!!!」


 前通りますすみませんと小声で言い続け、カリンはその場から立ち去ろうとする。


「いいねカリン!そっちに逃げよう!」


「だわああ!!」


 今度はカリンが腕を引かれ、騒然とした現場から走り去る。後を追う護衛隊からあっという間に距離を取り、その頃にはカリンは背負われていた。


 そして林間を潜り、山と林間を隔てる壁を飛び越える。


 そう、カリンは常に絶叫し、喉は枯れかけていた。


「カリン大丈夫?喉枯れそうだから少し休もっか」


 カリンは降ろされ、力無く地面にへたり込む。


 言い返す気力も無い。


 学院生活が本当に終わった。と、もうこれだけしか考えられずにいる。


 焦点が合わないカリン。


 そこに追い討ちをかけるように出来事は起こる。


「ダッ」


 カリンの真横でポツンと座る翼の生えたパピヨン。


「おおー!着いてきたんか!」


 口で息をして、仕舞えていないベロが横から垂れる。


 カリンは口を開けたまま穢獣を撫でる。


 半ば諦めているのも事実。カリンは適応力には優れているのだ。


「で、レイゼル。あんた何者?」


「何者ダッ?」


 パピヨンは喋った。しかし、カリンはツッコむ元気も無い。


「巻き込んじゃったから全部話すね!歩ける?目的地まで移動しよー!」


 レイゼルはカリンの手を取って立ち上がらせる。パピヨンは翼を使わずにフワりと浮いた。


「名前あんの?」


 レイゼルは聞いた。


「ニキビ」


 と、いう名らしい。レイゼルはよろしくなと笑顔を見せ、ニキビの頭を撫でた。歩きながらカリンを向いて続ける。


「俺はレイゼルで、リオルドランで、ここの地主トーデンについて調べてて、ここに来て、そんで」


 説明が下手であった。


「あーーーーやっぱ待って、後でゆっくり聞いていい?今理解追いつかないから。今?の目的地だけ教えてくれる?」


「グリテンリバー穢場だよ!」


「・・・穢場に、んー穢場で、何するの?」


「穢獣の解放」


 軽かった口調が、このセリフだけ重いものになる。


 カリンは適応力がある。全てを察した。


 木々を抜ける。


 山頂。


 陽は天辺。


 青空に照らされ、緑の葉は青々く輝く。


 美味しい空気に咲く壱輪の花。


 この場所こそ、グリテンリバー穢場である。


 綺麗な場所に穢場と名付く、皮肉なことだ。


 レイゼルは花の横に胡座をかく。


 花には触れず、静かに目を瞑る。


 カリンとニキビには離れていてと伝えて。


 陽が少し動いた時、現れる。


 気を失った地主が椅子にもたれ、それを担ぐ護衛隊。


 レイゼルは目を開く。


「まだ起きない?」


「・・・」


「何の魔法もかけてないよ」


「・・・そうだろうな」


「もうすぐだね、巡礼期限」


 巡礼とは。5年ごとに指定の穢場へ赴き祈ること。"穢獣から生命力を付与された時間"までが期限である。同じ日付該当時間の24時間前からが巡礼可能となり、1秒でも超えてしまえば___。


「リオルドラン。本者(ほんもの)を目にするのは初めてだ。武力の噂が一人歩きしているが、案外、巧妙な手口を使うんだな」


「そんな褒めないでよ」


「俺らは雇われの傭兵。この地主を護れなかったことは評価に直結する。だが、俺の人生には大きな経験として功績を残すことになる。」


「良かったね」


 レイゼルと護衛隊は上を向く。


「時間だね」


 3体の融合体が地主の頭上に顕現。


 上半身は人間の女性で布を羽織り、下半身は蛇が渦を巻く。腕は4本。


 穢獣は静かに腕を開く。


 生命力の無くなった地主は枯れ、白骨に皮膚が張り付いた状態に成る。


 護衛隊は担いでいた台を下ろす。


 誰も顕現した穢獣に剣など向けない。


 カリンは離れた場所で、その様子を目に焼き付けていた。本の中の出来事が、今目の前で実として描かれている。


 こんなにも脈動がうるさいと思ったことはない。カリンの心は、それ程まで感じるものがあるのだ。


「どうしたい?このままここに居る?それとも俺と一緒に来る?それとも還る?」


 レイゼルは顕現した穢獣に語りかけていた。


 穢獣の顔がレイゼルに向く。


 そして頷く。


「そっか」


 レイゼルは立ち上がり、右手を上げ、優しい指を差し出す。


 穢獣は静かにその指に触れた。


 その頬に涙は伝う。


 レイゼルは手を合わせて目を瞑る。


 穢獣は頭を下げたように見えた。


 その身体は桜の花弁となり、風に舞う。


 青い空に桜色が彩る。



 【涙桜(るいおう)



 古い時代に存在したとされる桜の木。


 年に数日、暖かな季節にしか見せないその桜色の花弁は、多くの人の心を奪ったとされる。


 今となっては、穢獣が涙を流した時にしか見ることのできないもの。


 カリンはその美しさを瞳に反射させる。


 古い時代の桜もまた、散ることが美しいとされた。


 皮肉なことである。



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