18話ー牽体ー
ー会合翌日 午前1時26分ー
「ごめんくださーい」
首都アルパースから西。トエント地方フスルー山脈の中途に位置する一軒家。
人里離れた場所で、静かに暮らす家族。
「いらっしゃいますよねー?寝てるんですか」
その音に飛び起きる男。
不穏な空気に、妻や子供たちも目を擦らせた。
山の斜面の畑に生える立派な野菜達が、肌寒い風に揺らされる。
「メリトーさーん。中入っちゃいますよー」
「ま、待ってくれ……!」
メリトーの呼吸は乱れていた。冷や汗が背中を伝い、寝床から立ち上がる脚に力が入らない。
「あなた……」
「……大丈夫だ。外には衛兵が……」
衛兵が居るなら、扉の前に誰かが居る筈ないじゃないかと。
「昨日の会合で新任したルゼラカルトと申しますーちょいとご挨拶をー」
妻は回覧でその名を見たと言う。
しかし、こんな深夜に。
寝室の窓から外を覗く。
衛兵の姿は……無い。
しかも、この場所は……例え円卓の六将であっても情報は制限されている。
昨日新任したばかりの者が、辿り着けるはずないのだ。
よって、奴の目的は。
「"宝剣"……」
妻は察し、"子供2人"を抱き寄せる。
「地下に……隠れてくれ……」
妻と子の3人は棚を静かに動かし、地下へ通ずる床扉を開け、降りていく。メリトーは棚を静かに戻し、奴の待つ扉の前に移動した。
開錠し、扉を開ける。
「何の……ご用でしょう」
「いやー冷えますねー夜はね」
ルゼラカルトはズカズカと家の中に入る。
「元円卓の六将様が、随分と質素な生活をしているんですね」
何故、鎧を着ているのか。深い蒼の光沢が、蝋燭の火に照らされる。
メリトーは緊張する。
ルゼラカルトは食器棚を勝手に開け、流し台横の食器も物色する。
「家族で暮らしてるんですか。40半ばにしては余生を謳歌してますね」
ルゼラカルトは振り向きながら、その鋭すぎる視線をメリトーへ刺した。
「噂によればメリトーさん、"宝剣"を護っているようで……」
唇に力を入れ、鼻から大きく息を吸う。
「あ、下手に動かない方が良いですよ」
ルゼラカルトは指で空間をなぞる素振りをする。
「斬れちゃいますから」
ルゼラカルトが空間を弾いた際、糸のような線が震えたのを確認した。目を凝らせば、それは部屋中に張り巡らされていると気付く。
「乱暴は性分じゃないもんでして、できれば所在を教えていただけると助かるんですが」
「……外で……話そう」
「そうしましょうか。ご家族にも迷惑でしょうし」
ささ、外へどうぞとルゼラカルトに促され、メリトーは外に出る。
途端、畑の隅に転がる衛兵の頭が見えた。
国から指定された優秀な衛兵が、声も出さずに殺されたのだ。しかもそれは、6人全員がである。
「私は、護らなければいけない立場。いくら円卓の六将とて、渡すわけにはいかない」
「あ、知ってますよ。だから所在を聞いたんです」
「それも、教えることはできない」
「ただ教えてもらおうとは思ってませんよ。これはあくまで交渉ですから」
ルゼラカルトは家を見やった。
「護るものがある人は大変ですねえ」
そして、視線をメリトーへ戻す。
「交渉材料は現地調達に限りますね」
メリトーの舌が喉に詰まる感覚。
「まさか……」
「奥様と、"子供1人"ですね」
糸で探知したのか。
メリトーは地面の石を無意味に数える。
そして格納魔法を展開し、瞬時に全身を鎧で武装した。円形の盾と長剣を構える。
「交渉は決裂ということで、よろしいですかね」
護人という立場に就いた時から、その覚悟はできている。
「まさか、円卓の六将に狙われる日が来るとは」
深く息を吸い込む。
ジェンドさん、あなたの愛したこの国は、既に手遅れかもしれませんよ。
私も愛したこの国のため、命を賭して使命を全うします。
重心を落とす。
確認できたのは糸の能力。その生成速度は常軌を逸した。屋外に居るこの瞬間でさえ、既に張られているものだと仮定しよう。
「メリトーさんの噂は予々。油断はしません」
それはこちらとて同じこと。能力の底の知れない男、少しの判断ミスが死に直結する。
【天糸 スユニ】
ルゼラカルトは鋸状の刀身をもつ小剣を握っていた。
いつの間に格納魔法を……。
メリトーは瞬間の殺意に反応し、地面に額が着くほどに屈み、盾は頭を守るよう帽子に見立て構えた。
同時、張られた糸が首元のあった位置を通過する。
メリトーは盾を頭の上に構えたまま立ち上がる。
幾本も重ね張られた糸を持ち上げる感覚。
円形の盾に沿って魔法陣が展開される。
糸に込められた生命力を感知。
それと同等の生命力が盾に生成され、それを身体へ通して右手に持つ長剣へ移し、更に自身の生命力を上乗せした。
【牽体 ツェズズ】
刃に生命力による波紋が浮かび、硬度の底上げされた長剣で糸を斬る。
波紋が薄くなるも、それが消える前にメリトーは前進しルゼラカルトの間合いに入った。
生命力により筋力が増量した所為か、ルゼラカルトの予測した速度よりも速く間合いに到達されたことにより、若干の後手を取る。
ルゼラカルトの鎧の関節部位を目掛け振られた刃は、避け始めた"腹部"を少し斬る。
傷の癒えていないルゼラカルトは、無意識に腹部を庇う体勢となった。
足元に張った糸の反発に乗り、ルゼラカルトは頭上へ飛ぶ。空中の糸に乗り、呼吸を整えた。
これは油断である。ルゼラカルトが仲間から聞いていた情報は、8年前にメリトーが現役から退く直前の記録であった。
現役から退き、山奥に隠居するメリトーが何の変化も無いだろうという思い込みから来るもの。
瞬間ではあるが、メリトーの生命力に触れて全てを察したのだ。
8年前の記録では、"未覚醒者"と。
しかし、この隠居生活でメリトーは"覚醒"していた。
覚醒者であることは、"穢纏"の可能性を考慮しなくてはいけない。
負傷状態のルゼラカルトが、挑むべき相手では無かったのだ。
再度、悔やむことになる。
「油断しました……」
ルゼラカルトの脳裏に、退却の文字がチラつく。しかし、調子に乗って名乗ってしまった以上、引き返す訳にはいかない。円卓の六将である自分が、アルパースランドの宝剣を狙ったとなれば、言い訳ができない。
自身の軽率な行動に、深く苛立った。
メリトーの視線に、ルゼラカルトの心拍数は跳ね上がる。
"盾で受けた生命力や物理威力を自身の生命力に変換する。"
聞いた情報。
これが、穢纏を使用した場合、どのように能力が底上げされるのか見当もつきません。
下手に攻撃してしまえば、防がれてメリトーの糧になってしまいます。
加え、先程の反射神経。
しかし、逆の思考をしましょう。
盾で受けなければいけないのですから。
手数で押してみるのはどうでしょう。
【天糸スユニ 蜘蛛陣】
広範囲の地面と平行に、蜘蛛の巣に見立て糸を張る。糸の間隔は統一されていない疎なもの。その中央にメリトーを据える。
メリトーは盾を身体に引き寄せた。
中心に向け、糸を収束。
メリトーは最初の糸を盾で防ぎ、生命力の波紋は全身の鎧へ生じる。なるほど、筋力に全振りしましたか。
糸の接近に反応し、360度に瞬間的に向きを変え、やはり次々に防いだ後斬られる。今防いだ糸は8本。ルゼラカルトは糸を消した。
これ以上糧にされるのを止めるためと、鎧の波紋が消えるまで何秒かかるか、検証したかったのだ。
しかしそれは、隙を与えてしまう行為。
メリトーは長剣の柄を逆さに持ち、全身の重心を腕に乗せて長剣を突き投げる。ルゼラカルトは小剣でそれを弾いた。
地面を蹴ろうと体勢を変えたメリトーに合わせて、行手を阻む糸を生成する。
【天糸スユニ 粘糸】
メリトーの手には既に、格納魔法によって別の長剣が握られていた。盾で防ぎきれない糸を斬ろうと振るった長剣に、その手応えがまるで無い。
その糸は、長剣の刀身に纏わりついていた。
硬度を下げ、代わりに粘着性を持たせた糸。
【天糸スユニ 絡々揺々(からからゆらゆら)】
ルゼラカルトは長剣の糸を手繰り寄せる。メリトーは即座に柄から手を離した。
地面に着地するまでの間に、メリトーは思考した。
近付くことが、できないと。
一撃目に距離を詰めた時、仕留めきれなかった悔しさが湧いて出る。
自身の穢獣の性質上、遠距離戦は苦手。ぽいぽい剣を投げてしまえば、剣の在庫が底を尽きてしまう。
それに……円卓の六将の新任とは、とても思えない実力。
生命力の扱い方にしろ、生成速度や生成位置が熟練されている。実践経験も豊富なのだろう。
ルゼラカルトの"円卓の六将就任の経緯だけ"は回覧で確認したが、一体どこで経験を積んだ?
ウルビダやロザンパーゴは、就任前からこの国で活躍し、国民も納得のいく理由で就任している。
しかしこのルゼラカルトは、クロックヴェルクに"たまたま居合わせ"、ミリオットとリオルドランの愚行を止めに入った……"だけ"。
この国に貢献した訳でもない。
ジェンドさんや国王は、納得したのか?何故就任の許可を……。就任から1日もたたず宝剣を奪いに来るあたり、仕組まれたものだと思う他ない。
この異常事態を知らせる術は、"今は"無い。
"後に"、不審に思ってもらうことはできる。
私に、このルゼラカルトを倒せる想像ができない。ならば、この選択肢は今私のできる最良手。
人生で最初で最後の抵抗。
ジェンドさん、後は託します。
これはメリトーが空中で柄を離し、糸の張られた地面へ着地するまでの間に思考されたこと。極度の興奮状態に陥ったメリトーの脳は、まるで走馬灯を見せる脳の働きと同等の力を発揮した。
その判断は、ルゼラカルトを置き去りにする。
【穢纏 牽体 ツェズズ】
全身に波紋が波打つ。
全身の体型が浮き彫りになるほどビタっとした革に似た素材。鎧とは掛け離れた質感。肌が見える隙間すら無く、顔面までもそれが覆う。
しかし呼吸はできているようで、胸部が一定に膨らむ。
穢纏の使用は世界が感知した。
ルゼラカルトは全ての糸を解除する。自身の乗っていた糸も解除した為、地面に着地した。
眼球だけを動かし、その姿の情報を得る。
メリトーの能力は基本的に後手。相手の生命力を糧に自身のものにする___。
【牽体ツェズズ 大地生群】
土に宿る微力な生命力を足裏で掻き集め、それを多大な生命力に変換し全身に回す。
ルゼラカルトの傷を負った腹部へ、メリトーの拳は突き立てられた。
【天糸スユニ 禁糸】
紅い糸がメリトーの首に巻かれ火花を散らす。瞬間その彩度は失われ、糸は途切れる。
生命力を糧に全身の硬度と筋力を底上げしたメリトーの拳は、ルゼラカルトの顎を撃ち抜く。
自身を糸で引っ張り、メリトーから距離を取るルゼラカルト。
腹部の細胞は壊死し、顎はヒビ割れ血を多量に流した。
触れた一瞬で、体内の生命力をも糧にされた。吸われた生命力によって身体の強度は著しく低下し、裂けやすくなっているのだ。
「厄介な能力ですね」
メリトーの先程居た場所の土は枯れ、水分の無い砂となって風に吹かれる。
「しかし、諸刃の剣ではないですかね」
ルゼラカルトは見出しつつある。
「喋る気は、無いですかね」
メリトーも、察しつつあった。
ルゼラカルトはわざと、触れさせる距離に居ること。触れて尚、致命傷すらも与えられないこと。
そして、"それ"を見ることになる。
ルゼラカルトの後方に展開された黒い三重魔法陣。
メリトーの呼吸は乱れた。
見覚えがあったからである。
"半太陽"の紋章。
「貴様……ヌルビアガ……」
悪寒。
リオルドランの対となる組織。噂では、個人が国家を揺るがす武力を持つとされる。
瞬間、脳に爆ぜる。
"ミリオットとリオルドランの愚行を止めに入った。"
"たまたま居合わせた。"
ミリオットの巡礼日に……たまたま?
メスローデの死、ミリオットの巡礼日、ヨロレイヒ湖国襲撃によるオドムの行方不明。数日の間に立て続けに大きな出来事が起きた。
この一連に、全てヌルビアガが関与しているとしたら。
"ヌルビアガであるルゼラカルトの、円卓の六将就任。"
宝剣はついで。
この国の武力を削いで、狙いは……。
大穢場。
落とす気か……!!
天から吊るされた糸に引っ張られ、ルゼラカルトは遥か頭上へ突き抜ける。
メリトーは後を追う為に、地面の生命力を多量に糧とした。
【牽体ツェズズ 大地生群】
地面を蹴る為に踏み込む瞬間。
【天糸スユニ 禁糸】
メリトーは自身の脚力により、地面を大きく窪ませた。身体は浮かび上がるどころか、威力は全て砕かれた地面に吸われ、地中へ沈んでいく。
その際見えたもの。地面が細かく切り裂かれていた断面。そして乾燥しきった土。
地中に張り巡らされた糸が、地面を蹴る直前に地中を裂いたのだ。
窪んだ中央に落ちたメリトーを埋めるように、乾いた土が覆い被さる。
土を退かそうと生命力を使う寸前、その生命力を蓄えることにした。
既に乾いた土には糧になる生命力が無い。これは自身の招いた目眩し。
「狙われたか……」
ルゼラカルトが地上に降りた理由は、地中に糸を張る為。そして天高く飛び上がることで、後を追うだろうと算段した。
次の手は、最硬度の糸か。
その糸を防ぐだけの生命力を残す為に、メリトーは蓄える選択をしたのだ。
「勿体ないですね……本当に……」
遥か上空で、地に埋もれたメリトーを見たルゼラカルトは呆れていた。
「せっかく良い能力なのに……使い熟せなければ意味がありません」
地中に生成した1本の糸。
正確には、極細で硬度の高い糸を1000本重ね、螺旋させた細い糸。
その糸の生命力を両端に移動させ、中心部は自然物として存在している。
純正の高硬度を誇る糸。
【天糸スユニ 螺旋糸】
糸の両端をルゼラカルトから伸びた糸で結び、移動を可能とさせた。
糸が地中を裂く音を聞き、メリトーは構えた。
目視する為に、微力の生命力を使い土を退かす。
視線で捉えた糸。
しかし、その不気味な糸に、メリトーは悪寒と吐き気を催した。
生命力を殺した糸。
即座に全身の硬度を上げる。避ける選択肢が間に合わない程に、糸は接近していたのだ。
糸を掴む右手。
その手を巻き込み、メリトーの首に糸は何周も巻き付く。
「ツェズズの穢場は何処でしたっけね」
悔しさに押し潰された感情が、叫びとして喉を劈いた。
無意識ではある。
地中で伸ばした左手。
その先に、助けを求めた。
自身の、使命を全うできないことへの悔しさと。
愛したこの国に暗躍した者どもへの憎しみを。
ジェンドさん……。
「不甲斐ない……!!」
ルゼラカルトは両端に結んだ糸を引っ張る。
食い込んだ糸が、そのまま肉を裂く。
「勿体ない勿体ない」
ルゼラカルトはメリトーの埋もれていた乾いた土の上に着地する。
地中の男の想いなど構いなしに、その上を踏み付けて歩く。
「土葬されただけマシですよ」
裂けた顎に糸を通して縫い、気怠そうに家屋だけを目指した。




