17話ー各々ー
ーアルパースランド国境の街ヘバラスカー
円卓の六将会合の前日。
ミリオット邸全焼の前。
ヨロレイヒ湖国に隣接する国境の街ヘバラスカは、観光地グリテンリバーから近いこともあり、多くの人が行き来する。
菱形に大きく広がるアルパースランドの下部国境として栄える街。
レイゼル一行は人の目を気にしながら、なんとか宿に辿り着く。
レイゼルはその道中、魔具の備蓄生命力を微力に漏らしながら歩いていたのだ。
それは、生命力が感知できない自身の特徴を掻き消す為である。
人気な街に加え、会合を明日に控えたこともあり宿の部屋も一室しか取れず、レイゼル、ミリオット、カリン、イゼは同室にて脚を休ませた。むしろ、部屋が空いていたことが奇跡に近い。
ミリオットの率いていた隊の者たちは、自国の違和感を感じ取り、国境を越える前に引き返し、ヨロレイヒ湖国にて待機することになる。
「ところでレイゼル……」
イゼは慎重に言葉を選ぶ。しかし、皆も気になっていること。
「ミリオットとカリンには、リオルドランの紋章入りの魔法陣を展開したのだろ?生命力を使わないと展開はできない筈だが、どうして魔具を使っていたのだね?」
あーーと言い、レイゼルは首元から服の中に手を突っ込み、もぞもぞと動かす。
すると、針の動かない壊れた懐中時計を取り出した。
「これこれ」
レイゼルの背後に二重太陽の魔法陣が展開。
「投影魔法の入った魔具。さっきもこれの生命力をちょこっとだけ漏らしてた」
イゼはその瞳に、茜色の魔法陣を反射させる。
「俺の意思に応じて、魔法陣が展開されるように仕組んでもらったやつ」
カリンも懐中時計を見ながら、ほえーと興味を唆らせる。
「俺、生命力使えな……」
いや、と一拍置く。
「生命力を外に出そうとすると、空間に拒絶されるんだよね」
「空間に……拒絶?」
カリンは呟く。
レイゼルは右手を前に出した。
「この右手から生命力を出そうとすると」
レイゼルの右手が空間に固定されたように動かなくなる。
「こうやって空間に掴まれて、動くことすら許されなくなる」
でもねと付け足し、レイゼルは右手を握る。
「身体の内側だと生命力使えるから、生命力で筋力を底上げして、無理やり動かすことができるんよ」
レイゼルは右手を少し身体に引き寄せる。
「空間は元の位置で固定されたままだから、今空間はちょっと引っ張られてる状態。これで俺が右手の力を抜くと〜」
引っ張られた空間が元に戻り、その反動で前方に空気が送られる。その風に、イゼは目を窄めた。
「アタシに向けるかねそれ」
靡いた髪を整えるイゼ。
「ごめんごめん。こんな感じでさ、俺、生命力出せない身体なんだよね」
生命力が外側に出せないレイゼルの体質が、周りの者が生命力を探知できない理由となる。
ミリオットも納得したように頷く。
しかし、イゼだけは違う。イゼだけが、レイゼルの穢獣の事実を知る。その事実と生命力の件が関係しているのだろうが、聞ける筈もなく。
クァズノームに頼まれて監視を担ってるに過ぎない自分が、どうしてこんな悩まされなければいけないのだと、つくづく思うのだった。
しばらくして、外は騒ぎ始める。
窓際で外の空気を吸っていたミリオットが、その噂話を聞く。
"例のミリオットの家、誰かが火つけたらしいね。このまま全部、燃えちまえばいいよ。"
ミリオットの鼓膜が、内側へ引っ込むような感情。
部屋に居た皆も、それを聞いて苦しくなる。
ミリオットは何も言わず、ステラに貰った銀の耳飾りを触った。
「レイゼル……」
その言葉を発し、しばらく外を眺める。
「……やっぱ何でもないや」
澄んだ涼しい風が、金の髪を靡かせた。
ー会合当日 挨拶後 アルパース城客間ー
ルゼラカルトは、革製の長椅子に腰掛け一息ついていた。
壁一面の大窓から、霞んだ大霊峰アルパースを眺める。
ドアを軽く叩く音。
「……どうぞ」
メイドの女性がコーヒーを盆に乗せて入室。
「落ち着いていますね」
ルゼラカルトは硬くなった肩の力を抜いた。
「なんだ、あんたですか」
メイドはコーヒーを机に置く。
「ここまで、順調ですね」
コーヒーを啜り、メイドをチラと見やる。
「その喋り方どうにかなりませんか。気色悪いですよ」
ニコと笑う。
「癖のある喋り方をすれば、怪しまれてしまいますから」
「抜かりないですねぇ」
ルゼラカルトは長椅子に腕を回し、大きくくつろぐ。
無意識に、"腹部"の傷口を包帯の上から抑えていた。
「その傷は、油断ですか」
ルゼラカルトはそっと手を離す。
あの場に居た誰の仕業か。
生命力の無い不気味な男……しかし、ルゼラカルトは飛翔体を目視し、間一髪で避けた……筈だが。飛翔体は角度を変えて追尾したのだ。角度が変わる瞬間、空間の歪みは確認できず。あの男の線は薄くなる。
銀髪の女が覗いていたが、その可能性。
あとは、重傷であったミリオット。
追尾が磁力なら納得いくが、クロックヴェルクから数里も離れた場所に届かせる生命力があるとは思えない。
危惧すべきこと。
例え、ミリオットがあの瞬間に"覚醒"したのであれば、線は濃くなる。
「……油断ですかね」
メイドはルゼラカルト腹部の傷口から、目へと視線を移す。
「あなたがリオルドランと仮定した男……対処は?」
ルゼラカルトは、しばらく大霊峰を眺めた。
そして、息をする。
「"宝剣"を取りに行くとしますか」
2人は、廊下の些細な足音を聞く。
メイドは一歩引き、では失礼しますと頭を下げて扉へ向かう。
扉を出て、閉める。
廊下ですれ違うジェンド一行の邪魔にならないよう端に避け、妨げにならないよう頭を下げた。
ジェンドは歩きながら、チラとルゼラカルトの部屋扉を見やる。
前を向き、歩み続けた。
メイドはジェンドを目で追い、そして目を瞑る。
数秒して、メイドは自身の持つ盆に心当たりが無く、何故自分がここに居るのかと視線を泳がせた。
ー会合当日 深夜2時ー
ヘバラスカの街が見渡せる小高い丘。
街にはちらほら明かりが灯り、淡い色の空の澄んだ空気に星が輝く。
昼は陽光で暖かいが、夜になると標高が高いこともあり気温は下がる。
休息の為に設置された長椅子に座る男に近寄る。
「夜景が心に沁みるかい。歳だもんね」
クァズノームはそのまま深く溜息を吐く。
「随分とお気楽だな」
「案外そうでもないかもしれないよ」
寒いねえと小言を漏らしながら、イゼは横に座る。
クァズノームはコートの下に包帯を巻いているのだろう。傷口を気にするように普段の姿勢を崩していた。
「傷口はいくらか癒えたかい」
グリテンリバー穢場にて負った傷。
「幾分な」
そうかい。と一呼吸して続ける。
「先に謝っておこう。既に尾行ではない。ほぼ仲間みたいな感じで同行させてもらってるよ」
今まで見たことない速度で首を動かし、口をポカンと開けながらイゼを見やる。
「いやはや不思議な男だよ、レイゼルって奴は」
クァズノームは首を手で抑えながら視線を夜景へ戻す。
「やはり奴は、リオルドランか」
「そうだね」
「……お前がそんな懐くとは。惹かれるものがあるか」
「あるね」
「分かってはいたことだが、仕方ない。関係が近い方が情報の質も濃い」
イゼは、心の内に眠っていた疑問をぶつけた。
「オジは、知っているかな」
その言葉を発し終えてから、次の言葉までの間を相槌で埋める。
「……"人型の穢獣"」
「それは知……」
直近でバルバンテがそれに値すると感じたクァズノーム。しかし、経験豊富なイゼが、わざわざ"人型の穢獣"という言葉を選ぶだろうか。
二足歩行の穢獣を指す言葉でないと、この時察したのだ。
「完全に……"人"という意味か」
イゼは無言で頷く。
それは、存在してはならない穢獣。
クァズノームの師匠にあたる人物から、そのようなことを聞いた覚えがあった。"世界がその書物を封印する"以前、読んだことがあると。
クァズノームは思考の奥に錘が落ちたように身体を揺らす。
「まさか……」
「信じ難いが、信じるしかないみたいだよ」
記憶がひた走る。
「レイゼルの歳は……」
「16だね」
瞳孔は弾ける。
16年前の、"スムウェルの大惨事"。
"巡礼者の死神"と対峙した記憶。
彼と特徴の酷似したレイゼル。
「偶然にしては、怖すぎるだろう?」
禁忌。
それは、"人の死の証"を糧に実現できる。
【膨大な生命力を以て人の命の生成を禁ず】
クァズノームに追い詰められた"巡礼者の死神"が、あの瞬間に発動したとする。
直後に起こった爆発が、極大な生命力を持った穢獣の顕現によるものだとしたら。
名を持つ穢獣バルバンテの顕現の際、隣の街にまで衝撃波が到達した。
それ以上の生命力を持ったレイゼルが顕現したなら、スムウェル全域を巻き込む爆発を起こしたことも納得がいく。
「世界が……揺れるぞ……」
しばらく、無言は続いた。
実際の時間より、クァズノームの脳内の思考は駆け巡っている。
「すまんオジ、話は変わるんだが」
ふと、イゼは問う。
「オジ達がアルパースランドを目指していたことは知っていたが、ハドアの目的は何だい?」
一拍置いてハドア様だと指摘し、口を閉じる。
「ある人物に会いたいと……」
「ほぉ〜」
バルバンテを討ち、誰かに会うと。
「それも、怖いねえ」
クァズノームは理解していた。赤子の時から見ていたハドアに、情が湧いていること。向かおうとしている先が、道から外れることすらも。
「それでも私は、ハドア様に仕える執事……見届けることが使命だ」
義理堅いクァズノームの性格を知っているイゼだからこそ、何も追求はしない。
「そうかい。アタシはアタシで、レイゼルの"尾行"を続けるとするよ」
風邪ひくぞオジと言葉を残し、イゼは立ち上がりその場を去った。
レイゼルのことを聞いたことで、尚更。
禁忌と知る上で、尚更。
「……ハドア様……貴方の進む先に、幸せはあるのですか」
ーコスモニア領 某所 宿ー
影鳩が窓の縁に降り、隙間からヌルッと入室する。
長椅子に横たわり、本を読みながら寝落ちしていたネビアルの元へ飛び、顔付近で翼の音をたてる。
「ん〜……んああ!何だよもぉ!」
飛び起きたネビアルを見るや、影鳩は発光しながら弾け、2通の手紙を出現させる。
床へ落ちる前にそれらを取った。
「リクかぁ。ワタシと……サイカ宛」
ネビアルは瞬時に察する。
「報告書」
サイカは今、呑気に鼻歌を奏でながら入浴中。
サイカへの手紙を机へ置き、自身宛の手紙を開封する。
寝落ちして外れた眼鏡を、メガネメガネと探した。
手紙に、目を通す。
……。
沈黙の時間。
鳩時計と、サイカの鼻歌が聞こえるだけ。
しかし、文字の中では、それすらも耳を通り抜ける。
湯から上がる音。
「あーーー!タオルないですー!」
どうしよどうしよと駆ける音。
「ネビさーん!タオル欲しいですー!」
洗面所から小柄な右手と顔だけをひょこっと出し、びちゃびちゃに濡れた髪から水滴があまりに流れ落ちる。茶がかった黒髪に、内側から黄色が覗かせる。
普段なら、面倒くさそうに呼びかけに応えるネビアル。
だが、この時に限っては、その声すらも届いていなかった。
「あのー私風邪ひいちゃいますよ?おや、手紙ですね?何か凄いことでも起きました?」
ネビアルは静かに手紙を置く。
「いつになく辛気臭いですね」
サイカは閉じた唇に空気を当てて震わせる。
「サイカ……」
「その感じ、"わかった"んですね」
ネビアルは長椅子から立ち上がり、タオルを取ってサイカに投げつける。
「行こう、アルパースランド」
サイカはタオルで髪を拭く。
「え!?アルパースランドですか!?」
長距離旅を、爆速で向かうことを察したサイカ。
「サイカの大嫌いな、ヌルビアガも居るって」
「すぐ向かいましょう!ぶっ倒すしかないです!」
「最速で8日。間に合えばいいねぇ」




