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15話ー仮葬ー


ーヨロレイヒ湖国 首都フィルサラー


 大粒の雪を降らしながら、雷を轟かせる不穏な雲。


 【流月(るげつ) コスケール】


 立方体に突き上がった陰の柱。枝分かれしたそれを伝い、武装した影猿は縦横無尽に駆ける。


 自由落下最中のラウーシュ後方の雲が光り、稲妻が(ほとばし)る。


 影猿へ狙いを定めていたラウーシュだが、雷鳴の発光と共に、見失う。


 陰の柱に隠れたかと予測したラウーシュだが、猿もまた影なのだと思い出す。


「陰の中か……?」


 このまま地面に立つことを恐れたラウーシュは、下方へ向け穿つ空弾を魔法陣を展開して放った。その反動により高度は上がる。そして、その穿つ空弾には確認する意味も含まれていた。


 穿つ空弾が陰の柱を通過する。実体は無い。物理は効かない。ならば生命力を付与したものならどうだろうと。


 空中のラウーシュに向かって、枝分かれした陰の柱が突き伸ばされる。


 穿つ空弾の威力で避ける直前、ラウーシュは思考する。この陰は"物理"か"生命力"か。どちらにしても当たる訳にはいかない。しかし、物理なら、穿つ空弾で相殺できる。


 避けつつ、陰の柱に向け穿つ空弾を放った。


 通過。


「おいおい、酷え能力だな!!」


 ラウーシュに悪寒走る。


 陰の柱が真横を通過した。仮に影猿が陰の中を移動できるとしたら、もうそれは間合いになる。


 この思考に至った時点で、ラウーシュは一歩劣っていると自覚した。


 通過した陰の柱を注視したラウーシュの死角。


 影猿は下方から接近していた。


 その存在に気付いたと同時、ラウーシュの身体は動くことを否定される。


 通過した陰が枝を伸ばし、ラウーシュの脇腹へ触れていた。その陰が、ラウーシュの衣服に生じる陰へと触れている。


 地面から生える陰の柱が膨張し、影猿の脚を押す。その勢いに乗り、影猿の拳はラウーシュの顎を砕かんと突き放たれる。


 轟く雷鳴。


 その閃光が一瞬、ラウーシュを繋ぎ止める陰を薄めさせた。


 影猿の拳到達直前、ラウーシュは影猿方向へ穿つ空弾を放ち、拳の威力を軽減させる。


 拳に打ち抜かれたラウーシュは、上空へ吹き飛ばされた。


 雷の閃光が無ければ、間違いなく顎は砕けていたと認識。


 そして、衝突時には影猿は物理的に接触が可能であると理解する。


「運を味方にしたか」


 影猿のリクもまた、思考する。


 シームリバーの町中でメスローデが殺害された日。


 彼はラウーシュの穿つ空弾によって命を落とした。


 しかし、あの瞬間。今も微力に発生する生命力の動きすら無かった。


 何か他に、別の方法で空弾を撃てるのか。


 それとも、他に能力があるのか。


 奴の穿つ空弾は、空気を旋回させて生命力で押し出す物理攻撃と予測する。それと、広範囲を空気の圧で潰した。


 ……それだけ?


 それだけで、ヌルビアガ?


 黒の"半太陽"は目視した。確定事項。


 ラウーシュは顎を抑えながら空中で体勢を整える。その隙を与えてしまった。互いに慎重にならざるを得ない。


 ラウーシュの能力を、殆ど理解しないまま影猿がやられることが、一番やっちゃいけないこと。


 遠隔操作の影猿で使える生命力も限られている……大技を出すのもリスクだが、悠長に長引かせることも、"もう1人"の合流に繋がる。


 もう1人がグリテンリバー穢場に居た"ヨデン"と名乗った女の場合、能力は氷。この雪もヨデンの能力か否か。先程ラウーシュが雪の粒の変化を見て動きを変えたことを加味すると、あながち可能性はある。


 ヨデンの合流は避けたい……。あの規模の氷塊を即時生成する生命力と、天候に作用する力は脅威。


 冷たすぎるあの視線が、脳裏を過ぎる。


 判断……するしかない。


 ……。


 ラウーシュを拘束しなければ。


 【流月コスケール 影庭黒柱(えいていこくばしら)


 地面から伸びる陰の柱が高さを増して乱立。雪を降らせる雷雲にまで到達したそれが、ラウーシュの緊張を高めた。


 影猿はまだ空中に居る。


 陰の中に潜らせてはならないと、天性の勘が囁く。


 【穿廻ゼレスカン 渦穿渦(うずせんか)


 ラウーシュの脚を軸に空気を旋回させ、空を蹴ると同時に同方向へ空弾を射出。自身を弾丸の如く加速させ、影猿の間合いへ詰める。普段であれば、刺突剣を構えて鎧を穿つための手段。


 影猿は肘から細い陰を柱に伸ばし、膨張した陰を伝わせて破裂させる。その推力を利用して拳を突き出す。


 瞬きすら間に合わないやり取りを、ラウーシュは反射的に予測した。


 影猿の拳が自身に触れる箇所。目を狙った拳。ラウーシュは頭を少し下げて額に触れさせる。


 そう、"触れさせる"。


 陰が物体化する、その瞬間を狙って。



 【時葬(じそう) バデキオン 仮葬時駆(かそうじく)



 2体目の名前持ち穢獣(あいじゅう)


 ラウーシュと影猿から、灰色の波紋が広がる。世界がその灰色へと染まった。


 ラウーシュは拳の威力を受けて後方へ飛ばされる。


「……っ!」


 リクは想定していた中で、最悪とも呼べる状況になる。


 2体目の名前持ち穢獣の所持は危惧していたことだが、まさか能力を発動するとは思わなかった。


 限りなく情報の薄いヌルビアガという組織。構成員の特定ができるだけでも、こちらからしたら利点。能力の開示は避けたい筈と、一種の勘違いをしていた。


 いや……妥当か?リオルドランと仮定した者の前で、力の出し惜しみはしない…….のか。


「目が泳いでんなあ!」


 ラウーシュの目的は、俺を陰に潜らせない為じゃないのか。


 灰色の世界でも、積もる雪は降り続けた。


 遠くで、雪から遠ざかる鳥たちもいる。


 時が止まっている訳じゃない。


 しかし何だ、この空間は。


 ラウーシュは額から血を流しながら辺りを見渡す。すると、あらぬ方向へ移動した。


 瞬間、気付く。


 分厚い雲の下に、巨大な2:48と記される、恐らく生命力であろう数字を目視する。


 その数字は、1秒ごとに右側が減っていた。


 制限時間……。


 陰を破裂させた勢いに乗り、即座にラウーシュを追う。


 街外れ、船場……!!


 避難する人々が居る!


 【穿廻ゼレスカン 庭穿踏血(ていせんとうち)


 広範囲に、円形に沈む。


 飛沫を上げた湖の水が、窪んだ場所に流れ込む。


 押し潰された人の血を掬い上げ、混ぜるように旋回する。


 今の一瞬で、数百人……。


 ラウーシュは進行方向とは反対に空弾を放ち、空中で動きを止めた。


「リオルドラン」


 ラウーシュは振り向く。


「"仮世界"へようこそ」


 2:24。


「仮……世界」


 リクの瞳孔は開く。


「どんだけ壊したっていい。どんだけ殺したっていい。"仮"なんだから」


「何を言って……」


「この世界のルールだよ。ルール」


 2:09。


「上の数字見ただろ?」


 ラウーシュは下方に穿つ空弾を放ち続け、高度を維持する。


「あの数字がゼロになれば、この世界は"仮じゃなくなる"」


「……は?」


「仮の世界で起こったことが、現実になるんだよ」


 影猿の額に血管が浮き出る。


「まあ待てよ。最後まで聞け」


 1:46。


 ゆったりと、一拍置いて喋り続ける。


「ゼロになるか、どちらかが死ぬか」


 シームリバーでの出来事が脳裏を走る。


「死んだ場合、"その死だけが有効"となり現実となる。つまり、死ねば、仮世界のその他事実は無効になるんだ」


 つまりは、殺された命も無効……無かったことになって生きる。壊れた船場も元通りと?


「メスローデは穢纏(あいてん)まで使って怒り狂った挙句、残り5秒で自らの死を受け入れたよ。無様で、不細工な死に方だったなあ」


 メスローデは殺されるまで、俺らの知らない架空の世界で死に物狂いで戦っていた……。


 恐らく、あの場に居た人々の多くが殺されていたのだろう。


 その事実を無効にすべく、ラウーシュを討つよりも自らの死を選んだ。


 ……彼は断腸の想いで、託したんだ。


「下衆が!!!」


 恐ろしい選択肢を与えやがる。


 今、能力の説明を受けたことで、俺も窮地に立たされた訳だ。


 それに最も残酷なことは、もし自身を殺して仮世界での事実が無効になったとしても、影猿の居なくなった現実の世界で、また同じことをされた場合……。


 元も子もない。


 現実世界で影猿への勝機が見出せなかったラウーシュの、確実かつ安全に仕留める手段。


 卑劣で、残酷。


 1:15。


 拘束したとしても、その事実を有効にするには時間をゼロにし、多くの人の命が失われることになる。


 そして、危惧すること。


 分身である影猿が死んだ場合、本体に影響はあるのか。


 仮に影響が無かった場合、"この記憶"は無効になってしまうのか。


 この思考に陥った時点で、俺の劣勢。


 ラウーシュを討つしか、道は無い。


 出し惜しみ無用。


 【流月コスケール 影地縛遁(えいじばくとん)


 影猿の下方地中に広範囲の魔法陣展開。ラウーシュは魔法陣こそ見えないものの、その重圧でそれを感じ取る。


 陰は、光に照らされた物の、存在を証明する。


 人間の身体一つにしても、陰の情報は多い。外部から照らされた反対方向には陰。身に付ける衣服や武装した物の下には陰。


 宙で維持するラウーシュが、そこに居ることの証明の陰は地面にある。


 分厚く薄暗い雲があるにしても、その姿が見えることには光がある。光があれば、陰もある。


 そして幸いにも、鋭い閃光を放つ雷がある。


 ラウーシュの地面に落とした陰を、リクは"掴んだ"。


 実体に触れず、陰で動きを制限するこの技の生命力消費は大きい。


 0:43。


「陰か……下衆はどっちだクソ!」


 地面の陰からラウーシュへ伸びる空間に、黒い陰を染める。


 緊張。


 地面から陰を膨張させ、ラウーシュへ向け伝わせる。


 衝突の直前。


 【穿廻ゼレスカン 庭穿踏血(ていせんとうち)


 陰が物体化する瞬間を狙って、ラウーシュ周辺に絞った高密度な圧で相殺される。砕かれた陰は、空間に溶けた。


 0:39。


 【流月コスケール 暗哨(あんしょう)


 ラウーシュを黒い陰が覆う。


 視界のどこも闇。


 ラウーシュは見るのをやめた。


 目を瞑り、感覚を研ぎ澄ます。


 どこから来るかもわからぬ、瞬間の衝撃に備えて。


 0:36。


 【流月コスケール 影激槍(えいげきそう)


 地中奥深くから陰を加速させ、槍状の陰をラウーシュに向けて突き放つ。


 凄まじく疾い陰の先端を、衝突直前に物体化する。これは、空気に擦れる音を無くし、直前で物体化することによって、真暗の視界で構えるラウーシュの反射力を鈍らせる為。


 しかし、理不尽なこともある。


 生まれ持った反射神経は、残酷なまでに研ぎ澄まされていた。


 天性のものと、言わざるを得ない。


 ラウーシュは予め、全方位の空気を微力ながらに旋回させていた。その空気の流れを、物体化した陰が断つ。


 その場所。


 多量の生命力で一気に空気を旋回。


 物体化した陰は、旋回する空気の圧に砕かれる。


 0:33。


 この段階で、ラウーシュの脳裏に悪寒が過ぎった。


 もし仮に、リクが死を選ばなかった場合。この状況が有効となる。


 身動きできず、暗く、超集中力を継続しなければならない。


 自身を拘束しているこの陰は物体でなく生命力。解除方法が無い訳ない。


 この技の起点は何だったか。


 ……自分自身の陰。


 宙に居るラウーシュ本体を照らした陰が、落ちた地面。


 その地面の陰を固定しているとしたら。陰が動かせないから、本体も動かせない……?


 ラウーシュは思考する。実体同士が直接拘束した場合、逃れようと踠けば、拘束する側は抑えつける筋力を必要とする。もしこれがその原理と同じであれば、動こうとする陰を抑えるにも多くの生命力を割かなければならない。


 直後、ラウーシュは自身の腹部を軸に空気を旋回。普段ではやらない、自身を強く回転させてしまう旋回。しかし今は、回れないのだ。


 これを抑える生命力の使用。


 もう一つ、陰の落ちている地面の破壊をした場合、再度地面に陰が落ちて拘束するまでに一瞬の間はあるのか。


 自身を回す為に旋回させていた空気を押し出した。穿つ空弾となり、自身の陰があった場所を穿つ。


 落下する感覚。


 0:19。


 ラウーシュは多量の生命力で穿つ空弾を放ちながら、影猿とは逆方向の空中へ逃げていく。


 ___この記憶が無効になった場合でも、"この空間を経験した脳"はどこかにあるはず。


 その脳に、刻み込めばいい。



 【宝剣(ほうけん) 煤黒絵矛(ばいこくえのほこ)



「宝剣の所持だと!!」


 消滅覚悟の残る九割の生命力を使用し、宝剣を顕現。


 まるで空間が切り取られたかのように煤黒な大剣。


 その刀身は周囲の陰へ伸び、"陰を吸い取っている"。


 減る陰に比例し、その本体も消滅していく。周囲の建物が徐々に上部から削られている。


 異質すぎる生命力を目の当たりにしたラウーシュ。


 その瞳孔は萎みきっていた。


 そして、体感する。


 【時葬バデキオン】を使用して初めて、己の死の可能性を。


 0:12。


 そう、ラウーシュは上空の数字を見たのだ。


 まだ、12秒も……?


 刀身が雲を通過。


 伸びた刀身は雲を混ぜるように通る。


 稲妻の閃光。


 濃くなる陰が、不穏を煽る。


 暗闇が迫ると錯覚する程、その圧だけで身動きを制限してしまう。


 0:07。


 振り下ろされた刀身。


 0:06。


 到達するまでの時間が、長く感じる。


 ラウーシュは、人生で2度目を味わう。


 走馬灯とやらを。


 0:05___。



 ___世界は色を帯びる。



 影猿自身の陰をも吸われ、消滅。


 “影猿の死"が確定したことによって、その死のみが有効となる。宝剣も消えた。


 ラウーシュに刻み込まれた恐怖は、受け身を取ることを忘れさせる。


 地面に弾んだラウーシュは、雪を降らせたまま怒るように鳴く雷雲を、眺める他無かった。





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