14話ー後悔ー
ーヨロレイヒ湖国 首都フィルサラー
しんしんと降る雪。
地面に落ちて溶ける。
オドムの陰に潜むリクは、オドムにだけ聞こえる程小さく呟いた。
オドムは耳を澄まし、そして話し出す男を見やる。
「仇とは物騒な」
静かな街に轟きそうな程、オドムの心臓は緊張していた。
「もう1人は穢場か」
「何のことだよ〜主語がないとわかんないって」
「魔法陣見せてみろ。先程見せると言ったろう」
「疑ってるね」
ヌルビアガと疑われた以上、見せたくはないだろうと。
「違うか」
途端、オドムの振るう長剣が、男の首へ触れようとしていた。金属音が鳴る。
オドムは直前まで素手であった。しかし、腕を動かすと同時に手元には長剣があった。格納魔法による瞬時の抜刀。それに反応した男もまた脅威。同じく格納魔法により、刺突剣の刀身をオドムの刀身に当てて防いだ。
ジリジリと刀身が擦れる音。
「違う。お前が魔法陣を出さざるを得ない状況に、俺がすればいいだけだ」
【穢獣ジュユド】
オドムの鎧の隙間から這い出た荊の蔓が撓り、男へ巻きつこうとする。長剣と刺突剣が合わさる超至近距離での攻撃。
それは、異質な程の反射神経でなければ回避できないもの。
しかし、それを可能としてしまう。
瞬間、オドムの長剣を押し除け、剣が再度ぶつかるその前に蔓を刀身で払い退けた。同時、男は右手に生命力を溜め、その生命力に何の指示も出さずに破裂させる。
オドムの腹部付近で起きたその破裂の威力に後退させられる。
刃を交えた、このたった一度のやり取りで、互いは互いの強さを理解した。
「良い腕だ。だが、そんなもんで大穢場を護れるのか」
「いらん心配をどうも」
「あ、すまん。護れてないのか」
「お前らみたいなのが居なければ、我々も平和なのだがな。"ラウーシュ"」
ラウーシュと呼ばれた男は平然を装った。
リオルドランであるリクは陰から様子を伺っていた。同じくしてリオルドランであるゾルゼウスの名前を聞き、オドムの相対する男の容姿と仲間であるネビアルの姿を重ねた。
かつてネビアルから"双子の弟"の話を聞いていたリクは、つい先程、思わずその名前を口に出してしまった。
ネビアルを知るリクだからこそ、ヌルビアガと予想される男の存在は、心拍の変動を促さざるをえなかった。
そしてラウーシュ自身も、思考は目まぐるしく回転していた。
「ヌルビアガ……焦ってるんだろ。お前ら」
「……焦る?」
ヌルビアガの目的は恐らく、4大穢場であるアルパースランド穢場の主の討伐。
しかし、我々"円卓の六将"が狙われてる理由。
「まだ主を討てる武力に到達してない……だろ」
主討伐の際に我々が邪魔になる理由の他に、足りない生命力を我々の穢獣を持って補おうとしている。先日ミリオットの妻が殺されたことからも容易に想像できる。
いくらヌルビアガであっても、4大穢場の主討伐は至難。アルパースランドに関しては、顕現から誰の手にも落ちず鎮座し続けている。
何故他の4大穢場でなく、ここであるか。
我々円卓の六将が力を持ちすぎてしまったのも要因だろう。
「だとしたら、どう動く?」
ラウーシュの放った言葉。そこが問題。
能力不明のヌルビアガ相手に、我々に勝ち目は無い。
陰に潜む、リク。
だからこその、リオルドランの介入……。
……。
"どう動く"……か。
胸に手を当てる。
鎧の冷たさの奥に、確かに動く鼓動。
熱を持った、鼓動。
「全力で護るに決まっているだろ!!」
【穢獣ジュユド 刺鞭舞踏】
オドムが左手をラウーシュに向けたと同時、荊の蔓が既に伸びていた。桁外れの反射神経を持つラウーシュに中距離の攻撃は得策ではない。ラウーシュはやはり反応する。しかし、弾こうと振るった刀身は空を掻く。
到達直前の速度の緩急。
その緩急に反応したラウーシュだが、荊は再度伸び、首に巻き付く。
解こうとするラウーシュに、別角度から7本の荊が接近する。その全てが、オドムの鎧の隙間から出ていた。
不敵に、ニヤける。
オドムの脚は地から離れた。ラウーシュは荊が首に巻き付いたまま後方に駆ける。正面の建物を蹴り、空へ駆ける。オドムは建物にぶつかり、壁を引き摺られる形で後を追う。7本の蔓が置き去りにされた程の速度。
空中でラウーシュは体勢を変え、刺突剣をオドムへ向けて待ち受ける。
オドムは巻き付いてる蔓を撓らせ、ラウーシュの体勢を崩す。他の荊を建物や街灯に巻き付け、自身の勢いを止める。
建物側の荊を縮め、ラウーシュに巻き付く荊を引っ張り、そのまま地面へ叩き付けた。
いててと言いながらラウーシュは立ち上がる。
……おかしい。
隙があるにも程がある。
ここまで何もしてこないのは……。
ラウーシュは降る雪を見ていた。
「まだかー」
荊は首に巻き付いたまま。
オドムには疑念が生じていた。
何故この状況で、平然としているのか。
遠くから駆ける気配を感じ、疑念を振り払うように動く。
【穢獣ジュユド 荊爆】
内側から球体形に発光しながら膨らむ蔓が、オドムからラウーシュに向けて伝っていき、首に到達したことで、荊の棘から爆ぜる。煙に包まれたことを合図に、周囲に散らばっていた精鋭部隊の5人が到着し、距離を詰めた。
煙を斬る長剣の2人。少し離れた場所で弓を構える1人。魔法陣を展開し、動きを見る2人。
視界妨害。しかしそれは、互いに不利な状況に変わりない。オドム側の人数的有利を鑑みて、仲間を近寄らせるための判断だった。
「名前無しの巡礼者が3人。あとは素体か」
2人の長剣は既に折れている。その1人に、刺突剣が貫通。片手には折れた刀身が握られていた。
「殺しても問題なしと」
自身に巻き付く荊の蔓へ触れる。
「未覚醒か……」
ラウーシュの首に傷は無し。壁を壊せる威力はある爆発。ダメージを与える為の爆発ではないにしても、やはり痛感してしまう。
刺突剣で貫かれた1人を、長剣の折られた1人へ投げ飛ばす。その2人は地面を転がり、建物の壁へぶつかる。
「早くしてくれないかな」
変わらず雪を見続けていた。
ラウーシュは自身から出る白い息の奥で、優雅に変わり落ちる、大粒の雪を見た。
地面に落ちて溶ける雪から、積もる雪へと。
笑う。
「やっとか」
手のひらに落ちた雪を握る。
途端、重圧。
【穿廻ゼレスカン】
オドムが退却命令を出すこともままならず。
精鋭部隊の頭部は円形に穿たれた。
それを目視したと同時、オドムの視界が歪む。
間一髪で躱し、遅れて来た空気の流れが突風を作る。
倒れゆく仲間を、まだそれが現実とも捉えきれずに、ただ見る。
メスローデと同じく、顔がくり抜かれた。
漂う煙で手元がよく見えなかったが、指先を向けた場所に穿つ空弾が射出されていたと仮定する。魔法陣の展開はあったのかどうか。
そして、雪の粒の大きさが変わってから殺意が向けられた。"もう1人"が穢場に着いたとして、それが合図……。
仲間の死を前に、オドムの脳内で弾ける。
目の前の敵を止めなければ。
奴はヌルビアガ。
決して油断していた訳ではない。しかし、力の差を見誤っていたのだと思考してしまう。
護るべき多くの命が、乗しかかる。
その重すぎる覚悟を、オドムは必死に、地面に脚を突き立てながら背負う。
首を絞める力を強めるも、首を刎ねるどころか蔓が悲鳴を上げ始めた感覚。生命力で皮膚の硬度が上がっている。建物に巻き付けた蔓で奴の死角になる場所で、蔓の先端を開いて掴めそうな物を探す。
ラウーシュはオドムへ指先を向けた。瞬間、歪みが見える。
体勢を崩して避ける。
それが起点。
ラウーシュは自身に巻き付く蔓を掴むと、引き寄せた。巻き付けていた建物ごと壊し、踏ん張りが効かなくなったオドムは距離を縮めてしまう。
意地でもラウーシュの蔓を解かないオドム。
オドムの"他"に気配を感じているラウーシュは、魔法陣を展開する強力な魔法を撃とうとしない。
その気配に、ただならぬものを感じて。
オドムは建物から蔓を解き、その全てをラウーシュへと向ける。
支えの無くなったオドムを、自身に巻き付いた蔓を軸に振るう。オドムは遠心力の中、物を掴んだ蔓の根元を大きく膨張させ、それを先端へと伝わらせる。
膨らみが先端へ到達したと同時に、その先端を開き、爆発に載せて瓦礫を射出する。爆発と同時、ラウーシュに巻く蔓の根元を膨張させる。
ラウーシュは指先を飛翔する瓦礫に向け、穿つ空弾を放つ。
そして、頭から胴程に膨張した蔓がラウーシュに到達。地面を抉る爆発を起こした。しかし蔓は止まらず、オドムは建物の3階を突き破る。
電気の消えた暗い部屋で張っていた蔓が弛む。ラウーシュは距離を詰めてきた。未だ、蔓を解かない。
正面に居る脅威。
向けられる指先を見て、オドムの思考は弾ける。別方向の蔓を膨張させ、即座に棘から破裂させて避ける。
弾けた思考は、視覚情報を格段に増やした。動きの細部に至るまで。
しかしそれは、気付かされてしまう。
ラウーシュは、オドムの陰に意識を向けていることに。
武力に歴然の差があるのに、仕留めに来ない理由はこれかと。
リオルドランに、存在だけで守られている。
情けない。
そんな自分が、情けないと。
穢獣ジュユドの力を手にし、多くを護ると誓った男が、仲間も護れず、逆に守られている立場であることに。
今のままの自分では、勝てない。
次の段階へ進まなければいけない。
穢獣の力を手にした者の"覚醒"。
その能力を遺憾なく発揮する為には必須。
しかし、その方法はどの論文を読んでも詳しくは書かれていない。
"それぞれの穢獣との、理解が必要"といった大雑把な内容がほとんどである。
オドムは錯綜し、迷走していた。
自分にとっての、その起点は何だと。
リクが陰に居なければ無かった命。この場面を利用する。
例え死ぬとき、後悔の残らないように。出し惜しみだけはしない。
まずはこの暗い空間から出……。
オドムは引き寄せられる。
蔓を、ラウーシュ自身の手に巻き付け。
「ちょっと話聞きたいんだけどさ」
ラウーシュはオドムを見ていない。
陰を……。
「さっきからコソコソと……何」
暗い部屋で、雪の降る灰色の光が窓から差し込む。オドムを照らしたそれが、伸ばす陰を踏む。
「こいつを殺した隙を狙ってるの見え見えだぞ」
限りなく気配を消しているリクを、ここまで察知するか。
「しかも、お前本体じゃないな。何者だ」
オドムの心臓の音だけが、聞こえるような。
「……リオルドランか……?」
陰の黒さが、濃さを増す感覚。
目を瞠るラウーシュは、迷わず魔法陣を展開。後方に黒く光る"半太陽"のそれは、脅威の根幹を確定させた。
【穿廻ゼレスカン 庭穿踏血】
迫る天井に、耐えきれなくなる壁。
諸共のし掛かる、実態の無い重圧。
轟音と共に、激しく叩きつけられる。
揺らぐ視界の中で見たものは、崩れた瓦礫が埃も煙も出さずに地面に横たわる姿と、建物が密集していた市街地が、円形に更地となる景色。膝から下程に窪み沈んでいる地面。自分を中心に4棟離れた先の建物は、抉られているものの残っている。
ラウーシュは未だ頭上。
蔓は衝撃で中央から千切れていた。
刺突剣を下に向け、柄部分に魔法陣を展開するラウーシュ。自分から距離を取り、大きな隙を見せたところを刺す気だ。
確かにこの距離ならば、リクの脅威は薄れるか。
ヌルビアガにとっても、リオルドランは脅威なのだな。
【穿廻】
地面を蹴ろうにも、覆い被さる瓦礫を退かすところから……。
喰らってしまう。
生命力を身体に巡らせ、皮膚の防御力を高めた上で座祈水晶を展開。
悔いは残るなあ。
どうしたら、穢獣を理解できたのだろうか。
何を想えば、強くなれたのだろうか。
どう行動したら、護れたのだろうか。
座祈水晶の割れる音。
視界は暗い。
「絶望するには、まだ早いですよ」
ラウーシュの放った穿つ空弾を、中央から拳で分散させる影の猿。
「猿……?」
影猿は武装している。
ラウーシュは即座に周囲を見渡す。
「オドムは何処だ……」
先程までオドムが居た場所に、武装した猿が立っている。
本体でない筈のその猿に、ラウーシュは緊張していた。
ラウーシュの背後の雲が光ると同時に、雷鳴が轟く。
「いくらなんでも遅すぎるってか」
【流月 コスケール】
陰の下で魔法陣を展開。
あらゆる場所の陰が上へ立体的に伸び、立方体の柱から更に幾方へ枝のように柱を生やす。
自然落下を開始したラウーシュは、その異質な景色に不快感を覚えた。




