13話ー驚愕ー
ー廻陽都市 クロックヴェルクー
「レイゼル……どうして___」
自身へ絡みついた糸を力づくで千切るレイゼル。
ルゼラカルトに斬り離されたレイゼルの左腕を、イゼは抱えながら。
そして、その傷口を眺めながら。
「___どうして、血が流れていないのだい?」
切断面は綺麗。糸の切れ味が表されているが、問題はそこではない。血が一滴すらも垂れていない。むしろ。
「血は……どうした」
傷口は、レイゼルの生命力である茜色に埋め尽くされていた。一見血に見間違う色合いをしてるが、光粉と共に発光することから、それは生命力であると判断できる。
「生命力で覆って……いや、違うねそれは」
レイゼルの腕が斬られた瞬間ですら、血は飛ばなかった。
立ち上がったレイゼルが、左腕の傷口をイゼへ向ける。
「あまり人に見せるもんじゃ無かったんだけどね」
レイゼルは苦笑いしつつ。
「その腕、ここに当てて」
イゼは持つ腕の傷口をレイゼルに向け、恐る恐る近寄る。
傷口同士が触れると、細胞が絡み合うようにして、くっつく。
「これは治癒魔法とかのレベルじゃないね」
「そうだね」
レイゼルは左手を回し、指を動かす。
「痛みも無いのかい」
「あるよ。尋常じゃないくらい痛い」
「あるのかい」
傷口なんて、もうどこにも見当たらない。
イゼはその現象に心当たりがある。
「ひょっとしてだが、ひょっとするよ?聞いちゃうんだアタシ」
イゼの想定していることが仮に本当だとした場合、それを認めたくないことと、間違いなく世界が揺らぐ事実である為に、喉を通ろうとする言葉を躊躇の心が止めに来ている。
しかし、見てしまったのもまた事実。
自分一人が聞いていいものかと、直前になって激しく動揺している。
「レイゼルは___」
呼吸が、いつもの呼吸が、自然としているはずの呼吸が、うまくできない。
震えながら吸った息を、無駄にしない為に。
「___穢獣かい?」
生命力の身体。
傷をつければ、細胞が絡み合うように再生する様子。
しかし、そこに居るのは青年である。
その混沌とした情報に、だがイゼは重ねてしまったこと。
「うん、当たり」
イゼの心臓は跳ねた。
瞳孔は縮こまり、呼吸のしかたを忘れる。
「……おや……えぇ」
イゼの脳裏は目まぐるしく思考した。
穢獣。穢場を離れ。人の姿。穢場はどこ?リオルドランはみんな知ってる?面倒見が良くて優しい人……ヒト?涙。見たことない。感情はある。笑ってた。怒ってた。喜んでた。味わってた。痛がってた。でも泣いてない。まだ出会って数日だから、泣く姿なんて見ないか。
こんなにも人に見えるのに、穢獣?
「じょ……」
冗談でしょうと言おうとした。
数日一緒に居たイゼだからこそ、今のレイゼルが嘘を言ってるように感じない。
人間だよ。感情だってある。
だとしたら。
「……辛すぎるじゃないか……辛い」
イゼの言葉の意味。
「辛い時……泣けないじゃないか」
穢獣だと告げたレイゼルの感情はイゼは知らない。でも重ねた。
「涙を流して……悔しがることも……悲しむことも……喜ぶことも」
レイゼルは頭をポリポリと掻く。
「そうだねぇ〜。そんな時は何百回とあったけど、泣いちゃったら……ねえ」
先程のレイゼルを思い返す。
「悔しい時とかは、めちゃくちゃ叫ぶ!」
今だって……と、崩れた街や血に染まった道を眺めて言う。
「また、護れなかったから」
【穢纏】を使用した男の襲来。
街の人を巻き込んだ、ミリオットの巡礼の阻害。
その責任を自身に置き換えたイゼは、それだけで耐えられる筈無いと感じたのだ。
そしてそれはもう1人。
宮殿に開いた穴から、駆け上がる気配。
瓦礫を突き上げたミリオットの姿。
宮殿の上部、空中で右手を突き出す。
親指と人差し指を広げ、その中間に鋭利で小さな破片が浮く。
その破片は回る。
指の間で磁力によって行き場を失い、ただ破片は身を任せて回転。
回転の威力は周囲の空気を巻き込み、砂煙が渦を巻く。
【磁球ベントゲール 磁追砲】
砂煙を円形に退かせて、破片は放たれた。
瞬間、既に目で追えず。
しかし、ルゼラカルトの消えてった方角に向けられたもの。
ミリオットはそのまま地面に落ちる。
イゼとレイゼルは、数回跳ねてジッと止まるミリオットの元へ駆けた。
気絶したミリオットをレイゼルは背負う。
「下に行こう」
背負ったのは、覚悟も共に。
「カリンには……黙っててね」
背中越しの言葉に、イゼは頷くことしか出来ない。
ークロックヴェルク穢場ー
ミリオット巡礼期限まで17時間12分。
カリンの意向により穢場に残る仲間達は、爆ぜてしまった住人だった欠片を埋める。一切の判別が出来ないほどにバラバラになってしまったことに対して、カリンは只管謝りながら、一つの穴に大事に埋める。
ミリオットが突如起き上がって地上に向かった直後に、パン屋の女性も爆ぜてしまったらしい。
地上の御遺体もあとで必ずと、唇を噛み締めていた。
気絶していたミリオットは目覚める。
仲間達を見渡した後、頭を地面に押し付け数秒。
「……ごめん」
力の籠った声である。しかし、聞き取るのがやっとのことだった。
涙を流しながら、巡礼へと移る。
ミリオットから桜の花弁が舞う。
レイゼルとイゼは穴から地上に戻り、昇降機前に転がった瓦礫を退かす。
仲間に肩を支えられながらミリオットは歩き、カリンと共に昇降機にて地上へ。
崩壊したクロックヴェルク。その姿を目にしたカリンは絶句。
晴れ。
16時50分。
陽は傾き、藍の空に夕がグラデーションする。
観光客の全員が避難し、かろうじて動くゴンドラからそれぞれに繋がる隣国へ渡っていた。
ここにはもう、この場の数人しか居ない。
昨日まで賑わっていた場所とは、到底思えない現状。
カリンは、巡礼者たるものの、現実を知る。
「亡くなった方々には申し訳ないけど、俺らも移動しよう」
拳を握り締めたカリン。一万を越える人数ともなると、途方も暮れる時間を要する。
そして、リオルドランであるレイゼルと行動を共にすると決めた覚悟。その選択は、苦しいものだった。
「行こう……」
カリンから聞いた夢。彼女のその言葉の重さを、イゼだけが理解していた。
イゼもまた、様々な感情を抱えて。
ー大国アルパースランド 某所ー
手紙にインクを走らせるリクの机の下から、影虎が顔を覗かせた。
「ミリオットの巡礼は完了したよ」
レイゼルである。
「でも、クロックヴェルクは崩壊した」
手が止まる。
「え?」
「ミリオットの巡礼に合わせて、襲撃」
レイゼルの声の他に話し声と、一定の間隔で低音が鳴り、稀にガコンと音を立てる。
「街の住人が操られて、全員爆発した」
「それは……」
「そんで、ヌルビアガも来た」
ヌルビアガ……。
「ルゼラカルトって名前。すげー細い糸張ってた。テンシ スユニって言ってた」
覚醒者か。スユニ……スユニ……。ラスティオン方面の穢場か。
「そいつ、穢纏使いやがった」
ヌルビアガの穢纏使用。多くの観光客も居ただろうに。レイゼルに追い込まれてたんか。被害は大きすぎる。
「すまんリク。そいつ逃しちまった」
リクは両手を頭に置き、深く呼吸する。
手記を開き、その情報を簡潔にまとめる。
「俺ら、これからアルパースランドに向かうけど、そっちどう?」
書きかけの手紙の文字が目に入り、どう伝えるべきか言葉を探る。
「まず……」
「え、まず?」
「ヨロレイヒ湖国にヌルビアガの襲撃があった」
「……まじ?」
ー3日前 ヨロレイヒ湖国 首都フィルサラー
午後。
「以上が、グリテンリバー穢場にて起きた一連の事象です」
ケメィは、国の重鎮が集まる場で、表情を殺しながら淡々と話した。
「リオルドラン介入の件は、正直言って心強い」
「しかし、信用できるものかね」
「我々の持つ戦力を削ぐ気やもしれん」
「ヌルビアガも動いてるとなれば、何もしないと削がれる一方なのも事実」
「ヌルビアガが動いてることも、まるで本当か定かではないぞ」
ケメィの立つ後ろの扉が開く。
「まだ居たのか」
ケメィの兄、オドムであった。
「先の件の報告を」
「……聞こえなかったか。まだこの国にのうのうと居座って居たのかと、言ったんだ」
「……」
歳のいった重鎮も、2人の空気に静まり返る。
オドムは左方上座の空席に腰を下ろし、広げてあった書類に目を通す。
「リオルドランの介入は賛成します。その場にヌルビアガが居たと仮定した場合、そこのケメィが尾行された想定はしましたか」
オドムは重鎮を見渡し、冷静な声色で言葉を進めた。
「……いや」
「近々……、今日と言ってもいいくらいには、ヌルビアガはフィルサラに入る確率は高い」
響めく。
「狙いは我々の抱える巡礼者。ヌルビアガも馬鹿じゃない。力を持っていても、慎重に動くだろう」
オドムは文字を見る。
「直ちに備えた方がいい。それも遅いくらいだ。ラスティオンの不報入国も加わり、傘下国である我々に手が伸びてる現状、大国アルパースランドはどんな形であれ、今の態勢は崩れる」
重鎮らは側に立つ秘書に耳打ちすると、秘書達は扉へ駆ける。
「ケメィ、記載にあるリオルドランとの対話は既に可能か」
「か、可能です」
グリテンリバーを出発する前、ケメィの前に影の猿が出現し、握手は済んでいた。
オドムは書類からチラとケメィを見て、再び書類へ目線を戻す。
「"影猿月に従え"」
ケメィの足元の陰から影の猿が姿を現す。
オドムは書類を置き、影猿へ身体を向ける。
「リオルドラン。我々はあなた方の介入を受け入れます。お力添え感謝します」
影猿もお辞儀する。
「こちらこそ。"円卓の六将"様直々にご挨拶とは光栄ですね」
合わせてオドムも頭を下げる。
「厚かましい願いではありますが、私とも随時の対話を可能にしていただきたい」
リクからしても、それは願ったりだ。
「では、この猿と握手をしてください。ケメィさんの詠唱をしていただければ、いつでも可能です」
オドムは立ち上がり、影猿の前で片膝を着いて目線を合わせ、右手を差し出す。影猿はその手を握った。
「ケメィ。アルパースランドへ向かえ」
襲撃に備えるべきではと、しかしケメィは言葉を呑んだ。
今まで間近で見てきた、ずっと先へ進むその兄の背中。
兄の足手纏いになるまいと邁進してきた。未だ、期待されないことの悔しさを抱え。
もう、今回の役目は果たしたのだと。
「かしこまりました」
ケメィは踵を返し、部屋を出る。
足音が遠ざかるのをオドムは待った。
「数刻後には、我々はヌルビアガに襲撃されるでしょう。その一部始終を見届けていただきたい。その情報は、リオルドランにとっても、世界にとっても重要なモノになるでしょう」
「……っ」
何たる男。
「では、オドムさんの陰に潜ませていただきます」
影猿はオドムの陰に沈む。
「街の人の避難と、精鋭部隊配置の進捗はどうですか」
「避難5%、精鋭部隊配置済みです」
ヌルビアガ襲撃という仮定の情報に対する対処の迅速さにリクは感心した。
オドムは窓の外の違和感に気付く。
「……雪?」
山地で標高も高い為に珍しいことではない。しかし、先程まで晴れていたことに加え、雨雲の片鱗すら見せていなかった空だ。
オドムは立ち上がり、部屋を飛び出す。
廊下を走りながら、格納魔法で鎧を呼び出し、そのまま身体に纏う。
仮定していた情報ではあるが、いざ違和感が訪れると呼吸の回数が増える。
外に出て、しんしんと降る雪を眺める。
吐く息が白く、空間に溶けていく。
急な避難警告に拘らず、騒がしいと思っていた街は存外静か。
「……」
降り始めでまだ雪の積もってない道を歩く音。
「精鋭とは、名が立派なだけだな」
オドムの目の前に立つ男を見やった。
「何の用だ」
「綺麗な街だね。雪が似合う」
男は身なりの整った格好をしている。肌触りの良い濃緑の生地。磨かれた革の靴。毛先まで真っ直ぐな髪質で、生え際から乱雑に向いて伸びる髪型。黒髪。眼鏡。
そしてオドムには、微かに見覚えのある姿を連想した。
しかし、性別が違う為に別人である判断はつく。
「お前、リオルドランに入る気は無いか」
リオルドラン……。
「アルパースランド"円卓の六将"ともなれば、大歓迎なんだよ」
リオルドラン……黒髪……女。
「悪い話じゃないと思うんだけどな」
見覚えのある……似てる……。
「信用できないなら、魔法陣も見せるよ」
リオルドランの魔法陣。二重太陽。6年前にメスローデと見た……。
「今すぐにとは言わないから」
……ヌルビアガの魔法陣は……半太陽。
"あんま見えなかった!でも!太陽だってのは理解できたぞ!すげえーな!リオルドラン!"
「あぁ……そうか」
オドムは上を向く。細く降る雪の冷たさが、顔に触れていく。
「メスローデはお前に唆されたのか」
「人聞きの悪いこと言うね」
アルルカリアでの戦争で見たリオルドランの女。見た目は瓜二つ。
メスローデの見せられた魔法陣は半太陽。
「お前ヌルビアガだろ」
ここまで似てるということは、恐らくは血の繋がった関係。
その立場を悪用している。
皮肉なことだ。
片やリオルドラン。
片やヌルビアガ。
「リオルドランだってば。聞いたことあるだろ___」
その名前を聞いて、太陽を見せられて、記憶の中の容姿と重ねて、メスローデは確信してしまったのか。
「___ゾルゼウス」
リオルドラン唯一。
6年前に穢纏を使用し、世界に名が知れ渡った人物。
ネビアル・ゾルゼウス。
「聞いたことはある」
その彼女に酷似したこの男。
「ほら」
そのニヤついた顔に、メスローデの憧れだったリオルドランの名を語られて。
「お前は戦友の仇ってわけだ」




