表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/25

12話ー愛情ー


「ほわぁ……」


 彼は喜んで見上げる彼女を、微笑みながら眺めていた。


「"青空"ってこんなにも美しいんだね」


「晴れてて、良かったね」


「ひひっ……そうだね!」


 彼にとって、瞳に反射する青の方が、美しかった。





ークロックヴェルク穢場ー


「治りが早い……凄い生命力……」


 カリンは、ミリオットの治癒力に驚いていた。


 授業でチクりと刺した指の小さな傷。その傷が塞がるまでの時間をよく覚えていたカリンだからこそ、深傷を負った傷の尋常ではない回復速度を痛感していた。


 しかし、依然としてミリオットの意識は朦朧としている。


 ディバーから受けた致死量の猛毒に加え、ルゼラカルトにズタズタにされた傷。


 意識を保っていることが、脅威なのだ。


 身体が、本能が、呼吸をさせている。


 脳は立ち上がろうとする。


 その闘志ゆえなのか。


 虚ろな眼に、光を絶やさないでいた。


 その視線は、空の結晶石に開いた穴を捉え続けている。


 ミリオットの左手に、軽く載せられた小さくて軽い感触。


 それを優しく握り、唇を堪えた。





ー5年前ー


 ミリオットと同じ、ブロンドの髪を靡かせ歩く。


「見つかったらやばいね!ドキドキだね!」


 この状況をむしろ楽しんでいるステラ。


「この時期は巡礼者いなかった筈だから、大丈夫だと思うけど、ドキドキすんね」


 クロックヴェルク穢場(けがれば)内部。1つしかない正門の守衛は、穢場の中の巡回はしない。否、入ることが許されていない。


 そんな中、ミリオットとステラは何故か居る。


 穢場の結界は"空の結晶石まで"伸び、周りをぐるっと囲む形。従って、天井部は張られていない。正確には、物体を貫通する結界を生成できる技術力がまだ確立されていないのだ。


 どうやって侵入したのか。


 数ヶ月に及び、地道に山を削った。クロックヴェルクに連なる霊峰のとある洞窟からである。そんな気の遠くなる面倒なことをする労力はどこから湧いたのか。それは___。


「空結晶の研究と観測にはもってこいだもんね!」


 ___であった。


 貴重で珍しい空の結晶石。その1つ1つが大きく、天井に埋め尽くされた洞窟など、世界を見てもこの場所しかない。それに加え、勘違いした草達が元気に育ち、居心地も良いときた。


 鉱石愛好家のステラにとって、人生を賭けてでも辿り着きたい場所だったのだ。


 とことこ歩く2人は、自然と穢獣(あいじゅう)ベントゲールの元へ向かっていた。


 その理由。


「ベントゲールってどんななのかな!見てみたい!」


 それだけだった。


 視界の奥で球体を見つける。それは黒なのだろう。しかし、あまりの光沢に景色は反射し、あまり黒には見えない。


 ベントゲールから周囲25馬身程。


「こっからは押し返されちゃうね。不思議な感覚だあ」


 顕現から10年以上。それは、この同極反発による接触不可のため。ベントゲールを"認識"した瞬間から、強制的に同極を付与される。


「見て!懐中時計が手にくっつきましたー!」


 ニコニコ笑うステラを、ミリオットは微笑ましく見守る。


「よし!じゃあ!ここをキャンプ地としよう!」


 穢獣ベントゲールの同極反発範囲ギリギリにテントを張るという奇行。


 ミリオットもノリノリ。なんせ、こんな一面に惚れたのだから。


 観測開始から3日目。


「ねえベントゲール〜。この雲みたいなのに変化無いの?ずっとこんな感じ?ねえねえ」


 空の結晶石は、その名の通り、青空のような見た目をしている。ただ青いだけでは"空"と呼ばれにくい。結晶石の中の淀みが白く、その淀みは一定の速度で結晶石の周囲を循環している。それがまるで、空を泳ぐ白い雲のように見えるからだ。


「たまにはさ、こう、ウサギー!とか、竜ー!とか、なんじゃこれー!みたいなの出ないの?」


 返ってくる筈の無いベントゲールに対し、これでもかと話しかけるステラだった。


 観測開始から15日。


 食料と水の調達から戻ったミリオットは目を疑った。


「磨き残し結構あるな〜」


 ステラは、ベントゲールの鏡のように反射する球体を正に鏡とし、歯を磨いていた。


 同極反発を受けず、真横に立つ姿。


「あ!おかへひ〜」


 ミリオットもおひでよと、無邪気に歯を磨き続ける。


 恐る恐る近寄るミリオットも、反発を受けずに歩き寄ることができた。


 観測開始から20日。


 ベントゲールの隣、爆睡するミリオットの横に座り、観測を続けるステラ。


「今日も変化無しだもんね〜。もうそういうものとして受け入れなきゃダメかな〜。どう思う?ベントゲールう」


 いつものように、語りかける。


「……それでも、ずっと観てられる」


「そうそう、そうなんだよね〜」


 手記に書く手が止まる。


「え?今……!!」


 ミリオットの頬をぺしぺし叩く。


「ミリ!ミリ!起きんかい!今喋ったよ!ベントゲール!!」


「……んん〜……んな訳ないっしょ」


 よっこらせとミリオットは上体を起こし、ベントゲールに反射する顔の広がった自分を見てニッコリ笑うステラを見やる。


 寝ぼけながらも、今の言葉を思い返す。


「ベントゲールも、空の結晶石好きなん?」


 ミリオットはなんとなく聞く。


「……愛おしくてたまらない」


 瞳孔は瞬時に小さくなる。


「わかるー!ステラも同じ!ベントゲールは___」


 穢獣が会話するなど、ミリオットは聞いたことすら無かった。


 観測開始から30日。


 ベントゲールとたわいもない話をしながら、ステラは変化の見られない空の結晶石を観測し続けていた。


 それなのに観測を続けられる理由として、変化を求めてる訳じゃないことを重要としているからだ。


 ただ、この場に居て。


 ただ、愛おしいものを観て過ごす時間。


 ステラにとって、かけがえのない大切な時間。


 数日近くで見ていたベントゲールも、その本質に触れ、心を許したのだ。


「ベントゲール、そろそろ帰らなくちゃ……」


 いつもの元気な声色でないものの、それを察し得ない配慮が垣間見える。


「……」


 ベントゲールの球体に線が入る。


 八方に、開いた。


「良い時間を過ごせた」


 2人の胎児。互いを抱き合う姿が、球体の中にはあった。


「私たちも、ステラとミリオットのように、2人でこの場を愛した」


 テントから荷物を持って出てきたミリオットが、それを落とす。


「おいでミリオット。ステラも」


 ミリオットはステラの手を握り、ベントゲールの前に立つ。


「懐かしい感覚だ。私の妻は、陽光の下を歩けない皮膚の病でね。青空が見たいと……。この場を訪れた時、陽よりも眩しい笑顔だった」


 磁力で、強制的に引き寄せる。


「2人と、重ねてしまった」


 ステラはベントゲールを抱きしめる。


「あの美しい時間を、思い出すことができた」


 ミリオットも、ステラを含めて抱きしめる。


 あまりの暖かさに、涙が頬を伝う。


「この場所を、愛してくれてありがとう」


 胎児の瞳から、涙が溢れる。


 抱きしめていた筈のベントゲールの感触が無くなり、桜の花弁は2人を包む。


 空の結晶石にも反射した花弁が、これでもかと美しく舞った。


 ベントゲールの生命力はミリオットへ、妻ユナンの生命力はステラへと___。





 ステラの頭を、力無く抱き上げる。





ー現在ー


「ミリ……ッ」


 ニキビは前脚をミリオットの左手に置いていた。


 その姿を初めて見たミリオットは、思わず頬が緩んだ。その後、腹部の痛みに顔を歪める。


 パピヨンに鳥の翼が生えた姿。


 ステラが手記に落書きしていた生物。


 実在してたら可愛すぎて死んじゃうと、嬉しそうに言っていたのをよく覚えていた。


「可愛いな___」


 カリンは、ミリオットがニキビを見つめてそう言ったのを、ただ聞いた。


「___ステラ」


 ニキビは、自分が過去の何だったのか。


 穢獣としてそこに居ることの意味。


 尚、最愛の者をまた見れることの。


 全てが、生命力の記憶として蘇る。


 美しかったこの場所と、大切な者が傷つけられたことに。


 蠢いた感情が、自然と涙は溢れる。


 ミリオットの手のひらに顔を乗せ、その温もりを感じた。


 カリンは少しばかり寄り添った者の、美しく舞った花弁を眺めた。瞳を滲ませながら。





ークロックヴェルク地上ー


「もう1人はどこだ!!」


 ルゼラカルトの首後ろの鎧を掴んで地上に引き上げたレイゼル。しかし、地上に出た瞬間に自らの鎧接合部を切断し、胴の部位を脱ぎ捨てた。街上部に張ったであろう糸に乗り、空間に掴まれたレイゼルと対峙している。


 レイゼルの言葉の意味としては、基本的にリオルドランもヌルビアガも2人1組で行動することが多いからだ。巡礼者を討つ者、そして顕現した穢獣を討伐する者。いかに早く穢獣の生命力を奪取できるかが目的の組織であるがゆえの想定だった。


 レイゼルの場合、今は離れた場所に居るがリクと組んでいる。ルゼラカルトも同様だろうと踏んでいる。


 しかし、この問いに意味がないことは承知している。息を整える為の時間稼ぎに過ぎない。


「さあ、何のことやら」


 それはルゼラカルトも同じ。どちらかが与えられた余裕は、またどちらも与えられる。


「チッ」


 ルゼラカルトは小さく舌打ちをする。ミリオットを討てるチャンスではあった。しかし、背後から別の、届き得る刃の感覚があったが為に逃した隙。間髪入れずに突っ込んできた不気味な男に掴まれ、現在に至るわけだ。


 不気味な男の前で、堂々と穢場に行くことは不可能。


 それ故の苛立ち。


 ルゼラカルトは周囲を見渡した。


 言葉通り、崩壊したクロックヴェルク。


 混沌とする観光客。逃げ惑う人、恐怖にへたり込む人、率先と避難誘導する人。


 ルゼラカルトは何の為に見たのか。


 それは決して、犠牲になる命を数えていた訳ではない。


 その中に、"巡礼者"が居ないかを確認していた。


 これから起こる悲惨な事実に対しての、面倒事を避ける為。


 それは犠牲者の中に巡礼者が居た場合、どこかで顕現した穢獣が野放しになり、"回収"できないから。


「居ないですね」


 その言葉に含まれる意味を、レイゼルはすぐに察知した。それに伴う、ルゼラカルトの生命力の底上げが理由。


 禍々しい悪意の籠った生命力は、辺りを覆い尽くす。


 その風圧は、レイゼルと、隠れて見るイゼを煽った。



 【穢纏(あいてん) 天糸(てんし)スユニ】



 穢獣本来の力を具現化し、身に纏う。


 ルゼラカルトの頭部以外に白い装甲が生成され、関節を避けて鎧を連想させる姿となる。背甲から4本の腕が生え、計6本の腕となり、指先は尖る。頭部に装甲は無い。額から両眼を通り、頬を伝って首まで伸びる蒼の線の模様が2本づつ施された。


「おい……分かってんだろうなあ……」


 レイゼルの貫く眼光は、ルゼラカルトを捉え続けていた。


「ええ、もちろん」


 【穢纏(あいてん)】は、そもそも扱える人間が限られている上に、使用した瞬間に特級警戒人物として世界に情報開示される。


 "ヌルビアガであるルゼラカルト"が使用する判断をした。それは、その枷を背負ってでも、レイゼルを危険視したことに由来する。


 ヌルビアガ側としては、ルゼラカルトの情報開示は許されることではない。しかし、"リオルドランの不気味な男"と接触し、実際に対峙した事実はそれと同等の価値がある。


 つまりルゼラカルトは、生きるにはこの選択しかないと。


 加え、【穢纏(あいてん)】の使用を何の躊躇も無くできることは、非公式組織ヌルビアガであるがゆえに可能となる。


 以前のバルバンテ戦を思い出せば想像はつくだろう。


 穢獣の力は、一国を相手にできる程のもの。


 世界に浸透する噂、リオルドランとヌルビアガが恐れられる絶大な武力とはこのことに起因する。



 【天糸スユニ 遊隷破線(ゆうれいはせん)



 レイゼルの空間を打つより疾く、それは飛来する。


 空間で強制的に自身を地面に叩きつけ、身体を伏せた。元の空間を掴んではいるが、果たして……。


 ……街が、浮く。


 その時間は1秒にも満たないが、浮いた街がしばらく停止しているように錯覚する。


 さらに細かく建物は分裂して、斬られたことに気付かないようで、フワりと更に浮いた。


 クロックヴェルク外壁すらも斬られて浮き、追いついた時間が建物達を、無慈悲に地面に叩きつける。


 無数の糸が、幾多の方向から国を刻んだ。


 レイゼルは、掴んでいた空間の力を緩める。


 突き上がると同時に、空間に身体を弾かせてルゼラカルトへ軌道を向ける。


 ルゼラカルトは糸を蹴り、遥か上空へ。


 人差し指を、レイゼルへ向けた。


 生命力が探知できないレイゼルを、ルゼラカルトは探知できた。その理由として、レイゼルの左腕に糸を巻き付けていた為に、自身の糸の動きを辿って動きを把握していた。


 向けた人差し指を、第二関節から曲げる。


 ルゼラカルトに向け打とうとしていた左腕が、離れた。


 レイゼルは、自身から離れた左腕を見て、初めて糸の存在に気付く。


 左腕へと目を逸らした瞬間。


 糸の槍がレイゼルの腹部に突き立てられる。貫通を防いだのは、直前で握った為。


 その威力に乗せられ、レイゼルはクロックヴェルクの地面を穿つ。


 糸の槍は飛散し、レイゼルを地面に固定する。


 ルゼラカルトは遥か上空から、その"レイゼルの状態"を見やり、やはり舌打ちをしたと思えば、そのまま姿を消した。


 落ちた左腕。


 喉が千切れる程に叫ぶレイゼル。


 巡り巡る感情のままに。


 その横で、イゼは静かに腕を拾った。


 歩き寄る。


 イゼのその表情は、状況を飲み込むことで精一杯で、必死に呼吸してるだけだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ