10話ー巡礼ー
ー廻陽都市 クロックヴェルクー
ミリオットとレイゼルは、爆煙を退いて穴を突き上がる。
爆発により乱雑に切り抜かれた穴。その窪みの所々に、座祈水晶に包まれた人が動きを止めている。絶えず、上からはそれが転げ落ちてくる。
「なんで……」
座祈水晶の中の人を見ながら。
「なんで泣いてんだよ……」
感情消されてないんかよと、ミリオットは歯を軋ませる。
穴の先、陽の光にその球体は反射し、異様な光景は奇しくも輝く。
煙を突き抜けた2人は目の当たりにする。
「宮殿が……」
穢場の真上に位置する宮殿。豪華に装飾されていた内装は見る影も無く。宮殿の外から幾度となく繰り返された爆発により崩壊。
警備か住民か区別できない肉片と、生々しい匂いと瓦礫の埃が混ざる。残された天井の装飾が余計に残酷さを表す。
大きく空いた穴に向かって、未だ数え切れない人が歩き寄るのだ。その人らの表情は生きている。涙を流す者、顔面蒼白で死を待つ者、抗おうと死に物狂いな者。
自然と呼吸は荒くなる。
宮殿の上に感じた生命力に反応しきれず、崩れた威力と共に2人は階段へ吹き飛ばされる。
「やったあ!わざわざそっちから出向いてくれるなんて!」
宮殿からの声に2人は振り向く。声の主は階段最上段に着地する。
男は軽装。白の生地にゆとりを持った服に、腕と脛にのみ鎧を纏い、手首足首には枷のみが付いている。黒い髪の間から茶の目が覗く。裸足……。
「お前がミリオットで〜?お隣さんは誰?」
顎に指を添えて顔を傾ける。
「あー!生命力が無いって人!」
レイゼルは瞠る。
どこから情報が……。
「あ、申し遅れましたー!オレ、ディバー!リオルドランっす」
ニヤリと犬歯を見せたディバー。
「リオルドランなわけあるかー!流行っとんかボケェ!」
レイゼルは指差し、思わずツッコむ。
ディバーは口を歪ませ、うるさいなあと表情で示す。
横を通り過ぎていた住人が5人、突如レイゼルを掴んで座祈水晶を展開した。
「え?ちょっと……おい!やめさせ___」
レイゼルの正面に居た人がしゃがみ、顔を見ながら爆ぜた。隣に居たミリオットは横に吹き飛ばされる。レイゼルは威力によって上へ飛ばされる。住人4人は掴んだまま。
足元に移動した人が爆ぜる。
レイゼルは高度を上げ、地上からは豆粒に見える程になる。その位置で更に人が爆ぜてしまう。
地上の数十人に座祈水晶が展開され、その人らは意思とは裏腹に突き上げられ、レイゼルの飛ばされた方へと飛翔していく。
「あら〜飛んでっちゃったね〜」
ミリオットはディバーを見据えていた。
「リオルドランなら、魔法陣見せろ」
「そんな簡単に見せれる訳ないじゃん」
「見せれないのに名乗りはするんだな」
「痛いとこ突くねえ」
「それに、あんたじゃないだろ。ここの住人縛ってんの」
レイゼルが飛ばされるまでの流れで、ディバーから生命力の動きが一切無かった。
「さあ、どうかな〜?」
「この人たちを解放してくれないかな」
「どうして?責任感じちゃった?」
自分が穢獣ベントゲールを保有した日からこの国はおかしくなり、5年後となる今日の巡礼日に住人の動きは強制され、穢場までの道を開く為だけに利用されてしまった命。
「感じるに決まってんだろ!!」
【穢獣ベントゲール】
ミリオットの後方に生命力の球体を5つ生成し、左手を前に差し出す。
【磁派杭線】
ディバーの後方に生成された球体が円錐に変形し、その先端が背中に触れる。
「あっ」
ディバーの身体は引き寄せられ、ミリオットは柄先をディバーの胸部に押し当てて地面に倒し、突き立てる形で動きを止めた。
「誰の差し金だ!」
ディバーは両手を頭の後ろに置き、足を組む。
「怖いでしょ。もしかしたら身内の仕業かも〜って」
挑発に乗るなと言い聞かせている筈が、ステラの顔が浮かんでしまう。
柄先に魔法陣を展開。
情報を引き出さなければいけないと焦る脳。しかし身体は、思考は突っ走ってしまう。
「その通りだったらどうする?あはっ」
歯は軋み、地面にヒビが入る。
「怒んないでよ〜」
絶えず穴へ歩く住人が横を通る。
「この人たちだって生きてるんだからさ〜巻き込んじゃうよ?」
「なるほど、確かに」
ディバーを柄先に付けたまま振り上げ、空へ向けた。
「あれ……やだなそれ」
柄先の魔法陣が広がって消えると同時に、磁力の同極反発によりディバーは空高く突き上げられる。
巡礼期限開始まで8分。
ミリオットは自身の耳から垂れる銀装飾のピアスに触れ、追うために突き進む。巡礼期限に入っていれば下へ戻る選択をしたが、得体の知れない相手との8分は長い時間になる。チラとレイゼルの飛ばされた方角を見るが、やはりその姿は確認できない。
付与した磁力を基に位置を把握し、ディバーの胸部に球体を生成し同極反発することで、空中でも移動させる。
クロックヴェルク外壁を蹴り、山の斜面を滑って降る。人気の無い山の間にディバーを落とし、その砂煙の場所で構えた。開けた平地であり、国の壁が見える近さではある。
「ちょっと乱暴すぎない!?」
ディバーが立ち上がる影を砂煙越しに確認した。風の音に掻き消されそうな程小さな声で、聞いた通りだなと言った。
「磁力だね、これ」
思わず目は瞠り、柄先に刃を生成し斧槍となる。
「距離の制御しつつ?それで斬ると。ふむふむ」
ミリオットの間合いに、ディバーは居た。
突き出された右拳を柄で弾く時間なく、咄嗟に左手で受け止めてしまう。
ディバーの右手首の手枷で陽光が反射する。
「まあ、オレなんかが"円卓"と対等にやりあうなんて無理な話でしてぇ」
手枷を中心に魔法陣の展開。ミリオットの全身の産毛が逆立つ。その手枷は弾け、破片は地面に落ちる。
ディバーと自身の磁力を反発させ、互いによろけて距離を取った。
魔具。物に魔法を刻み、生命力の意思を通して発動する。しかし、宝具と異なり、壊れることを条件に魔法が刻まれる為、一度しか使えない。魔術学院1年後期レベルの魔法。
ミリオットの身体の内から熱が込み上げ、次第に視界は揺らぎ、猛烈な吐き気と頭痛、倦怠感による立ちくらみが襲う。手足の反応が鈍い。
猛毒。
動植物のものではない、人工的な毒だと直感する。致死量を超えるか……。
「それ受けて立ってんの笑う。どんだけ強い精神してんの」
熱特有の関節の軋みに加え、全身がその毒を排除しようと呼吸量を増やす。
枷の全てに魔法が刻まれているとなれば、少なくともあと3種類の魔法がある。同じ毒の魔法は考えにくいが、神経毒があった場合に厄介。しかし、最初に動きを制限する為に猛毒を用いたということは、神経毒は……いや、視野に入れておくべきだろう。
左手でディバーを引き寄せ、ミリオットは右手で柄の先端を握って自身を軸に回転する。ディバーは引き寄せられながら前方に屈んで避け、左拳を突き出す。
その拳を、"また"左手で受け止める。
撃てよと、言わんばかりに。
ディバーの脳内は混乱した。誘われてるのか?やってもいいのか?と。自身に課せられた目的に近付きはするが、不発に終わってしまった場合にリスクが大きい。
「迷ったね」
一度目に拳を握った際は、ディバーの身体を把握する前に猛毒の魔法を撃たれてしまった。
今、1秒にも満たない時間迷ってくれたお陰で、把握することができた。
地面とディバーを固定。磁力により地面に四つん這いで跪き、抗おうとするも肩の関節が動くのみとなる。
「あんた、巡礼者じゃないでしょ」
「……は?」
鍛え上げられた肉体。動きは悪くない。
「巡礼に間に合わないように、ボクの足止めが与えられた使命?」
"その者"は枷に魔法を刻んでディバーをここへ向かわせた。
巡礼期限開始。
猶予24時間。
「後でゆっくり話聞くから、ここで待ってて」
ミリオットは踵を返す。
ディバーは侮っていた。"円卓"と言えど、自身とさほど差は無いのだろうと。
「おい待てよ……」
「ごめん待てない」
その場を蹴ろうとしたミリオット。
「"誰がオレ1人だけで来たと言った?"」
眼球が揺れる。
その言葉を聞いて地面を蹴り、クロックヴェルクの位置する山の斜面を登った。普段通りに身体を動かせないことに、ストレスを感じる。
ディバーのあの言葉がハッタリか、否か。
可能性はある。
しかし、最優先は巡礼。
たった10秒、祈ればいい。済ませなければならない。
重い身体で蹴り上げ、クロックヴェルクの外壁を越える。一時門の上。
途端、襲う違和感。
「レイゼルは……」
ディバーと対峙し、住人の爆発によって吹き飛ばされて10分は経過した。見えない場所まで飛ばされてはいたが、空を打てるレイゼルだ。すぐに戻って来るもんだと思っていた。
何かに足止めを食らってるのか、未だ吹き飛ばされ続けているのか。
レイゼルの生命力は検知できないけど、向こうはボクの生命力を追える。戻って来ているなら、合流する筈……。
目眩から一歩よろけ、息を吸って宮殿へ急ぐ。未だ住人は、宮殿へ向かって歩き続けていた。
……宮殿から穴を開ける為じゃないのか?
既に穴が開いた今、何故まだ歩き続ける?
「ボクの巡礼の阻害……」
巡礼期限に合わせて住人は動き出した。
崩れた宮殿。
穴を覗く。
横で、感情を溢しながら落ちる人々。
「ボクだけの狙いなら、今ここでしがみついてでも拘束するもんね。何もできなくてごめんね」
歪な穴へ、身を委ねる。
湿った空気が全身を撫でた。
空の結晶石の割れた穴から穢場へ抜ける。広い範囲に住人が適当な間隔で多数居た。座祈水晶で着地時の衝撃は無いらしく、皆立って虚空を見ていた。
住人に当たらないよう着地し、仲間たちの生命力を探る。巡礼中は、座祈水晶の周りを守ってもらいたい。
住人を掻い潜った先。
隊の仲間とレイゼルのお連れ2人、それぞれに住人が抱き付いていた。
「……申し訳ありません大将」
「そのまま動かなくていい」
どっかで見てる。
この場所の状況を把握しない限り、特定の人物に接触する指示は出せない筈。そして身動きを封じるだけの行為。目的はあくまでもボク。
ミリオットは虚空を見る住人の違和感を探した。
1人、ボクを見つめる。パン屋のお姉さん。
「やっほー」
驚いた表情の彼女は意思とは異なる言葉を使う。華奢な手を無邪気に振るった。
操られてる……指示じゃない。
「率直な提案をするね」
住人に対し手を出せないミリオットに、ゆったりと歩き寄る。
「穢獣ベントゲールを渡す気はない?」
「無い」
「知ってた」
「みんなを解放してくれない?」
「それって仲間のこと?ここの人のこと?」
「全員」
「あー、嫌かな。欲が過ぎるんじゃない?」
「お互い様じゃん」
「それは言えてる。でもさ、こうしてあと24時間経っちゃって、君は死ぬかも」
ボクが巡礼を始めたら、仲間に付く住人を爆破させる気だね。
「困ったね」
ボクの巡礼日の情報が漏れてる事実。それを知ることは、同じ円卓の六将じゃなきゃ不可能なんだよね。
誰かを操って……円卓の六将の意思を乗っ取った場合は話が別か。
「あ、君が危惧してることだろうから先に言っとくね。円卓の六将で間違いないよ」
自ら。
「名乗ることは出来ないけど」
「そっか」
「かなり厳しい状況だと___」
「あとでぶっ殺しにいくしかないね」
【穢獣ベントゲール 反発領域】
隊の皆とレイゼルのお連れ2人を地面に固定。全ての住人に同極を強制付与。広範囲に及ぶ同極反発により、住人が全員吹き飛ばされる。
魔法陣展開から効果発動まで脅威の0.3秒。
遠隔操作の"者"では反応できない一瞬の出来事。
残酷な選択をした。しかし、この後に起こるあらゆることを想定した場合、ここで巡礼を済ますことが最優先だと判断した。
ミリオットは胡座をかいて座祈水晶を展開。両手を合わせて目を瞑り、巡礼開始。
1秒。
吹き飛ばされた住人全員が爆発。
2秒。
落ちて来る住人含め、地上を歩く住人の全員が爆発。多くの観光客も巻き込まれ、場は騒然と化す。
3秒。
「まともじゃねえ!」
パン屋のお姉さんのみが残り、構わず巡礼遂行するミリオットへ突っ込む。
4秒。
その女性に身の丈に合わない大槌を握らせ、座祈水晶へ衝突させる。衝撃で女性の肩は外れる。
5秒。
6秒。
7秒。
空結晶に開いた穴から1人、地面を吹き上げて着地する。
8秒。
ミリオット目掛け駆ける。
9秒。
左拳を突き出し、座祈水晶に衝突。
左腕の枷から魔法陣が展開し、座祈水晶は砕かれる。
拳がミリオットへ届く。
10秒。
「やっぱ、その魔具は座祈水晶を砕く為の魔法だったか」
ミリオットはディバーの首を掴む。
立ち上がる。
額に血管を浮かべたミリオットの怒り。
女性越しに眺めていた者を突き刺す視線は、背筋が凍る程の威圧があった。
「震えて待て。小心者」




