第六話
そろそろ冬支度に入る為、森へと入って山菜やきのこを取って来た帰り、カンカンと村中に響き渡る程の鐘の音が鳴り続ける。
「これは…」
「アキト!早く帰って逃げる準備をするわ!急ぐわよ!」
母は自分のと俺の山菜を集めた網を投げ捨て、俺を抱えて全力で走る。母は俺を抱えている為に直ぐ息絶え絶えとなる。
「ママ!俺は自分で走れるから!下ろして!」
「…ごめんなさい。ありがとう」
母は申し訳無さそうに俺を下ろし、再び走り始める。俺も聖心力を両足へと流して走る。少ないスタミナで大人である母に並走しながら、家へと向かう。
家に着くと直ぐに裏手へと周り、馬小屋へと移動する。この村では兵士の家に必ずと言って良い程に馬を飼っている。急時の際、直ぐに駆け付けられる為にだ。
母は馬を馬小屋から出すと先ずは俺を抱え上げて乗せてから颯爽と乗馬する。
「先ずは足の骨を折っていたリィナの家に行って、次に村長の所に行くわ!しっかり捕まっててね!」
母はバシッと鞭で馬の尻を叩いて、村の中を駆ける。流石馬といった所か、リィナさんの家へと直ぐに着いた。母は柵に馬の手綱を括り付けてから、家をノックする。
「リィナ!居る!!」
そう呼び掛けて出て来たのはリィナの旦那さんのマックさん。マックの胸の中には小さい女の子が抱えられており、何か異常を察しているのだろう、母の方へと両手を伸ばし、泣いている。
「ナキアさん。この子を連れて村役場の方に」
マックさんはそう言いながら嫌がる女の子を母に渡さそうとする。母は逡巡とした感じで杖をついて立っているリィナさんを見る。
「でも、リィナが」
「ナキア。私は大丈夫。直ぐに私も行くわ。それよりシェフィをお願い」
母は少し悩んだ様子を見せた後に「分かったわ」とシェフィを受け取る。シェフィは嫌がりながらママ、ママと何度も呼ぶ。母はそんな小さくしかし強大な抵抗を抑えながら馬に乗り、マックさんに手綱を解いて貰っていると赤子を抱えた女性が此方に駆け寄って来る。
「エミリー。一体どうしたの?」
母がそう問い掛けると抱えていた眠っている赤子を母へと差し出した。
「マリオをお願い」
「…良いの?」
「ええ。早くこの子を運んで上げて。私と旦那はリィナを抱えて行くから」
「分かったわ」
母は俺に視線を移し、暗に俺が持てと言うのだろう。それを察したエミリーさんは俺へとマリオを手渡し、俺は受け取って、絶対離さないように抱き締めた。
「それじゃあ行くわね」
「ええ。気を付けて下さい。ナキアさん」
母は頷いた後に手綱で馬を叱咤すると走り出し、シェフィは手を振る父と外に出て見送る母へと手を伸ばす。
「ママーーーー!!パパーーーー!!」
親を求める泣いた子どもの切実な悲鳴がマックさんとリィナさん、二人の胸の奥へと届いたのだろう。二人の頰に一筋の涙が流れた。
〜〜〜
第三者視点
敵の襲撃を告げる鐘が鳴り響き、村の中心地である村役場では馬車を用意し、馬を持った者達が村人の避難誘導をし、歩けない者達を運んで行く。
「先ずは子ども最優先だ!馬車に詰め込め!抵抗しても抑えつけろ!最悪縄を使って動きを封じて良い!早くしろ!」
男の怒号が飛び、その男は無駄が出ないように指示していく。
「畜生!魔物群体移動が来るなんて…。最悪何人か見捨てる事になるかも知れない。既に早馬を街の方へと飛ばしたが間に合うかどうか。それに魔物群体移動なら街道にまで魔物共が居て届かない可能性も…」
嫌な思考に頭をガシガシと雑に掻いて「クソっ!!」とネガティブな感情と共に吐き出す。
「こんな事を考えても仕方ない!やれる事をやるだけだ!」
男は絶望に向き合いながら希望を手繰り寄せる為に行動する。
一方森の中で斥候役は罠を張り巡らせ、何とか魔物の移動速度を下げようとするが一向に下がる気配はない。罠は確かに成功しており何体もその進行速度のせいで縄に足を取られて、足の骨を砕く。しかし、魔物達はそれを見ても怯えも恐怖もせずに、倒れた魔物を踏みつけながらも一心不乱に前へと突き進む。
「これでも駄目か!…本当はこれをしたくは無かったんだが仕方ない」
斥候役は落ち葉が集まった場所にファイヤースタータを使って火を放ち、一気に燃え上がる。斥候役は結果を見ずに直ぐさま走り去る。何故なら火が森に一瞬で広がる事が分かっていたからだ。斥候役以外にこの森には居ない。兵士達には大量の油を木々に掛けた事を教えたからだ。
火は油が掛かった木を燃やし、更に地を這う落ち葉が導火線となり、他の木々を燃やし始め、燃えて炭化した木は倒れ、他の木を燃やす。その連鎖により豊かさを象徴していた森は瞬く間に地獄へと変わった。斥候役は森に出て、背徳的な光景に罪悪感を抱えながらも村の方へと向かう。だが、妙な事に気付く、村の方にも火の手が回っているのだ。
身体が嫌な予感を察しているのか首筋にチクリとした痛みが走る。それでも迷わず走り続けると魔物達が村人達を蹂躙し、兵士達も応戦しているが数の暴力に負けて、次々に倒れていた。
斥候役は恐怖に身を竦め、魔物の一体が此方に視線をやり、目と目が合う。
「う、うわぁぁぁーーーー!!!」
斥候役の男は無我夢中に走る。地獄とも云えるこの場所から逃げるんだと。ヒュッと空気を切る音が聞こえる。
ドスッ。そんな音が近くから聞こえ、足に力が入らなくなり、勢いそのまますっ転んだ。体中が軋みながらも逃げようと身体を起こすと自分の身体を貫通した矢に気付いた。この矢は肺を貫通しており、斥候役は自分の死期に気付く。
「あ…。あああーーーー!!嫌だ!!嫌だ!!死にたくない!!死にたくない!!」
斥候役は這い這いになりながら前へと進むが、目の前に人型の影が見え、顔を上げると醜悪な顔をして嗤っていたゴブリン達が自分を囲っていた。
ゴブリン達に原型が無くなる程に剣や棍棒で肉塊にされた斥候役は自身が放った火に焼かれ続けた。