第五話
父と聖心術を教えて貰ったその夜、俺は眠れなかった。まぁ、今の高校生が暗くなったら寝るなんていう生活が出来る訳が無い。こんな早い時間で寝れる訳がない。俺は両隣に寝ている両親を見る。現状、俺は二人にガッチリとまではいかないがホールドされている。恐らく動いたらバレるだろう。なら最小限で出来る事は…と思い聖心力を出す訓練だと考えついた。
右腕を曲げ、右手で握り拳を作って手首の内の方へと曲げ、力を籠めながら少し腕を引くと身体の真ん中から聖心力が流れるのを感じ、突如として湧いた疑問をボソッと口に出す。
「(…何で力を籠めて引くと聖心力が出てくるんだ?)」
力を籠めずに自由自在に聖心力を扱えないのかと疑問に思う。俺は聖心力を引き出したまま自由に動きを操作出来ないかと思考を巡らせるが答えが出ない為、反対の左腕にも同じように聖心力を引き出す。次に足側にも出来ないかと、右膝を曲げて右足に力を籠めて少し引くと聖心力が流れるのを感じて少し興奮して、そのまま左足の方にも聖心力を流し、全身に聖心力が流れるのを感じる。これを血液のように循環出来れば……。
気が付いた時には朝となっていた。どうやらいつの間にか眠っしまったらしい。身体を起こすと昨日より全身に生命力みたいなものが漲っていると言えば良いのか、何とも言えない感覚、それでも敢えて言葉にするなら……すこぶる体調が良い。
俺は聖心力の検証を再びする為、朝ご飯を食べ終えると直ぐに庭へと出て聖心力を両手両足に纒わせてから座禅を組んで瞑想を始める。瞑想をして自分の中の聖心力に目を向ける。全身に流れてる聖心力を一つ一つ繋げる。右手の聖心力を右足へと、右足の聖心力は左足、左足は左手に、左手は右手に流すようにイメージをする。聖心力を循環させてロスを減らす。そうすれば強い状態で長く戦えるように…。あれ、力が抜ける。視界が左右に揺れた後に急速に落ちていく…。
「…」
………?
「…キ…!」
……声…?
「アキト!」
俺はそこでハッとし、目が覚める。目の前には涙を流して、俺を抱き抱える母の姿があった。
「アキト!良かった!目が覚めたのね!良かったぁ……!」
俺は母に抱き締められながら俺は何でこんな状況になったのかを思い出す。確か聖心力を操作する訓練をしてたら……そうだ!突如俺は倒れたんだ!…ああ、だから母は心配して泣いているか…。
「もう!心配かけさせないで!本当に怖かったんだから!」
「…ごめんなさい」
「もうもうもう!!」
母はギューッと俺を抱き締めたまま長い間拘束した。この事があって今日一日中は母の目の離れた場所に行くのは禁止され、暇さえあれば抱き締められた。それにしても聖心力を使い過ぎると気絶するのが分かったのは大きい。
その日以来、俺は父の前以外での特訓の禁止。そして自分で夜以外の聖心力の操作の特訓は止めた。夜に特訓して気絶しても寝ていると思われるだけだからな。
聖心力について知ってから月日があっという間に流れて半年程経った。半年も経つと新たな命は生まれるもので、隣人に子どもが出来た。男の子だ。その男の子と近くに住んでいる女の子とも一緒に遊んでいる。聖心術の方は槍と弓も両方修め、聖心力の操作については未だに難航している。けれど、このまま続けていれば聖心力を容易く操れるように慣れる。
俺はこの幸せで充実した村で十一年後に来るであろう飛鳥を守る為に強くなる。そう思っていた…。
〜〜〜
三人称
アキトの父であるガシハは村の出入り口の直ぐ隣にある兵士の駐留所でガシハより年上の仕事仲間と談笑していた。いや、正しく言えばガシハは喜々とした様子で、仕事仲間の兵士は聞き飽きた様子で苦笑いをしていた。
「それでよ〜。流石俺の子と言うべきか、聖心術を直ぐに極めてな!それどころか聖心力を自由に引き出してな、全く違う型でアースラー流をアレンジしたんだ!」
「はいはい。お前の息子自慢は何遍も聞いたよ」
仕事仲間の兵士は「はぁ〜っ」とため息をつく。
「いや!でも、マジで天才なんだって!」
「分かった分かった。ったく…良いなそっちの息子は利口そうで。うちのバカ息子はそろそろ十歳になるっていうのにヤンチャばっかで困ったもんだよ」
「フフン!そうだろう!」
「自慢げに胸を張るなよ。別に俺の息子は才能が無い訳じゃないぞ!体格に恵まれてる分、ガイングラウン流を修める事が出来たからな!」
「それは図体がデカくなったからだろ。俺の息子だって体格がデカくなれば簡単にガイングラウン流を極めるだろうよ」
その言葉に仕事仲間の兵士の顔に血管が浮かぶ。
「いやいや!俺の息子程体格に恵まれてるのはいない!同年代じゃ最も大きいし、力もあるしな!」
「今は、まだ…な」
ブチッと仕事仲間の兵士の堪忍袋の緒が切れ、ガシハに顔を近付てぶつかる。
「やるかテメェ!」
「おお!受けてやるよ!息子自慢なら負けん!!」
お互いがそうやって睨み合っていると慌てたように若い兵士が扉をぶち破るような勢いで開いて入って来た。その兵士の異様な様子に二人は喧嘩ならぬ息子自慢を中断してそちらに注目する。
「一体どうした!」
仕事仲間の兵士がそう問い掛けると、兵士は言葉に詰ませながらもこう答えた。
「ふ、複数の魔物がこの村に来ています!!斥候班からの報告で規模は恐らく数百!!魔物群体移動です!」
「な、に…」
ガシハは絶望を言葉に込めながらそう言い、仕事仲間の兵士は驚きのあまり言葉を失う。
この日、また一つの村と多くの命を失う事になった。今、世界に起こっている日常が、アキトにも降り掛かった。