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ノラ・キャット その世の賞金稼ぎ  作者: 白銀悠一


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魂の在り方

 するりと背後から接近するその姿は、まさしく標的に忍び寄る猫のよう。

 高所から飛び降りても足音一つ立てず、西部劇のガンマンのような見た目の猫耳女性は、黄色い鬼の喉元にナイフを突きつけている。


「動くな」

「く、クソ猫が……誰に手を出してるのかわかって――」

「黄鬼のガシャ。賞金3000命」


 威勢の良かった黄鬼の額から、汗が滝のように流れ出る。


「生死を問わず。だからよ、別にこのままでもいいんだぜ」


 賞金稼ぎは、首元にナイフの刃先を触れさせる。

 撫でるように優しく動く度に、鬼の身体が小さく震えた。


「死体を放置しとくとごちゃごちゃうるせえ奴がいるしな。このまま換金所まで――おっと」


 鬼が抵抗しようと暴れ出す。

 間髪入れずに、ナイフが喉元へと突き刺さる。

 次の瞬間、


「けっ! やはり嘘つきだな、猫野郎!」

「チッ――含有量不足か!」


 喉から少量の血が噴き出た黄鬼は、賞金稼ぎの拘束を振り払う。

 そのまま拳で応酬しようとして、眼前に突き出されたモノを前に硬直した。

 M1911――またの名を、ガバメント。


「ま、待て、わかった。行こう。俺を、換金所まで連れてって――」

「あの世でもまた、殺してやるぜ」


 銃弾が頭部に命中する。

 今度はちゃんと、たくさんの血が舞った。



 

 無事に賞金を稼いだノラは、ナイフを血を布で拭っている。


「ソウルが足りねえ」

「そのソウル……魂? 命とは違うの?」


 薄暗いモーテルの一室で、ノラに静花は問いかける。


「同じさ。基本的にはな」


 手入れを終えたノラは、ナイフをテーブルに置く。

 隣には、45口径用のソウルバレット。


「俺たちみたいな奴は、普通の銃弾じゃなかなか死なねえ。身体の造りが違うからな」


 ノラは静花の胸を人差し指でさしてくる。

 静花の身体はきっと、さっき黄鬼の首を突いた一撃であっさりと命を失う。

 人間はしぶとい時は意外としぶといが、死ぬ時は思いのほか呆気なく死ぬ。

 だが、ノラを始めとしたその世の住民たちは違うらしい。


「だから、身体を壊すんじゃなく、その魂を砕く。目には目を、歯には歯を。魂には、魂を」

「そういうもの、なんだ」


 その世の理について、邪推は意味がない。文字通り世界が違う場所だ。

 いくら荒唐無稽のように見えても、ちゃんとした法則があるのは救いだろう。

 だから、ノラは大枚をはたいてソウルバレットを購入しているし、今回はナイフでケチろうとして失敗してしまったのだ。


「けどさ、それなら……剣とか槍じゃ、ダメなの?」


 魂を砕くために必要なのは弾丸そのものではなく、込められた魂。

 ならばという提案を、ノラは鼻で笑った。


「似たようなことを考えた奴はいたっけな。そいつは銃で撃たれて死んだが」

「剣よりも銃の方が強いんだね」


 これもまた道理ではある。フィクションではよく対抗できるようになっている近接武器は、現実では銃を前にとんと役に立たない。もちろん、近接武具に精通した達人が銃を相手に勝つこともしばしばあるだろうが、それは武器そのものの強さというよりも使い手の問題だ。

 

 剣の達人であればガンマン相手にも戦えるのは恐らく、この世界でも同じだろう。

 しかし素人の剣術がプロの賞金稼ぎに届くとは到底思えなかった。


「……俺の心配はしなくていいって言っただろ。俺には俺のスタンスがある」

「改善案を検討するのは必要なことだよ。私のためでもあるんだし」

「お節介焼きめ。全く……好きにしろ。独断で行動しなけりゃ、それでいい」


 静花は自分の両頬を摘まんで軽く引っ張ってみる。


「……何してんだ?」

「驚いてみようかなって」


 しかし鉄面皮に変わりはない。無表情の静花にノラは呆れる。


「バカやってねえでさっさと休め。いつ奴が出てくるかわからねえ」

「……トツカミ、だね。わかったよ」


 言われるがまま、静花はベッドに潜る。

 実家のソレとは段違い。

 劣悪と言って差し支えない寝心地だが、それでも野宿よりは上等だった。




 静花たちの現状は極めて受動的だ。

 こちらから探し出す手立てがない以上、トツカミがアクションを起こすまで日常生活を繰り返すしかない。

 行方不明者の生存確率は時間が経つごとに減っていく。

 その事実を、静花は冷静に咀嚼できる。これもまた、心が壊れた利点の一つだ。


「どうだ。出てきたか?」


 往来を歩きながら、ノラが訊ねてくる。今日は釣りに専念するらしく、賞金稼ぎの仕事はおやすみらしい。


「それらしきものは何も」


 そもそも変幻自在とされる存在に、らしき(・・・)などあるのだろうか。

 などと考えながら辺りを見渡して、目に付いた人物に反応する。


「あの人……」

「トツカミか?」

「どうだろう。まだ――あっ」


 ノラは一目散に駆けていく。服屋のショーウインドウを眺めていた赤髪の女性の胸倉を掴もうとして、


「あらまぁ! あなたもご同類ね!?」

「チッ、こいつは――」


 ノラが離れようとするが、女性の方から手を伸ばした。

 静花も遅れて近づいていく。二人の会話がはっきりと聞こえてくる。


「そうよねえ。やっぱりベースがいいと楽しいわよねえ! おしゃれがね!」

「離せよ、そんなんじゃない! 人違いだって言ってるだろ!」


 髪と同じくらい深紅のドレスに身を包む女性。その顔立ちは人間のそれだ。

 しかし明確に人と差異がある。その頭部にそびえ立つ兎耳――。


「あら……あらあらあら! 人じゃないの、人! 生体でお目に掛かるのは久しぶりかしら!?」

「……どう、も……?」


 敵意を感じさせない兎のコスプレのような女性に、静花は会釈した。

 そこからは驚天動地の勢いだった。

 現代風に言い直すならば陽キャのノリとでも言うのか、コミュニケーションが達者な女性にあれよあれよと店の中に引き込まれてしまった。


「この子の服を見繕ってちょうだい」


 なんて言われて、静花は試着室の中に放り込まれている。

 ノラはと言えば、早々に店の外に出て行ってしまった。

 ノリが合わないのもそうだろうが、要因は別にある。

 

 幸いにして店員は静花という人間の魂に興味はなさそうだ。

 そしてそれは、静花の服を選んでいる女性……カレンにも言える。

 だから、店内よりも外を警戒するべきだ。そう判断したのだろう。


「どれもこれも素敵ね! 綺麗な子だから、試行錯誤しがいがあるわ!」

「私なんかを着せ替えても、楽しくないと思うけど」


 鏡に映る自分の顔は乏しさの塊だ。クールなんて言えば聞こえはいいが、それはギャップがあるから喜ばれるだけで、氷一色の人間を着せ替えたところで……。


「そんなことはないわ! ほら、準備をして!」


 言われるがまま、制服を脱ぐ。白い下着姿が目に入る。

 そう言えば、と思い出す。この下着も姉といっしょに選んだのだった。

 静花の身の回りの物はそのほとんどが姉に関わるものだ。

 

 以前の静花にはこだわりが、趣味嗜好があった。

 きっと見知らぬ人に差し出された服なんて、嫌々だったろう。

 しかし薄情な心は、いとも容易く提供された衣服を身に纏った。

 

 カーテンを開いて、他者に衣装を晒す。

 純白の、お姫様のようなドレスを。


「きゃー! やっぱり素敵だわ! お店の商品、私のセンスもいいけれど、やっぱり素体! 素体が最高よ!」


 パシャ、パシャ! とフラッシュが炊かれる。その世に流れ着いたのであろうインスタントカメラのシャッターを、カレンはこれでもかというほど切りまくった。


「素体は……最悪だと思うけど」

「そんなことはないわよ! なんてったって、人でしょう! 私たちとは違うわ!」

「人……」

「そうそう! もちろん、服を着こなしている紳士や淑女はいるわ! けれど、誰もかれもが物真似……見よう見まねなの! だって、服は人が、人のために作ったものでしょう!? だったら、人が着用するのが一番綺麗になるのは道理だわ!」

「そういうもの……かな」

「そうよ! だから私、服を綺麗に着たくて! 一生懸命探したの! この身体をね!」


 深紅のドレスの胸元に手を当てるカレン。

 聞き間違いでなければ……いや、静花ははっきりと聞いた。疑いはない。


「あなたの身体は……あなたのじゃないんだ」

「当然よ! だって、私は兎だもの! 人呼んでカレン・ラビット! おしゃれの探究者よ!」

「……どうやって身体を手に入れたか聞くのは、失礼かな……?」

「そんなことないわ! むしろ自慢だもの。こんなに美麗な肉体を手に入れられたのはね!」


 カレン・ラビットはつらつらと自らの正体について語り始める。

 まず、この世ではしがない兎の一匹だったこと。

 都心に迷い出て、そこで見た人々……服を着こなす人間に憧れたこと。

 晴れて魂体となったので、偶発的に見つけた魂なしの身体に憑依したこと――。


「憑依……型」

「ポピュラーな異形型よりは、数が少ないのよ! 魂だけになったら、未練がましくこの世に残るか、そのままあの世に行くからね!」


 つまりカレンがご同類と呼んだノラもまた……。

 人によっては沈痛な面持ちになりそうな話を、カレンは上機嫌のまま続ける。


「赤髪に憧れていたから、運よく赤い髪の子を拾えて良かったわ! 色もいい感じに混ざったし!」


 聞き捨てならないセリフが、またもや発せられた。


「色が混ざる?」

「そうよ! 私は兎、白兎! だから、綺麗な赤髪もそのまま残って、ほら! 美しいでしょう!?」


 自慢げに髪を撫でるカレン。しかし静花の関心は先程のセリフに集約されている。

 ノラの肌は灰色。髪は黒い。

 どの色が彼女の本当の色なのだろうか。そして、身体の方は。

 いや……余計な詮索なのかもしれない。静花は思考を改める。

 

 重要なのは、ノラが姉を知るトツカミのことを追跡しているということだけだ。

 彼女の正体がなんであれ、どうでもいいことだ。

 ――本当に?


「……」


 静花は視線を外して押し黙る。

 カレンはほっぺを赤くして、興奮気味だ。話し相手に飢えていたかのように。


「でも考えれば不思議よね! どうして道端に魂を食べられた身体が落ちていたのかしら!」

「おい、何の話してた」


 遅れてからんからん、と鈴が鳴る。

 店内に戻ってきたノラの形相は、まさに獲物を前にした狩人のようで。


「魂が食われた身体だと!? どこで拾った!!」


 ノラがカレンに詰問する。

 店員が仲裁に入ろうとしたが、カレンはニコニコしながら制した。


「知りたいの!? だったら教えてあげるわ! ええ、ええ! 同類のよしみで! 今回の、交流代として!!」


 興奮するノラとは別種の喜びに満ちた表情で、兎耳の人は告げる。


「流れの街の、先の先、荒れ果てた迷える森の中で!」

「迷える森だって……?」


 場所を聞いて、ノラは落ち着きを取り戻す。

 しばし黙考した後、にやりとほくそ笑んだ。

 そんな反応を見せるということは、間違いなく標的関連。

 トツカミの手掛かりに、成り得るかもしれないと言うこと。

 

 静花もまた、祝いの言葉を述べようとして、口を閉ざす。

 代わりに、脳裏に言葉がよぎった。


 ――猫は嘘つき――。


 こだまのように、呪いのように。

 こびりついて、頭から離れない。

 

 何も言わずに、静花は更衣室へ戻る。

 ボロボロの制服に袖を通した。

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