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ノラ・キャット その世の賞金稼ぎ  作者: 白銀悠一


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4/6

懐事情

 寝起きが悪い静花を起こすのは、いつも姉の役割だった。


「ほら、起きて」


 困ったような姉の声音。

 実を言うと、姉が声を掛けた瞬間から、なんなら階段を上ってくる音で目は覚めている。

 

 それでも布団に包まるのは、姉に起こしてもらいたかったから。

 意地悪だったのは認める。

 けれど、しょうがない。

 

 おはようって。

 ねえ、起きてって言ってくれる姉の姿が、声が。

 大好きだったのだから。


「おい、起きろ」

「……寝てた?」

「気付かないのか気付けないのか知らないが、ある程度対策はしておけ」


 静花の視界には、真っ暗な明るい光景が広がっている。

 自分でも気付かなかったが、疲れ果てていたらしい。ずっと歩き回っていたので体力には自信があったのだが、力が入っている箇所がいつもと違うのだろう。

 

 だから、意図せず寝落ちしてしまった。

 不自然に歪んだ木の陰で寝かされていたのだ。


「何してるの?」

「朝食の準備だ」


 焚き火がパチパチと音を立てている。鍋には肉と野菜がふんだんに入ったスープが入っていた。


「魚じゃないんだね」

「ふん」


 ぶっきらぼうに鼻を鳴らしながら、スープをすくう賞金稼ぎ。

 手渡された木製の皿は温かった。


「ノラはネコなの?」

「見りゃわかんだろ」

「……わかんないんだけど」


 遠目からなら、コスプレにしか見えない。猫耳と尻尾をつけた女の子のキャラクターはポピュラーな存在だ。街中で見かけたら、コスプレをしているだけに思えるだろう。

 

 しかし、こうして近くで見ると明らかに質感は違うし、自由に動いてもいる。

 本物の猫耳と尻尾だ。


「余計なことを考えてないで、飯を食うことに集中するんだな。おおかた、食欲も大してないんだろ」

「それはまぁ」


 静花にとって食事は必要だから摂るものだ。

 身体が動かなくなってしまっては困る。

 姉を探せない。

 だから、ノラが用意してくれた朝食を、必要に駆られて摂取する。


「うまいか?」

「たぶん」

「なんだそりゃ」


 呆れるノラを横目で見ながら、一心不乱にスープを食べ進めた。




「チッ、また武器を探さなきゃならねえか」


 苛立つノラに付き添って、静花は街中を歩いている。

 相変わらず、バリエーション豊かな人々だ。鬼が興味深そうにこちらを見て、鳥の顔をした女が怯えながら離れていく。

 しかしノラは全く気にせずに目的地へ向かっている。


「またあの武器屋に?」

「あいつは……ダメだ。不良品を掴ませやがって」


 ノラが武器商人から買った拳銃は、動作不良を起こして早々に使い物にならなくなった。現実であれば間違いなくクレームものだろう。

 誰が相手であろうと食って掛かりそうなノラは、しかし別の商人を探している。


「なんだよその興味なさげな顔は」

「ずっとこの顔だって。意外だとは思ってるよ」

「あの狐野郎の憎たらしい顔がムカつくんだよ」


 確かにあの狡猾そうな狐男が、ノラの恫喝に素直に応じるとは思えない。

 だからこそ、ノラは話のわかる人を求めているのだろう。


「どうせどいつもこいつもジャンク漁りさ。オートマチックは貴重なんだがな」

「ここの武器って……この世から持って来てるの?」


 ノラのM1911はこの世の武器の一つだ。1911の呼び名の通り、十九世紀に開発されたアメリカ軍の正式拳銃。ハリウッド映画やゲームなどでおなじみの銃だ。


「流れてくるのさ」


 ノラは銃砲店の看板が描かれている店の前で立ち止まった。


「あれのようにな」


 店先のショーケースの銃もまた、映画で見たことがある。

 シングルアクションアーミー。ピースメーカーの愛称でも知られるリボルバー。

 西部劇の賞金稼ぎの得物と言えば、十中八九これだ。


「古い銃ばかり」


 どちらも現代でも生産されている銃ではあるが、オートマチックのM1911はともかく、利便性の低いSAAなどはマニア御用達と言ったところだ。

 そんなマニア向けが、まるで一般流通品のように陳列されている。


「古い物はなくしがち……だろ? 流れてくるのさ。その世にな」


 ノラは銃砲店のドアを開けた。




 その音を聞けば大抵の人が身構えるか、逃げるか。

 或いは聞き馴染みがなくて呆然とするかのいずれかだろう。

 力強い音楽を何発か奏でて、演奏者は満足気にテーブルへと楽器を置く。


「少なくとも、動作はするな」

「この前も、ちゃんと試射すれば良かったんじゃ」


 静花の率直な意見に、ノラはジロリと睨んで応じる。

 ノラが選んだのは、またもやM1911だ。

 愛着があるのかもしれない。腰に差してある散弾銃ほどではなさそうだが。


「お代は命か、その銃でもよろしいのですよ。或いは……そちらの」

「ほらよ」


 ノラはカウンターに白い紙幣を放り投げて、カバ女がしぶしぶ受け取る。


「どこに行くの?」

「決まってるぜ。賞金を稼ぎに」


 ノラはそそくさと掲示板へと向かって、目ぼしいポスターを引きはがした。

 そして、標的の匂いを辿る……昨日と同じだ。

 

 ワニ男グレンディン……クラハム、リベッド、出蟹の殺害容疑――賞金10000命。

 生死を問わず。

 

 グレンディンは酒場のテラスで満足気に酒を呷っている。

 それを、ノラは反対側の宿屋の二階から見下ろしていた。

 そんな彼女を、静花は部屋で座って見つめている。


「この距離でも気付かねえのか。バカが」


 嘲りながら、ノラはベルトからいくつかパーツを取り外した。

 一つはバレル。もう一つはストック。

 それらを、黒い散弾銃に装備していく。

 

 アクセサリーでおめかしした散弾銃は、ショーティモデルから早変わり。

 ロングバレルとストックを装着した、長物銃へとチェンジした。


「狙撃、するんだ」

「最後の晩餐……いや、昼食か? 楽しませてやるんだよ。贅沢な死に方だろ」

「そう、なのかも」


 通常、人体の狙撃に散弾銃は用いない。散弾はその性質上拡散する。

 広がれば広がるだけ威力が下がってしまう。

 命中精度に重きをおいた狩猟ならともかく、賞金を確実に稼ぐための一手としては不適格だ。

 

 だというのに、ノラは躊躇しない。赤色のシェルを給弾口へと放り込み、フォアエンドを動かす。

 

 瞬く間に撃発。

 轟音が唸り、鳥が飛び立ち、悲鳴がこだまする。


「殺してやるよ。あの世でもまた、な」


 独り言ちるノラ。

 どうやら確殺したのだろう。死体がどんな状態なのかは想像に難くない。

 

 いや、どうだろうか。静花は疑問を抱く。

 本当に散弾で撃ち抜いたのだろうか。この距離から?


「どうやったの?」

「引き金を引いただけだぜ」

「でも、散弾じゃ……」


 普通の人間ならともかく、人に似た怪異を殺すのに、遠距離からの散弾では不適切――。


「スラッグ弾さ」

「あ、なるほど」


 散弾銃は散弾しか撃てないわけではない。

 きちんと単発用の弾丸も存在する。

 

 だとしても、違和感は消えない。なんでわざわざ散弾銃を使うのだろうか。

 狙撃銃の方がもっと確実に。

 そこまで思考を回して、気付いた。


「そっか。お金がないんだね」

「……喧嘩売ってんのか?」

「ただ事実を諳んじただけだよ」


 苛立つノラに視線で射抜かれても、静花の表情は鉄面皮から変わらない。

 変えられない。


「買えてもせいぜいが拳銃くらい。その散弾銃は……どうしたの?」

「余計な詮索すんじゃねえよ。ミリオタか何かなのか?」

「別に。映画が好きなだけだよ」


 姉の影響だ。思えば姉の方はミリタリーオタクだったのかもしれない。

 フィクションの銃撃戦は好き。現実のは嫌だけれど。

 姉の言葉は一期一句、静花の記憶に刻まれている。


「でも、みんな欲しがってるよね。私と同じくらいに」


 情報屋や狐の武器商人は、静花の存在は貴重だと言っていた。

 先程の銃砲店の店主は静花だけではなく、黒い散弾銃に興味を示していた。

 

 きっと価値としては似通ったものなのだ。

 銃と人。この世であれば大抵の人間が後者が価値があると言うが、その世ではイーブンなのだ。


「買ったんだよ。武器商人からな」


 静花が武器商人と聞いて思う顔は狐とカバだ。


「そいつらじゃない。突然現れて、いきなりいなくなった、風変わりな武器商人。アドミラとか言ってたっけな。とにかく、そいつがくれた武器は、極めて凶悪で堅牢だ。いくつも銃を壊したが、こいつだけは傷一つつきやしない」

「じゃあ、感謝しないとね。その人に」

「……」


 ノラは物憂げに散弾銃を見つめる。


「あの商人の野郎、まさか……」

「どうかしたの?」

「なんでもない。さっさと換金に行くぞ。もうギャラリーも落ち着いただろ」





「くそっ」


 命の入った財布を、ノラは忌々しそうにしまう。


「あの犬公め。また吹っ掛けやがって」


 温和な印象の情報屋は、報酬に明確な基準を設けているようだ。

 昨日のサービスは提供されず、しっかりと手数料を差し引いた分の報酬を受け取って、静花たちはまたもや異界の街をさすらっている。


「……大丈夫なの?」

「お前みたいなガキに心配されるほど、落ちぶれちゃいねえさ」


 ハットを被るノラの言葉はタフだが、実際は素寒貧だろう。

 仕事道具である武器と弾丸は必要経費。

 肉体労働であるため、ノラの食事と睡眠は必須項目。

 

 となれば、何かを削らないとまずい。

 静花は早々に結論を導き出して、


「ねえ」

「余計な心配するんじゃねえ」

「けどさ、生活が成り立たないでしょ?」


 この奇妙な共同生活は、トツカミという正体不明の標的が現れるまで続く。

 節約できる時に節制しなければ、肝心な時に困ってしまう。

 お金が……お命がないから摂り逃しましたなんて結末を、静花は受け入れられるだろうか?

 たぶん受け入れはするのだろう。諦めるという選択肢がないだけで。


「だから、私は食べなくても平気だし――」

「勘違いするなよ。お前は餌だ。釣りのな。それに報酬は受け取ってる」

「……胸を触らせたこと?」

「そうだ。だからつべこべ言うんじゃねえ」


 きっと感情がまともに機能していたならば、納得できなかったかもしれない。

 でも、不完全な静花の心は、これ以上の言い合いは無駄だと判断した。

 だから、そっかと一言呟いて、ノラの背中に追従していく。


「夕飯を買ってくる。そこで大人しく待ってろよ」

「安い物でいいからね。量もそこまでいらないから」


 ノラは鬱陶しそうな手振りをして、商店の中に入っていく。

 手持無沙汰の静花は手すりに寄りかかって、行き交う人々へ視線を送る。

 好奇の視線はいくつか見えるが、手出ししてくる様子はない。

 

 十中八九、ノラのおかげだ。

 静花一人だったら、もう既に命はないに違いない。

 その報酬が、胸を触るだけ……でいいのだろうか。

 

 いわゆる大人のお店では、そういう行為は非常に高価、らしい。

 だが、ノラのあの行為を、アダルトな店のサービスと同等だとは思えなかった。


(昔だったら、申し訳ないとか思うんだろうけど)


 薄情を通り越して無情の心はビクともしない。

 不安を抱かないのは良い点だとは思うけれど。

 なんて考え事をしていて、


「ねえ」


 いつの間にか隣の手すりの上に座っていた、少女に声を掛けられた。


「……いつから、いたの?」

「さっきとも言えるし、ずっと昔からとも言えるね」


 白い髪の少女は天真爛漫な笑みを浮かべている。

 無表情の静花と対照的なその子は、足をお行儀悪くぶらぶらとさせていた。


「ここ、楽しい?」

「わからない」

「悩まないんだね」

「悩めない……かな。それで? 私にどういう用?」

「暇だったからさ。おしゃべりしようと思って」

「そうなんだ。でも、相手を間違えたね」


 心が壊れる前は親友とも言える間柄だった友達とも、今の静花は疎遠となった。

 冷たいとは思えないし、もし心が正常だったとしても思わなかっただろう。

 病人の相手など、疲れるだけだ。特に、内面性のものは。


「ううん。君で正しいよ。猫は嘘つき。気を付けてね」

「え?」


 商店のベルが鳴り響く。ドアが開いて、ノラが出てくる。

 

「どうかしたか?」


 たくさんの食材が入った紙袋から、ノラは顔を覗かせてくる。


「今――ん?」


 気付けば、少女はいなくなっていた。最初から誰もいなかったかのように。

 その世の不可思議な住人に、からかわれたのかもしれない。


「なんでもない……と思う」

「そうか。じゃあ行くぞ。飯の時間だ」


 街の外に向かうノラの背中を、静花は追いかける。

 後ろ髪を引かれる。きっとそういう表現なんだろうな、と他人事に思いながら。

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