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ノラ・キャット その世の賞金稼ぎ  作者: 白銀悠一


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1/6

さすらう賞金稼ぎ

 人通りの多い街を、一人の女がさすらっている。

 その女は、人々から見れば異質に見えた。

 

 年は若く、灰色の肌。

 ショートの黒髪を覆うような灰の中折れハットに、同色のダスターコートを羽織っている。

 荒れ地を開拓して作られた木造の街において、やはり女は浮いていた。

 

 なんてったって人らしい。

 擦れ違った男は犬の顔をしているのに。

 家の前で談笑する女は鬼であるというのに、女の顔立ちは人間そのものだ。

 

 しかして、彼女もまた普通の人ではない。

 そう強調するかのように、帽子には不自然な膨らみが二つついており、またお尻の上辺りからは灰のしっぽが垂れていた。

 ゆえに浮いてはいれど、拒絶されはしない。

 

 堂々と歩く女は、掲示板の前で立ち止まる。

 何枚か貼られているポスターを見比べて、


「こいつでいいか」


 その一枚を剥がし、丸めてコートのポケットに仕舞った。




 二人連れの狼男が、我が物顔で街を歩いている。

 仕事がうまく行ってご機嫌なのだろう。だから、突然立ち塞がるように現れた女に対しても、全く動じる様子はなかった。


「なんだテメエ?」


 女は質問には答えず、懐から紙を取り出して指をさす。


「これ、お前だな」


 狼男たちは顔を見合わせる――そこに描かれていた人相書きは、間違いなく片方の男のものだ。

 手配書――5000(みょう)の賞金首であると。


「へっそれがどうしたってん……は?」


 狼男が間の抜けた声を挙げたのは。

 女が素早く、左腰に差していた銃を抜いたからだ。

 携行するには大き目な、ショーティーモデルの黒い散弾銃。

 

 間髪入れず、銃口が火を噴く。

 直撃を受けた賞金首は、血を巻き散らしながら斃れた。


「おい――く」


 賞金首の連れ合いが、ホルスターの拳銃に手を伸ばして固まる。

 女が瞬く間にフォアエンドを動かし、ポンプアクションによって次弾の装填と排莢を行ったせいだ。

 

 女はじろりと狼男を睨む。

 男は死体と女を交互に見て、慌てて逃げ出した。


「よし」


 散弾銃を左腰に戻し、賞金首の死体を検める。

 散弾で撃ち抜かれると、人体は悲惨なオブジェクトに様変わりする。

 

 しかして狼男はその身体をしっかりと保っていた。

 直撃を受けた胴体には銃創がいくつか見られるが、臓器が零れ落ちている様子はない。

 

 代わりに、白い光が滲み出ようとしていた。それを小瓶でするりとすくう。

 ほくそ笑んだ女は、本来の目的地へと急いだ。


「そいつ、捨てといてくれよ」


 人外の通行人に呼びかけながら。




「何かわかったか?」


 入店と同時に女が投げた問いに、眼鏡を掛けた老齢の犬人はうんざりしたようにため息を吐いた。


「そこはまず挨拶じゃないのかね」

「挨拶はコレだ」


 カウンターへ瓶を置く。

 白い犬の顔をした店主が、興味深そうに中身を覗いた。


「賞金首だな。獣さらいか?」

「来るついでにぶっ殺しておいた。で、情報は」

「何の?」

「……言う必要あるのか?」


 苛立つ女に店主は瓶の底を覗きながら、


「例の奴なら情報はない」

「ちっ、使えねえな」

「ベテランでも影も形も掴めない奴だ。なかなか見つからんだろうよ。餌でもあれば別だが」

「釣りに興味はねえな。ん」

「現金な奴め」


 女が差し出した手のひらの上に、店主が白い紙幣を置く。

 その量を見て、声を荒げた。


「2500しかないじゃねえか! 5000命だろ!」

「情報代を差し引いておいた」

「なんだって? 見つけてないねえだろ」

「見つからなくても探してはいるぞ。見つかるまでタダ働きしろ、なんて無茶苦茶言う気か? それならもう探さんぞ。お前さんみたいなはねっかえりを、受け入れてくれる情報屋を探すんだな。いるかは知らないが」

「クソじじいが」


 悪態を吐くが、店主は目を細めるだけだ。


「ソウルバレットを使い過ぎるな。いくら金があっても足りないぞ」

「うるせーよ」


 助言を聞き流し、むしゃくしゃしながら情報屋を後にする。

 こういう時のストレス解消法は決まっていた。吸い込まれるように酒場の戸を開ける。

 カウンター席に座り、懐に差していた散弾銃を取り出す。

 

 ショーティー仕様の、最もポピュラーなポンプアクション式。

 しかし、現存するどの銃器とも照合できないオリジナルの銃。


「いつもの」


 ぶっきらぼうに言うと、店主の男はジョッキにビールを注いだ。

 それを一口飲んで、ご満悦。と、再び戸が開く。今度は勢いよく。

 

 泥で汚れた、狼の顔をした男が入ってきた。

 ついさっき、見た顔だ。


「ノラ・キャット!」

「呼んだか?」


 ノラ・キャットという名前に反応した女は、不敵な笑みを浮かべている。対して狼男の顔は憤怒のそれだ。怒り心頭のまま、手に持ったリボルバーを向けてくる。

 一丁前に敵討ちに来たらしい。名前まで調べてくるとは見上げたものだ。

 

 しかし、情報不足は否めない。もっと知るべきだった。

 ノラ・キャットという賞金稼ぎのことを。


「くたばりやがれ!」


 撃鉄が起こされる。

 ノラはその様子を観察する。まず目についたのは銃だ。

 

 六連発式のリボルバー。使っている弾薬は一般的な拳銃よりは強力で、つまるところ反動も大きい。すなわち、制御が難しい。

 

 次に注目したのはその腕だ。筋肉質だが、ぷるぷると震えている。怒りのためか、ビビっているのか。いずれにせよ、手の震えは止まりそうにない。

 

 最後に、環境を意識する。ここは酒場。閉所で、無風。敵の仲間らしき姿もなく、客も、ウエイターも、店主も、状況に対応できず固まっている。

 

 ノラは反応しない。

 銃声が轟く。六発。

 赤い液体が零れ落ちる。

 

 穴が開いていた。

 ノラ――が座るカウンターの先、棚に飾ってある酒瓶に。


「外したな?」


 リボルバーの引き金を、狼男はかちかち鳴らしている。

 その間にノラはカウンターのショットガンに手を伸ばし、安全装置を外してフォアエンドを引いた。

 

 撃発。

 銃口から飛び出た細かな散弾が、狼男の身体をずたずたにする。

 悲鳴を上げて倒れた狼男は、苦痛に呻いている。

 

 もう一度コッキングをして、ショットシェルを排出。

 薬室にシェルを叩き入れ、右手にジョッキ、左手に銃把を握った。


「くそったれ……」

「あの世でもまた、殺してやるよ」


 飛び散る血潮。ノラはご機嫌に酒を煽った。


 



 そこは、中途半端な場所だった。

 現世(うつしよ)ほど温かくはなく、幽世(かくりよ)ほど冷たくもない。

 

 死者と生者が入り混じり、魑魅魍魎が跋扈する。

 あらゆる怪異や化け物が、我が物顔で道を行く。

 人には危うく、怪物には極楽。

 

 呼び名はそれぞれ、様々に。

 狭間世、逢魔が時、トワイライトワールド……。

 この世とあの世の間だからと、その世と呼ばれることもある。

 

 そんな曖昧で危険な世界に、また一人。

 少女が惹かれて、迷い込んだ。

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