さすらう賞金稼ぎ
人通りの多い街を、一人の女がさすらっている。
その女は、人々から見れば異質に見えた。
年は若く、灰色の肌。
ショートの黒髪を覆うような灰の中折れハットに、同色のダスターコートを羽織っている。
荒れ地を開拓して作られた木造の街において、やはり女は浮いていた。
なんてったって人らしい。
擦れ違った男は犬の顔をしているのに。
家の前で談笑する女は鬼であるというのに、女の顔立ちは人間そのものだ。
しかして、彼女もまた普通の人ではない。
そう強調するかのように、帽子には不自然な膨らみが二つついており、またお尻の上辺りからは灰のしっぽが垂れていた。
ゆえに浮いてはいれど、拒絶されはしない。
堂々と歩く女は、掲示板の前で立ち止まる。
何枚か貼られているポスターを見比べて、
「こいつでいいか」
その一枚を剥がし、丸めてコートのポケットに仕舞った。
二人連れの狼男が、我が物顔で街を歩いている。
仕事がうまく行ってご機嫌なのだろう。だから、突然立ち塞がるように現れた女に対しても、全く動じる様子はなかった。
「なんだテメエ?」
女は質問には答えず、懐から紙を取り出して指をさす。
「これ、お前だな」
狼男たちは顔を見合わせる――そこに描かれていた人相書きは、間違いなく片方の男のものだ。
手配書――5000命の賞金首であると。
「へっそれがどうしたってん……は?」
狼男が間の抜けた声を挙げたのは。
女が素早く、左腰に差していた銃を抜いたからだ。
携行するには大き目な、ショーティーモデルの黒い散弾銃。
間髪入れず、銃口が火を噴く。
直撃を受けた賞金首は、血を巻き散らしながら斃れた。
「おい――く」
賞金首の連れ合いが、ホルスターの拳銃に手を伸ばして固まる。
女が瞬く間にフォアエンドを動かし、ポンプアクションによって次弾の装填と排莢を行ったせいだ。
女はじろりと狼男を睨む。
男は死体と女を交互に見て、慌てて逃げ出した。
「よし」
散弾銃を左腰に戻し、賞金首の死体を検める。
散弾で撃ち抜かれると、人体は悲惨なオブジェクトに様変わりする。
しかして狼男はその身体をしっかりと保っていた。
直撃を受けた胴体には銃創がいくつか見られるが、臓器が零れ落ちている様子はない。
代わりに、白い光が滲み出ようとしていた。それを小瓶でするりとすくう。
ほくそ笑んだ女は、本来の目的地へと急いだ。
「そいつ、捨てといてくれよ」
人外の通行人に呼びかけながら。
「何かわかったか?」
入店と同時に女が投げた問いに、眼鏡を掛けた老齢の犬人はうんざりしたようにため息を吐いた。
「そこはまず挨拶じゃないのかね」
「挨拶はコレだ」
カウンターへ瓶を置く。
白い犬の顔をした店主が、興味深そうに中身を覗いた。
「賞金首だな。獣さらいか?」
「来るついでにぶっ殺しておいた。で、情報は」
「何の?」
「……言う必要あるのか?」
苛立つ女に店主は瓶の底を覗きながら、
「例の奴なら情報はない」
「ちっ、使えねえな」
「ベテランでも影も形も掴めない奴だ。なかなか見つからんだろうよ。餌でもあれば別だが」
「釣りに興味はねえな。ん」
「現金な奴め」
女が差し出した手のひらの上に、店主が白い紙幣を置く。
その量を見て、声を荒げた。
「2500しかないじゃねえか! 5000命だろ!」
「情報代を差し引いておいた」
「なんだって? 見つけてないねえだろ」
「見つからなくても探してはいるぞ。見つかるまでタダ働きしろ、なんて無茶苦茶言う気か? それならもう探さんぞ。お前さんみたいなはねっかえりを、受け入れてくれる情報屋を探すんだな。いるかは知らないが」
「クソじじいが」
悪態を吐くが、店主は目を細めるだけだ。
「ソウルバレットを使い過ぎるな。いくら金があっても足りないぞ」
「うるせーよ」
助言を聞き流し、むしゃくしゃしながら情報屋を後にする。
こういう時のストレス解消法は決まっていた。吸い込まれるように酒場の戸を開ける。
カウンター席に座り、懐に差していた散弾銃を取り出す。
ショーティー仕様の、最もポピュラーなポンプアクション式。
しかし、現存するどの銃器とも照合できないオリジナルの銃。
「いつもの」
ぶっきらぼうに言うと、店主の男はジョッキにビールを注いだ。
それを一口飲んで、ご満悦。と、再び戸が開く。今度は勢いよく。
泥で汚れた、狼の顔をした男が入ってきた。
ついさっき、見た顔だ。
「ノラ・キャット!」
「呼んだか?」
ノラ・キャットという名前に反応した女は、不敵な笑みを浮かべている。対して狼男の顔は憤怒のそれだ。怒り心頭のまま、手に持ったリボルバーを向けてくる。
一丁前に敵討ちに来たらしい。名前まで調べてくるとは見上げたものだ。
しかし、情報不足は否めない。もっと知るべきだった。
ノラ・キャットという賞金稼ぎのことを。
「くたばりやがれ!」
撃鉄が起こされる。
ノラはその様子を観察する。まず目についたのは銃だ。
六連発式のリボルバー。使っている弾薬は一般的な拳銃よりは強力で、つまるところ反動も大きい。すなわち、制御が難しい。
次に注目したのはその腕だ。筋肉質だが、ぷるぷると震えている。怒りのためか、ビビっているのか。いずれにせよ、手の震えは止まりそうにない。
最後に、環境を意識する。ここは酒場。閉所で、無風。敵の仲間らしき姿もなく、客も、ウエイターも、店主も、状況に対応できず固まっている。
ノラは反応しない。
銃声が轟く。六発。
赤い液体が零れ落ちる。
穴が開いていた。
ノラ――が座るカウンターの先、棚に飾ってある酒瓶に。
「外したな?」
リボルバーの引き金を、狼男はかちかち鳴らしている。
その間にノラはカウンターのショットガンに手を伸ばし、安全装置を外してフォアエンドを引いた。
撃発。
銃口から飛び出た細かな散弾が、狼男の身体をずたずたにする。
悲鳴を上げて倒れた狼男は、苦痛に呻いている。
もう一度コッキングをして、ショットシェルを排出。
薬室にシェルを叩き入れ、右手にジョッキ、左手に銃把を握った。
「くそったれ……」
「あの世でもまた、殺してやるよ」
飛び散る血潮。ノラはご機嫌に酒を煽った。
そこは、中途半端な場所だった。
現世ほど温かくはなく、幽世ほど冷たくもない。
死者と生者が入り混じり、魑魅魍魎が跋扈する。
あらゆる怪異や化け物が、我が物顔で道を行く。
人には危うく、怪物には極楽。
呼び名はそれぞれ、様々に。
狭間世、逢魔が時、トワイライトワールド……。
この世とあの世の間だからと、その世と呼ばれることもある。
そんな曖昧で危険な世界に、また一人。
少女が惹かれて、迷い込んだ。




