女友達と付き合う(振りをする)ことになった
「ねえ隼人。私たち付き合っているらしいわよ」
「えっ何急に。そうなの?」
下校中、隣を自転車で併走するクラスメイト、速水真希からそんな話を振られた。
おかしいな。
僕は告白をしていないしされた記憶も無い。
「今日友達から『真希と佐久間君っていつから付き合ってるの?』って聞かれたんだけど」
「うん」
「付き合ってないって答えたら『またまた嘘でしょー』って言って聞かなくて」
「あーそういえば僕も前に似たようなこと言われたかも」
「誰から?」
「友達とか後輩達」
僕は運動部に所属しているんだけど、真希はそこでマネージャーをしている。数日前の部活動で休憩中に聞かれたんだった。
もちろん付き合ってないって答えたけど、聞き入れてくれなかったな。終には同級のチームメイトが『こいつに聞いてもはぐらかされるから無駄だぞ』と後輩達に語る始末。
その後の練習が厳しくて忘れていた。
もう部活内では僕と真希が交際しているというのが常識になっているようだ。
違うけどね?
「もう周りには何を言っても無駄そうね」
「そもそも何で恋人に間違われたんだろ?」
「友達がいうにはね、登下校一緒にしているのをよく見るそうよ」
「そっか、なら仕方が無いかー。カップルで揃って登下校は定番だもんね。僕も憧れるよ、彼女と楽しく登下校なんて。他には?」
「別の友達がいうにはね、いつも楽しそうに会話しているんだって」
「別にそれは関係ないような気がするなー。普段部活のこと以外だったらどうでも良いことばっかり話しているし友達との会話と大差ないよね。他には無いの?」
「さらに別の友達がいうにはね、休日にイ○ンで買い物しているのを見たんだって」
「なら仕方ないね。休日にショッピングデートなんて定番中の定番だよ。彼女と服を買いに行って試着室から出た姿を見て『可愛いよ』なんて言ってみたいなー。……なんかミルク○ーイみたいになってきたな」
「通りで少し寒いのね。ダメよ隼人、お笑いの才能が無いのにボケるのは。あれは面白い人がやるからこそなの」
「最初の振りをしたのは真希だからね? それにまだ10月だよ」
来週から11月に入るけど。
それにしても登下校と休日デートか。
周りからそう見られているみたいだけど、僕らにその意識は全く無い。
というか登下校にしたって帰りは同じ部活で帰る方向も同じだから。登校はたまたま鉢合わせるだけだけどさ。
休日イオ○に行ったのだって友達の誕プレを一緒に買いに行っただけだ。
そんなこんなで僕らは付き合っているわけでは無い。あくまで友達だ。
ただまあそういう噂が嫌かどうかと問われたら回答に困るかな。
しつこく聞かれるのは勘弁だけど噂だけならいつかは無くなるだろうし。
あ、でも僕に彼女がいるっていう噂があったらいざ彼女が欲しくなったときに困るかも。
今好きな人いないけど。
僕が考え事をしている間、真希も同じように何かを考えていたようでしばしの沈黙が流れている。その沈黙を破るように、真希が口を開いた。
「ねえ隼人」
「何?」
「私といるの嫌?」
「全然。物凄く気楽にいられる」
「じゃあ私たち、付き合お?」
「うん。……え?」
さらりと告白してきたぞこの人。物のついでみたいに言うのやめてよ。
人生で初めての告白がこんな流れ作業みたいなのは嫌だ。
「ダメなの?」
「ダメっていうか……何というか、その……」
「わーんふられたー。しょっくー」
「棒読みすぎない!?」
「どうして今日1番のリアクションが今なのよ」
だって、ねえ? 告白があまりにも自然すぎたし。
驚く前に疑問が勝っちゃったから。
「それでどう? 私と付き合うのは。付き合うといってもあくまで振りだけどね」
「付き合う振り?」
思わずそう聞き返してしまう。あんなにさらっと告白してきたから驚いたけど、やっぱり本気の告白では無いみたいだ。
「そうよ。周りから付き合ってる付き合ってないって言われるのはちょっと面倒だからさ。いっそのこと付き合っていることにした方が楽かなって」
「偽物の恋人なんてもう時代終わりじゃない?」
「いつの時代にそんな風習があったのよ」
二次元の中では結構メジャーです。最初は双方仕方なくだったけどいつしかそれが本当の恋心に変わるんだよね。
さすがにまだ時代遅れではないか。最近もそれをテーマにした物語あったし。
「ともかく! 私もだけど隼人も『恋人欲しい』って言ってるでしょう?」
「うん」
「でも好きな人はいないでしょ」
「それは、まあそうだけど」
「じゃあ私と付き合ってる振りをして、彼女が出来たらやりたかったこと、もしくはやりたいことを練習すれば良いのよ」
「それは良いかもね」
「それに」
真希は1度言葉を区切ってこちらを見る。彼女の大きな瞳が細まり、口角が上がっている。
物凄く綺麗なドヤ顔だ。
脇見運転は危ないよ。
そう注意する間もなくビシッと言われた。
「振りとはいえこんなに可愛い子と付き合えるのは嬉しいでしょ?」
…………なんと返事をしようか。真希が可愛いのは全面的に同意するけど。クラスの中では充分上位に入ると思う。
真希はスラリとしているし、彼女の明るい性格に黒髪のボブカットはよく似合っている。顔立ちも整っているし肌も綺麗だと思う。
だけどズボラなところとか、面倒くさがりな所とかも色々知っているからなぁ。
反応に困るというか。
「なんか言いなさいよ」
「まきさんちょうかわいいっす」
果てしない棒読みだった。さっきの真希と良い勝負。
「でもまあ良いよ。やろうか、恋人の振り」
「ん、じゃあよろしくー」
「こちらこそよろしくー」
こうして僕らは晴れて恋人(の振り)となった。
「せっかく彼氏彼女になったんだから恋人っぽい事でもしましょうか」
僕等が恋人になって数分、真希がこう提案してきた。
「それは良いけど世の人たちは付き合ったら何するの? 僕はそうゆう経験皆無だから。漫画とかの偏った知識しか無いよ」
「うーん、そうね。私も彼氏いたこと無いから偉そうなこと言えないけど、まずは名前呼びとか」
「今も名前呼びだよね?」
「くっ。部活での習慣か」
部内では基本学年関係なく互いに名前で呼び合うのが暗黙のルールになっている。強制ではないし名字で呼ぶ人もいなくは無いけど。
何せ部内、というよりも学校には『鈴木』が多い。
――――時々『田中』も入り交じるらしいけど今の代にはいない。
そのせいで名字だと誰か分からないから名前呼びが定着した。
「名前呼びは良いとして他に何かあるかな」
「一緒に登下校、はもうしてるわね」
「してるねー。まあ登校は一緒じゃない時もあるから待ち合わせとかして行くのはどう?」
「良いわねそれ。よし! じゃあ明日からやるわよ」
「うん。他に何かする?」
「うーん。……じゃあ、デートでもしましょうか」
「良いねー。何処行こうか」
「……イ○ン?」
「最近、行ったね。けどこの近くじゃ他に無いかー。まあそれはまた今度考えるとしようか」
やっぱり僕らは端から見たら付き合っているように見えるのかもしれない。
「あとはそうね。周りに付き合っていると公言するのはどうかしら」
「良いんじゃない? むしろ言えばこれ以上僕らの関係について聞かれることも無くなるよ」
「じゃあそうしましょうか」
こうして明日から登下校とデートをすることになったけど、何だかこれまでと大差ない気がする。
翌朝、待ち合わせ場所である真希の家に行くと彼女はもうすでに自転車に跨がっていた。
「おはよう。もう外出てたんだ」
「来てもらっているんだから待たせるわけにはいかないでしょ」
「真面目だなぁ。通り道だから気にしなくても良いのに」
「良いの。ほら、行くわよ」
真希に続いて僕も自転車を漕ぎ出す。
「そういえば今日は髪結んでいるんだね」
普段は髪を下ろしている真希が、今日はハーフアップで髪をまとめている。
いつもは面倒だとか言って下ろした姿しか見ない。結ぶとしてもポニーテールで、夏場の部活以外ではほぼ見ないから少し新鮮だ。
「あら、気が付いたの? 一応付き合っているんだし気分転換も兼ねてやってみたの」
「そっか。似合っているよ」
「……ありがと」
そっぽを向いて呟くように言う彼女の顔は、心なしか赤くなっているような気がした。
「もしかして照れてる?」
「っ!? うるさい! 照れてなんかないわ。驚いただけだから」
「う、うん。分かったから落ち着いてって」
よく分からないけど怒らせてしまった。後でジュースでも奢ろう。
そんなことを思いながら道を進んでいく。
登校を共にする、というけど特に特別なことは無く他愛も無い会話をしながら自転車を漕いでいたら学校に到着した。
いつものように駐輪場へと向かい自転車を駐める。
「どうしよう、普段と何も変わらないよ」
「確かにそうね。別にそれで困るわけでも無いし気にしなくても良いと思うけど。……だったら、こうしましょう」
彼女が言うと同時、ぎゅっと柔らかい感触が左手にやってきた。手先を見ると、真希の右手が僕の手を握っている。
女の子と手を繋ぐなんて、生まれて初めてかもしれない。
「柔らかい……。真希の手ってこんなに小さくて柔らかかったんだ」
「ふふ、そうでしょう? 隼人君は女の子と手を繋いだこと無いから知らなかったのね」
「それ真希もブーメランだよね? 無いでしょ、男と手を繋いだこと」
僕の言葉に真希はムッとした表情を見せる。図星かな。
「あ、あるもん。昔、お父さんと」
「そっかー。僕が初めてかーって痛ぁ!?」
煽りすぎたのか、真希から肘打ちを受ける。僕の脇腹にダイレクトアタックだ。
手を繋ぎながら肘打ちなんて無駄に器用な。
「お互いに初めて。それで終わり!」
「……はい」
脇腹をさすりつつ、駐輪場から2人並んで教室まで歩いて行く。昇降口で靴を脱いだ時以外ずっと手を繋いでいるからか、周りからの視線が集まっているように感じる。
外ではともかく、校舎内でも繋いでいるのは僕等ぐらいのようだ。
そして、事は教室に入って起きた。
僕等が手を繋いでいることに気が付いたクラスメイト達が、揃って驚きの声を上げた。
皆、朝から元気だな。
まさかここまで騒がれるとは思わなかった。隣の真希も困惑しているようだ。
「え? なんで2人は手を繋いで? 急な心変わりでもしたの!?」
近くにいた友人が驚きと困惑と疑問を混ぜたような顔で聞いてきた。
「あー、僕等は付き合っているからさ。恋人同士で手を繋ぐのは普通じゃない?」
「お前等が付き合ってるのは知ってるよ!? 今まで否定しまくっていたのにどうして今になって堂々とイチャついているのかって聞いてんだよ!」
相も変わらず僕等は付き合っているという前提で話が進んでいる。さりげなく付き合っていると公言してみたけど、効果はいまひとつかな。
どうして今まで言わなかったんだ、とか聞かれても困る。だって付き合っていなかったんだから。
理由とか考えてないよ。
「否定し続けても意味が無いからもうやめようって2人で決めたからよ」
その時、困惑していたはずの真希がクラスメイトに毅然と言い放った。
なんだか真希が頼もしく見える。
皆の視線が僕等に集まる中、真希は言葉を続ける。
「根掘り葉掘り聞かれるのが嫌だったから隠してたの。でももう今更になっちゃったから隠すのをやめました。以上! もうこの話終わり」
言い切った真希は自分の机へと向かう。手を繋いでいる僕も引っ張られるように後に続く。ちなみに僕等の席は隣同士だ。
その後しばらくは僕等の話題で教室内が賑わっていた。
何人も僕等の所に来ていつから付き合っているのだとか、どっちから告白したのかとかを聞いてくる。
それら全て真希が答えているんだけど、僕には一切記憶が無い出来事だ。
全部真希が考えた嘘話だけど、よくそんなにすらすらと言えるなと僕は隣で感心していた。
昼休みになり、ご飯を食べようと友人達の所へ行ったら追い返された。
『もう堂々とイチャつけんだから彼女と食べて来いよ』というありがたいお言葉と共に。そして物凄く生温かい目で見られた。
それは真希も同じだったらしく、諦めて僕等は自分の席で食べることになった。机を向かい合わせにし、適当に談笑しながらお弁当を食べ進める。
「なんだか私たち見世物みたいになってない?」
「気のせいだよ。少し視線を感じるだけで」
僕等の席が教室内でも比較的中央に位置することもあってクラスメイトに囲まれているような錯覚を得る。
「見ても面白い物なんて無いのに」
「それぐらい今までが疑問に思われていたんだろうねぇ」
「付き合っているのが当然、なんて言われても困るんだけどなぁ」
「やっぱり僕とそういう関係だって思われるのは嫌だった?」
「そんなこと無いわ。それは良いの。あること無いこと言われるのが嫌なだけ」
「そっか」
昼休み、そして午後からも朝以上に絡まれることは無くなり次第に落ち着いていくかと思われた。
だけど部活のチームメイトにも僕等が付き合っているという話が届き、そこでまた一悶着あったのは別の話。
「疲れたわ」
「僕も疲れた」
帰り道、僕たちはぐったりしながら今日1日を振り返っていた。
「『付き合っていること』よりも『それを周りに話したこと』の方が驚かれるなんて。どのみち騒がれたのね」
「かもね。でももうこれからは少しずつ落ち着いていくんじゃない?」
「そうだと良いけど」
穏やかに過ごすことが出来れば僕は良いかな? あそこまで注目され続けるのは心臓に悪いから。
「話は変わるんだけどさ。隼人今週の土日予定ある?」
「部活以外は無いよ」
「なら水族館に行きましょう」
「お、もしかしてデート?」
「そうよ。友達から割引チケット貰ったからどうかなって。少し遠いけど」
「いいよ、行こうか」
水族館なんて何年振りだろう。滅多に行く事なんて無いから楽しみだ。
「じゃあ日曜駅に9時半集合でどう?」
「おっけー」
「あ、一応デートだから。『デート』だからね?」
2回言われた。何だろう?
――――デート。遊ぶ、ご飯、楽しい、おしゃれ……。 あ、きちんとした服を着て来いって事か。
さすがの僕でもジャージでは行かないからね?
そして日曜日、時刻は9時20分。集合場所である最寄り駅に着くとそこにはもうすでに真希が待っていた。
毎朝の登校でもそうだけど、こういう時間にきっちりしているところは真希の良いところだなとふと思う。
「おはよう真希。待った?」
「全然、さっき来たところよ。あ、このやりとりデートっぽいわね」
「デートだからね。それじゃあ行こうか」
電車が来るまでまだ少し時間はあるけど先にホームに向かうことにする。その道中、今日の真希を見たときから思っていたことを口にした。
「あ、それと今日の格好似合ってるよ。真希もそんな服持ってるんだね」
今日は日曜日で学校も部活もないから当然私服を着ているんだけど、普段は服とかにこだわりなんて無さそうな真希がすごく可愛い服を着ている。
髪も結ってはいないけど綺麗に整えているみたいで、外側にカールを描いている。
「うるさい。一言余計よ。……でもありがと」
またしても視線を逸らされてしまう。
最近容姿を褒めると真希はそっぽを向いてしまうことが多いように感じる。照れているのか分からないけどその仕草は可愛く思えるな。
仮とは言え恋人になって真希の新しい一面を見れたのは良いことかも。
「隼人の格好も、まあ及第点ね」
改札を過ぎた辺りで、立ち直ったのか僕の出で立ちをそう評価される。黒のパンツに白のニットシャツ、それからチャコールのカーディガン。
うん、いつもより断然おしゃれだと僕は思うよ。
「結構悩んで選びました」
「今までジーパンにTシャツしか着た姿を見たことないんだけど? カーディガンなんて持っていたのね」
「うっ。それはほら、ほとんどが夏だったしバーベキューとか外で遊んだ時だったから着なかったと言いますか」
「この前イ○ンに行ったときは?」
「……すみません調子乗りました。これは昨日買ってきたやつです」
これまでおしゃれに気を使った事なんて無いからそもそも服の種類が少なかった。せっかく良い機会だからと、このカーディガンに加えていくつかの秋服を親が買ってくれたんだよね。
「そう……。わざわざ買ってきたの」
「僕もおしゃれはしてみたかったしね」
「だったら今度一緒に冬服買いに行く? 少し早いけど私も新しいの欲しいしさ」
「いいね、行こうか。またデートの予定が出来たね」
「私が完璧なコーディネートをしてあげるわ。これで隼人もおしゃれ男子に昇格よ」
「素直に喜んでも良いのかなぁ」
「喜びなさいよ」
真希のコーデとか未知数過ぎて怖いな。普段髪をアレンジするのすら面倒だと言って夏場のポニーテール以外は下ろしているのに。そんな彼女が服を吟味することは出来るのだろうか。
正直今の服装を自分で選んだのかも怪しく見える。似合っているから良いけど。
「何か失礼なこと考えてない?」
「気のせいじゃないかな。真希は今の服を選べるぐらいにはファッションセンスあるもんね?」
「そ、そうね。任せて頂戴」
そうこうしている内に時間は過ぎ、電車がやって来た。
電車内でも会話が特に途切れることも無く気が付けば水族館の最寄り駅に到着した。もうすでに建物が見えており、歩いて5分位で着きそうだ。大きな駐車場が正面にあり、それを回り込むように進んでいく。
「意外と早かったわね」
「電車って偉大だなー」
「いつの時代の人間よ」
「平成?」
「生れだけでしょうが。世間はもう令和よ」
軽口を叩き合いながら水族館へと歩いて行く。日曜日と言うこともあって僕等の他にも多くの人が水族館へ向かっているのが分かる。
家族連れや友人同士、僕たちみたいに恋人で来ている人もいるようだ。
「そう言えば貰ったチケットってどれ位割引されるんだっけ」
「カップル割で40%オフよ。3000円かかるのが1800円になるのね。お得だわ」
「カップル割?」
「あれ、言ってなかったかしら?」
「聞いてないな。これはもしかすると『カップルを証明するためにキスお願いしまーす』とか言われるやつでは!?」
「今時さすがにそれは無いと思うわよ」
「ではお2人が恋人である証としてキスをして頂いてもよろしいでしょうか」
「ほんとに言われた!?」
真希の驚いた声が周りに響く。びっくりしすぎだよ。
受付で割引チケットを見せたらこう言われた。
まさか本当にカップル証明でキスが必要だとは僕も思わなかったよ。
だけどどうしよう。
僕たちはあくまで仮の恋人で本当は友達でしか無い。
そんな偽りの関係でキスなんて出来ないよ。ここは諦めて通常料金で入場するしか無いと思う。チケットは勿体ないけど仕方が無い。
「真希。今回は諦めて通常料金で……んっ!?」
唇に柔らかな感触。そして目の前にはいたずらな笑みを浮かべた真希の顔が。
僕は真希にキスされたのだと遅れて気が付いた。
柔らかな感触も一瞬だけで、すぐに離れてしまう。
後に残ったのは、彼女の髪の甘い匂いだけ。そう言えば今日の真希からは普段よりも良い匂いがするな、とぼんやり思った。
ただ今は何よりも混乱が勝っていた。
「えっ!? ちょっと、真希さん?」
「どう? ファーストキスの感想は」
「めちゃくちゃ柔らかかったです! ってそうじゃなくて!」
「カップル証明に必要だったんだから、しょうがないじゃない!」
真希はいたずらに笑いながら、だけど顔を真っ赤にして告げた。
真希も恥ずかしかったのは一目瞭然だけど、何も口同士でする必要は無かったと思うんだよ。
こういうのは頬とかでも良いのが相場でしょ!?
それに僕は……
「初めてのキスはもっとロマンチックにしたかったんだよ!」
「ロマンチックなキスならこれから何回でもしてあげるわよ」
「え、何回でもって……真希が?」
言われて気が付いたのか、ただでさえ赤くなっていた真希の顔がさらに朱に染まっていく。
「い、今の無し。忘れて」
「ええぇ」
「あのぉお客様? 後にも他のお客様がいらっしゃるのでコントを中断して頂いてもよろしいですか」
「「すみません」」
僕等のやりとりに痺れを切らしたのか、受付のお姉さんに諭されてしまう。
それにしてもこのお姉さん、物凄くニコニコしているな。でも、なんか、目が笑っていないというか。
『早くしろ』と言外に圧を掛けられている気がする。
その圧を真希も感じたのか、2人してそそくさと入館料を支払って先へと進んだ。
館内は照明を弱めているのか仄暗く、水槽の光と合わさって幻想的な空間が広がっていた。
順路に従って館内を進んでいるけれど、あまり魚たちには意識を向けられていない。
理由は明白で、隣で手を繋いで歩く真希の事を意識してしまっているからだ。
今でもさっきの感触が残っているようで、まともに真希の顔を見られそうに無い。
それは真希も同じようで、しばらく沈黙が続いていた。
まさか突発的にキスされるとは思ってもみなかったけど、嫌では無かったかな。
いつかもっとロマンチックに出来たら良いなと頭に浮かんだけど、そのシーンは頭から追い払う。
だって、僕等はあくまで付き合っている振りで、友達だ。これからするのは、本当の恋人とが良いと僕は思う。
真希はどう思っているんだろう。キスされるぐらいだから好意的に見てはくれているんだろうけど。
「ねえ真希。もしかして僕のこと好きなの?」
気が付いたら声に出していた。
「好きよ。……友達としてだけど」
そっぽを向いたまま、少しぶっきらぼうに答えられた。
そっか、とだけ呟き、また沈黙が始まった。
だけど今度は真希が握っていた手を離し、恋人繋ぎに変えてきた。
「もう悩むのはやめましょう。してしまったものはしょうがないわ。せっかく来たんだから楽しまないと損よ。だから隼人も切り替えていくわよ」
「う、うん。分かった」
真希がそう言ってくれたおかげで、それからは結構楽しめた気がする。
楽しいと感じてからは時間が経つのがあっという間で、もうすでにお昼を回ってしまった。
「そろそろ昼ご飯にする?」
「そうね。私もお腹空いたわ。あっちにレストランがあったからそこで良い?」
「良いよ」
館内に併設されているレストランは、お昼過ぎということもあってそれなりにしかお客さんはいないようだ。
待つことも無くテーブル席へと案内された。
僕が席に座ると、何故か真希が隣に座ってきた。
「普通向かいに座るものじゃない?」
「こっちのが恋人っぽいかなーって」
「まあ、確かに。そういうことなら」
「よろしい。ほら、メニュー見せて」
メニュー表を開いて2人で覗き見る。隣に座っているからか、真希がいつもより近くに感じて意識してしまいそうになるけど、ぐっと我慢する。
「隼人何にするか決めた?」
「えっ。……あー、ちょっと待って」
「私の顔に何か付いてた?」
「いいや何にも」
真希の方を見てたのがばれたかな。我慢していても気になるものは仕方が無いんだよ。
「そう? 私はこれにするわ」
そう言って彼女が指さしたのはサバの味噌煮込み定食だった。
「真希にしては珍しく思いっきり魚料理だね」
「そうよ。見ていたら食べたくなっちゃったから」
「そんな目で見てたの⁉」
「しょうがないじゃない、アジとかサンマとかがあんなに大きな水槽で泳いでいるんだもの。それにテレビで紹介してたからって隣県までハンバーグ食べに行った隼人には言われたくはないわ」
「それこそ仕方ないって。美味しそうだったんだから。さわ〇か美味しかったでしょ?」
「うん、美味しかった。1時間半も待ったが甲斐あったわ」
以前2人で行ったハンバーグの味を思い出す。げんこつのような大きさのハンバーグは食べ応えがあって旨味に溢れていた。
また食べに行きたいな。
「思い出したら食べたくなってきた。僕はハンバーグにするよ」
「やっぱり人のこと言えないじゃない」
「うっ……まあいいや。取り敢えず注文しようか」
店員さんを呼んで注文を済まし、10分ぐらいしたら料理が運ばれてきた。
「「いただきます」」
手を合わせて早速食べ始める。流石にあのハンバーグ程ではないけど十分に美味しかった。
隣に座る真希も美味しそうにサバを食べている。
真希は僕が見ていることに気が付いたのか、顔を上げると一瞬何かを考えて閃いた様子。
そして味噌煮を一口分箸で切り分けてこちらへと差し出してきた。
所謂恋人間で行われるというあーんというやつだ。
「はいどうぞ。食べたかったんでしょ?」
「それって間接……」
「い、いいから早く食べてよ! 私だって恥ずかしいんだからね」
よく見ると真希の顔はほんのり赤くなっている。多分僕の顔も同じだ。
恥ずかしいならやらなければ良いのに、なんて思ったりもしたけれど、せっかく真希がしてくれたんだから食べないと失礼だよね。
差し出された箸先をパクッと一口で口に入れる。
柔らかく煮込まれたサバはとても美味しかった。
「そんなに恥ずかしがらないでよ。さっきは口にしたんだから今更でしょ?」
真希に言われるけど、顔を赤くされながらだと説得力無いよ。
「さっきのはいきなりだったし一瞬だったよね!? あとそれとこれとは別で恥ずかしいものは恥ずかしいよ」
「今までだって飲み物とかお互いのを飲みあっていたじゃない」
「それはまあ、飲み物だし? 付き合う前だったのもあるし」
「昔隼人が『真希とは間接とかいちいち気にしなくて良い』みたいなこと言っていた気がするんだけど?」
「き、気のせいじゃないかなー」
ふーん、とジト目で見られる。
確かに去年とか、それこそ恋人の振りをする前は間接キスなんて気にしていなかった。
やっぱりこの関係になってからというもの、何かと真希を意識することが多くなった気がする。
何だか僕だけがこんなにも悩むのは悔しいな。仕返しでもしてみようかな。
僕は先程真希も照れていたのを忘れて、同じ事をしてみた。
「僕だけ貰うのも悪いからさ、ほらお返し。ハンバーグも美味しいよ」
「え、ちょっと私は別に……」
「遠慮しなくて良いからさ」
「う~~。もう、分かったわよ!」
真希は意を決したのか、勢い良く奪い取るように食べていった。
ツーンとしながらそっぽを向いて咀嚼している。その横顔は僕にサバを食べさせようとした時よりも赤くなっているような気がした。
それからやってみて気が付いたけど、食べさせる方も恥ずかしい。
世のカップル達はこれを平然とするんだから凄いなと僕は感心していた。
「どう? あーんてやられるの恥ずかしいでしょ」
「全くもう何の対抗心よ」
「いやあそれほどでも」
「褒めてないわよ」
それからは食べさせ合うこともなく、この後何処を見て回るだとかさっき見た魚はどうだっただのと雑談をしながらご飯を食べ進めた。
「それじゃあ行こうか」
「ええ」
ご飯を食べ終わり再び館内を見て回る。
これからは午前中に見て回れなかったところやもう一度見たいところなどを見る予定だ。
「ん」
「真希?」
僕が真希の方を見ると、彼女は右手をこちらへと差し出していた。
これは、あれか。
僕の方から握れって事かな。
「わかったよ」
手を繋ぐことはもうすっかりお決まりになりつつあるみたいだ。
真希の手に添えるようにそっと握ると、不満だったのか指を絡めてきた。
またしても恋人繋ぎだ。
さっきはキスの件でゴタゴタしていてあまり気が回らなかったけど、この繋ぎは何というか、安心感がちがうな。
ただ手を握るよりも密着度が高くて、真希の体温をより一層感じる。
真希も上機嫌なようで、分かりにくいけど少し大きく腕を振っていた。
「楽しそうで何よりだよ」
「む。もしかして隼人、私のこと馬鹿にしてる? 手を繋いだだけではしゃぐ女だって」
「そんなこと無いよ。でも可愛いなとは思う」
「やっぱり馬鹿にしてるでしょ!?」
ぎゃあぎゃあと言い合いながら、先を進む。
この時間は僕にとって何よりも楽しくて、友達だった時から変わらずこんな風に過ごしてきた。
偽物とは言え恋人になってからもこのやりとりは出来て内心嬉しく思っている。
付き合う振りだとしても友達なのは変わらないって最初は思ったけど、案外早く心変わりしそう。
この偽りの関係になってからまだ数日しか経っていないけれど、実際僕はこの関係が続けば良いなと思い始めている。
続けばいい、というよりも本当の恋人になりたいかな。
それぐらいここ最近は充実した日々を送れている。
もしかしたら最初からかもしれないけど、やっぱり僕は真希のことが好きなんだろうな。
友だちとしてだけじゃ無くて、異性としても。
「何にやにやしてるのよ」
「気にしないでよ。ただ楽しいなぁって思っただけ」
「そう。……まあ私も楽しいわよ。来て良かったわ。でもこれからもっと楽しむんだけど、そこは理解しているのかしら?」
「勿論。体験コーナーに行くんだよね」
「ええ。あとイルカショーには絶対行くから」
「分かってるよ。ずっとパンフレット見てたもんね」
「ならよろしい。まずはドクターフィッシュよ」
ここから一番近い体験コーナーに向かう。
そこは水槽の中に手を入れて良い場所らしく、中の魚が角質を食べてくれるんだとか。
無駄な角質を食べて健康に良くすることから、『ドクターフィッシュ』と呼ばれているらしい。
「ひゃあ! くすぐったい。でも結構気持ちいいわよ」
「わっ! 本当だ。パクパクつついてくる」
「何か隼人の方が多いわね。私の指は美味しくないのかしら」
「この魚は角質を食べるみたいだから真希の指は角質が少ないって事じゃ無いかな」
「へえ。つまり私の指は隼人の指よりも角質が少なくて綺麗ってことね」
「そんなどや顔でこっちを見ないでよ」
「隼人もこの子達に指を綺麗にして貰うのよ」
何だろう、よく分からないけど負けた気がする。
あの美容とかに特段気を使って無さそうな真希に。
冬に少しだけハンドクリームを塗る位しか見たこと無いのに。
まあ僕も肌の手入れとかは全然していないんだけどね。
「そんなに汚くは無いと思うんだけどなあ」
「汚かったら『そんな手で私のを握ったの』とか言ってたわよ」
「手は洗ってるよ?」
「当たり前でしょ」
「あ、見て。もう僕の指から離れていくよ。やっぱりそこそこ綺麗だったんだよ」
「良かったわねー綺麗で。私ほどじゃないけど」
「そうだねー」
ここは気のせず流すのがいい気がする。
ドクターフィッシュの体験もそこそこに、次の場所へと向かう。
次は体験では無いけれど、ペンギンの餌やりが間近で見られるというものだ。
ちょうどこの時間にやるとパンフレットに書いてあったので見てみることにした。
「ペンギンって魚丸呑みするんだ」
「僕も知らなかったよ」
イワシみたいな魚をバクバクと少しずつ飲み込んでいく様は、可愛い見た目と裏腹に野性味を感じる。
「あんな見た目をしておいてちゃんと肉食なのね」
どうやら真希も僕と同じような事を思っていたらしい。
そりゃあ初めて見たらギャップに驚くよね。
僕も今驚いてる。
というか飼育員さんは手を噛まれないのかな。
あの勢いで魚を食べていたらうっかり飼育員さんの手までいきそうだけど。
そこは慣れているのか訓練しているのか、ともあれ人の指が赤く染まる事態にはならなかった。
ペンギンコーナーをしばらく見て、そろそろイルカショーの時間になりそうだったので移動する。
ステージを囲う様に出来た扇状の観客席には、来た時間が少し早かったのかまだ人はまばらにしか集まっていないようだった。
「どうする? 今なら最前列から最後列までどこでも座れそうだけど」
「隼人、今は10月の終わりよ。前で見たら水がかかって風邪を引くのがオチだわ。ここは真ん中より少し後ろの席がベスト! さあ行くわよ」
「あ、うん。ちょ、ちょっと引っ張らないで」
意気揚々と階段を降りる真希に引っ張られる形で僕も後に付いていく。
席で座って待っていると、だんだんと人が集まり始めた。
少し早めに来て正解だったかもね。
「楽しみね」
「そうだね」
真希はさっきからずっとそわそわとしながら待っている。
よほど楽しみにしていたみたい。
『さあお待たせしました。只今より15時からのイルカショー開催です』
アナウンスが入りステージを見ると、数頭のイルカがやってきていて綺麗に並んで遊泳している。
指揮を執っているお姉さんが手を上げると、イルカたちは揃ってジャンプ。
その後も何度もジャンプをしていたけど、それぞれ飛び方が違うみたいで、さながらシンクロスイミングを見ているようだった。
「わー! 凄―い。ねえ見て! 空中で体捻っていたわよ」
隣の真希も大興奮のようで子供のように大はしゃぎ。ここまでテンションが上がった真希を見たのは数えるほどしか無かったかもしれない。
それぐらいショーが面白いって事かな。
僕もイルカショーを見たのは小さいとき以来でとっても面白いよ。
その後約20分間、イルカたちによる盛大なパフォーマンスが続き、会場は大いに盛り上がっていた。
『最後までお付き合い頂きありがとうございました! またのお越しをお待ちしております』
こうして最後の挨拶が終わり、ショーもお開きとなった。
「イルカショー面白かったわね! 子供の時以来だったけど物凄く楽しめたわ」
「そうだね。僕も楽しかったよ」
ショーも終わり、後はまだ見られていない箇所を巡って帰宅するだけだ。
「あと何処を見ていくんだっけ?」
「南アメリカコーナーと奇妙なお魚コーナーの2カ所ね」
「最後にしては何とも微妙なラインだね」
「そう? 私は面白そうだけど」
「ワニとかアリゲーターがいるのかな」
南アメリカってアマゾンのイメージが強いけど水槽の中濁っていて見えるのかな。
そんな風に思っていたけれど、存外奥まで見通せている。距離がそこまで無ければ全く見えないわけでは無いんだね。
「あ、見て。あれってピラニアじゃない?」
「え、本当だ。他の魚食べられたりしないのかな」
アマゾンで危険な魚だって聞いたけど他の魚と同じ水槽に入れても大丈夫なのかな。
「大丈夫じゃ無いの? お互いに食べない魚同士を同じ所で飼っているとか」
「な、なるほど」
「まあ適当だから本当かどうかは知らないわ」
「適当なんだ……」
「私アマゾンの生態なんて詳しくないもの」
「そりゃあそうかもしれないけど」
多分大丈夫。そう思うことにしよう。
「それよりも反対側見てよ。隼人お望みのアリゲーターがいたわよ」
「お望みでは無いけどね。って大きすぎない!?」
「確かに大きいわね。3m位あるんじゃないかしら」
「2m70cmだってさ。アリゲーターガーは2m以上が普通にいるらしいけどこれは大きい方なのかな」
水槽の傍にあった説明パネルにはアリゲーターガーそのものの説明と目の前の個体についての説明両方があった。
「あ、これね。ふぅ~ん。この子リアっていうのね」
「名前もあるんだ」
「そう言えば今まで見た魚にも名前が付けられていたのがあったわね」
「ああ、オットセイとかシャチにも名前あったね」
今日見てきた魚たちを思い出すと確かに名前が多くあった。
それこそイルカショーに出ていたイルカたちにもそれぞれ名前を紹介していた気がする。
アマゾンのコーナーも一通り見終わり、いよいよ最後の1カ所へと向かう。
「今日次で最後だね」
「そうね。水族館なんて久しぶりだったけどこの歳でも充分楽しめるのね。いつかまた来たいわ」
「じゃあまた行こうか」
「あれ? これってデートのお誘いかしら」
「そうだよ、デートのお誘い。また一緒に来てくれる?」
「そんな真正面から言われても……。でも、うん。良いわよ、また来ましょうか」
こうしてまた遊びに行く約束が1つ増えた。
「何だか嬉しそうね。もしかして私とのデートをもうすでに心待ちにしているとか?」
真希がいたずらに聞いてきた。
そっか。
先の予定が出来るだけでも、僕は嬉しくなっているんだな。
「うん。今から超楽しみにしてるよ」
「そ、そう。……私も楽しみにしてるから、それは忘れないでよね」
「もちろん」
「あ、でも今は今を楽しまないと損よ。だからほら、最後まで楽しみましょう」
微笑みながら僕を引っ張る真希の姿は、何だか無邪気な子供の様で可愛らしいものだった。
最近は真希の色んな表情を見ているなと思う。
これもこの関係性のおかげかな。
「え、きも」
「辛辣すぎない?」
「ごめん。つい本音が」
「なお悪い気がする。このウニ? 魚? が可哀想だよ」
「だって本当なんだもん」
奇妙なお魚コーナーというだけあってここには目を引く容姿の海洋生物たちが多くいた。
イカなのかタコなのかよく分からない軟体動物から座布団みたいに平べったいとげとげした魚まで多種多様だ。
説明パネルにも色々と書いてあるけど、よくもまあここまで斜め上に進化していったと感心というかもう尊敬するよ。
何に対して? 世界かな?
深海魚とか特に不思議で、どうしてこうなったとツッコミどころ満載な姿形をしている生物がウヨウヨいる。
僕も真希も若干引きつつもその魚たちを見て楽しんでいた。
最後にここを見ることが出来て良かったかもしれないね。
「それじゃあお土産も買ったことだし帰りましょうか」
「そうだね。わざわざ部活の皆にまで買わなくても良かったとは思うけど」
「いいのよ。折角来たんだから。それに私たちが付き合ってるって事はもう皆知ってるんだし、デートに行ったとか今更よ」
「それはまあ、そうかもね」
考えてみると僕たちが付き合う振りをし出したのはここ最近だけど、周りからはもっと前から付き合っていると思われているんだよね。
これまでは何とも思わなかったけど、真希を好きだって気付いた今となっては周囲からそう認識されていたことには何だか嬉しくなる。
何でそう思うかまでは良く分からないけど。
ただ真希は僕のことあくまでも友達だと思っているんだよね。
今までの僕にも言えるけどそういう素振りが一切無かったからなあ。
当人達の間では恋愛感情があるとか気付きもしなよね。
改めてこのきっかけをくれた真希には感謝だ。正確には真希の友達に、かな?
いつか真希にも僕のことを好きになって欲しいなと思いながら、僕等は帰路についた。
翌日の月曜日、僕たちはまた待ち合わせをして登校をしていた。
「はあ、今日からまた学校かー。ずっと昨日みたいに遊んでいたいよ」
「気持ちは分かるけど諦めなさい。……デートだったらいつでも行ってあげるから」
「本当!? じゃあさっそく次の休みにどうかな」
「良いけど何処行くの? この近辺には遊ぶ所なんてあまり無いわよね。イ○ンぐらいかしら」
「そのイ○ンに行くのはどうでしょう。冬服、選んでくれるんだよね」
「そういえばそんなこと言った気がするわね。じゃあ行きましょうか」
週末にまた真希とのデートが決まった。
本当はもっと早く行きたいけど、僕たち平日は部活があるからなあ。
終わるのが18時頃だからもうその時間は辺り一面真っ暗だもんね。
そこからまた出掛けるのはあまり良くないかな。
そういう訳で仕方ないけど次の土曜日か日曜日に行くとしよう。
駐輪場について、今日も手を繋いで教室まで向かう。あの日以降、クラスメイト達は特段大騒ぎすることも無くなり、そういうものだと受け入れている。
皆適応力が高いというか、これも前々から僕達が付き合っていると思い込んできたおかげなのか。
ともあれ手を繋いでいてももう僕たちに対して驚きはないようだ。
だから今日もいつも通り教室に入る。
近くにいた友達に挨拶をしつつ、自分の席へと向かう。
「「「繋ぎ方変わってる!!!!!!」」」
そうしたらまたクラス中が沸いた。なんでだよ。
もう今更驚く事なんて無いよね。
と思ったけど、言われて気が付いた。
そう言えば昨日からただ手を握るんじゃなくて、恋人繋ぎにしているんだった。
「何々!? 2人に進展でもあったのか!」
またクラスメイト達に囲まれる。
物凄く既視感を覚えるな。
今度はなんて言おう。
なんとなく? とかで良いかな。
「実は私たち、昨日はじめてしたの」
「え?」
真希が誤解を生みそうなとんでも発言をかましてきた。
「「「「「ええええぇぇえええええ!?!?!?!?!?!?」」」」」
案の定クラスメイト達が揃って声を上げる。
皆してそんなに大声を出したら先生に怒られるよ。
って今はそうじゃなくて!
「あのう、真希さん?」
「何よ。私間違ったこと言ったかしら」
「嘘は、言ってないね。……主語が無いだけで」
確かに僕たちは昨日初めてしたけどさ。
キスだからね、したの。
いやキスでも初めてするのは衝撃だったけど!
「なら良いじゃない。嘘でも間違いでも無ければ問題なし! ほら、席行くわよ」
「また誤解されるんじゃないの」
「今更誤解もなにも無いわよ」
「まあそうかもしれないけどさ」
小声で尋ねると、真希は何でも無いように答える。
確かにただでさえ今僕達は“付き合っている振り”をしているわけだけど。
そこにさらに誤解を加えなくても良いんじゃないかな。
いやいつかはそういうこともしたいなー、なんていう願望が無いわけじゃ無いけど。
でもそれとこれとは別というか。
「誤解が嫌なら、誤解じゃ無くしてみる?」
「え……」
真希は何を……?
それってつまり……。
「ふふ、冗談よ。隼人のエッチ」
「真希から言ってきたんだよね!?」
思わず大きな声が出てしまう。
幸いにもクラスは先程の喧噪がまだ続いているみたいで、僕の声はかき消されていた。
というかまだ騒いでいるんだ。
適応力何処に行ったんですか。
そうして今日も1日終わり、部活にて朝の噂が入ってさらにまた一悶着あったのは別のお話。
「今日は疲れたわ」
「僕も疲れたよ。なんで朝誤解を生む言い方なんてしたのさ」
「特に意味は無いわ。なんて言おうかなって考えて、咄嗟に出てきた言葉があれだっただけよ」
「そ、そっか」
「言ってしまったものは仕方ないんだから隼人も気にしないの。いいわね」
「わかったよ」
周りからそう思われたりするのはもう仕方ないけど、それとは別にどうしても真希のことは意識してしまう。
カップル証明に必要だからとキスしてきた人だからなあ。
気の迷いか気分でも、そういう雰囲気になったらどうなるんだろう。
「どうしたの隼人。顔、赤いわよ」
「へ? いやあ別に気のせいだと思うよ」
「そう? 明日も学校なんだから今日は早く寝るのよ」
「うん」
今はそこまで気にしないようにしよう。
いつか真希と深い関係になりたいけれど、それは本当の恋人になれてからの話だ。
そうして1週間があっという間に終わり、また次の日曜日となった。
今日は待ちに待った真希との買い物デート。
以前友達の誕生日プレゼントを一緒に選びに来たのとは違う、正真正銘のデートだ。
大事なことなので2回言いました。
11月に入り、世間は早くもクリスマスモードが漂い始めた今日この頃。
僕たちは新しい冬服を買いにイ〇ンに行く。
もちろんそれ以外にも買いたいものが出来たら買う予定。
今は待ち合わせ場所の最寄り駅で真希を待っている。
ちなみに予算あるのか?
今日のことを親に言ったら『ついに隼人がお洒落に目覚めた』なんて喜ばれて諭吉さん何枚か預かりました。
つい先日も数着買ったばかりなのにいいのかな。
あとでレシートとともにお返しします。
あ、女の子と行くとは言ってないから僕に彼女(仮)がいることはバレていないはず。
別にバレても問題はなさそうだけど今日はお祝いだ、とか言って赤飯は炊きそう。
そして真希のことを根掘り葉掘り聞かれそうだ。
やっぱり隠しておこう。
「お待たせ。今日は隼人の方が早いわね。来たの遅かったかしら」
「やあ真希。まだ5分前だから全然だよ。あ、今日もかわいいね」
「そういうこと流し気味に言わないでよ。……うれしいけど」
「ならいいじゃん」
「なんだか最近隼人に口説かれ始めているのかしら」
「付き合っているのに? まあそれはそれとして彼女が可愛いならそれは褒めろ、と教えられたので」
「誰からよ?」
「ネットの方々」
彼女出来た、デート とかで色々検索したら取り敢えず容姿を褒めろと書いてあった。
実際可愛いから言おうと思いました。
真希にも僕のことを好きになってもらいたいし、本当の恋人っぽく振舞えるようにこれまでより頑張ろう。
「まったく何を調べているのかしらね。でもまあ嫌な気はしないからもっと褒めてくれてもいいんだけど?」
「え、じゃあ」
その後今日着ている清楚な服装に、編み込んだ髪等気付いた分だけ褒めてみた。
「もういいわ。後でたくさん服着るからその時にね」
「うん、良いよ」
電車ももう来る頃だし、そろそろホームへと向かうとしようか。
「思ったよりも人が多いわね」
「まあ日曜日だし仕方ないよ。それに今がお昼前っていうのもあるかもしれないけど」
日曜日のイ〇ンはさすがというか、11時前の現在は家族ずれが異様に多い気がする。勿論それだけではなく、友達で来ているグループやカップルもちらほらと見うけられる。
傍から見たら僕らもそのうちの一つに数えられると思う。
「昼ごはんにはまだ早いわね。それじゃあ予定通りまずは服を見に行きましょうか」
「そうだね」
まずは真希の冬服を見に女性服のお店へと入る。今まで縁もゆかりもない物凄くお洒落なお店だ。
僕がこんなお洒落なお店に入っても良いのかな。
思わず尻込みしてしまうけど、手を繋いでいるため真希につられて入店する。
「うーん。どれが良いかしらねー」
「僕にはどれが良いとかそういうのは全然分からないからね」
「大丈夫よ隼人。最初から期待していないもの」
「え、ひどい」
「本当のことでしょう?」
「まあそうなんだけど」
「隼人は私に似合うかどうかを判断してくれれば良いから」
「真希は可愛いんだし大体の服は似合いそうだけどな」
「あらありがとう」
時々忘れそうになるけど、真希ってクラスでも1,2番目ぐらいに顔立ちが良いんだよね。
1年の頃は何度か告白を受けたことがあるって言っていたし。
改めて考えると真希はモテるんだよね。
もし過去の告白を真希が受けていたとしたら……。
仮定の話で、もう昔のことなのに何だか嫉妬してしまう。
今は僕の彼女なんだから良いじゃないかと、そう言い聞かせる。
「これはどうかしら」
試着室のカーテンを勢いよく開けて姿を見せたのは、黒のパンプスに薄緑色のニットを着た真希だ。
少しサイズが大きいのか、だぼっとした印象もある。
「うん、可愛い。似合ってるよ」
「やっぱり? じゃあこれは決定ね」
次に出てきたのは薄青色のニットに黒のプリーツスカート、そしてアイボリーのロングコートを着た真希だ。
「これも可愛いね」
「そう? じゃあこれも決定ね。あ、似合わなかったらきちんと言ってよね」
「分かってるよ」
その後も何着も試着を繰り返していたけど、そのどれもが真希の魅力を引き出していて似合っていた。
それから別のお店にも行って試着をしたけど、同じやりとりを繰り返していた。
結果僕は全部の服に『似合ってる』『可愛い』と言っていた。
「もう。ちゃんと判断してよ隼人。このままだと買いすぎちゃうわ。いくつか減らさないと」
「え、それは困る。だって全部本当に可愛かったんだから。出来ればそれらを着た真希とデートしたいんだけどダメかな?」
「むうう。そんなこと言われるとつい買っちゃいそうだけど……。でもダメ! というか無理。予算的に無理があるわ」
「だったら僕が払う! そうすれば全部解決」
「いや良いわよ。それにどのみち全部買ったら置き場に困るわ。クローゼットにも限界はあるのよ」
「そっか……。なら仕方ないか」
「そうよ、仕方ないの。だからここから2着か3着だけ選ぶわ。この中でベスト3はどれかしら?」
結果僕が最もグッときた3着を選んで購入することになった。
「まったくもう、全部似合うだなんて。隼人にはどれだけ私が魅力的に見えるのかしらね」
「少なくとも今まで出会った人の中で1番魅力的な女の子ではあるよ」
「そんな恥ずかしいこと堂々と言わないでくれるかしら。嬉しいけど」
「だって本当なんだもん。世界で1番かどうかは知らないけど僕の知る限りでは1番だよ」
「そこは世界で1番って言いなさいよ」
「世界は広いからねー。まだまだ上がいるかもしれないし? それに『可愛い』って結局は主観だからなあ。本当に『世界一可愛い人』なんていないと思うんだけど」
「主観だったら尚更『世界で1番』で良いと思うんだけど」
真希は口を尖らせながら呟いてきた。
でも、確かに。
それはそうかも。
「じゃあ世界一で」
「なんか投げやりになってない?」
「なってないよ。真希の気のせい」
「どうかしらね」
またそんなことを言い合いながら、今度は僕の服を選びに向かっていた。
今日は真希が僕の服をコーディネートしてくれるらしい。
さっきまでの真希自身の服選びを見ていたからか、とっても楽しみだ。
以前ずぼらな真希がお洒落なんてするのかという疑問を持ったことがあるけれど、それは気のせいだったようだ。
「あれ? ここじゃないの」
「どうしてデートでユニ○ロに行くのよ。今日はこっちよ」
普段着ている服達の実家、もといユニ○ロさんを通り過ぎ、これまた渋くお洒落な服屋にやってきた。
いつもはこんなお店に近寄らないというか、入っても何を買えば良いから行っても何もせず出てくるのがオチなんだけど、ついに今日ここで服を買うのか。
だけど普段お洒落をしない僕に似合う服なんてあるのかな。
そんな期待と不安を胸に抱きつつ入店。
さっそく真希がいくつかの服を見繕ってくれる。
「取り敢えず、これとこれ。一旦着てみてくれるかしら」
「わかった。ちょっと待っててね」
預かった服を着て、試着室のカーテンを開ける。
真希も僕の格好を見て『格好良い』と言ってくれるかな?
そんな期待も持っていたんだけど、
「……うん、何だろう。……選択間違えたかしら」
「え、もしかして変?」
「いいえ、変ではないの。ただ、なんか服に着せられてる感がするのよね」
「はあ……」
言っていることがよく分からないけど、つまり似合っていないって事だよね。
「まあ簡単に言うと、着こなせていないって事ね」
やっぱり。
「そ、そっか……」
「あ、安心してよ。最初はそんなものよ。まだまだ時間はあるんだからじっくりと選びましょう。ね?」
「う、うん」
真希の言うとおり、最初こそあまり反応は良くなかったけど合わなかったものを取り替えたり組み合わせを変えて数を重ねる内に反応が良くなっていき、ついに真希が『格好良い』と零すのを聞くことが出来た。
「よし、これを買うよ」
「ええ、良いと思うわ。悔しいけど隼人が少し大人に見えたもの」
「なんで悔しいのさ」
「……別に」
よく分からないけど、こうして2人とも目的の冬服を買う事が出来た。
当初の目的は達成したけど、今日のデートはまだ続く。
それぞれ買いたいものがあったらそれらを見て回る予定。
といっても僕は今欲しいものが無いから真希が欲しいものを見ていく感じかな。
「真希、次は何処に行く?」
「私お昼ご飯食べたいわ」
「え、ああ確かに。僕もお腹は空いたかも」
時刻はもう14時前。夢中で服を選んでいたら時間を忘れていた。
そう気が付くと途端にお腹が減ってくる。
「じゃあご飯を食べに行こうか」
「またあーんしてあげようか?」
「嬉しいけど恥ずかしいから人目が無いときにね」
「やるのはいいのね……」
ひとまずフードコートへと向かう。
この時間はもう混雑することもなく、比較的簡単に席に座ることが出来た。
「僕は待ってるから、先に真希選んで来なよ」
「ん、わかった。じゃあよろしく」
それから5分位してうどんと天ぷらを持った真希が戻ってきた。
「はい、交代。今度は隼人ね」
「じゃあいってきます」
さて、何にしようかな。今まで真希と来た時って何を食べていたっけ?
色々悩んだけど、そこまで高いものは食べられないということでス○キヤにした。
出来るまで時間掛からなさそうだしここで待っていようかな。
思った通り人が少ない分早いようで、それから2分位で出来上がった。
「ただいまー」
「あらおかえり」
席に戻ると真希はまだ食べ始めていなかった。
「待っててくれたの?」
「ええ。2人で食べた方がいいでしょう?」
「そっか、ありがと。じゃあいただきます」
「いただきます」
真希のうどんが伸びているか心配だから早く食べ始めてしまおう。
というか2人とも麺類だな。
面白みがない。
「隼人はまたスガ○ヤなのね。しかも五目ごはん付き」
「あれ、いつもこれだったっけ?」
「少なくとも前に来たときはそれだったわよ」
「いつも悩んで同じ結論に達するのかな」
そう言えば真希とイ○ンに来る時って大体お昼はフードコートだったな。
色々選べるしここにあるのはそこまで高くないから特に何も考えずに来てたけど、これからはもう少し別の所に行った方が良いのかな?
でもそんなこと言っても真希は『わざわざ高いところにしなくても良いと思うんだけど』とか良いそう。
お昼ご飯も食べ終わり、今度こそ買い物を再会する。
「真希って欲しいものとか無いの?」
「んー、そうね、特にこれって言うものは無いんだけど。でも折角お洒落始めたんだからアクセでも買って良いかなーって」
「最近お洒落始めたの?」
「えっ? ……あ!」
何だか急に真希が慌てだした。どうしたんだろう。
「い、いや別にこれは違うのよ。隼人と付き合い始めたからとか、そういう理由じゃないからね!」
「あ、うん。分かったから落ち着いてよ」
でも言われてみればこの前イ○ンに着たときは今日ほどお洒落な格好では無かった気がする。
もう少しラフな格好というか。髪型も何もアレンジしていなかったし。
そもそも真希がそういうのに手を出したというか僕が気付いたのは、付き合い始めて最初に髪をハーフアップにまとめてきた時からだよね。
そっか、真希も僕と付き合ってから少しは意識してくれたのかな。
それは何だか嬉しいな。
「ともかく! 私はアクセを見に行きます」
「うん、良いよ。行こうか」
アクセサリーと一口に言ってもその種類は多様で、ネックレスやイヤリング、指輪とかブレスレットもある。
僕はそういうのに一切詳しくないけど、取り敢えず値が張ることだけは分かる。
近くにあったネックレスを見てみると、光り輝く銀色の素材に細かな細工とかがされているけど、お値段が3万を超えていた。
え、高くない?
普通ですか?
真希も詳しく知っているわけでは無さそうだけど、興味深そうに色々と見て回っている。
値段のこととか大丈夫なのかな。
あ、立ち止まった。
物凄く目をキラキラとさせている。
あの真希がアクセサリーにあそこまで惹かれる事なんてあるんだね。
「これ欲しいの?」
「欲しいというか、凄く綺麗だったから。でも高くて買えないわ」
「幾らぐらい……って3万5千円ですかそうですか。どれも高いなー。アクセサリーって全部そうなの?」
「まあここにあるものは大体高めよね。でも他のお店だと5千円もしないところだってあるし、ほらこっち来て。イヤリングなら3千円とかでも買えるわ」
「色々あるんだね」
「そうよ。女の子は皆こうやってお洒落に気を使っているんだから」
「でも真希は最近始めたんだよね」
「う、うるさい。いいでしょ別に。……可愛いって言われたいんだから」
「うれしいなあ。真希がそんな風に思ってくれるなんて」
「なんで聞こえてるのよ。小声だったのに」
「僕は突発性難聴なんて発症しないからね」
「何言ってるのよまったく」
結局そこでは何も買わず、別のお店で少し値段を抑えたイヤリングを購入していた。
その後も雑貨屋にいったり本屋に行ったりして時間を潰していた。
「じゃあそろそろ帰りましょうか」
「そうだね。思ったよりも色々買ったなー」
時刻はもう17時をまわり、辺りは暗くなってきている。
「もう行くお店とか無いわよね?」
「うん、ただ少し寄ってみたい場所があるんだけど良いかな?」
「いいわよ。何処に行くの?」
「展望台」
「展望台なんてこの近くにあったかしら?」
「あるみたいだよ。一般にはあまり知られていないらしいけど。さっきチラシ貼ってあったから。この時期は夜景がよく見えるらしいよ」
「そう。だったら行きましょうか」
ここからバスで15分位走ったところにその場所はあるらしいけど、少し歩いて上らないと行けないみたいだ。
ここからまた5分位坂やら階段やらを登り、たどり着いた広場は景色が開いていて、街を一望できた。
「おおー! 思ったよりも凄いところだね」
「ほ、本当ね。き、綺麗だわ」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫だから」
ここまで登ってきて疲れたのか、真希は息を切らしていた。
僕が荷物を持っていても、普段運動をしないと体力的に大変みたいだ。
「これからアップのランニングで一緒に走った方が良いかしらね」
「それはまあ、お任せします」
近くにあったベンチに腰掛け、一息つく。
「ごめんね。わざわざここまで来させて」
「いいの、気にしてない。景色綺麗だから問題ないわ。それに私の体力が無いだけだから」
「なら良かった。それにさすがというか、全然人いないね」
「私たちも今日まで存在自体知らなかったものね」
この場所自体知名度が無いのもそうだけど、後ろにある建物のせいでもあるんじゃないかな。
よく分からないけど何かの施設みたい。
展望台もこの施設の物だったり。
今いる場所は展望台というよりも山の上にある只の広場といった感じ。
ただ隣で座るのももったいないな、と思ったので真希の手を握る。
「今日は隼人から繋いでくれるのね」
「いいでしょ僕から繋いだって」
「そうね」
そうしてしばらく2人で夜景をぼんやりと眺めていた。
「でも今日の締めには良い場所だね」
「そうね、今日も1日楽しかったわ。やっぱり隼人といると退屈しないわね」
「ほんと? 僕も楽しかったし真希といるのは退屈しないな。特に最近は」
「ふふ、それはそうかもね。『付き合う振りをする』って提案して正解だったわ」
「そのこと、なんだけどさ。僕は最近それをやめても良いかなって思うんだけど」
「え……? 私といるのは退屈しないって。もしかして嫌だった?」
「ううん、そうじゃなくて! あー、えーっとつまり……」
改めてこう言うのは恥ずかしいな。告白みたいだ。
真希の方に向き直り、素直に話す。
「『振り』じゃなくて僕は本当に真希と付き合いたいってこと!」
「本当に付き合う……?」
真希は不安そうな表情だったけど、僕の言葉でどんどんと明るくなっていく。
「ふふ、そっか。隼人は私のことを好きになっちゃったのね」
「そうだよ。悪い?」
「いいえ、全然悪くないわ。むしろ嬉しい」
「そう? じゃあ……んっ!?」
言葉の途中で口を塞がれた。
今度も、不意打ちのキス。
心なしか、前回よりも長く感じた。
「これはカップル証明に必要だから仕方なく、じゃないからね。私も隼人が好きだからしているの」
唇を離した真希に、こう告げられる。
暗闇でもはっきりと分かるぐらい、真希の顔は赤く染まっている。
きっと僕も同じくらい赤いと思う。
「それでも不意打ちはやめてよ。嬉しいけど僕は初めての時はロマンチックにしたいんだって」
「残念、もう2回しちゃったわね。水族館の時も今も、隼人がよけないからいけないのよ?」
「そんな横暴な」
「でも隼人はそんな私を好きなんでしょ」
いたずらに笑う彼女は、本当に楽しそうだ。
もう、なんだか悩んでいたのが馬鹿みたいに思えてしまう。
「それじゃあ真希。これから僕と振りではなくて本物の恋人になってくれますか」
「ええ、喜んで。これからもよろしくね? 彼氏さん」
「こちらこそよろしく」
「それじゃあ彼氏さん。仕方ないから付き合ってから最初のキスは隼人からしても良いわよ?」
「何だか初めてを軽く終わらせられようとしてる? ……まあいいや」
「んっ」
夜景が一望できるこの場所で、初めてロマンチックにキスが出来た。
「それじゃあ隼人。寒いから帰るわよ!」
「そんな雰囲気ぶち壊しな発言今する!?」
「だって寒いんだもん。今11月の夜なのよ。寒くないわけ無いじゃ無い」
「そりゃあそうなんだけどね。まあいいや、今日は帰ろうか」
2人あれこれと言い合いながら、帰る準備を始める。
こうして僕等は晴れて本物の恋人になった。
多分これからも、友達の時と変わらずにこんなやりとりをしながら真希と過ごすんだろうなと思いながら、2人手を繋いで来た道を引き返す。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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