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開戦前3

前原はぐっと唇をかみしめながら、避難してきた女性たちを誘導していた。彼女たちはすでに一度全裸にされ、体の隅々まで検査された挙句に、代わりに与えられた服は病人用の薄いパジャマだけだった。その怒りが逃走した男に対して向けられるのは当然のことだった。


 誰もが、彼を罵った。そして船内にいる敵である兵士達も前原を見れば、臆病者と嘲笑った。彼は俯けばそれらの言葉が頭の上を通過してくれるのを期待しているかのように、背を丸め、上目使いで進行方向を確認しながら避難する人々の先頭を歩いていた。


 -蔑まれることは承知していた。生き残る努力をするどこが悪い、誰も死にたくないのが普通じゃないか、誰も彼も為政者に踊らされているだけだ。もし、俺たち庶民が俺たちを睥睨しているやつらに勝つとしたら生き残ることじゃあないのか、そうさとことんまで生き残ることだ、そのためならどんな恥辱にだって耐えてみせる-。


「なにここ!!」案内された部屋を見てひとりの女性が大声をあげた。そこは、金網の扉がついた空となった武器庫だった。小さい明かりが一つしかなく、ロボットアームが空中で大きく無骨なハンドを広げたまま停止していた。それはまるで、これから一人一人つまみ上げてどこかに運んでしまうような不気味な存在に見えた。部屋の隅には茶色い毛布が折りたたまれた状態で積み重なれていた。


「簡易トイレは隅にあります。」前原は、抑揚の無い声で伝えた。


「それもそうだけど、妊娠した女性もいるのよ」一人の髪の長い女が大きなお腹を抱えた女性を指してさけんだ。


「それは伝えて置きます、ただ、戦闘が始まったとき船内ではここが一番安全だということです」


「ふぅん、さっさと寝返った貴方には、危なくてもベット付きのいい部屋があるのでしょうね」


「ええ、個室を一つ貰っていますね、ただし営倉という奴ですけど」前原は、暗い電気しか点かない堅いベッドの部屋を思い出した。その部屋には自由に出入りはできた。しかし、船内のどこにでも顔を出すという訳にはいかない、船内の扉はトイレをのぞいて彼に対して全て、堅く閉じられているのだった。売った情報は全て二束三文で買いたたかれ、期待した優遇措置はひとつもなかった。ただ、命は保障された。それだけが唯一の救いだった。


「裏切り者のあんたには似合いだね」女は、ふんと言って。倉庫に足を踏み出した。


「貴女の名前は?」前原は、女の背中に尋ねた


「フリーダ…」女は、歩いたまま答えた


「フリーダさん、全員の名を名簿に記載してください、あとで船長に提出しなくてはなりませんので」


「分かったよ、紙とペンは?」女は振り向いた。大きな目、大きな鼻、大きな口、そして乱れたくせ毛。


「中に置いてあります。1時間ほどしたらまた来ます。」


「ねえ、あんた。何で逃げたんだい?」


「死ぬのが怖かったからですよ」


「正直もんだな、今、あっちに残っている奴らは怖くて震えているよ。それを超えて死より大事なものを守ろうとしている。そうでなければ、あそこから先に行き場がないやつらばかりだ。」


「私には、残っている人々の考えがわかりません」前原は、首を小さく振った。「生きていれば、まだ何かできるでしょうに」


「生きる場所が、限定される奴もいるんだ。空気と水と食料だけで生き続けられないやつらがね。お前さんはきっと幸せなやつなんだよ」


「幸せ?」


「そう、きっとあんたはどこでも生きていける。」


「ええ、私もそう思います」前原は、続くべき一つの言葉を飲み込んだ。私は自分をごまかすのが上手い人間ですから…そしてフリーダに背を向けた。


「拾った命だ、頑張って生き残れよ」その背に女の声が刺さった


 彼の営倉に向かう途中で、多くの兵士達が走っていた。それを避けようと壁にへばりつくようにしたが、傍を駆け抜けた一人の兵士の拳が故意が偶然か彼の頬を強く打擲していった。兵士の一撃は効いたが、彼はかろうじて倒れるのを堪えた。ここで床に落ちてしまえば、多くの兵士に踏みつけにされ、足蹴りされるのが目に見えていた。通路が少し静かになったところでようやく足を踏み出した。口の中で、鉄の味に似た液体が一杯になっていた。ハンカチで口を拭うとともに、欠けた歯をそこに吐き出した。


白い歯は、さび色の液体に染まったハンカチの上でポツンと彼を見ているようだった。彼は、折れた歯の痛みに耐えながら、それをそのままくるんでポケットに押し込んだ。着の身着のままで逃げて来た身には、ハンカチ一枚とて無駄にはできない。


==


 羅刹と呼ばれるオートマターの姿は三本脚を持った大きなスプレー缶に似ていた。上部には小さく赤いレンズが二つ並んでいる。胴体からは2本の触手が伸び、今はそれがだらりと垂れさがっている。それがカタパルト前の倉庫に上からつるされた状態で並んでいた。


 リタは、それを眺めながらキーボードをたたいていた。彼女に見やすいようにディスプレイは壁に投射されて、コマンドの内容が逐一誤りが無いか確認するダイアログがうるさく現れる。なぜ軍関係のマシンがこうも古臭いインタフェースを取るのか彼女には鬱陶しく思えた。一般会社なら、こんな七面倒な事などしなくてもBMインタフェースが全てを行ってくれるというのにだ。


「通信インタフェースのコードネームは…」彼女はぶつぶつと言いながら艦長から手渡された一枚の命令書を確認した。これを間違えば、オートマターは敵はもちろん味方まで射殺対象にしかねない。「サイクロプロスっと」そこで、ダイアログがパスワードを訊いてきた。時として似たようなコードネームがあるので、各コードに割り当てられたパスワードが必須になるのだ。しかもこれらの入力データは最終的に艦長の承認が必要になる。 

「武器は、接近用の高出力レーザー、装甲モードは標準、自爆装置は不要、催涙弾装着…なにこれ、ほとんど暴徒鎮圧モードじゃない、本当に戦争なのかしらね」リタは首をかしげた。


「そうじゃないわね。相手は、その程度の武力しかないってことか」彼女は自答自問をしながら首を振った。ここで全力を出せば結果は火を見るより明らかに、圧勝するけど、その結果軍の脅威が多くのコロニーに知らしめることができる。


 同時にそれば第三者からは虐殺と映り軍は非難の対象となるほか、新たな火種を灯す事になりかねない。確かに、我々は最初の攻撃を命ぜられている。それは、本隊が来るまでの間に相手の抵抗力を削ぐことにある。あとは、本隊が圧倒な武力を見せつけるだけで降伏をえられるが、しかし角谷艦長か…彼は新任だけに武功を欲している。奴ならきっと叩き潰すことになるだろうな。


 ウルフガング艦長は、角谷が来るまでに無血でカタをつけたいのだろうか?当然相手は必死な筈だ、この装備で間に合うのか、まぁ考えてもしょうがないこっちは、只の下っ端だあれこれ上申することなんてできやしない。

ディスプレイには、承認の表示が青い文字で示された。「作戦開始時刻は、艦長の指示に従うものとする。」


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