ノード23へ
リンはノード15を出たところでも管制官からワイヌマの存在についての報告が求められた。
「事故があった」リンは、嫌な報告をこれからノードを通過する度にしなくてはならないのかと、不機嫌気味になって答えた。
「事故発生時の情報は?」同じセリフをまた訊くことになった。
「ない」リンは、短く答えた。
「了解」管制官は、そもそも彼女から有用な情報が得られると思って居ないように、機械的に返事を返した。『あの中』の事故について調査が出来ないと分かっているのか、それとも間抜けなチャットボットが応答しているのか、リンはしつこく訊いてこない事に安心しつつも、どこか不満を感じた。
「それと、あとからくる飛龍に一隻失ったことを伝えてもらいたい」リンは、ノード3の管制官が言づてを忘れた場合を考慮して、ここでも言づてを頼んだ。
「分かった、伝えておこう。今ゲートを開く」管制官は、のんびりと答えた。
「ありがとう。」リンは返事をしてひとつため息をもらした。
3艇の軍船は、再びペースフラワーの輝いた面に突入を開始した。
そのとき、宇宙花を構成する構造物の一部がはがれると最後尾のイングサの外壁にぴたりと貼り付いた。しかし、宇宙船の大きさに比べれば、塵芥のようなそれの存在に気づくものは誰一人いなかった。
それは、平たくしたダンゴムシのような形状をしていた、イングサの分厚い装甲にしっかりと貼り付いた有様は、まるで岩にはりついたまま動かないヒザラガイのようだった。
閉鎖空間を加速して進むイングサの上で、それはしっかりと装甲に吸い付いたままだった。しかししばらくの後にその硬い節の下から、菌糸の様なものが周囲に広がり始めた。
それは、音も立てず広がってゆき、菌糸状のものの密度が高くなってくると、平面から上部に盛り上がる形状を取り始めた。それは、楕円状の膨らみとなり、やがて表面には、鎧のような節の構造が形成され、最初にこの船に取りついたダンゴムシの様な姿で、成長が止まった。
新たに生み出されたそれは、イングサの外殻をゆっくりと移動すると別の場所で、同じように菌糸状のものを広げた。
菌糸状のものの広がりは時間と伴に加速度的に広がっていった。
それでも暗く重い空間の中、3隻の戦艦は進んでいった。しかしこの空間では、電波も光も散乱して相手に届くこともなく、イングサの中で発生した事象は、他の船に伝える術が無かった。
その事象は船内の壁という壁に亀裂のような黒い模様がいたるところに現れたのだ。その模様は細く網の目状に広がり、陶器にできた貫入のようにも見えた。
それを最初に発見したのが誰でであったかは不明だったが、いつの間にか船内にいる兵士たちはこぞって、壁にできた模様を調べ始めた。削っても奥の方にまで入りこんでいるのか、その模様は消すことはできなかった。
しかし、船の航行に異常をきたすこともなく、心配された乗務員の異常行動も見られなかったたために、船内の人々は、原因不明という不安に心を悩ませながらも、壁についた模様を見ながら自分の仕事にもどったり、休憩の為にくつろぐかする以外に、時間を費やす事が出来なかった。
また同乗していた研究者達だけが壁を削り、調査に乗り出したが、彼らの関心事はもっぱら船外の環境にあったため、調査に見合う機器は手元に無かった。従ってその貫入に似たものがどういうものであるかは全く突き止められなかった。
しかし、船が宇宙花を出たときに、一気に状況が変化した。その模様から次々と本物の亀裂が入りだしたのだ、ピキピキと音が船内に響き渡り、あちらこちらで空気が漏れる音がしたかと思うと、気圧の低下に伴う警告音が船内を埋め尽くした。
全ての隔壁が閉じ始めたが、空気が漏れていない場所など無かった。船員達は右往左往しながら、手近にある緊急用の宇宙服を手にしようと我先にと競ったが、空気が抜ける速度は、彼らに正しく宇宙服を着る時間を与えなかった。
宇宙船の外殻はスペースフラワーの前で次々と宇宙空間に散りだした。そしてそれに向かって宇宙花からいくつもの機械が飛び出し、破片に取り付くと宇宙花の中に戻っていった。そして幾人もの人々が宇宙空間に投げ出され破裂した。硬い構造の破片は2隻の宇宙船にもあたり、堅い装甲や砲塔に思わぬ傷をつけた。
スターホークのウルフガングは、思わず目を見張った。「この艦隊は呪われているのか?」と口に出かかったのを飲み込むのが精いっぱいだった。
彼の見ているスクリーン上で、散っていったイングサの破片は、続々とスペースフラワーから送り出される機械たちによって、巨大な構造物に運ばれていった。残ったのは肉片と化した人々のなれの果てばかりだった。
2隻の宇宙船は、しばらく後に踵を返して再び舳を宇宙花に向けた。
ステーションからはタグボートが現れ、残った破片や有機物が航路から除去されるのを2隻はじっと待っていた。いや、今となってはこの除去作業が永遠に終わらないことを期待している兵士達の方がどれほど多かったことか。
同じ事が自分達の身に降りかからない事だけを、兵士達は祈るしか無かった。
やがて、兵士達の落胆の溜息とともにスターホークは発進した。輝く別の宇宙との境界面にゆっくりとその舳を埋没させたとき、星殲弐は後方にとどまったままだった。
「星殲弐はどうした?」ウルフガングは、まだ連絡が付くうちにと、通信士に星殲弐につなぐように指示した。やがてリンの声が疲労に押しつぶされるような声で伝わってきた。「ダメだ、反乱がおきた。機関室でサボタージュが起きているし、俺もブリッジに雪隠詰めにされている。」
「2隻も続いて失われたんだ、無理もない、しかし規律がなっていないな」
「返す言葉もない、しかしなんでよりによってこんな時にこんな事故が起きるんだ」
「もともと、宇宙花の移動にはわずかな確率だが、このような事故が起きることは知られていることだ、それが故意に起こせるものかどうかは分からないが、いずれにしろわれわれの身に降りかかってしまった。しかし、作戦を続行させるのは軍人の責務だ。そろそろ我が艦は閉鎖空間に入る。通信を終える。」
「幸運を祈る」リンはそういうと、忌々しくブリッジの扉をにらんだ。
「どうします?」副艦長のアミルが痩せた肩をよせた。
「まぁ軍法会議ものだな」リンは、溜息をついた。「いずれにしろこの船は動かない」
「めったに起きない事故が2回も続いておきるなんて、何かあるのでしょうか?」アミルは、ブリッジに置いてある3次元ホログラムに映っている枝状に広がっている宇宙花の配置図を見つめた。
「めったに起きないと言われた事故はフロンティア 7で続いて起きていた。」リンは小さい声で言った。それはブリッジにいるメンバー以外は知らない情報だった。
「はい、その情報は以前ミーティングで聞きました。」
「同じことが起きなければ良いが」リンは静かに目をホログラムに向けた。以前そこにで青く輝いていたフロンティア7のマークは、既に暗い色になっていた。原因不明なまま、そこにあったスペースフラワーは喪われたのだ。
「全乗組員および兵士達に告げる。」ウルフガングの声は艦内に響いた。「この作戦中に起きた二つの事故を憂慮し、我々はこれより防御モードに移行する。したがって艦内すべての人員はすべからず宇宙服を着用すること。なお、精神攻撃があった場合を考え、武器の保持は別に命令が無い限り行わないこととする。また、万が一の事故に備え全てのレコーダーの記録は長期間保管モードにする。この状態は最終目的地であるノード103に到着するまで継続される。以上だ、命令はこの放送後即時実行せよ。」
ウルフガングは、ブリッジの隅にある宇宙服ロッカーに自ら進んだ。その他のメンバーも同じ方向に向かい、各自の体型にカスタマイズされた銀色の宇宙服を取り出した。通常に着用してる宇宙軍の制服や下着自体は宇宙線を通しにくい素材になってるため、スペースシェルと呼ばる宇宙服は空気漏れや弾丸などの武器に対して強くなっている他、太陽光や内部の電池により吐き出した二酸化炭素を分解する装置が付いている。そのため酸素補給用のボンベは非常に小さいのが付いているだけだ。ヘルメットはないが、頭や顔を覆う素材が目と口以外をぴたりと覆い隠す。目の周りには強化されたポリカービネイトのゴーグルを付け、口には背中にある空気清浄装置から伸びたホースの先にあるマウスピースを咥える。いずれも顔全体を覆う素材と密着する。
作戦中は口を利くことはない、作戦の指示も仲間との連絡もポリカーボネイトのグラスに映るディスプレイ上で行われるからだ。
暗黒に満ちた空間を船は飛ぶ。船内は静まり返り、船内の兵士も乗組員も緊張したまま、身動きひとつせず。ただ時間が過ぎるのを、無事にこの空間を抜けることを待っていた。




