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二人の再会

 熊谷は、差し出されたコーヒーをゆっくりと飲んだ。これが同い年なのかと思うほどに若く見える元妻は、狭いダイニングテーブルの反対側に座り、クリームを入れてかき混ぜていた。その指先も白く細くそして皺も見えない。


「若く見えるな」彼は率直に言った。


「惚れ直した?」順子は、自分の頬を指先でつついた。「エステとかで頑張っているのよ」


「もともと嫌いで別れたわけじゃない」彼はむすっと答えた。彼があずかりしらぬ間の妻の行いを、軍の情報部がつかんだ結果、離婚以外の結論を導き出せなかったせいだ。


「ふうん、ねえ、じゃあここで暮らしてみない?砂漠のど真ん中よりはずっと良いと思う」順子は、シンプルさを追い求めたような部屋を自分で見回した。熊谷をそれを眺めた、質素さはまるで彼の自宅にも似ていた。しかし、索漠とした彼の部屋とは違い、彼女の部屋には、自分の意思と感性が隅々まで染み渡っている様に思えた。


「いや、あまりにも独り暮らしに慣れすぎた。今更、ひとつ屋根の下でほかの人間となんか暮らせる自信がない。それに、私をこんな処まで呼び出して、魂胆はなんだ?」彼は、目を部屋の隅々から彼女の目に戻した。


「見通し済ね…」順子はふふと笑ってコーヒーに口をつけた。若い頃はまだ隙があった熊谷だったが、今では年齢にふさわしい経験を積み、侮れない相手になっていた。そんな相手だけに軽い口調で応対はしたが、のどが渇いた。


「言っておくが、退職したとはいえ、俺には守秘義務がある。軍の情報は一切流せない」彼は、掌をテーブルの上で組みカップには手を付けなかった。


「情報は要らないわ、あなたの能力を買いたいの」順子はカップを置くと彼と同じようじ掌を組んで彼の顔をじっとみつめた。その目を彼は受け止めた。それは、まるで一対の置物のように見えた。熊谷は、じっと考えてから短い言葉を吐いた。


「指揮をとれというのか?反乱分子の?」


「そこまで望んでいないわ、それに貴男は軍側だけに出来ないでしょ。指揮は、ボウイが執るから、アドバイスだけお願いしたいの」順子は、熊谷の目から逃れるように下を向いた・・・無理だ。多分無理だ。


「ボウイ…不死身のボウイか」熊谷は、ため息をつくように、言った。


「そう、情報部に何度も殺されかけて、その度に人体を切り捨てて機械のパーツを埋め込んで生き延びてきた不死身のボウイ、今はあちこちで義勇軍を募っているらしいわね」


「守る先は中継ステーション103か」


「通称クリフ…その先は墜ちるだけね。その崖っぷちの小さな都市ステーションを軍は力でねじ伏せようとしているのは知っているわよね。そうすれば沢山の無辜の人達が死ぬわ、ただあそこにしか、住めない人々が、小さい自由と権利を求めて死ぬ覚悟で抗おうとしている。ボウイは彼らを守ろうとしているの」


「ボウイが出たところで、守りきれはしない」彼は、ふとそこのステーションで頑張っている頑固な老人の顔を思い出した。そうさ、あんたにも、ボウイにもステーションを守りきれやしない。軍は破壊のプロだ、武器を持っただけの即席の兵士に勝てるわけがない、ましてや今回は物量で挑んでくるのは目に見えている。宇宙軍はあのステーションをとことんまで叩き潰し、そして力を誇示するのが目的だろう。


「軍は、完膚なきまでにあそこを潰す気だ。最良の作戦は降伏だよ。なにより人命が救われる。どんな理由で戦うのであれ、多く生き残った方が最後は勝つのだよ。たとえ降伏したとしても、人の心は屈しないものだ、そして子から孫へとその心は伝わり、広がってゆくものだ」やがてその抵抗の芽は増えて増え続け、やがて新たな火種となる。怨み、選民思想、宗教、イデオロギー、なんだって火がつけば燃える。一時、その火種が小さくても、時間がたてばそれを増やすことは可能だ。時代がそれを求める事さえある。しかし彼の目には今宇宙で発生した火種は、まだ小さいように彼には思えた。きっとすぐに踏みつぶされてしまいそうなほどのだ。


「戦争屋のセリフとは思えないわ」順子は呆れたように言った。「政治家になるかか新興宗教でも立ち上げたら?」


「なんとでも言え。俺はもう軍人でない。しかし、103が降伏することはないだろうし、軍もそうはさせまい。」熊谷は、さっさとこの場を去りたかった。あのステーションには関わり合いたくない、傍観者でいるのが一番だ。


「ほかの同じ考えを持つステーション自治体への見せしめとしても、完膚なきまでに軍はあそこを叩くでしょうね。でも、あなたが思っている以上に、反乱の根は広がっているわよ。深いところでね」順子は、じっと熊谷の顔を見た。


「そうか、それが本当なら…」彼は、喉から出かかった言葉を飲み込んだ。


「何?」


「103には援軍を待てと伝えるんだな。必ず来ると」


「ええ、ボウイはそのために奔走しているのだから、それだけ?」

彼は、何も言わずそっぽを向いた。いや、その目は壁の向こうにある遥か宙の彼方を見つめていた。どうして、隠居した身を放っておいてくれないのか、それは自分でも半分分かっていた。軍人になりたくて軍に入ったわけではない、小さく狭いステーションから逃げだして、宇宙を駆け回りたかった。それには軍が一番手っ取り早く、そしてなによりそれで生活することができた。


 軍の軛が外された今、そぞろ自分の意思で飛び回りたいという虫が、騒ぎ出しているのだ。なのになぜ、時代は自分を縛ろうとするのだろう。

 退職金で、個人用の宇宙クルーザーを買って、人生の残りの時間と年金をつぎ込んで、行った事のない世界に行こうとする一介の老人をなぜ放っておいてくれないのだ。


「宛てが無くても、希望は生きる力を授けてくれる。生きようとすれば、おのずと人は団結し、そして強くなる。」



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