二人の老人
二通の手紙がビル・ナン宛に届いていた、一通は地球中央政府からもう一通はラルフ・ボウイからだった。ビルは、封を切らないままそれを見ていた。端末には一隻の船が宇宙花の通行を求めていた、彼は機械的にその許可を出した。明日になれば最後の船が出ることになる。スペースフラワーを往来する船もそれを管理する職員も減っていた。どうせなら一人残らずここから去ってしまえばいい、そうなればどんなに気が楽なことか。しかし現実にはまだ多くの人々がここに残っている。個々の理想や個人的な事情のため、あるいは、アルドリーノにまるめこまれて共に戦うつもりでいる。本当なら政府にも独立派にも付きたくない、そして戦いは避けてやり過ごしたい、ビルはそう思っていた。しかしそんな彼の気持ちはだれも認めてくれないだろうということはわかりきっていた。
ビルは、政府からの手紙を開いた。思った通りに投降しここを明け渡さない場合は強制的な措置をとるというものだった。ボウイは、応援を集めているからその間耐えてくれと、このステーションが戦う意思で統一されていると思っているようだった。彼は中央政府への返事をあいまいな表現にした。時間が惜しい、もし戦いが避けられないというなら、ボウイの応援は是非とも欲しかった。
ドアがノックされ、前原が顔を出した。「ジョン・クーパー氏が参りました」
「中に通してくれ」ビルは、椅子から腰をあげた。クーパーは、前原が大きく開けたドアからのんびりと入ってきてビルの前で止まった。
「だいぶやつれたな、目はどうした?」クーパーは右手の拳を差し出した、ビルはその握り拳に自分の右手の握り拳を当てた。
「どっちも歳のせいだ。まぁ座れ。」ビルは部屋の隅にあるソファを指し、クーパーはそこに移動すると柔らかいソファに座った。ビルは壁際にある棚まで歩きそこから一本のボトルとふたつのグラスを取ってそれをテーブルの上に置くとクーパーの前に座った。それから、部屋に居る前原とアルドリーノに向かって外してくれるようにと指示を出した。
「まぁ、喉が渇いただろう一杯やれ」とビルはひとつのグラスに琥珀色の液体を注いでクーパーの前に置くと、もう一方のグラスにも同じものを注いだ。
「先ずは久々の再会に乾杯」ビルはグラスを持ち上げた。そのグラスにクーパーは自分のグラスを小さく当てた。二人とも、それを少しだけ喉に入れた。
「良いのを飲んでいるな、地球産か?」クーパーは、さらに口をつけた。
「ああ、そうだ。」ビルは、グラスをテーブルに置いていた。
「いい身分だな」クーパーを残りを煽る様に飲み、自分でボトルから空になったグラスにウィスキーを注いだ。「尤も今までは・・・だろうが」
「何しに来た」ビルはソファーに深く腰を落としていた。
「物見遊山ってところかな」クーパーは、にやりと笑った。「遙か昔、日本が将軍によって統治されて居たころ、首都の江戸では、火事と喧嘩は江戸の華と言ったそうだ。ここで面白そうな喧嘩が始まるってのに見物しないなんて、見逃せないさ」
「ならさっさと帰れ、始まるのはショーじゃあない」ビルは、じろりとクーパーを睨んだ。「まだここから脱出できる時間は残っている」
「まだ、見物が終わっていないのに帰れるかよ」クーパーは、身を前に乗り出した。
「死ぬぞ、お前さんの部下30人ともども見殺しにする気か」クーパーの動作に、対抗するようにビルもまた顔を突き出した。
「最初は俺一人でくるつもりだったんだが、勝手に付いてきちまったんだよ、まぁ正直俺もやつらを帰したいのだがね、それに見殺しになるとも限るまい、結構ここの話は広がっていてな、まとまった助っ人が来るかもしれないぜ」クーパーは、身を引きグラスに口を付けた。
「ああ、ラルフ・ボウイが義勇軍を纏めてあげている。」ビルは、一旦席を立つと、机の上からボウイからの手紙を持ってきて、テーブルの上に放った。
「ほう、それで何時来ると?」クーパーは、手紙に目をやったが読みはしなかった。
「時間が掛かるとだけ言ってきた。それまで篭城して耐えてくれとの事だ」ビルは、手紙を指先でとんとんと叩いた。
「なんだ不明か。奴は政治屋だからな、あるいは、今後中央政府に反旗の狼煙を揚げるためにここを犠牲にしようとしているかも知れない。昔で言えばパールハーバーを忘れるなってところかな」
「なら、帰れ。英雄扱いされて死ぬつもりか」ビルは、指先をクーパーに向けた。
「帰るわけないだろう、お俺は、自分の管制官長としての仕事は、全てやり終えて隠居の身だ。晴れて自由の身だ、やりたいことをやりたいのは当たり前だろ。今後老い先も短いしな。そうなれば、気残りなのはあんたの理想だけでな」クーパーは目の前のビルの指を掴んだ。
「私の理想?」ビルは、クーパーに握られた指を抜いた。
「どっちつかずの中立主義だ。それだけは腹に据えかねる。それをぶち壊しにきたんだ」クーパーは、クラスの中身を煽った。
「もう壊れたよ。」ビルは、ふうとひとつため息をついた。「うちの若い後継者が暗躍しながら対立気分を盛り上げてくれている」
「そりゃ、初耳だ。いい部下を持ったな」クーパーはげらげらと笑った。「うーん、前原君は中央よりだからもう一人の方だな…ならいい加減俺みたいに隠居した方がいいぞ、若い者にここの未来を任せてやれ」
「したいけどね、彼の人望はまだそれほどじゃないし、彼もそれを知っている」
「ふうん、じゃあ戦うんだな」
「いや、当面は私は今まで通りに動く」
「おいおい…状況が分かっているのに、まいったおっさんだ。」
「この年寄りの硬い頭が、考え方を変えることができると思うか?私は自分の理想をどこまでも突き通すつもりだよ」
「できんことは無いだろ、脳みそは柔らかいからな」
「俺のは固いらしい…だからな、もし此処の戦いを見に来たと言うなら、クーパー、私にはではなく、アルドリーノに力を貸してやってくれないか」
「何を教えればいい?」
「戦い方かな、お前さん流でいいよ」
「それは任せて貰ってもいいぜ」クーパーは、空のグラスを差し出した「あんたには時間かせぎをお願いしたいな」
「多分それは望めまい」ビルはそのグラスにウィスキーを注いだ。「この前は、温厚そうな熊谷艦長が来たが今度は血気盛んな奴が来るだろう」
「ああ、熊谷のじいさんは引退したそうだからな、今までは爺さんが抑えてくれたが今度はそうもいかねえだろ」
「角谷って若造が来ることになるだろう、この前来た時も戦争をやりたがっていたよ。ああいいのは苦手だ。腰を落ち着けて会話もできない」
「角谷、聞いた事ないな」クーパーは頭を傾げた。「どんな戦術でくるかな」
「戦争ってものについては、座学と記録映画でしか知らない割に、功を焦ってくると思う」
「すると初戦から力で一気に押して…オートマトンを大量に投入するな」
「じゃあ、こっちはゲリラ戦だ」クーパーはにやにやと笑った。「大軍になればなるほど後ろが疎かになる」
「だがな、所詮はこっちには分が悪い。どんなに蹴散らしても数と火力の差はありすぎる」ビルは、頭を左右に振った。「いずれは屈することになる」
「ボウイに期待して踏ん張るかな」クーパーは、グラスの中のものをくるくると回した。「彼が背後を突いてくれさえすれば、こっちも撃って出ることができる」
「いや、援軍が来たところで軍隊には敵わないさ。ただ、もし事故が起きてくれれば、相手の戦力が削がれるだろうって事には期待しているよ。」ビルは、ふっと目を何も無い中空においてから、クーパーに戻した。
「事故ってなんだい?」クーパーはグラスを回している手を止めた
「そっちでは、まだ発生していないのか」ビルは、どう説明したらいいか一瞬逡巡した。
「スペースフラワーによる移動中に精神が錯乱状態に陥るケースが増えているんだ。」
「え?錯乱?」クーパーは首をかしげた「聞いたことがない、そんな事が多発するなら協会はそもそも使用を控えるように通達を出すべきだ」
「事故については、民間にまで及んでいないみたいだ。私の知る限り、紛争のあった
フロンティア7が最初で、今回はこっちに来訪した軍艦一隻がまるごとやられたようだ。」
「しかし、錯乱ってのはなんだ?」
「よくわからんが、なにか化け物の幻覚を見たようだ」ビルは、フロンティア7から逃げ出してきた兵士や、チェン号の乗組員の姿を思い出した。「彼らは、非常に恐ろしい思いをしたみたいだった」
「化け物だって?」クーパーは、思わず手にしたグラスを落としそうになった。「船内でオカルト映画でも見ていたのじゃないだろうな、あるいは何かのネットから精神攻撃を受けたとか」
「地球の軍隊で、チップを頭に入れているやつはもういないよ、いれたら即除隊だ。俺が見た限りでは、みなノーマルな兵士だった。それが恐怖におののいて暴れるだけの人間になっていた。原因を探ろうにも、情報を訊こうとするやつは全員発狂しているしな、多分軍ではこれから詳細な解析をするだろうが、果たしてどこまでやれるか…」
「それが、こっちに向かっている軍に影響を与えてくれれば、ラッキーか…」
「そうだ。その偶然が起きればな、昔ではいえばカミカゼかな」
「偶然が必然にならないかな」
「原因が不明なのに無理だ」
「でも、何か打つ手がありそうなのに端からやらないってのは嫌いでな」クーパーは、薄くなったウィスキーを飲み干した。「しかし、原因さえわからないものは無理だとして、出来ることから手を打つさ」
「出来る事か、あんたの持ってきた、貨物を貸してくれないか?もっと多くの住人を避難させたい」
「荷を降ろせば、空くとは思うが、この時期になってそういうヤツはいるかね?」
「分からない」ビルは、じっとグラスの底を見つめた。ここに居る多くの人々、貧困の中でも、必死に生きている人々、人種、性別、年齢、宗教などを越えて、ただただ互いにやるべきことをやり、助け合っている。寛容さにあふれた人々が、彼は好きだった。
可能なら、そんな人々のケツを蹴ってでも、避難をさせたかった。しかし、多くの人々は、これまでちゃんと酸素税を払って、中央への義務を果てしているというのに、何故生活の場を追われなければ、ならないのだと憤慨しているのだ。
「あるいは、ぎりぎりになって心変わりをする人々も出るかもしれない」
「分かった、その時のために使えるようにしておこう」クーパーは、ゆっくりとグラスの中身を飲んだ。
「しかし、俺は、ここに残るからな」




