交渉10
河瀬の作業は、なかなか進まなかった。集めたロボットの種類が多様であり、ひとつの修正を他にロボットに移植することが事実上不可能だったからだ。そのため、毎回解析と修正とデバッグを繰り返すしかなかった。その上、ハード的な改造も入ってしまい、一度修正をしたのにも関わらず、内部の駆動系のパワーアップに伴い、モーターをスムーズに動かすための、データも取り直す必要さえ生じた。
「どうだい?」千葉が後ろから近づいてきた
「すみません、まだ、全体の1/4にも達していません。」彼は手を休めずに答えた
「まぁ、無理をするな」千葉は彼の肩を叩いた。「とりあえずやつらは今日にでも還るそうだ」
「では、回避できたのですね?」河瀬は手を止めて振り向いた
「まぁ、当面はな。しかしおっつけ始まるものは始まるさ」千葉は、横にあった椅子を寄せて座った。それから声をひそめた
「逃げるなら今のうちだぜ」
「しかし、ロボットが…」
「そんなもの幾つ作ったからといってもたかが知れているさ、相手は戦争のプロだ、それにオートマトンを投入してくれば勝ち目はない」
「旅費が無いのですよ」河瀬は苦笑いをした「実は、最近女房が出来てしまって、流石に二人分はね」
「こんな時に結婚かよ…」
「いえ、結婚したらこんな事になってしまったのですよ」
「運のねぇやつだ」
「そうですね、運からは見放されています。でも幸せかもしれません」
「しょうもねぇやつだ。じゃあかみさんを守るためにも、ロボットの改造を頼むぞ」
「千葉さんは行かれるのですか?」
「まさか、俺はこのステーションと心中覚悟さ。他に行くあてもねぇし、中央って奴が大嫌いなんでね。まぁ、ここに居るやつはどいつもこいつも此処に居るってよ。本当にバカばっかりだ」千葉の声は途中からいきなり大きくなった。
「バカは余計だ」と別の声が返ってきた。それに河瀬と千葉が苦笑いをして顔を見合わせた
「本当は、金が足りないだけじゃないのです」河瀬はぽつんと言った「命令で改造したけど、こいつらを見守ってあげたいのですよ。このロボット達を」
「皆そうだよ。」と千葉はうなずいた「ロボットは只の機械じゃない、ここの皆にとって我が子のようなものなのさ」
「バカばっかりですね」河瀬は、笑みをもらした。しかし、もし出来ることなら由美だけでも逃がしてあげたい気がした
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熊谷は、フラッグブリッジで正面に映された巨大な円環状の構造物を見ていた。そのぽっかり空いた空間の向こうには、多くの星々が見えた。地球から見るのとは全く異なる星座だ。
「管制室より、進入開始の承認が降りました」通信士が、大声で言った。
その途端、構造物の中心に光る靄の様なものが発生して広がってゆき、徐々に向こうに見えた星々の姿がそれにかき消されていった。やがて、構造物に囲まれた空間は銀色に輝く水銀の表面のようなもので覆われた。
「前進」熊谷は静かに言った。そしてゆるやなか加速とともに、飛竜はその先端を光る面に付けた。光る面の上を漣のようなものが同心円を描いて外側に流れてゆく。すこしづつ、巨大な空母はその面の中に沈んで行った。
「閉曲空間に入りました。ナビゲータシステム稼動」オペレータの声が響き正面のスクリーンは闇に覆われた。
気持ち悪い世界だ、と熊谷は思った。光源は一切存在せず、引力さえもない、ここの宇宙は真空で満たされてもいない、粘つくような原始的な粒子が均一に充満しているために、それは船の加速の邪魔をする。
大きな加速は大きな抵抗を生むだけで、むしろエネルギーの無駄にしかならない。その為この空間では全ての船がゆっくりと移動をする。光源となる恒星が存在しないため、ここで外を見るとなると、船から発せられるライトのみとなる、それさえ多くの粒子に散乱されて、遠くまで届くことがない。
「気持ち悪い世界ですね」横で角谷が呟くようにいった。熊谷はこの好戦家の男でもそう思えるかと、ふと彼に人間味を覚えた。「調査の手も拒否する空間なのに、我々はここを通らざるを得ない、分かっているのは閉じられた宇宙というだけ、それも僅かな異星人の資料からの推測だけなのですからね」
「ここを制圧すれば安心して通れるぞ」熊谷は皮肉っぽく言った
「我々の知識では無理ですよ。ただ、遠い未来には制圧とはいかないまでも、ここがどういう処か分かるのではないでしょうかね?」
「ギョン博士が、観測装置を送出する許可が欲しいそうです」後ろから声が聞こえた
「また、あのやっかいものが…」角谷がぶすっと言った
「やらせてやれ、どうせ結果は分かっている…いや待て」と答えたとき、スクリーンに奇妙なものが映った。「なんだ…」
それは、透明なエイのように見えた。しかし実体らしいものはなく、まるで煙が宙を舞いながら偶然にエイの形をとりながら流れてゆくようなものだった。熊谷はふとその物体に恐怖のようなものを覚えた。
「ギョン博士はあれを採取する気か?」熊谷は嫌な予感に包まれた気分になった。後ろでは、後ろでまだ博士と会話している男に訊いた。
「そうとのことです、その為に魚雷管を使用させて欲しいと」
「駄目だ」熊谷は眉間に皺をよせて返事を翻した
「え?」角谷は、熊谷の厳しい表情をみた。「おや、許可しないのですか?何時もあっさりと」
「あれは、駄目だ」熊谷は声を低くして言った。第六感のようなものが、あの物体に触れてはいけないと囁いていた。
「宇宙科学庁からクレームが来ますよ。この空間の調査は優先度が高いですから」角谷は、不機嫌そうに言った。ギョン博士は、当然調査が許されるものと思っている、にもかかわらず、それに理由も告げずに却下するとなれば、あの老科学者がどれほどわめき散らすことか、それをなだめなければならない。反面、現艦長がこの問題により早々に船を降りることになるのでは、ないかと喜ぶ気持ちもわき上がってきた。
「駄目なものは駄目だ」熊谷は頑なに拒否した。
「艦長らしくないですね」
「これから艦長に昇進するお前に言っておいてやる。」を熊谷は角谷に顔を向けた。「この艦は多くの情報を収集することができる、そして我々はその情報を収集分析をして戦略を練ることができる。しかし、敵に関する情報に瑕疵がないと言い切れるか?」
「完全なステルス技術でもあれば、我々に見えない情報もあるかもしれません。しかし、存在するものは空間になんらかの情報を必ず流すものです」
「いい回答だ。しかし、このように我々の知識が届かないところで我々は何をもって敵と判断すればいい?ここでは私達は盲目に等しいのだよ」
「さぁ…」
「感だよ。特に直感が危険を告げることがある」
「そんなもので?」
「そう、長年の感ってやつさ。私は今、あれが幽鬼のように思えるよ」エイのようなものは、暫く空母の周りを漂っていたが、やがて飽きたように流れ去っていった。
「居なくなりましたね」角谷が静かに言った
「ギョン博士が許可が出なかった件について理由を求めていますが」後ろから情けない声がきこえた
「分かった替わろう。私から説明する」
熊谷は後ろに退き、角谷はスクリーンから目を外した。目の前にいるナビゲータの前にあるディスプレイには、同心円が一定間隔で内から外に向かっていた。その度にポーン、ポーンと柔らかい音が聞こえる。それは、行き先のスペース=フラワーが発生しているビーコンだった。やがて、スクリーンに銀色の面が現れた。
「全艦停止」角谷は、大声を出した。スクリーン上で銀色の面は大きく迫ってきた
艦は、その手前で停止をした。
「102ステーションから、脱出開始の許可が下りました」通信士が言った
「脱出速度で前進」角谷は大声を張り上げた。この先艦は、スペース=フラワーを出たり入ったりを繰り返しながら基地に近づくことになる。その度にステーションからの指示を仰がなければならない。そして次回、ここを使う時には、兵士を多く乗せ、そして許可を待たずに突破しなければならない。
軍艦に限って、スペース=フラワーを艦から操作できる技術は既に搭載されていた。未だにできないのは、あるポイントから目的地まで一気に行くことだ。木の枝のように広がるスペース=フラワーの配置は枝の分岐点にのみ存在し、この機構を使う船は全てその分岐点で通常空間に出た後に再度また閉曲空間に入らなければならない、角谷にはそれが鬱陶しく思えた。




