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交渉8

 遅い時間になって、河瀬がお福の上にある由美の部屋に戻ってくると、彼女は食事を卓袱台の上に置いた。そして河瀬が茶碗を取ると、急須にお湯を注ぎながら今日あったことをぽつりぽつりと話し、そのつど河瀬の箸が止まった。


「無事でよかった」河瀬は、とても食事が喉を通るところではなくて、やっと一膳を食べ終わると空になった茶碗を置いた。普通なら2,3膳は食べるところだが、それ以上は喉がつかえるような気分のために、食べられそうになかった。


「お前に何かあったら、とても生きていけそうにないよ」河瀬は、由美の喉についた赤い痣を見ながら言った。


「まぁ、うまい事を言って。ご飯はもういいの?」由美は、河瀬の視線が自分の喉にあるのを知って。そっとそこを撫でた。


「ああ、残っているなら、明日の朝にでも茶漬けにして食おう」河瀬は、笑みを繕った。


「そうね、勿体ないし」由美は、空になった食器を持って台所に向かった。


「しかしなんで兵士はロボットに寄りかかって寝てしまったのかなぁ」河瀬は由美の背中に声をかけた。


「暴れまくって疲れていたのじゃないかなって、警備の人が言ってたわ」由美はそのまま答えてシンクの中に食器を置いた。


「ふうん、そんなものなのかな?それにしても危ない奴をなんで逃がしやがって警備は何をやってんだ」河瀬は、この怒りをどこにぶつければ良いのだろうと思った。


「なんでも、フォロンティア7から逃げてきた兵士らしいけれど、病人らしくって今度きた連邦の軍艦に乗せて還るそうよ」由美は食器を洗いながら言った


「何だって?じゃあ、軍艦が帰るって。噂は本当だったんだ」


「噂もなにも、今日はそのニュースで持ちきりよ。あんた、仕事で篭っているから知らないのでしょ」由美は、食器を手に持ったまま振り返った。


「ああ、なんだかんだと忙しいからな」河瀬は、茶をすすりながらも、情報に疎いことが不安になった。


「忙しいのはいいけど、体を壊さないでね。あんた、結構ひ弱だし」由美は、食器を拭きはじめた。


「飯さえきちんと食えれば大丈夫さ」河瀬は、声を元気そうに張ってみせた。「お茶漬けばかり食べて居た頃に比べれば、太ったし」


「愛情たっぷりだもんね。風邪なんかひかせないんだから」由美は食器を片付けると、そそくさと戻ってきて河瀬を背中から抱きしめた。


「怖かったよ…」小声でそう言う由美の言葉に応えるかのように、河瀬は自分の胸の前に回っている由美の手を撫でた。水仕事で未だ濡れていた。背中にくっついている由美の頭が熱く感じた。


「ねぇ、戦艦、還るみたいだからもう戦争はないよね」


「ああ、無いと思うよ」河瀬は、今自分が行っている作業の事を考えるとその言葉に自信がもてなかった


「でもなにか不安、折角一緒になれたのに」河瀬は由美の手を外すと、体の向きを変えて彼女に向き直った。その途端由美の体が彼に懐の中に入ってきた。


「大丈夫さ」彼は由美の顎を手で持って持ち上げると軽く唇を合わせた。そして次は由美が強く彼の唇を吸い、そのまま舌を絡めあった。


「汗くさいよ」彼はふとキスの途切れた間に言った


「構わない、抱いて」その言葉に彼は、唇を強く求め、彼女の胸を服の上からまさぐった。何度も揉むうちに唇が離れ、彼女の顎が彼の肩の上に乗った。微かな吐息が漏れていた。彼は由美の服のボタンを外して前をはだけると、両手を後ろに回してブラのホックを外して、それを取り去った。


 客の引いたおふくの暗い廊下に二人が睦み会う声が流れた。時に静かに、時に激しく、誰も聴くものがいない店の中に流れるその声は、どこか寂しげでもあった。

 二人の住む部屋の隅では、一体のロボットがただ二人の行為を穏やかに見守るように静かに佇んでいた。河瀬の部屋から運んできた由美に似たロボット。


 夜の時間帯と設定された、静寂の中。やがて二人の声は止み、寒さが静かにステーション内に降り積もりはじめた。


 朝とされた時間。河瀬は、汗で体に張り付いた由美の髪を一本一本はがしてから、静かに箪笥に近づいて下着を取り出した。几帳面に畳められたそれは、仄かに花の香りがした。ここの汗臭い生活になれてしまい、忘れ去ってしまった香りだ。


「行くの?」布団の中で横になったまま由美が眠そうな声を出した


「ああ、仕事だしな」


「ごめん…朝食作れなかった」


「いいよ、どうせそういう生活に馴れているから」


「ダメだよ、そういうのに馴れちゃ、私がきちんとしてあげたかったのに、昨日は激しいんだもの。疲れて寝過ごしちゃった。」


「…」河瀬は、返事に困り黙々と服を身に着けていった。


「まだ、あんたのが中に入っているような感じが残っている」由美は、ため息をついた。「ねぇ、今日遅刻していかない?」


「こらこら、余韻に浸っているんじゃない、お前だって暫くしたら下に降りないとだめだろ」


「ねぇ、キスして」由美は甘えた声を出した。彼はそれに応えて布団の脇に膝を付くと由美の唇を吸った


「行ってきます」


「頑張ってね」河瀬は声にうなずいてから、梯子を下ろした。


 河瀬は廊下に下りる前に、電源が切られたまま置かれたロボットの頭をそっと撫でた。

「お前だけには殺人はさせないからな…」その声は、由美には聞こえなかった。由美は、頭から布団を被って、もう少し寝るつもりのようだた。



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