交渉7
河瀬は、ディスプレイ上で2次元的に動作しているロボットのシミュレーション映像を眺めていた。その横では、デバッグの為にグラフ、チャート図、数字の羅列が流動的に表示され続けているモニターが置かれていた。彼はモニターの方に目をやると、キーボードを叩いて幾つかのパラメータを追加した。それにより、ディスプレイ上に四角い緑の障害物とその後ろに一人の人間を示す画像を配置した。
ディスプレイのロボットは、スムーズに動きながら障害物を回り込み、後ろにいる人間をサーチした。
彼は、モニター上に現れる数字の羅列を追った。別のウィンドウには、パラメタで設定した人物の姿格好がどの様にロボットが認識しているのかが表示された。そして、モニター上に認識信号なし、武器所持と現れた瞬間、彼は目を細めた。
「違う、それは民間人だ。武器は無い」と独り言を大声で叫んだ。ディスプレィのロボットは手にした武器を発射し、ディスプレイ上の人間は、赤く染まってから倒れ、その上にDeathと吹き出しが表示された。
「何、騒いでんだ」後ろから声がかかった
「すみません」河瀬は振り返った。そこには、新たな作業場の主任である千葉が立っていた。千葉は青いジャンパーを着て、右手で綺麗に整った鼻髭をいじっていた。
「そもそも、無理がありすぎます。」河瀬はディスプレイ上で赤くなっている人間を指した。「民間ロボットには、人間の確認と、その状態は認識できても、それが味方か敵かは判断できませんよ。それに、この改造は違法じゃないですか」
「文句があるなら、上に言いやがれ。俺だってそれぐらい承知だ」千葉は、腕組みをして言った。
「戦争が、始まるのですね?」彼は恐々と千葉に訊いた。
「こんなもの作って、農業用とか言えねぇだろ」と千葉は口をとがらせながら言った。それから小声に切り替えた。「しかし、どうやら今直ぐって事態は避けられたみたいだぜ、例の戦艦が仲間同士で衝突した結果が、よほど酷いらしくて撤退するらしい」彼は、由美と一緒に見た光景を思い出した。あれからここに来て以来、外で何が起きているか分からないままだった。
「だから、焦らなくていい、その分、可能な限り出来のいいものに仕上げてくれ」千葉は、河瀬の居る場所を離れロボットに兵器を取り付けている男の傍に向かった。
出来の良いものか…彼は手を止めたまま考えた。由美に似せて作ったロボットはどうなるのだろう、日々ここに搬入されてくるロボットと同じ様に、兵器を取り付けられ、ソフトウェアも殺人ができるように変更されてしまうのだろうか?
できればそうなって欲しくは無かった。彼はそう思いながらも、再び作業に戻った。ここから逃げる金が無い以上ここで頑張るしかない。彼は、再びキーボードを叩きはじめた。ディスプレィの中で動作するロボットが動き始めた。
アルドリーノは、運ばれてゆく病人達を通路の傍らで見ていた。その多くは鎮静剤でぐったりしたままストレッチャーで運ばれていたが、中には普通の怪我で自力で歩いてゆく兵士もいた。
フロンティア7に駐屯していた連邦の兵士達は、突然発生した反乱運動の沈静に向かったが、その時既にいかなる手段でもフロンティア7に人も物資も送ることが出来なくなり、一方通行のようにただ逃げ出してきた人々だけをスペースフラワーは吐き出してきた。
調査班がビルの指示で組まれたが、何も掴む事ができないまま病人ばかりが増え続けた。ラオ医師は可能な限の手を尽くしたが、精神的な疾患を患った患者達が何でそうなったかも、どうすれば治療できるかも分からなかった。そして今、こうして兵士達が帰還の途に付いている。
それは人道的にも見えるだろう。より医療の進んだ中央に連れてゆけば、彼らは治癒できるかも知れないからだ。しかし、中央に不満を抱くものたちは、返されることに危機感をつのらせていた。それは、ビルに対する不信感という形で、彼らの中で危険なくすぶりかたをしていた。
-押さえられるか?-彼はビルの言葉を反芻した。その時大声が耳に入った。一人の患者がストレッチャーに縛り付けられた状態で運ばれて来たのだった。
その兵士は口角から泡を吹き、今にもベルトを切りそうな勢いで体をくねらせていた。
「すみません、煩くて…副管制管長」スレトッチャーを押していた看護士が彼に詫びた。「鎮静剤が不足してきて」
「なんだって、足りないのか?」彼は十分な在庫があると聞いていた。
「いえ、有ったのですが、事故のあった連邦の方から融通してくれとの依頼があって管制管長が受けちゃったんです」
「なんてことだ!それで大丈夫なのか?」
「まぁ、こんな具合で運んでいけばなんとかなるんで…すみません、後がつかえていて」看護士は駆け足でストレッチャーを押して行った。
同じ状況の患者が彼の前を次から次へと通っていった。
彼が、戻ろうと思ったとき突然血まみれの看護師が駆けて来た。彼はぎょっとして足を止めた。
「どうした!」彼は大声で訊いた。看護師は、僅かに走る速度を緩めただけで、「連邦の患者が逃走した!看護師が一人重態だ」と叫び通り過ぎようとした。しかし彼は看護師の腕を掴んで引き止めた。
「急いでいるんだ!」と看護師は身をよじって彼の腕を振りほどこうともがいた。ガラガラという音とともに、ストレッチャーが向かってきた。
「警備員に連絡はしたか?」と彼は訊いた。看護師は一瞬はっとした顔をした。
「分かった、行け。俺が連絡しておく」ストレッチャーが迫ってきたので彼は看護師の腕を放した。彼の目の前を過ぎったストレッチャーには下腕から血を流した状態で白衣の男が、運ばれていった。彼は携帯端末を取り出すと、警備主任を呼び出した。
「副管制官長。何か?御用ですか」と主任の顔が端末の上に浮かんだ。
「連邦の兵士が脱走した。重度の精神障害で危害を加える恐れがある。最悪の場合射殺してもいい」…それが戦争の口実にされてしまうのはビルの考えに沿わないか…「いや、麻痺銃を使うようにしてくれないか射殺はまずい」
「分かりました。例の搬送ですね。だから警護するかって提案したのに、断りやがって。くそ!なにか特徴は?」
「軍服を着ているだろうし、言動がおかしいだろうな。今分かるのはそれぐらいだ」彼は、かつて病室も病衣も足りず避難してきたときの服のまま牢獄に入れられた兵士達を思い出した。
「情報はこれから集める、広報部にも連絡を入れて市民に注意を促してくれ」
「了解です。」そんな中でも、暴れる患者達が運ばれてゆく。状況が状況だけに一旦やめればいいのにと彼は思った。
救護室に運ばれた看護師は下腕の一部を噛みちぎられていたとアルドリーノは報告を受けた。応急処置が施された男性の看護師は、針による局所の神経をブロックされていたために、十分に意識はあったために。自ら逃走した兵士の顔や氏をデータベースから選んでみせた。
「しっかり結わえたつもりだったのですけど、ベルトがかなり劣化していたみたいで、いきなり切れてしまったんです。」看護師は顔を歪ませながら話した。「鎮静剤があれば、こんな目にあわなかったのに…」
「不足していたのは気が付かなかった。至急手配をする。」アルドリーノは詫びを言いながら、ビルのくそったれと心の奥で罵っていた。
河瀬の部屋は、二人で住むには狭すぎる部屋であった。由美はそんな部屋に一人ぽつねんと座り、周りを見ていた。
荷物といえる荷物はとても少なく、もう「おふく」にある二人の新居にあらかた持っていってしまった。
がらんとした部屋に残っているものといえば、由美の若い頃にそっくりなロボットが一体が、奥の壁に座り込んでいた。河瀬は友人に頼まれて作ったものだと、照れくさそうに言い訳のように言ったものだった。
彼女が何に使ったのと訊ねると、「女優の代わりでね」と頭を掻きながら「実はその映画が賞をとったらしいんで、まぁその記念ってことで俺に送られてきたんだ」と話した。
「こっそり何をやっているかと思えば…貴方って得体が知れないのね」彼女はそっと彼の頬をつついた。「この前、デートを途中ですっぽかして以来えらく忙しそうだけど、また何を作っているの?」
「悪い、それは秘密なんだ」
「ふぅん、また私似のロボットとか設計していないでしょうね」
「それは無い、ただ君を守るためにも大事な仕事なんだ」
「ここに居て守ってくれる方がいいな」彼女は甘えて彼の肩に頭を預けた。河瀬の手が彼女の頭をゆっくりと撫でた
そんなちょっと前の、甘い記憶に耽っていると、ドアが唐突に開く音がした。しまった鍵を掛けるのを忘れたと思いつつ「どなたです?」と声を出しかけて由美は息を呑んだ。
ドアがいきなり開けられると、そこには口の周りや服に血らしい赤茶けたものをべっとりと付けた軍人が中腰になっていた。両手をだらりと下げ顔を前に出しながら、ふらふらして前進してきた。
「怪物めぇ…」兵士の口から声が漏れた。まるで二人の人間が同じ言葉を話しているような奇妙な声。その同じ口から粘っこいよだれが垂れた。
「誰…出て行って」彼女は悲鳴のような声をあげた。
「ぶっころしてやる」男は、じわじわと近づき彼女は、狭い部屋の中で後ずさりした。
「誰か!」彼女はさらに大声を上げた
「どうした?」と誰かがやってきて大声をあげた。そして、男の服装を見るや否や「脱走兵だ」そして周囲に向かって「警備に連絡しろ」と声が響いた。
しかし、駆けつけた男は手助けには躊躇したままだった。
兵士は、前に前に前進した。そして由美はロボットともども壁際に張り付いた。男の手が伸び由美の首を片手で掴んだ。
「こいつ!」いきなり男が飛び込んできて、棒のようなもので兵士にむかって振りかぶった。兵士は空いた方の手で振り下ろされた棒を掴み、ぐいと棒を一ひねりしただけで助けに来た男の掌から棒がするりと抜けた。
男は顔色を変えるとすぐさま部屋を飛び出して大声で助けを呼んだ。その間にも兵士の指は由美の白く細い首に食い込んでいった。「へへへ…死ね。死ねバケモノ」男の指にさらに力が篭った。
「助けて…」彼女はその指を両手で掴んで引き離そうとしたが、まったく力が及ばなかった。意識が遠のき。手が力を失った。そしてロボットに向かって手を伸ばした。「あんた、助けて」指がロボットのスイッチに触れそして床に落ちた。
「やめなさい」ロボットは静かに兵士に囁くように言った。その声に兵士は反応して顔を付き合わせるように人としか見えないロボットを見つめた。
「あ・・・」唐突に男の手が由美の首から離れた。由美の体が崩れ落ちるようにして床に落ちた「人が居る…やっと見つけた。」兵士もまた床に座り込んだ。「まだ、生きている人が居たのか」
「私は、アンドロイドですよ…」ロボットは答えた
「いいや、違う…違う」兵士は、前に倒れこんでロボットの膝の上に頭を乗せた
「おびえていたのですね。」ロボットはそっと兵士の頭を撫でた「もう大丈夫ですよ」ロボットの言葉に対して兵士は寝息で答えた
由美は横でそんな状況に気づかないまま、朦朧としていた。しばらく後に、警備隊がやってきて男をそっと拘束した。由美は、やっと起き上がると痛みの残る首をゆっくりとさすった




