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交渉5

 管制室では、本日も小型の船がスペースフラワーを抜けて脱出して行く予定が示されていた。その予定のひとつひとつが慎重に承認されてゆく、彼の執務室の電話が鳴り、それをゆっくりとした動作でとると受付が「熊谷船長からです」と事務的な声で伝えた。彼は繋いでくれと答えた


「ビルです。」彼は、古臭い型の受話器に向かって言った。


「悪いが、至急ドックのチェン号に来てもらえませんか、できれば内科か精神科の医師を派遣していただきたいのですけど」


「病気かなにかですか?伝染病の場合ですと、隔離または船ごと消去処分になりますが」ビルの頭の中で、マニュアルのページがめくられ、船内における伝染病発生時の対応についての対処方法が鮮明に思い出された。


「いや、こちたの船医の診立てでは、細菌やウィルス性の伝染性疾患とは違うようだが、水兵の中で原因不明の神経障害が多発しているようなんだ」熊谷は、水兵と古臭い言い方をした。ビルは熊谷が宇宙軍の前はきっと地球上の海の上に居たのだろうと判断した。


「分かりました、手配しましょう」ビルは、対応しないわけにはいかないだろうと、思った。スペースフラワーに携わるものとして、移動中になんらかの精神障害がまれに起きることは、聞いており、未だにその原因は不明なのだった。それと同じ現象が一つの船で多発するとなると、その究明は必要と思えた。


「ありがとう、敵対しているのにすまんな」熊谷の声は、本当に申し訳なさそうであった。多分、二度目の貸しを作ってしまった自身への、ふがいなさもあるのかもしれない


「まだ、戦争状態ではありませんからね」ビルは、そう答えつつも、そうならない事を祈っていた。何事もなく済むのが一番いい。


「恩を仇で返すことになるかもしれんが…」熊谷は、ビルの思いに釘を刺した。


「いや、今は、互いに協力をして病人を救いましょう。」彼は、熊谷の次の言葉を待たずに電話を切り、すかさずオペレータを呼び出した。「ラオ医師を第5ドックのチェン号に派遣するように指示を頼む。例の症状だと言ってくれ。私もこれから向かう」それから、入口近のデスクに付いていたアルドリーノを呼び寄せた。


「出て行く船は全て承認しろ。これから入港する船は待機させておけ」と指示を出した。「待機ですか?」アルドリーノは、首をかしげた

「ああ、何かあった場合、被害者は少ない程良い」

「なにか、まずい事でことでも?」

「いや、単に杞憂というだけだよ」ビルは、そう言うと、デスク横に置いてある、電動車椅子に座った。

 

 彼は、通路を小型の電動車椅子で移動をした。最初の内はまともな形をしていたステーションであったが、無秩序に拡張され続けたために、当初は執務室から何処にでもいけたホットウェイが意味をなくしてしまった。

 今や通路は、複雑な迷路のようであり、ナビ搭載の車椅子でなければ、徒歩でドックに行く気にはなれなかった。

 行き交う人々は、彼の姿を見ると道を譲ってくれ、その都度人々は敬意を示す仕草を彼に送ったが、滅多に動く事の無い管制官長の姿をみて、そこに不安な表情で彼の背を振り返る人も多かった。


 巨大ドックの様子を伺える窓から外を見ると、宇宙服を着た作業員が宙に浮かびながら修復作業を行っていた。その作業員も小金を溜め込んだ者から順にこのステーションから流出をしつつあった。


 いずれ、残った者達でここを守らなければならないだろう。と彼は思いつつ車椅子を先に進めた。


 ドックに入る出入り口の手前にある気密室に入りドアを締めると、彼は椅子から立ち上がり、壁に吊された宇宙服の一つを手に取って、慣れた動作で宇宙服を自から着た。


 そして、ドックに出るドアの横にある開閉スイッチを押して。気密室の空気が抜かれると、ドアがゆっくりと自動的に開いた。


 彼は、気密室とチェン号の入口を接続している丈夫な布地で出来た簡易通路を、泳ぐようにして渡った。チェン号側の入口では4人の兵士が銃を持って固めており、彼が手前にくると彼に誰何をした。


「ビル管制官長だ」彼は無線に入ってきた声に応えた。すると兵士は銃を下げた


「熊谷艦長がお待ちかねです」と一人が敬礼をして彼を誘導してチェン号側の気密室のドアを開けた。


「中の空気はどうかね?」彼は兵士に訊いた。


「外殻の一部が損傷しているので、数箇所で空気抜けがあります。従ってその箇所は、通れませんが殆どは大丈夫です。」


「そうか、修理が早く済むといいな」


 兵士の脇を抜けて彼は気密室の中に入ると、表示板にOKのサインが出るまで待ってから、ヘルメットを抜いだ。-良い空気だ-と彼は思った。


 空気の浄化に植物も使っているようだ。ステーションでもその設備はあるが、多くの人々の生活や酸素を消費する生産する設備があるため、効率重視の人工葉緑素や二酸化炭素分解機を使うために、匂いまでは手が回らないのだ。気密室のドアが自動で開くと、既に宇宙服姿のラオ医師と熊谷艦長がなにやら話しをしていた。


「ビル管制官長」ラオ医師は、ビルの姿を見て先に声をかけた。剥げ頭の額に深い皺をため、目のあるべき処に機械のレンズが飛び出している医師の表情は常に判断し難い。しかし、ビル自身も似たような境遇で有ることを思い出すと、体のどこもサイボーグ化していない、熊谷が羨ましく思えてきた。


「お忙しいところ申し訳ない」と熊谷は敬礼をした。


「いえ、どうせ事務仕事しかありませんので」ビルは、そう言いつつ医師に目をやった。


「今、艦長から概略を伺っていましたが、例の症例のようです」その目に応えるように医師は報告をした。


「貴方達は何か知っているのか?」艦長は不満そうにビルを見た。


「いや、正直未だ何も分かっていないのですが、先ずは患者を診せてもらえませんか…」ラオ医師は、冷静に答えた


「そうですね、確かにそうだ。付いてきてください」と熊谷は、先頭を切って歩き出した。空気はあるが、重力が無く、宇宙服の靴底にある磁力だけが頼りなために、不慣れなビルとラオは踏み出した足がすぐさま床から離れたり、ふわふわと宙に浮いてしまったりと、なかなか先に進めなかった。

 熊谷は仕方なく二人を宙に浮かした状態で命綱に結び付けると自分が牽引車となって先を急いだ。その間幾つもの死体を入れた袋が二人の兵士に誘導されて運ばれて行った。


「かなり酷い損害だったようですね」ビルは宙を流れながら言った。


「思ったより酷い」熊谷はうなり声をあげた。「本来なら、極秘にすべきなのだが、手助けが欲しい」2人はあちこちで閉鎖されたエアロックから上下左右に分かれる通路に入り込みまるで迷路の中を突き進むようにして目的地に案内されていった。


 その廊下は薄暗く、消毒臭と奇声に覆われていた。どの声も化け物だぁ!!とか助けてくれとか叫び続けている。


「こんな有様だ。最初に救助に入った連中はこいつらに殺された。」


「入れますか?」ラオ医師は、熊谷に訊いた


「ああ、皆をベッドに縛り付けてある。」熊谷は答えて自らドアのひとつを開けた。医師が中に入ると酷い悪臭が漂っていた。どの兵士も普段着のまま両手両足をベッドに縛り付けられて、ひたすら身をよじりながら「助けて!」「化け物が来る!いやだ食われる」などと悲鳴をあげ続けていた。


ラオは部屋の中央を歩きながら激しく身をのけぞらし、ドタンとベッドの上に落ちたり、縛られた手首に血をにじませながらも尚もがき続ける兵士達を見つめた。下段にあるベッドの一つに彼が近づくと「来るな!来るな!くそバケモノ!!ぶっころしてやる」と悲鳴とも罵声とも取れない雄たけびがあがった。その声に同調して各所から「ひぇー!」という叫び声が上がった。彼がそっと手を差し伸べようとすると、兵士は頭を持ち上げてその手に噛み付こうと飛まつを飛ばしながら大口を開け、上下の歯を激しくぶつけながら閉じた。「くるな…ぁ、があああ、くるんじゃねぇ,悪魔め」


「ドクター」と室内の入口付近で様子を見ていたビルが声をかけた。その声の方を剥いてラオはうなずいた。「同じです」


「何か知っているのか?」熊谷は、ビルに訊いた


「どこか静かに話せる場所はありますか?」ビルは、熊谷に小さい声で言った。熊谷はやや考えてから「この船の艦長室が空いていると思うが、ただ酷い有様だ」と答えた。


「構いませんよ。」ビルは人にさえ聞かれなければいいと思っていた。それと伴に、何故このような事象について、船長に知らされていないのかが、軍の情報の在り方について、疑問を持った。熊谷は、船長として知るべき情報のはずなのだ。


「分かった。二人とも付いてきてください。」熊谷は、表情の読み取れない二人がどこまで知っているのか、知りたかった。そして、船長という地位にあるにも関わらず、管制官が知っている情報を自分が知らないということに、不満が募り始めてきた。


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