交渉2
重い金属のドアが自動で開くとその向こうでは、一人の初老の男が曳航されながら、こちらに向かって来るエルゴラントの映像を大きなモニターで、ソファに座りながら見ていた。
アルドリーノは、上下をきちんとしたイタリア風のスーツに身を包み、ネクタイもきつい結び方をして、踵の音を鳴らしながら堅い床の上を歩き、そして男の後ろで踵を揃えた。
「ビル・ナン管制官長殿、会議の時間です。」
「もうそんな時間か」管制官長と呼ばれた男はゆっくりと振り向いた。顔に皺はほとんど無いがあちこちにしみができており、眼がある場所には大きなレンズが埋め込まれえていた。男の髪は真っ白に染まりそれも残り少ない。その上よれた上下に身を包んでいるせいか、年齢以上に歳をとっているかのように見えた。
「全員お揃いです」
「分かった。」と男は、杖で体を支えながらゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫ですか?」とアルドリーノは脇に寄り添った。
「ああ、大丈夫だ。若い頃の無茶がこの歳になるとあちこちに出てきてな、なに直ぐに良くなるさ」ビルは、ゆっくりと歩を進めた。
部屋を出ると、廊下は昔程には明るくない。歳のせいか、と彼は思った。あるいは発電機が増えすぎた居住区への供給に耐えられないのだろう
「アル…君は、私の跡を継ぎたいそうだね?」歩調を併せて歩く青年に彼は問いかけた。
「はい、でもこの道を進んだものは皆貴方の跡を目指していますよ。私だけではありません」
「そうか、しかしどちらの仕事かね?管制官としての私かね?それとも、政治屋としての私かね?」
「当然どちらもです。現在の管制官は、ともすれば政治的な駆け引きも必要になりますから」
「やめなさい、そもそもここは一介の中継ステーションに過ぎない、政治なんか手の及ばない人々や物や情報が行き来するだけの場所であるところなんだ。それなのに、厄介な出来事のせいで居住者が増えすぎた結果が、今の現状に過ぎない。本来の私の仕事は管制だけやっていればよかったんだ。できれば、このステーションから政治屋を私の代で一掃できればと思っているくらいだ」老人の声は、静かで優しく響いた。
「そんなことはありません」アルドリーノは老人の言葉に対して高い声をあげた「貴方のおかげでここはひとつの独立した国家として認識されています」
「ああ、私がそうさせたからね。しかしそのせいで、多くの惑星間のトラブルにも巻き込まれることになった。そんなことに時間を費やすくらいなら、ターミナルで多くの旅人達の笑顔や泣き顔を見てすごす時間の方が私は好きだよ」
「ビル・ナン管制長官殿は、辞められるつもりなのですか?」アルドリーノは老人の前を遮るようにして歩を進めた。
「さあな、君次第だ。」老人は、アルドリーノの顔をじっと見つめて答えた。
アルドリーノは、二の句が告げなかった。老人の言う意味が分からなかった。今までのように、なんらかの指標が欲しかった。
回廊の突き当たりにある木の感触のある合成樹脂のドアを開けて中に入ると、決して広いとは言えない部屋に楕円のテーブルが置かれ、そこに20名程度の人々が席に着いていた。
廊下とは段違いに明るい照明が使われ、部屋の中は全て白で統一された配色となっていた。ビルはまぶしさにレンズの絞りが自動的に絞られるのを感じた。彼が部屋に姿を見せると同時に人々は起立し、彼が席に座ると同時に再度座った。アルドリーノは彼の後ろに立った。
「私の方で招集しておきながら、遅れてしまい申し訳ない」とビルは最初に詫びた。
「さて、事態は知っていると思いますが、地球連邦軍の軍艦が、ここに向かいつつあります。」
「我々に勝つ見込みはありませんよ」席上、警備服を着た男が言った。
「リュウ警備長、私は開戦は望みません。今回、連邦軍が来た目的は交渉の場を設けることだし、私は開戦をできない様に彼らの兵站船の通行は許可していません。だから自前の食料も多くは無いでしょうから長逗留はできない筈です。」
「しかし空母が来ているじゃないですか」リュウ警備長が大声を出した。
「空母では戦えない」と老人は言った。「ここは惑星ではありません、一宇宙施設です。法的にここの破壊が許されない以上、彼らのできる攻撃は白兵以外にありません」
「どっちにしろ、こちらには兵力は無い」警備服の男は、腕組みをしていた。
「戦わないと、私は言っています、今回貴方達を招集したのも、それを再度はっきりさせたかったからです。私はなんとしても開戦を避ける、しかし、ある情報筋では彼らは、なんとしても開戦の口実が欲しいようです。」
「トラッパーの兵士の受け渡しは?」
「彼らには、法的にここに在留する権利があります。それであれこれ嫌がらせをできたとしても、それを口実にはできない筈です。それに私は、兵士達には自らの意志でここに在留するか、地球側の捕虜となるかを任せる積もりですし、それを公にします。したがって、地球軍はあれこれ我々を翻弄させて、開戦への糸口を故意的に作るだろうと思います。死んでもよさそうな使節団も寄越していますしね。だから、むしろ危険なのは、此処に地球に対して敵対心を持っているグループが居るということなのです。彼らに下手な活動をさせると、我々は勝てなくても戦争をしなくてはなりません」
「では、我々は・・・」
「身内で、危なそうな者を拘束するか、活動できないようにしていただきたい。タグボートの乗組員達も私の言葉を聞いてくれました。」
□
会議を終え、二人はビル・ナンの執務室に戻っていた。
「思い切った事を言いましたね」
アルドリーノは、そっとコーヒーを淹れたカップをテーブルに置いた。
「このステーションに地球に良い感情を持っている人など少数ですし、このステーションや貴方のために銃を取ろうとする人々は、このステーションには山ほど居る」
「君もだろう?」
「ええ、知っての通りです。多分私が一番危ないグループのトップです。」
「抑えられるかい?」
「さぁ…どうでしょう?」アルドリーノは、難しい顔をした、血気盛んな者達は、自分を担ぎ上げ、そして戦いに誘い込むのはよく分かっている。そもそも、理想の為、彼らを焚きつけたのは自分であり、今やその火が業火となって自らを焼き尽くそうとしている。
「もし、戦争になったら君が管制官を継いでここの指揮を執れ、そして傷の味を知ってみるのもいいだろう、始まれば多くの他のステーションから支援も来るだろう、今でも毎日のようにメールが届いているしね、ただ支援は直ぐには得られないよ。だから毎日、死者と負傷者を見ながら応援を待ち、ひたすら耐えることになるけどね」
「なんで私が?」
「誰がやっても変わらんからさ、私は船乗りであり、管制官でもあったが、軍人じゃないからね、そうならやりたい奴がやったほうがいい。 君みたいにね」
ドアがノックされ、管制官室で受付をしている一人の若者が入ってきた。手には一通の書簡を持っていた。




