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交渉(1)

 ウルフガング=シュナイダーは、実宇宙に出た瞬間目の前にある光景が信じられなかった。既にスペースフラワーから離脱しているはずのチェン号がそこに立ち往生しているからだった。彼は、神を呪う罵声を上げてから大声でマイクに向かって指示を出した。


「全隔壁を作動、各自レベル1の衝撃に備えろ。」

 彼の周囲で多くの機器を前にして操作を続けているメンバーからてきぱきとした応答が返ってきた。そしてたちまち船内を照らしていたライトが暗くなり、代わりに赤い警告灯が要所要所に灯った。


「障害物への接触まで後3秒!」オペレータの声が響いた。3Dスクリーンには、彼の戦艦ヘルゴラントとチェン号が明確に映し出されていた。それが今まさに接触しようとしていた。


「接触!」という声とともに、大きな衝撃が彼の大きな体を襲った。船内に警報がところかまわずに鳴り響き。彼はGシートに深く押し込められた。その間にも、船体そのものがギシギシという悲鳴を上げ続けた。


「Cブロック大破!」3Dディスプレィ上に映し出されたヘルゴラントの左舷前方から赤い部分が広がってゆくのが彼にも見えた。


「充填剤噴出区域C-1,C-2,C-3。Cブロックの兵士は指示があるまで気密ブロックにて待機」


「E,Gブロックに亀裂」くそチェン号め、何をしてやがった!シュナイダーはシートに体を押し付けられながら毒気付いた。


「後ろから飛竜の実体化が始まりました、こちらに突っ込んできます。」


「嘘だろ、冗談じゃない!」

しかし後方のスペースフラワー内では、銀色の発光が始まっていた。


「主第一操舵エンジン大破!」


「副第二操舵エンジン大破!」


「これじゃ離れられないじゃないか」シュナイダーは、拳でコンソールデッキを叩いた。

「このままじゃ、あのデカ物にこっちまで押しつぶされてしまうぞ、舵がまともに利かない以上は、あれと共々少しでも移動するしかないか…」


「チェン号を牽引ビームで補足後、全速前進する。かなりの損傷が予定されるため、作業に当たる兵士と、気密ブロック内の兵士以外は、船体中央部に避難しろ」

強引な牽引のため二隻の戦艦がぶつかり合う衝撃が船内を震わした。3D画像上2隻の船は横並びになっていた。


「バウ牽引完了、スターン牽引完了、中央デッキ牽引完了。これより最大加速を行います」

 激しい衝撃がドスン、ドスンと立て続けに起こった。核パルスエンジンの始動だった。

 ヘルゴラントはチェン号を脇に密着させながらゆっくりと動き出した。その接合部では、互いに胴体をこすれさせあったために、更に破損が進んだ

「流石に重たいな」シュナイダーは、スクリーンの中に飛竜が入ってきたのを確認した


「行け!行け!急ぐんだ!」彼の怒鳴り声が響いた。


「これ以上の出力は無理です!」機関士がわめいたが、彼はそれを上回る怒鳴り声を発した。


「第三操舵エンジンを最大出力、飛竜との間隔を少しでも広げるぞ」またしても激しい加速が側面から襲った。



 飛竜の艦長の熊谷も、驚いた表情を隠せなかった。目の前でからみあっている戦艦2艇よりも遥かに巨大な空母である飛竜は、それを避けきれるとは到底思えない。丁寧に鼻髭をそろえ髪を角刈りにした彼は、眉をひそめ横に並んで同じように渋い顔をして、前方にある立体スクリーンを見ている角谷の横顔をちらりと見た。角谷は、若くして幹部にまで昇りつめた出世頭であり、この航海が無事に終われば、これを最後の航海としてる熊谷の跡を継ぐ尤も近い位置にあった。


「さて、どうしたものか」と熊谷は角刈りの頭を掻いた。


「どうせぶつかるのなら、こちらを守る為にも破壊するしかないでしょう」角谷は、あっさりと言った。


「そんなにあっさりと人の命を切り捨てるものじゃあない」


「貴方は甘い。」と角谷は、冷たく言った


「兵士は駒である以上、戦いに勝つためには捨てる必要もあります」


「まだ戦争をすると決まった訳じゃない、まぁなんか方策を考えようや、ともすれば、案外何もせんでも済む場合もあるしな。ほれ、見てみな」と熊谷は、顎をしゃくるようにして前方のスクリーンを見た。そこには、多くのタグボートが集団で集まりつつあった。


「何で、救助にくるんだ?敵だぞ。俺たちは」角谷は不思議そうに言った。


「おいおい、まだやるとは決まっていないぞ。それにあれが宇宙を航海する者達の精神だ。さて仕事っぷりでも拝見させてもらうかな、中央の映像をクローズアップしろ」


 拡大された映像の中では、タグボートが戦艦に取り付いた順に次々ともやい綱を繰り出しては、人々がそれを手作業で2隻の戦艦に結わえていた。

「なんて原始的なんだ」角谷は、まるで汚いものでも見てしまったかのように言った。


「何が原始的だと?」熊谷は角谷の方を見た


「あれがですよ、あんな貧弱な紐で」


「たがが紐、されど紐さ、どんなに機器が発達しても単純なだけに、色々と使えるものだ。お前はロープワークを学ばなかったのかい?それに、ただの紐じゃあるまい。」

 二人の短い会話の内に、多くのタグボートの全てが、宇宙船とロープで結ばれた。


「手際がいいな、しかし衝突まで時間が無い、ヘルゴラントの努力で多少間隔を広げられたが、まだ足りない」


「ヘルゴラントとの接触まで、あと10秒です。なお、船体がスペースフラワーから完全に出て居ない為に、回避行動は取れません」オペレータが知らせた。タグボートのエンジンが一斉に火を噴いた。しかし、絡み合ったままの2隻はびくともしなかった


「動かない…だめだ」角谷がうめくように言った。

各タグボートの後部から噴出す炎の大きさが大きくなったり小さくなったりする様子が伺えた


「いや、同調させているだけだろう」熊谷はじっとその様子を静観していた。


「動くはずが無い!あれは破壊する必要があります」角谷は、大声で熊谷に詰め寄った。

「8秒」

 そして、タグボートのエンジンの炎が強く吹き出したそれに、あわせるように、ヘルゴラントのエンジンも青白い炎を短くも激しいパスルで噴出した。


「シュナイダーもタグボートの動きを良くみているな、もっとも、あれにはそれ以上の加速は無理そうだが」熊谷は、目を細めて見ていた。映像の中のヘルゴラントとチェン号が見た目にも分かるほどに急速に脇へと離れてゆく姿に角谷が目を丸くした


「本当に動くのか」


「しかしぎりぎりだな」熊谷は、じっと離れてゆく様子を見ていた。 巨艦の先頭部をかろうじて避けたヘルゴラントだったが、全身がラグビーボール型をした構造の飛竜であるため後方部が確実に迫ってきた。タグボートのエンジンの炎が更に伸びたが、それ以上に飛竜の迫る速度が速かった。


 ヘルゴラントの左舷砲塔の一部が飛竜に接触して装甲ごともぎ取られた。その孔から、部品やら人やらが投げ出された。しかし、全身に凹凸がほとんどない飛竜の装甲には傷が少々付いた程度だった。さらに、装甲同士が接触を始めた。


「機関部、スペースフラワー離脱直後にバウとスターンの右舷操舵エンジンを起動しろ」熊谷は、コンピュータに向かって言った


「アイアイサー」機械的な声とはいえないはきはきとした返事が返ってきた


「間に合いますかね」角谷が訊いた


「やつらの根性しだいだな」

接触した衝撃でエルゴラントは、更に痛手を被り操舵エンジンのひとつが停止した。しかし、接触の作用で船が弾かれたために、僅かではあるが間が開いた。そして、それに乗じてさらにタグボート達が一斉に出力を最大にまで上げた。


「あそこまでの出力があるのに何故最初から出さないんだ。全く」角谷は、ぶすっと言った。


「ロープがいくら丈夫でもな、あんなもの曳いたのでは、切れてしまうだろうさ、ああなるのを待っていたのさ、奴らはな」エルゴラントは、どんどん飛竜から離れて行った。


「機関部、先ほどの命令は取り消す」


「アイアイサー」


「じゃあこちらは、先にステーションに行こうかね。そこまでの指揮は君が取れ。できるならゆっくりと行って欲しいものだけどね、私は少し寝る時間を欲しいよ。」熊谷は、大きくあくびをした。「退役間近にこんな任務は体に堪える。」


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