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普通の人々10

 薄暗い展望室には人がほとんど居ない。厚い透明な樹脂に囲まれたその部屋から見えるのは、小さく見える一つの白い恒星と、巨大なスペースフラワーの姿、そしてそのスペースフラワーの背後を恒星からまるで河のように細かい粒子が白い輝きを帯びながら流れているのが見える。その流れの終端はぐるりと渦の様な輪を描きながら消えて行く。その渦の中央にはブラックホールがあるはずだった。


 恒星の光の届かない場所には数限りない星星が暗黒の世界を埋め尽くしていた。その景色は見る人を圧倒せずにはいられない美しさと力を持っていた。しかし、誰も生活のためいつしか此処に来る時間さえ失ってしまう。河瀬は、目をじっと深遠に浮かぶ人工の構造物に置いていた。


「久々に来るわ」由美も、着物姿で正面を見ていた。暗い室内で由美と河瀬は手をつないでいた。


「最初に来たときは、毎日の様にここに来ていたのにね」由美は繋いだ手を解いて、彼の肘に手を回した。甘い香りが彼の鼻腔をくすぐった


「俺もさ、毎日毎日飽きるように、ここに来てはあの構造物を見ていた」


「あれがすきなの?」


「多分、魅入られているのだと思う。本当はあれの調査をしたかったんだ。それに使うAI機器を製作したかった」


「あら、あれに嫉妬しそう」由美が、彼に寄り添った


「…」彼は、薄暗闇の中でじっと彼女を見つめそれからそっと唇を合わし、やがて惜しいように唇を離した。


「不思議な存在だよあれは」河瀬は、じっと巨大な輪を見つめた。


「人類が作ったものでも無いのに、俺たちは知らず知らずにその使い方を覚えそして、宇宙のあちこちに出没している。誰が、何時なんの為に置いたのか、どうやってこんな遥か遠くまできて作ったのかさえ分からない」


「きっとすごく寿命の長い人々だったのかしらね、ここで作ってまた、遠くの星星まで移動して、そうね、そうじゃないと次の宇宙花は造れないものね」由美は、その構造物を和名で呼んだ。どちらかといえば、彼もその呼び名の方が好きだった。


「気の遠くなるような時間だっただろうね、あるいは宇宙船に長距離ワープ装置があったかもしれない…いや、そうならこんなもの造る必要もないしな」

やがて、スペースフラワーの輪の中が銀色に輝き始めた


「何かが来たみたいだ、見てみよう」彼は、固定された双眼鏡まで手を繋ぎながら由美を連れてくると中にコインを一枚入れた。


 その中では大きくスペースフラワーが映しだされていた。巨大ななリングに囲まれた部分には銀色の明かりが発生していた。まるで水銀の表面の様にゆらゆらと輝く光だ。やがてその表面に同心円の模様描かれ始め、そしてその波紋の中央部がじわりと持ち上がってきた。


 それは水銀の輝きを保ったままさらにせり出しつづけ、そしてその内側から圧迫されつづけることに限界がきたかのようにその頂点が破けだし、銀の輝きの中から黒い物体の先端が姿を現した。黒い物体は、銀の輝きを纏いながらも序所に全貌を真空の中に露にしつつあった。


「バトルシップだ」彼はうめくように言った。由美の目にもその姿は捕らえることができた。 双眼鏡をのぞく河瀬の目に奇妙な物が視界に入った。それは、スペースフラワーの巨大な輪の上を移動する一体の機械だった。


「自動修復機か?」その存在は既に彼も知っていた、巨大構造物さ故に稀にではあるが、宇宙塵がこれに被害を及ぼすこともある、それを修復する機械が常にその輪の上をいくつも巡回しているのだ。したがって、いくつもの部品を持ち歩きそしてそしてそれを交換している様子が稀に見受けられた事があった。


 しかし、その機械は全く違っていた。伸ばしたアームを使って本体から何かの部品を剥ぎ取りそれを自分の周りに接続し大きく育っているのである。修復機とは全く正反対の動作をそれは行っているのだ。


 バトルシップは、その全貌を現した。そして輪の上を俳諧していた小さな機械は、ゆっくりと本体から離脱を開始した。本体から掠め取った一枚の太陽風を受け止める帆を張って。どんどんとスピードをあげてゆき、二人の前をあっと言う間に通りすぎていった。


「何かしら?」由美は首をかしげた。


「分からない」と彼は言った。


「でも、そんなことも出来るのか」と通り過ぎた機械の姿を深遠の闇の中に探した。


「…」由美もまだじっと外を見ていた。


「何かあったのかしら」


「何?」と彼はスペースフラワーから離脱した機械を追っていた目を再び彼女に

戻した。


「バトルシップが動かないの」と彼女は指先を外に向けた。

黒い不吉な形をしたバトルシップは、葉巻型の船体に多くの砲身をまとった姿を見せたままスペース=フラワーの前で立ち往生をしていた。

普通ならば、直ぐにそこを退くのがルールだ。次に実体化する船のために道を空ける必要があるからだ。


「危ないなぁ、どうしたんだ」そしてその危惧がまさに実現されようとしていた。スペースフラワーの中に再び漣のような同心円を描く紋が現れたからだ。その波紋の中央にまた円錐形の膨らみが誕生を始めていた。


 新たに出現をしたバトルシップは、前に出現したバトルシップと僅かな距離だけしかないため砲身同士を接触させながら進んだ。


 それにより、停止していたバトルシップは、やや押される格好になりながら動きだした。しかし、互いの損傷の酷さは、その接触部分から流れ出した。多くの部品や煙から知ることができた。その部品を障害物と判断したのか、スペースフラワーの機械達が本体から離脱して船から剥がれたものの回収を始めた。


「一体何が始まるの?」由美は、じっと外の無残な光景を見ながらつぶやいた


「判らない」河瀬は、静かに答えた。


そして彼の携帯電話が鳴り響いた。

発信人は彼の仕事の上司のタルコフスキィだった。


「はい…」と電話に出た彼の横顔を由美は見守るようにじっと見た。


「休暇中に申し訳ない。」と電話の主は侘びの言葉を言ったが抑揚の足りない、事務的な感じだった。「お前に会いたいという役人が来ている。事務所の方に至急顔を出してくれ」


平日の昼の間のエレベータは空いている。河瀬は滅多に乗った事の無い大きな箱の中に入って最下層に向かうボタンを押した。何が自分を待ち受けているのか、不安に押しつぶされそうな気分に心臓が激しく脈を打った。


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