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剣林弾雨のナイトレイド

作者: 宮前さくら

某FPSにハマって書いてみました。

VRMMORPGもいいけど、VRFPSジャンルの小説もっと増えて欲しい。

 

 吹きさらしの荒野にポツンと佇む廃工場。赤錆が目立ち風化しきった外観は長年ここに人の手が入っていないことを容易に悟らせる。

 風が吹く度にどこからか虚しくカンカンと音が鳴り、がらんどうの施設内を反響していく。

 人に忘れられた物寂しい廃墟、そんな場所。


 だが今現在、とうに無人のはずの廃工場内には複数の人影があった。

 静寂に包まれていた空気を絶え間無く鳴り響くけたたましい銃撃音が引き裂き、排莢された空薬莢がバラバラと投棄されていく。しかし不思議なことに地面に落ちて跳ね返った次の瞬間、青白く明滅するとまるで始めからこの世界に存在していなかったかのように消滅した。


「ぐううっ!当たらねぇ!!どうなってんだよあの動きはよぉ!!」


 そう怒鳴り散らしながらスキンヘッドの大男が手にしたAR、アサルトライフルから銃弾を雨あられとバラ撒くが、放たれた弾丸は目標に掠りもしなかったようだ。

 半分は空の彼方へと消えて行き、残りの半分はコンクリートの壁を深く穿って銃痕を残す。けれどそれも僅かな間だけで見る間にキズ一つ無い綺麗な、いや()()()()()()()()()()元の風化して変色や亀裂の目立つコンクリートの壁に戻った。


 しかしそんな異常としか言えない光景を目にしながらも男たちは気にも留めていない。生死の駆け引きが行われている場ではそんな余裕も無いだけだろうか?


「ローテーションを乱すなマリクッ!!弾幕を張り続けないとリロードの間を狙われる!!」

 

 空になった弾倉を取り替えていた大男、マリクに通りを一本挟んだ遮蔽裏から金髪碧眼の白人が怒鳴った。彼もまた弾を全て撃ち切ったようで替えのマガジンを手にしている。

 マリクと白人の男、そしてもう一人の仲間の三人で敵に制圧射撃を行っていたのだが、マリクが連携を無視したせいで交代して行うはずのリロードタイミングが被ってしまったのだ。


「す、すまねぇ。……だがよアーサー、ちょこまか動き回るだけでまともに撃ち合って来ねぇヤツにビビり過ぎじゃねぇか?」


 口では謝罪しつつも内心の不満を隠そうともしないマリク。そんなマリクをアーサーは一蹴した。 


司令塔(オーダー)は俺だ。お前もそれで納得した、そうだろう。なら答えは決まっているはずだな?」


 敵と銃口を向け合っている状況で司令塔には即決即断で最善の答えが求められる。その点においてアーサーは自分の判断に絶対の自信を持っていたし、他人の意見を聞くつもりはなかった。

 マリクにしてもアーサーの指示に助けられた場面は数知れず、それに自分がミスを犯した手前もあってバツ悪そうに頭を掻くとそれ以上は食い下がろうとはしなかった。


「……わーったよ。アンタを信じて従うさ、いつもみてぇにな」


「フッ、後悔はさせんよ。()()()そうだろ?」


 マリクの言葉に絡めて返しつつ片目をつむっておどけて見せるアーサー。

 締めるべきところではしっかりと締めつつも空気が悪くならないように配慮を欠かさない。そんなところもマリクが彼をリーダーとして慕っている美点だった。


「よし皆!とにかく当てようとしなくてもいいから制圧射撃で敵を安地外に封じ込めよう。ケーニヒはそのまま頭を抑えててくれ」


「おうよっ、任せろ!」


「……了解」

 

 アーサーとマリクが言葉を交わしていたのはマガジンを交換する僅かな間だ。

 とはいえ三本からなる牽制射の内、二本が一時的に失われていたことに変わりはない。残る一本を担っていたケーニヒが敵を一定の範囲内に釘づけることに成功していなければ包囲網は完全に瓦解していただろう。


 それでもある程度の自由を敵に与えてはしまったが、再び二人が加勢して徐々に敵の行動半径を縮めてやれば問題ない。身動きが取れないようにしてやれば自ずとこちらの戦略的勝利は揺るがないものになるーーそのはずだった。


 だが警戒が緩んでいた一瞬。優秀な司令塔であるアーサーをして、ケーニヒが抑えきったと信じた僅かな隙を敵は見逃していなかった。

 

「よしマリク、同時にピークして面制圧を掛けるぞ。スリー、トゥー、ワン、今ーー」

 

 タイミングを合わせてマリクとアーサーが遮蔽から半身を晒したまさにその瞬間、空をつんざくような銃声が三度鳴った。


「(エイムを)置いてやがった!?畜生ッ!!アーサーッ!!大丈夫か!!」


 マリクが驚きに満ちた表情で見つめるその先で、アーサーの額を何処からか飛来した凶弾が貫いていた。

 頭蓋骨を粉砕し脳漿を掻き回して後頭部までトンネルを掘り進む鉛の塊。

 頭に走った強い衝撃に首を仰け反らせたアーサーは、髪を引かれるようにしてそのまま硬いアスファルトの地面にどうっと倒れ込んだ。


 あの数秒の内に敵はケーニヒからの射線を切りつつ、アーサーを狙撃出来るポイントまで密かに移動していたのだろう。

 虚ろに見開かれたアーサーの瞳は瞬き一つしない。四肢は力なく投げ出されてピクリともせず誰がどう見ても即死だ。衛生兵(メディック)に見せたところで最早手の尽くしようもない。


「ケーニヒッ!!俺が野郎を引き付けてる間に蘇生しろ!!」


 だというのにマリクはしゃにむに弾丸を撒き散らして敵の注意が自分に集まるように仕向けると、アーサーと距離が近いケーニヒに向かって吠えた。


 実に全くの無駄、全くの徒労。

 失われた命が戻ることは決してない。

 まして治療ならいざ知らず蘇生ときた。

 確かに心肺停止に陥った患者に施す治療処置を蘇生と言い表したりもするが、脳天を鉛玉で抉られた人間がどうやったら生き返ると言うのか。

 そんな都合の良いおかしな奇跡なんて御伽噺でもなければ起こるわけがない。


 逆に言ってしまえば、創り物の世界でなら有り得るわけだが。


 よく見てみると不思議なことに、血の海に倒れ伏しているはずのアーサーの身体からは一滴たりとも血が流れ出していなかった。

 どころか銃撃を受けたはずの眉間にも弾丸が貫通したはずの後頭部にも傷跡一つ見当たらない。


 その代わりに彼の体の上にはボンヤリと薄緑色に輝くデジタル数字が浮かび上がっていた。最初は30と表示されていた数字は一秒ごとに28、27、26とカウントを減らしていて、何かのタイムリミットが迫っていることを知らせているようだ。

 これは何を意味しているのだろうか。もしかすると中には『なんだかゲームみたいだ』なんて思う人もいるかも知れない。



 あまり引っ張り過ぎるのも冗長なのでここらでネタばらしをしてしまうと、もし貴方がそう思ったなら正解だ。

 まるで現実の戦場と見間違うほどの精巧さだが、実はこの光景はVR空間上に再現されたとあるバトルロイヤル形式のFPSゲームのプレイ風景に過ぎない。


 死亡したアーサーにしてもネット小説でよくあるログアウト不可のデスゲーム云々なんて危険は一切なく、死体が仲間と喋れるのは不自然という理由でダウン時はシステム上VCが繋がらなくなっているだけだ。

 現実の彼はといえば五体満足のままVRギアを頭に被って私室のベッドの上に寝転がっていることだろう。


 だから何の問題もないーーというのはあくまで現実でのお話。

 このゲームの内容に戻るなら、このまま蘇生アクションが行われずに30秒間が経過してしまうとアーサーのアバターは消滅してしまいこのマッチ中に復帰が出来なくなってしまう。

 守勢に回っているこの状況で三人一分隊のチームから貴重な戦力を一人、しかも司令塔であるアーサーを失うのは痛手だ。

 だからこそマリクは多少の危険を冒してでも蘇生を通したかったのだが、生憎とケーニヒの判断は違った。


「阿呆か。せっかくの人数有利をわざわざ捨ててどうする。蘇生で一人が無防備になったところを仕掛けて来るに決まってるだろうが。いつまで経っても立ち回りも考えず銃をブッ放すしか知らないからこんな簡単なことも分からないんだ、この馬鹿め」


 すぐ側に横たわるアーサーの死体に目もくれず、油断なく長物のスコープを覗き込んでいるケーニヒはマリクのオーダーをせせら笑って却下した。

 実のところサブオーダーとしての役割をチーム内で担っているだけあってケーニヒの見立ての方が正しいだろう。

 それはそれとして一言も二言も余計なケーニヒの口ぶりはマリクの癇に障った。


「ンだとォ……相変わらず嫌味ったらしいクラウト(キャベツ野郎の意)が。どっかの美大落ちたちょび髭野郎のケツでも舐めてろや」


「ほぅ、言うじゃないか。お望みならまたパリまで散歩してやろうか。その時は白旗を振って持て成してくれよ蛙顔(フロッガー)?」


「あ゛あ゛ッ!? テメェから先にブッ殺してやろうかァ!!!」


 出身国が歴史的に微妙な関係のお隣さん同士という二人。それを抜きにしても元々仲が良くないこともあってここぞとばかりにブラックジョークを繰り出し合うが、口喧嘩でも軍配はケーニヒに上がったようだ。

 こめかみに青筋を浮かび上がらせて苛立ちを露にするマリク。それでも敵への警戒を途切れさせないのは器用というか何というか。……もしこのゲームにフレンドリーファイアが仕様として備わっていたら、向けられた銃口の先は違ったかもしれないが。


 暫くケーニヒを睨み付けていたマリクだったが、この生まれついての皮肉屋相手にいちいち腹を立ててもきりがないと思ったのか頭を振って大きく溜め息を漏らした。


「……はぁ、止めだ止め。それで?テメェならこの後どうするってんだよケーニヒ先生」


 興奮しやすくて口を開けば機関銃のように暴言が飛び出し、ゲームマナーも悪い粗忽者と疎まれて所属チームを悉く解雇されてきた過去を持つマリク。

 しかし素行こそ悪くとも、FPSゲーマーとしての腕前自体は欧州屈指のファイト力を持つダメージディーラーだった。

 そんな彼を拾って実力で黙らせ、フラストレーションをコントロール出来るように仕込んだのが欧州最強のプロゲーミングチーム『CROWN』のメインオーダーであり世界最高峰のインゲームリーダーと謳われるアーサーだ。


 おかげで今ではこうして反りが合わない相手にも意見を求めるほどに成長した。

 とはいえそれはゲームプレイ中に限った話で、普段は激しい口論が絶えないのだが。


「敵は一人だ。人数差は正面からやっても覆せない、それが分かっているから攪乱して隙を伺っているんだろう。だが相手には不運なことに安地はこっちに味方した。俺たちは誘いに乗らず、このまま奴が安地の壁に追われて顔を出したところを待ち構えていればいい」


「猟犬に獲物を追い立たせてズドン、か。けどよ、こちとらプロだぜ。こっちから詰めて二人で挟んじまってもいいんじゃねぇか?」


「ーー相手が普通の相手ならばそれも選択肢だが。アーサーが撃たれたところを見ていたんだろうに。何か気付いたことはないのか?」


 そこまで言って思わせぶりに言葉を切るケーニヒ。ユンカーの血筋だか何だか知らないが彼のこういう気取ったところが鼻に付いて仕方ないマリクだが、今はそれよりも気にかかることがあった。


「テメェもそう思うってことは、やっぱAimbot(チーター)か」


「その可能性が高いだろう。立ち回りやキャラクターコントロールはともかくアーサーのヘルスを一瞬で溶かしたエイムは流石に匂う。迂闊に体を晒すのは避けるべきだ」


「ケッ、腕もねぇ腰抜け童貞がママに貰った小遣いでお手軽に最強ですーってか?ったく冗談じゃねぇ。スキン課金煽って儲けてるくせにチート対策ケチるからこうなんだよ運営め」


 CROWNが回している高レートランク帯の惨状を思い知っているだけに、マリクは心底忌々しそうに吐き捨てた。


 まともなプレイヤー相手なら例え対面するのがプロだろうと撃ち負ける気はしないが、全弾ヘッドショットで理論値を叩き出してくるチーターが相手となると話は別だ。

 CROWNのメンバーのようなトッププレイヤー達が持てる限りのパフォーマンスとチームワークの全てを出し切ったうえで、運が味方してようやく幾らかの勝機が見えて来る。

 チーターというのはそれほどまでにゲームを崩壊させる理不尽な存在なのだ。


 そうこうしている内にアーサーの蘇生可能時間が切れて死体が消滅すると、所持していた装備やアイテムが辺りに散らばった。

 その遺品を近くにいたケーニヒが遮蔽から体を出さないように気を配りつつ漁っていく。


「よし、SMGに持ち替えた。肉回復とアーマーは?」


「問題ねぇ。グレだけ分けろ」


「分かった。二個やる」


 物資を投げ渡して共有し、ケーニヒも遠距離武器のスナイパーライフルから近接戦闘用のサブマシンガンに持ち替えて準備は万端。


 正面は目の前の貨物コンテナが遮蔽になっていて、背後と左右は安地の壁。安地外を回って背後から奇襲をかけようにも最終収縮手前のエリアダメージを耐えきることは無理だろう。


 残された選択肢として相手は開けた正面から安地内に駆け込むしかないが、そこに待ち受けるのはCROWNに所属するプロゲーマー二人だ。

 腕前は言うまでもなく、さらに貨物コンテナを使って体の暴露面積を抑えた上で撃ち合える。


 相手がチートを使っていようがいまいが絶対的な有利状況。こちらの勝ちの芽は十分にあるとケーニヒは確信していた。


 短いような長いような静寂の時が場を支配しーーややって、正面に僅かに物音が一つ。


「そろそろ来るぞ。合わせろよ」


「へッ、テメェこそ外すんじゃねぇぞ」


 相手とて自分の置かれた状況が絶対的に不利なのは当然理解しているだろう。だがチーターの疑いがあるとはいえ3対1の状況でクレバーに戦い続けた相手がやすやすと勝負を投げ出すとは思えない。

 姿を見せるとすれば安地収縮が迫ってどうしようもなくなってからーーそんな予想を裏切ってカウントにはまだ余裕があるというのに堂々と、あるいは無防備に敵はその姿を現した。


「ガキ、か……?」


「馬鹿っ、気を抜くな!格好の的だぞ!」


 虚を突かれたマリクは頬付けしたライフルのサイトを覗き込んだまま立ち尽くしていた。そんなマリクに檄を飛ばすケーニヒも手にしたSMGを沈黙させたままだ。

 プロとしてはあるまじき失態だが、二人が躊躇してしまったのも理解できなくはない。


 ドットサイトのレンズに映っていたのは腰まで伸びた長い黒髪が特徴的な子供。

 見た目からしてアジア人、中国人(チャイニーズ)、いや日本人(ジャパニーズ)だろうか?

 小柄で凹凸に乏しい身体を黒一色のボディアーマーで覆い、鼻から上は狐を模しているのだろう仮面を付けている。

 だから目鼻立ちも性別も定かではないが、身長や露になっている口元からして()()()見積もってもミドル・スクールくらいの年頃か。


 武装はたった三発しか装填出来ない代わりに重機関銃用の強力が弾丸を装填出来るという超大型の回転式拳銃と、背中には日本のサブカルチャーにハマっていると噂の開発が実装した近接格闘武器のカタナ。

 どちらもピーキーな性能の実用性より見た目重視の好き者向けで、そんな武器を選ぶお子様らしさはいっそ微笑ましいがーーこれから銃火を交えようという相手が子供というのはどうにもやりにくい。


 頭ではこれは現実じゃないと理解していても、現実さながらの質感を売りにしていVRFPSなだけにまるでゲリラの少年兵と相対した軍人の苦い気分が追体験出来るよう。

 そんな葛藤が二人にとって引き慣れているはずのトリガーをいつもより硬く重いように感じさせていた。


 もっとも、それも僅かな間だけだったが。


「おい。もういけるな?」


「ああ、すまねぇ大丈夫だーーって、テメェも撃ってなかったろうが!偉そうに指図出来る立場か!!」


「……………………」


「コ、コイツ。自分の都合が悪くなった途端に黙りやがった」


 結局のところ幾ら真に迫ろうがゲームはゲーム、本物じゃあない。

 撃たれようと斬られようと血が出るわけでもなければ痛みを感じるわけでもなく衝撃が伝わるぐらいのもの。

 見た目にしたって自由自在にキャラクリエイト出来るしプライバシーの問題もあるから、アバターと現実(リアル)で容姿も体型も年齢も時に性別さえかけ離れているというのはよく聞く話だ。


 もっとも中には現実の肉体とVRのアバターで体を動かす感覚に微妙なズレが生じてしまうのを嫌って自分の身体測定データをそのままアバターに使用するほど徹底している者もいるが、そんなのはマリク達プロゲーマーのような一部の廃人くらいだ。


 だから基本的にアバターの容姿は気にしない方が良いーーというか気にするだけ無駄、というのが混沌としたVRゲーム黎明期におけるユーザー達の共通認識となっていた。

 

「チッ、まあいい。どうやら敵サンも舐めプしてくれてたみてぇだし?余裕ぶっこいてっとどうなるとか、目に物見せてやろうぜ」


「それは同意だが。お前と意見が合うのは気分が悪いな」


「うっせぇお互い様だ。さてと……よォ、待たせちまったかァ?」


 気を取り直して再び戦意を昂らせたマリクは二人に手を出すでもなく黙って見守っていた狐面に声をかけた。


 敵前でぼさっと立ち尽くしている間抜けなどカカシも良いところだというのに、どうやらそんな楽な勝ち方はお気に召さないらしい。

 正々堂々の勝負がお望みとは中々どうして男らしいが、その一方でチーター臭いのは下手なジョークよりよっぽど滑稽だ。


「へッ、だがまあ嫌いじゃねぇぜ真っ向勝負ってのも。いいぜ付き合ってやる、テンカウントでリスタート。それで恨みっこなしでどうだ?」


「お、おいっ!何を勝手にーー」


 まるで西部劇の決闘のノリで勝敗を決めようとするマリク。

 ケーニヒが慌てて止めようとするも、手を挙げてそれを制する。

 

「まあまあ、いいじゃねぇか。俺らは待ってもらってた立場だし、それになあなあで再開したら勝っても負けても後味悪ィだろうがプロとしてよ」


「それは、そうだが。しかし……」


「どのみち勝てばいい話じゃねぇか。お前さんの方はどうだい?」


 マリクが再び問い掛けると、狐面は無言のまま首を縦に振った。

 どうやらお気に召したらしい。


「はっ、野郎分かってやがるぜ。それでどうするよケーニヒ。相手さんは乗り気みてぇだが、まさか断っちまうのか?」


「……はぁ。もういい。好きにしろ」


「よしよし、そうこなくっちゃ。んじゃ準備済んだらカウントするぜー!」


 もうどうとでもなれといった様子のケーニヒを尻目に、マリクはぐるりと周囲を見渡すと声を大きく張り上げてカウントを始めた。


 "1"ーーケーニヒは改めてセーフティが外れているかと、マガジンの残弾を確認している。


 "2"ーーマリクは自然体だ。声を張り上げて数字を読み上げながらゆったりと射撃姿勢に移行していく。


 "3"ーー狐面は微動だにしない。馬鹿みたいなサイズの回転式拳銃も右手ごと地面に向いたままだ。


 "4"ーー確認し終わったマガジンを再度装填し、ケーニヒはSMGを構え直す。


 "5"ーー右手で銃把を軽く握ると、人差し指は引き金に。左手はフォアグリップを握り込む。


 "6"ーー背中は丸めるように、ストックを肩に付け固定し、頬をストックに触れさせてサイトを覗く。


 "7"ーーターゲットがサイトの中央に来るように調整、調整。胸部、心臓に狙いを定めた。


 "8"ーーあとはトリガーを引くだけ。ひりつくような緊張感で空気が張り詰める。


 "9"ーーまだか、まだかーーサイト越しの狐面はまだ動かない。


 そして"10"ーー


 告げるが早いか、いの一番に動いたのはマリク。次いでケーニヒだった。

 力みで狙いがズレないよう微妙な塩梅で人差し指をくいっと引くと、今か今かと出番を待ち望んでいたかのように勢い良く鉛弾が撃ち出されて行く。


 有効射程圏内、対象は単独、エイムは正確。


 放たれた弾丸の全てが胴体から頭部にかけて見事に集弾されていたが、しかしこの場合そのエイムとリコイルコントロールの上手さがかえって裏目となってしまう。

 悠然と佇んでいた狐面は長髪を翻して駆け出すと、発砲に合わせて体を屈めスライディングの姿勢で銃弾の網をすり抜けてみせたからだ。


「避けた!?くっ、コンテナに張り付かれる前に削り切れ!」


 比我の距離を一気に縮めようとする敵にケーニヒは僅かに焦りを見せた。

 もし見立て通りオートエイムを相手が積んでいると仮定するなら、遮蔽を使って撃ち合えない位置に近付かれるのは危険。

 その前に溶かしきろうとエイムを下に修正するが、今度はスライディングジャンプで宙に飛び上がることで躱される。

 だが飛び上がった先は身動きが制限され逃げ場も遮蔽も何もない空中。

 マリクとケーニヒにとっては人間サイズの的でしかなく、狐面もこれまでかに思われたのだが。


「ちいっ、中々やるな!」


「んのッ、ニンジャかよコイツぁ!」


 だがクレー射撃の的よろしく撃ち落とされるのをただ待つばかりだったはずの敵は、なんと直進するはずのスライディングジャンプの軌道を()()()()()()()()さらに回避してみせた。


 説明するならこれはチートによる現象ではない。

 万物を完璧な物理法則が支配している現実とは違い、神ならざる人間が作ったゲーム世界である以上どうしても存在してしまう"穴"を突いたキャラクターコントロールスキルの一つ。

 ストレイフジャンプなどと呼ばれるソレは、難易度こそ多少高いがプロレベルとなれば自然と撃ち合いの最中に織り交ぜるほどには身に付けている必須技能だ。


 だから二人が驚愕したのはストレイフ自体ではなくそのキレと、何よりも弾を避けるためにストレイフを切ったタイミングだった。

 この至近距離では発砲から着弾までほぼ時間差(タイムラグ)はない。

 幾ら非現実のゲーム内と言えど発砲炎を見てから、銃声を聞いてから避けるなんて芸当は当然不可能なわけで、つまり相手はマリクとケーニヒが自分をエイムし発砲するまでの時間を精確に読み切ってそれよりコンマ数秒早く回避を始めているのだ。


 とはいえストレイフで滞空中に方向を変えられるのは通常一回きり。再度回避運動を取るには地面にしろ壁にしろ一度足を付ける必要がある。

 それよりも早く、フルオートの暴れる反動を無理矢理手抑え込んで執念のエイムで敵を追いかけた二人は、遂に空を駆けるシルエットを捉えることに成功した。


 着弾、敵の頭の上に表示された与ダメージが見る間に積み重なっていく。

 被弾する毎にアーマーがどんどん剥げ、パリンという音と共に完全にアーマーが砕け散ると守る物の無くなった生身にダメージが通り始める。


()った……ッッ!!)


 蓄積ダメージから逆算した狐面の残りヘルスはごく僅か。

 必殺を確信したマリクが歯を剥いたその時ーー()()()()、と金属同士が激しく擦れたような異音がした。

 そして、


「ぐあっ!?」


「くっーー(体を)出すな!隠れろ隠れろ!」


 一体何が起こったのか。

 判然としないまま、それでも反射的に被弾して大きく体勢を崩したマリクを遮蔽に引っ張り込んだケーニヒ。

 自分もコンテナの裏に隠れて射線を切ると、大きく息を吐き出した。

 ふとHMD上に表示されている自分のヘルスバーに目をやれば三割ほど減少していた。


(何だ、アレは)


 確認出来た銃声は三発だった。

 その内の二発が正確にマリクの眉間を撃ち抜いてアーマーを消し飛ばして残りHPを危険域にまで追い込み、残り一発はケーニヒの利き手を貫通していた。

 マリク一人に狙いを絞れば一枚持って行けたのにターゲットを分散させたのは、被弾の衝撃でこちらの射撃姿勢を崩し妨害するためだろう。


 このゲームでは痛みこそ感じないが被弾時の衝撃は実装されている。

 襲う衝撃の強さは銃弾の口径の大きさによって決まるが、相手の武器は単発火力だけならスナイパーライフルに次ぐ高威力の弾丸を撃てるゲテモノ拳銃。そんな銃で撃たれれば体勢を崩して狙いが狂うのも納得だ。

 

 ただ被弾する前に撃ち込んでやった分はどう考えても命中コースだったし、マリクの分と合わせて敵のヘルスを削り取るには十二分だったはず。

 どうやって回避不能の"詰み"状態から抜け出したのか。

 その答えをケーニヒは特等席からまざまざと見せつけられていた。


(()()()()()()()()()()()()? ……アメリカン・コミックスでもあるまいし、そんなフィクションがあってたまるか!)


 脳裏に焼き付いて離れないのはその光景だ。

 狐面は無用の長物に思われた背中の長刀をスラリと引き抜くと、コミックに登場するスーパーヒーローよろしく弾丸を空中で斬り飛ばして防いで見せたのだ。それも一発ではなく複数発からなる銃撃をだ。

 確かにカタナを含む一部のオブジェクトには銃弾に干渉できる仕様がある。だから原理上は可能、とはいえ音速以上で飛翔する銃弾を斬るだなんてとても人間技じゃない。

 ならば"銃弾斬り"は言い訳の余地もなくチートによるものだと結び付けるのが自然なのだが、ケーニヒは何か得体の知れない気持ち悪さを覚えていた。


(それが出来るならば何故ーーいや、今は)


 このすっきりしない違和感の正体をはっきりさせた方が良いと歴戦プレイヤーとしての勘が告げている。

 しかし生憎とその時間は無かった。

 こうしている間にも敵はこちらに接近して、いや距離を考えればすぐ側にまで肉薄しているはずだ。


「マリクっ、アーマーだけ巻け!巻き切ったら一斉に飛び出して挟み込むぞ。肉特攻でもいいから敵を弾切れに追い込めっ!!」


「っ了解!」

 

 選べる幾つかの択の中からケーニヒは数の利を活かすことにした。

 敵のリボルバーは胴体なら確定三発でダウン、ヘッショなら二発で瀕死ラインまで持って行ける火力自慢だが、装弾数もまた三発。一発でも外したら敵前でリロードを挟むことになるうえ、胴体でもヘッショでも殺しきるにはどのみち三発が必要になる。

 つまりここでマリクをヒールさせて再びヘルス差を広げれば、敵はワンマガジンで二人分のヘルスを削りきることは出来ない。

 落せても一枚。

 そうなれば生き残った片方が敵のリロード中にワンチャンスを狙う。

 咄嗟の判断としては最高でなくても最善を尽くした言えるだろう。


 唯一穴があるとすればーー残念なことに、今さらどんな作戦を練ろうがもう遅いことだろうか。


「やべぇ!グレがッ」


「何だとっ!? 不味いっ、避けーー」


 コロン、と。

 いつの間にか二人の足元にピンの抜かれたグレネードが転がっていた。

 種を明かすならそれはコンテナを挟んだ向こう側から狐面が投擲した物だ。

 空爆や直下グレと呼ばれる遮蔽物越しに山なりにグレネードを投擲する技術。滞空中に時限信管のタイマーを消化しているので気付いた時にはどうしようもない。

 まんまと死角になるコンテナ裏に敵を近付けてしまった時点で勝敗は決していたのだ。


 グワッと炸裂したグレネードは至近距離にいたマリクを物言わぬ死体に変え、辛うじて生き残ったケーニヒも真っ赤に染まったヘルスバーに僅か数ドットの緑色(ライフ)があるばかりになっていた。


「なん、だと……?こんな、一瞬で」


 敵と顔を見合わせて抗戦を開始してから、時間にすれば30秒も経っていない。

 たったそれだけの間に両者の状況は一変していた。

 最初はあったはずのポジションの有利も人数差やヘルス差も既に無く、残るはケーニヒただ一人。

 このままではーー


「……冗談じゃない。勝負はまだ付いちゃいないぞ」


 諦めが口をついて出そうになった瞬間、ケーニヒの心に芽生えたのは怒りだった。

 敵に対してか、不甲斐ない自分にか、はたまたプロとしての矜持からか。 

 何にせよこのまま負けるわけにはいかないという激しい衝動が常の冷静沈着さをかなぐり捨てさせ、勢いのまま身体が動いた。


 認めよう、確かに自分は死に体だ。

 銃弾はおろか石ころの投擲一つ防げないほどに心もとない体力しか残されてはいない。

 だが、敵の体力とて相応に削ってやったはず。

 間合いを詰めてくることを優先していたから回復も巻けていないはずで、ならば先撃ちさえ出来れば勝機はまだある。


 丁寧なクリアリングは必要ない。

 兎にも角にも敵よりも早く撃ち、当てる。

 それ以外の一切を考えずに遮蔽から飛び出したケーニヒは、最早トリガーを引いたままピークすると弾倉に残っているありったけで決め撃ち(プリファイヤ)をお見舞いした。

 

「いない!? ヤツはどこに消えたっ」


 しかし銃撃が巻き起こした土煙が晴れるとそこには誰の姿も無かった。

 銃口から吐き出された弾丸は虚しく地面を抉るに留まり、それも青白く明滅すると数秒前の状態に復元される。


 どういうことだろうか。

 ミニマップには最終安地の壁にぐるりと囲まれた小さな円だけが映っている。到底隠れる場所など見当たらない。

 動転して周囲を見渡すケーニヒ。

 その首元にひたりと鈍色に輝く切っ先が押し当てられた。


 この場に立っている者は二人しかいない以上、それは敵以外にあり得ない。

 なるほど、敵はケーニヒがやぶれかぶれの突撃を仕掛けて来ることすらも読み切ってコンテナを登ってやり過ごし、隙だらけの背後に降り立ったということか。

 

「完敗、か……ふっ、やるがいい」

 

 プロとしての矜持を持ってしても認めざるを得ない完膚なきまでの敗北。

 不思議なことに、一度そうと認めてしまうとそこまで悪い気分はしなかった。

 抗う余地も無いオートエイムで殺されたなら通報ボタンを連打してやるところだが、いちプレイヤーとして心理戦で上を行かれた経験は数えるほどしかない。

 まるでCROWNに加入するより前にアーサーと敵として対峙した時のような緊張感。

 この敵になら負けるのならば仕方ないと、どこか称賛すら抱く。


 イチかバチかの反撃をする気すら失せ、大人しく首を差し出してマッチが終了するのを待つ。

 

(なんだ、なぜトドメを刺さない?)


 だが待てども待てども首は繫がったままだ。

 たった数ミリ刃を首筋に食い込ませるだけで勝敗は決するというのに一体全体敵は何がしたいのか。

 ケーニヒが不思議に思っていると、ふいに見知らぬ声が耳に届いた。

  

『あー、聞こえル?言葉理解すル?ごめんなさイ、ボク英語、上手くナイ』


 背後から聞こえてきたその声はオープンVC特有の若干ノイズが走った、女にしては少し低く男にしては高い中性的な印象を受けるものだ。


『どうしても少し話したイ、あル。だからゲーム終わル、少し待って欲しイ』


 簡単な単語を繋げただけの英語は喋り慣れていないのが丸分かりの拙い発音で、あんちょこを読んでるみたいに棒読みだ。

 随分まごついていると思ったが、もしかすると翻訳アプリでも立ち上げていたのかも知れない。


「話だと。フン、惨めに負けた俺達を笑いたいとでも?」


『笑ウ……?ち、違ウ、違ウ!ボクそノ、えっト、アナタお礼言いたいダケ!』


「礼?それも俺にだと……?」


 民度お察しのFPSでわざわざ敵の方から通話を繋げて来るとなれば、てっきり煽り目的かと身構えたどうやら違うようだ。

 それにしても礼とはなんだろう。

 こいつと顔を合わせたのも言葉を交わしたのも今日が初めて。無様に高い鼻っ柱をへし折られはしたが、逆に何かしてやった記憶は無い。 

 なにも心当たりがなく首を捻っていると狐面が答えた。


『あのネ、このゲーム好きだけド。前からボクずっと退屈。ボクと戦える強いヒト、いなかったカラ』


「…………」


 そりゃあそうだろうよと半ば呆れながらも、ケーニヒは少しだけ敵に同情した。

 その実力が偽物であれ本物であれ、強者になればなるほどある種の孤独に近付いていくものだ。

 その孤独はトッププレイヤーの一人に数えられるケーニヒにも理解出来る感情だった。


『でもネ、今日違ッタ』


 しかし沈んでいた声色は一転してパッと華やいだ。


『ボク、初めテ負けるかも思ッタ! 勝てたのすごくギリギリ。とても楽しイ♪ だからお礼したかったノ。ボクと戦ってくれてありがとうっテ』


 弾んだ声からは煽ってやろうだとか下樋た思惑は微塵も感じらない。

 ただ純粋に勝負を楽しめたいう感謝だけが伝わって来て、これにはケーニヒも思わず毒気を抜かれて気付けば頬を緩めていた。


「……ふっ。くはははっ、強かったか、俺達は。そうだろう、そうだろうとも。もっともお前には敵わなかったがな、くふふふっ」


『???ナニ?えっト、意味違ッタ?』


 急に笑い出したせいか背中の方であたふたと慌ている気配がする。それでもケーニヒは構わずに笑い続けた。

 自分は何故こんなにも可笑しいのだろうと自答する。

 もしかしたら、強敵だった狐面に認められたことが嬉しかったのかもしれない。 

 例えるならそれはこのゲームを始めたばかりで右も左も分からなかった頃の話。

 先にプレイしていた友人にいろはを教わりながら、おぼつかない操作で初めてチャンピオンを獲り友人に驚かれた時のようなーートッププレイヤーとして名を馳せるまでになった今ではもう忘れてしまっていた初々しい感情を取り戻した気がしたからだ。


「っはははは、ふふふっ……ーーふぅ。いや、すまないな。これほど笑ったのは久しぶりだ」


『大丈夫。気にして、なイ』 


「そうか。……なあ、折角だから一つ聞いてもいいか?」


『聞ク……?ああっ、質問だネ!いいヨ、いいヨ!どうゾ!』


 だからだろうか。

 ケーニヒはこの得体の知れない敵の正体が何者なのか知りたくなった。

 それに好奇心を抜きにしても、戦闘中にどうしても気掛かりだったことがある。

 後で戦闘映像をCROWNの検証班に回して解析を依頼しても良かったが、それより本人がここにいるのだから聞いた方が早い。


「さっきカタナで銃弾を切って見せたろう? あれは一体どうやったんだ」


 ケーニヒの抱いていた疑問というのは狐面を蜂の巣にしてやったと思った次の瞬間、銃弾を切り飛ばして防がれたシーンのことだ。

 普通に考えればチートを使ったと誰もが思うことだろう。

 しかし、


『アレは、目とバレルの先を見テ。それで弾、来るところ読ム?予測?してカタナ構えテタ。でも防げたのは運が良かッタ、結構削られたシ』


 狐面は何でもない風に言って笑って見せた。

 確かにゲームである以上、一度発射された銃弾は現実のように温度や湿度、気圧といった環境による影響を受けない。

 だから銃口や目線を読めるのならかなり高い精度で軌道を割り出すこと事態は出来るかもしれない。

 だが初弾は予測が付いたとして、リコイルによるブレが発生する二発目以降は射手の意思に関係なく同じ場所に飛んで来ることはない。

 完璧に予測しよう思ったらコンマ何秒かの射撃間隔の間に、次の銃弾の軌道をバレルの角度から読みきる必要がある。

 そんな芸当が実際に可能か否か。

 ケーニヒが出した答えは前者だった。


(だから運が良かった、か。あの場面でしか"銃弾斬り"をしなかったのも、正面突破で射線を限定した上で相手の目線と手元が見れたからーーやはりこいつは)


 疑問が解消されると同時に確信したことがあった。

 だからこそ彼なりの最大限の敬意を持って、もう一つ質問を投げかける。


「ありがとうよ答えてくれて。……そういえば名乗っていなかったな、俺はゲーミングチームCROWNに所属しているケーニヒだ。もし良ければお前の名前も教えてくれないか?」


『エート、あなタ……違ウ。ボク、の、ナマエ?ああっ、名前を知りタイ?いいヨ、いいヨ!ボクの名前ハーー』


 返って来た答えにケーニヒは驚愕して目を見張る。

 思わず振り返って背後に立つ人物の顔を見ようとするが、直後頸部に鋭い衝撃が走った。


『バイバイ、また戦おうね』







 一瞬の暗転の後、目を開くとそこはゲームのロビー画面だった。


 ロビーには先に死亡したアーサーとマリクが呆然とした表情で立ち尽くしていた。ケーニヒもきっと二人と似たような顔をしているだろう。

 欧州最強の座を欲しいままにし、来月に控える世界大会でも優勝候補と噂されるCROWNが、たった一人を相手にクラッチされたという事実。

 それも相手というのはーー


「ま、まぁホラよ!チーターに負けたくらい気にすんなって!あんな高級チート使ってるヤツ、どんなプロだって勝てやしねぇって!」


 重苦しい空気を何とか変えようとしてか、マリクが珍しく二人を励まそうと。

 それでもアーサーとケーニヒの表情は何とも言えないままだった。


「……違うんだ、マリク」


「あン? 何が違うんだよ?」


「今のマッチのリザルトで名前を確かめて見ろ。それで分かる」


 ケーニヒは直接名前を教えられたことで気付いたが、どうやらアーサーも同じようにあの敵の正体に迫っていたようだ。


「名前だぁ?笑っちまうようなダセェ名前のやつでもいたのか?」


 軽口混じりに手元にコンソールを呼び出して操作するマリク。目の前に映し出されたのは直前の試合のチャンピオン部隊だった。

 一分隊三人が紹介されるはずの画面には立っていたのは一人だけ、ついさっきまで対峙していた狐面しか映っていない。同じ分隊の味方が死亡していてもチャンピオン画面には表示されるから、味方が回線落ちしたのでなければソロで潜っていたということになる。

 プロもマッチするランク帯でソロチャンピオンを獲ること自体クリップものなのだが、それより表示されたプレイヤーネームにマリクは口をあんぐりと開けて驚いた。


「こ、こいつァ……」


 アーサーもケーニヒも先に知っていなければ同じリアクションをしただろう。

 何せその名前は彼らのような競技シーンをプレイするプレイヤー達にとって、ある種のトラウマとなっているのだから。


NightRaid(ナイトレイド)…あの強さ、間違いなく本物だろう。チーター程度が騙るには荷が重すぎる名前だ」


 アカウント名『NightRaid』。

 このプレイヤーが一躍時の人となったのは、このゲームのサービスが開始して一年ほど経った頃の話になる。

 当時は発足して間もない競技シーンで初めての世界大会が開催され話題となっていたこともあってか、ゲーム自体の人気のみならずストリーマー界隈を含めた一つのコンテンツとして右肩上がりの成長を続けていた。


 NightRaidが現れたのはまさにその最盛期のこと。最上位ランク帯で固定パーティを組むことも無くソロで暴れ回っていた彼は、その信じがたい強さから悪質なチートツーラーとして認識されていた。平均与ダメージ・KD(キルデス)比・チャンピオン獲得率と全てがナチュラル(チートツールを利用していない通常プレイヤー)とは到底思えなかったからだ。

 しかし被害に逢った多くのプレイヤーからフォーラムから通報してもNightRaidがBANされる気配は一向になく、次第にヘイトはNightRaidだけでなく運営サイドにも向いていく。

 結果として業を煮やした名だたる有名プロゲーマーやストリーマー達による連名での運営に対して抗議活動を起こしたのだった。


 元はNightRaid個人への弾劾を目的としていたのだが、以前から強く要望されていたにも関わらずチーター対策を怠りランクマッチに平然とチーターが跋扈する現状を招いた運営への不満に火を付け一般ユーザーも巻き込んだ大騒動へと発展してしまう。

 事態の深刻さを重く受け止めた運営は全面的にユーザーの要望を聞き入れ、チート対策部門を新設してランクマッチの環境回復に努めると確約し終息を図った。



 これにて一件落着ーーとここで終わっていたなら、NightRaidが今ほど有名になることはなかっただろう。



 運営もこの時ばかりは()()()素早い仕事だったのだが、騒動の発端となったNightRaidに関しても声明文を出していた。

 その内容は今もなお語り草となっている有名なものだ。


『本人立ち合いの元調査を行った結果当該プレイヤーにハード・ソフト問わずチートツールの使用は一切認められず、スタッツは正真正銘本人のプレイヤースキルによるものである。当該プレイヤーに対する批判は全く事実にそぐわない誹謗中傷行為でしかなく、本人が法的措置を講した場合本社はこの調査結果を司法機関に提出し全面的に協力する用意がある』


 結局その後も運営が公言していたチーター対策はお世辞にも上手く行かずユーザーの不信感を拭うことは出来なかったが、誰もが予想だにしなかったこのまさかの逆転無罪判決はNightRaidの名前を一般ユーザーにまで広く浸透させることとなった。


 なにせ運営のお墨付きを受けたチーターと見間違えられるほどの強さを持つナチュラルのプレイヤーだ。

 プロのフルパーティですら容易く手玉に取ってしまう強さはまさに生きた伝説。

 海外掲示板での最強FPSプレイヤーは誰かという議論では数多の有名チームに所属するトッププロを差し置いて真っ先にNightRaidの名前が挙がるほどだ。


 ただし競技シーンを経験していない彼が名だたるプロよりも人気が高いのは強さだけが理由ではない。

 NightRaidを伝説たらしめているもう一つの理由、それは彼の正体が一切謎に包まれているところにある。


 まずNightRaidは動画投稿や配信を行うストリーマーではないから彼視点のプレイ映像を観ようとすれば実際にマッチングして倒され観戦画面に飛んだり、そうして本物とマッチしたユーザーの録画映像くらいしか術がない。

 加えて本人にコンタクトを取ろうにも件の騒動のせいかゲーム内のメッセージ機能は全てOFFにされているし、SNSアカウントも存在しないから本人に連絡の取りようがないのだ。

 残された手段はプレイ中にオープンVCで話しかけるくらいだが、こちらもリアクションを返してきたという話はとんと耳にしない。

 NightRaidの肉声を耳にしたのはもしかしたらケーニヒが初めてかも知れなかった。


 それほど正体が謎めいている存在なだけにやれとある有名プロのサブ垢だとか未発見のグリッチ使用者だとか、はたまた運営が開発中のAIをランクマッチに潜らせていてそれがNightRaidだとか真偽不明の噂が飛び交う彼ーーというか今さらながら、そもそも"彼"なのかも不明なのだが。

 たった今、実際にNightRaidと対面して破れて1つだけ分かっている事実がある。

 それは、


「じゃあ、なにか。……プロでもチーターでもねぇアマチュアプレイヤー相手に三人がかりで挑んで、ボコられだけだってのかよ!俺らが、CROWNが!?」


 信じられない、信じたくない。

 マリクの口ぶりにはすがり付くような悲壮感があったが、アーサーは重々しく頷いて肯定した。


「嘘だろ……そんな馬鹿なことが……」


 自動でエイムを合わせるオートエイムや障害物を透過して敵を視認出来るウォールハックを積んだチーターに負けたのならそれは仕方ない。

 同じプロチーム相手でもバトロワという運要素の強いゲームジャンルである以上、場合によっては負けてしまうことも多々ある。

 なんなら素人相手だとしても、初動に被せられて複数人に囲まれたり戦闘後の消耗した所を漁夫に来られたりとなす術がない状況はあるだろう。


 だが今回はそのどれとも違った。

 メンバーの欠けも無く装備は充実していて、対する相手はたったの一人。

 欧州最強、いや世界最強を自負するプロ三人なら100%勝たなくてはいけない場面だった。

 しかしアーサーは狙撃で真っ先に落とされてしまい、マリクとケーニヒも敵と正面から対峙して破れたのだ。しかもポジション有利を取った状況で、である。

 圧倒的なキャラコン、こちらの心の隅まで見透かしたような読み、正確無比なエイムーープロとしての自信や誇りをへし折られるような、完全なる敗北だった。




 それから一月後に行われた世界大会。

 優勝候補の一角と噂されていたCROWNは見るからに精彩を欠いており、世界大会に進出した全20チーム中18位と低迷する。

 大会後にコメントを求められたチームリーダーのアーサーはただ一言、


「化け物に遭った」


 とだけ答える。

 アーサーほどのプレイヤーが化け物と称するのは一体誰なのだろうかと海外フォーラムでは話題になったが、アーサーはそれきり何も語らなかった。

 それきりCROWNは調子を崩したまま結果を出せない日々が続き、彼らがその名に相応しい玉座に再び返り咲くまでには実に一年もの月日を要するのだった。



 ***



 カーテンの閉めきられた薄暗い部屋。

 必要最低限の物しかない無機質な室内の中央にぽつんと置かれたベッドに横たわっていた人物がむくりと体を起こした。


「ん~っ……いやぁ、楽しかったぁ!」


 頭に付けていたVRギアを脱ぎ捨てて大きく伸びをすると、長い黒髪が背中で揺れる。


「……いい加減切ろっかな。でもなぁ、髪切ろうとすると父さんと母さんが五月蝿いし」


 ろくな手入れもしていないのに癖一つない艶やかな自分の髪を摘まんで鬱陶しそうに唇を尖らせている少女、いや少女と見間違うばかりの少年だ。


 少年の名前は射手矢(いてや)照星(しょうせい)、またの名をーーNightRaid。

 巷で最強のFPSプレイヤーの一人だなんて持て囃されているが、本人はまるでそのことを預り知らないこの物語の主人公だ。


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