重なる道
「あなたが蝶田里穂さんでして?」
それは北川さんと西園寺さんだった。北川さんは蝶田さんが答えるまでもなく、堂々と教室を横断してきて、目の前に立ちはだかる。
「確認をさせてくださいまし。あなたは本間良和先生への復讐の為に計画をし、それを実行しましたわね?」
蝶田さんは頷く。
「最後の最後に勇気が出なくて、本間先生が勝手に落ちた……というのは嘘ではありせんのね? 約束してください」
「……嘘じゃないわ」
「そのときの記憶は」
ゆっくりと首を横に振る。北川さんは続けて、
「なぜ新校舎の格技場が取り壊されたか、ご存知の方はいまして?」
全員何も言わなかった。やけに静かになっちゃって、暗くなってきた教室が不穏な空気を漂わせる。
北川さんが肩越しに私達を見た。
「今から真相を話します」
真相⁉︎ っていうことは、もう蝶田さんが全部認めたのに、それだけじゃないってこと……?
「お、おい北川……」
「黙ってください。邪魔になりますわ」
「お前なあ……!」
「まあ秀さん、黙って聞きましょう」
いつも通り西園寺さんがなだめると、北川さんは唖然とする私達に説明を始めたのだった。
「まずは実際にあった話です。18年前、新校舎が建ってすぐーー格技場に繋がる男子更衣室で、女子生徒が男性教師に強姦されましたの。その女子生徒は男性教師を摘発する遺書を書いて、現場の男子更衣室で首を吊りましたわ。それを発見し隠蔽しようと思った男性教師は、死体の隣にある遺書を盗み、あたかも勝手に自殺したかのように見せました。しかしその日、階段から落ちて亡くなってしまいます。その上着の中から女子生徒の遺書が見つかったのですわ」
……なんて恐ろしい話だろう。北川さんは淡々と続ける。
「この学校に来たとき、なぜか男子更衣室だけ無いことが気になりましたわ。それに、着替える必要がある教室もありませんでした。校長先生に聞いたところ、以前は格技場があったとおっしゃりましたの。なぜ取り壊されたかは教えてくださりませんでしたけど……。一度田中先生と西園寺さんに学校周辺の民家を回ってもらって、当時の生徒達を見つけたのですわ。先程、西園寺さんはあたくしと別行動で聞き込みをしてもらいましたの」
秀さんはため息を吐く。
「あたしゃそんなこと聞かされてねえぞ……。で、その事件と今回のに何が関係あるってんだよ」
「本間先生を突き落としたのは死んだ女子生徒の霊です」
「はあ?」
全員の視線が北川さんに集まる。そりゃそうだよ。だって蝶田さんが自ら認めてるんだから。
「本間先生は怯えていましたわ。学校の階段を歩いていると、なぜか足音が聞こえて来ると……。その女子生徒は本間先生……いえ、自分を死に追いやった男性教師を探して、学校を徘徊していたんですの」
それに秀さんは納得のいかない様子で突っかかる。
「待てよ、何年前の話だ? それだったら足音がついてくる階段とかいって噂が流れるだろ。今だけ急に出てくるのはおかし――」
「おかしくありませんわ。本間先生の行動がきっかけとなり、眠っていた女子生徒の霊が動き始めたんですの。皆さんも何人かが妙な足音を聞きましたわね? 足音が聞こえたのは本間先生だけではなかったのですわ。なぜなら女子生徒は本間先生を探して徘徊していただけだから……。すでに見つけているならわざわざ徘徊する必要はありませんでしょう? もちろん見つけたら突き落とすつもりだったはずです」
その女子生徒は強姦されたことで自殺した。本間先生はそこまでいってないにせよ、セクハラをしたんだからその生徒にとって憎むべき同類の存在だ。
よく心霊スポットで、犯人と同じ髪型の人間は連れて行かれるとかあるけど、それと似たようなことなのかもしれない。犯人と似たような行動をとれば、死んで霊になった女子生徒からすれば犯人も同然――。
「偶然あなたと同じタイミングで本間先生を見つけた女子生徒は、本間先生を蹴り飛ばしたのでしょう。……その瞬間、彼女は蝶田さんに憑依していたんですわ」
「ひょ、憑依? 憑依ってなによ、私は自分で……」
「殺そうと思って計画を立てたのに、失敗したらやめるつもりだったり。なぜか計画がうまくいったり……妙だと思いませんの?」
まあ、確かに……。
「最初に突き落とされた後、職員室に伺って、本間先生の背中についた靴跡の写真を撮らせてもらいましたわ。蝶田さん、上靴の模様を見せてくださいまし」
蝶田さんは渋々といった様子で上靴を脱ぐと、北川さんに渡した。サッと西園寺さんが写真を出して見比べている。
「同じですわね」
見やすいように机の上に置いてくれた写真と靴底は、確かに同じ模様だった。
「あなたが本間先生に呼び出されたとき、途中で女子生徒に憑依されたんですの。だから記憶も曖昧だったーーそして計画も、女子生徒によって立てられたんですわ。そうと思いませんこと? いくら自身の犯行を目立たせなくする為とはいえ、蝶田さん自身が本間先生を突き落とすのに、こっくりさんを広める必要はありませんわ」
「それはまあ、確かに……でも、別にやる方が霊だからってこっくりさんを広める必要は」
「無いように思えますわね。でも、もし女子生徒の霊が普段から憑依できないんだったらどうでしょう。ここからは仮説になりますが――わざわざ蝶田さんに憑依して犯行を行うんだったら、自分でやった方が早いはずです。なのに蝶田さんに憑依したということは、霊体のままじゃ人間に干渉できないほど弱い霊ということですわ。それが、こっくりさんをやっている間なら自由に入れるのかもしれません」
「……待てよ、それじゃ鶏が先か卵が先かみたいな話にならねえか? まずこいつが憑依されたから計画を考えたのに、どうしてこっくりさんしてないと憑依できないことになってんだよ」
すかさず秀さんが突っ込む。なんかもうそう言われたらそんなような気がしてくる。ダメだ、全っ然理解できない。話の次元が違う。
「ですから、蝶田さんが本間先生に触られたとき、何年も前の事件とリンクしたんですわ。同じ状況になった蝶田さんだからこそ、特別に繋がれたんです。実際それ以外考えられませんわ」
「……で、だからこいつは事件の計画を立てて、こっくりさんをやっている他の生徒にも憑依できるようになったと? それこそが女子生徒の狙いで、っつーことはこいつ以外の体でも犯行をしてるんじゃ……」
「ええ、そうなりますわね。ですが幸い本間先生が突き落とされたのは二回だけで、そのうち二回ともが蝶田さんのものです」
いつの間に降り出したのか、ザーザーと雨が降り注いでいる。雨音で包まれた暗い教室が、この舞台装置としてぴったりすぎて不気味に思えてくる。
「あたくしも妙な足音を聞きましたわ。あたくしが止まると止まって、進むとついてくる……。そのとき後ろを振り向いても、西園寺さんが見たという三つ編みの生徒はいませんでしたわ。それが盲点でしたの。実際は他の生徒の足音だったんですから……。あたくし達を追い出そうとしたことも、女子生徒の霊の犯行なんだとしたら、辻褄が合います。除霊されては計画が台無しですもの」
蝶田さんからしてみれば、確かに北川さん達は霊を祓いに来ているのであって、人間の犯行を暴こうとしているわけではない。でも女子生徒の霊からしてみれば、それで祓われてはたまったもんじゃないということだ。
「この仮説が正しければ、まずいことがあります」
「早く言えよ」
「学校の四隅に貼ってあった護符を剥がしてしまったことですわ」
はあ⁉︎
これには全員固まっていた。いやいや、あなたが剥がせと言ったから……!
「以前はこの護符によって学校外は安全地帯になっていたものの、剥がしてしまったことにより女子生徒は自由に動けるようになりましたわ」
「待て待て、最初剥がした目的は、護符で封じ込められてた弱い霊を放つ為だろ? それは合ってたんだよな?」
「その目的は達成されましたわ。ですがそれによりかえって危険になってしまったことも事実です」
「お前なあ……」
「秀さんも賛成されていたじゃありませんの。とにかく、今本間先生は自宅にいます。これがどういうことか分かりまして?」
……つまり、本間先生が殺されるかもしれない?
「どうすんだよ」
「もちろん除霊します。……というより、浄霊と言った方が正しいですわね。本間先生は間違いなく悪人ですが、殺されるのを黙って見ている訳にはいきませんもの」
「でもどうやって……あたしは憑き物落としとかできねえぞ」
「考えがありますわ」
そう言って北川さんは教室を去ったのだった。
しばらくして、大きな木の板を持った北川さんが戻っていた。人間サイズの木の板は人形に切り取られている。
「これを本間先生の代わりにします」
北川さんは蝶田さんを立たせると「階段を上がって廊下の一番端まで歩いて、またこの階段まで戻り、降りてほしい」と説明した。
蝶田さんは心配そうな視線を私(と、エイプリル?)に投げかけてきたけど、どうすることもできない。
「それでいいの……?」
「ええ。きっとあなたのことを探しているはずですわ」
蝶田さんは不思議そうにして教室を出ると、多目的室のすぐ隣にある階段を上っていった。
「そこで見ていてください」
蝶田さんの背中が見えなくなった頃に言われる。言われた通り見ていると、北川さんは人型の板を踊り場に設置した。何食わぬ顔して戻ってくる。
「扉を閉めますわよ」
興味津々で覗いていた私達は教室に押し込められる。北川さんが見てろって言ったんだもん!
各々近くの椅子に座り、雨音に包まれながらそのときが来るのを待つ。静かな教室に、徐々にタッ……タッ……タッ……と足音が近づいてきた。
蝶田さんが戻ってきたのかな?
そう思った時、ビターン! と物凄い音が鳴った。
「もういいですわよ」
私達は北川さんの合図(?)で解き放たれ、一斉に様子を見に行く。
扉を開いたそこには……頭の部分が粉々に割れた板があった。そして踊り場にはきょとんとした様子の蝶田さん。
「ひでえ有様だな」
「ねえ美保ちゃん、もし本間先生だったら……こうなってたってこと?」
「そうですわね」
北川さんは特に感情を出さず、破片を集め始めた。もし本当に本間先生が落ちていたら……考えただけでもゾッとする。
女子生徒の霊はもういいのだろうか。
「北川さん、女子生徒の霊って……」
「いなくなりましたわ」
「どうしてこれでいなくなる? そいつの霊はもう自分を犯した男性教師を殺したはずだろ。なのにまた復活したってことは、今回は収束しても同じような奴が現れれば……」
「そうなることはありません。なぜなら女子生徒の霊は、男性教師を殺せていないからです」
「はああ⁉︎」
秀さんが今にもキレそうになっている。北川さんは冷静に、
「男性教師が死んだのは事故ですわ。死体を見つけたことに焦って足を滑らせ、後頭部を強打したことが死因です。女子生徒が自殺したこと、遺書を持っていたことで周りが呪いと言っただけですわ。誰かに乗り移らないと人に触れないような霊が、階段から人間を突き落とせると思いまして?」
「……じゃあ、つまり、本来殺しているはずだった男性教師を殺せなかったから、今回出てきたって訳か? それで目的を果たしたから成仏したと」
「ええ、あたくしはそう思っています」
「思うって……」
「秀さんが最初から見えていれば、こうも手間取りませんでしたわ」
「憑依してたんだから仕方ねーだろ!」
「まあまあ、誰も死ななかったんだからいーじゃん、結果オーライだよ。秀さんは優秀だもんねー」
「バカにしてんのか明久っ」
茶番を始めた秀さんと田中先生を心配そうに見ながら、蝶田さんが降りてきた。
「ねえ、もう終わりなの?」
「ええ。念のため聞いておきますが、この板を突き落とした際の記憶は?」
北川さんが聞くと、蝶田さんは首を横に振る。蝶田さんには護符が手渡され、もう帰っていいとのことだった。
「もうこれで何も起こらないでしょうけど、あたくしは念の為明日も残ります。今日はこれで解散ですわよ」
皆がそれぞれ返事をして、帰る準備をし始める。その忙しない雰囲気がどうにも居心地悪い。
ちらりと北川さんの方を見ると、皆と同じように帰る準備をしていた。
「あの、今日は北川さんも同じ時間に帰るんですか?」
「それを聞いて何になりますの」
うん、まあ、流石に慣れたし、これくらいじゃイラつかない。
「一緒に帰りたいんですけど……」
珍しくちょっと驚いた顔をすると、またそっぽを向いてしまった。
「あたくしは車ですわよ」
あ。忘れてた。
「じゃあ、玄関まで」
――ダメですか? と付け足すと、北川さんはため息を吐いて振り向いた。結構満更でもなさそうな顔。
「……車で送りますわ」
「えっ」
「園田さんが嫌じゃなければ、ですけど」
「嫌じゃないですっ。い、いいんですか?」
「あたくしがいいと言っていますの。その代わり、ちゃんと案内してくださいまし」
「もちろんです!」
ちょっと照れ臭そうにしてる。それを眺めてニヤニヤしてると怒られた。一緒に帰れるんだ、嬉しいなー。
「エイプリルさんはどうしますの?」
あっ、そうだったそうだった。エイプリルの方を見てみると、スマホを取り出して田中先生のと近づけてた。連絡先交換できてるじゃん! ふとエイプリルと目が合う。田中先生が西園寺さんと喋り始めたのを見計らって、隙を見て私の方に駆け寄って来た。
「連絡先、交換できたわよ! し、しかもねっ、家送ってもらえるって……」
飛び跳ねながら小声で叫んでいる。「私も」と言うと、手で口を押さえて急に静かになった。
「え、ええ、ウソ、ホント?」
「車で送ってくれるって」
「えっ! えー! 良かったじゃない、仲良くなれて!」
私のことでも飛び跳ねて喜んでくれるのが可愛い。田中先生に送ってもらえるんだったら、これは邪魔できないな。
「まだたまーに、ちょっとだけムカつくけど」
「そーいうこと言わないの」
エイプリルに小突かれると同時に後ろから肩を引かれる……やべ。振り返ると初対面のときのような冷たい表情の北川さん。絶対怒ってるよ! っていうか、傷つけちゃったかな……。
手を引かれてぐんぐん階段を進まれる。
「さっきの聞いてました?」
何も返事が返ってこない。やっぱり怒ってるよね。引かれている手を引き返して、
「あの」
さっきはすみませんーー言おうと思った時。
「申し訳ないとは思っていますわ! あたくしだって……」
振り返った北川さんと目が合った。感情のこもった瞳が揺らいで、逸れる。
北川さんは気まずそうに手の力を緩めると、軽く咳払いをした。
「……少し声が大きすぎましたわね。あたくしも一応、理解はしていますの。ですから、園田さんがそのように思うのは当然のことですわ。謝るのはあたくしの方です」
思いもよらない言葉に面食らう。ああ、もう、初対面からキツい物言いをしてたのも、これだけで全部忘れてしまいそうになる。あのときはあんなにイライラしたのになあ。己のチョロさが憎らしい。
「私、怒りっぽくて……確かに北川さんの言うことにイライラしましたけど、そんなの皆にしてますから。そんなに気にしないでください。さっきエイプリルに言ってたのは冗談です、すみません」
北川さんはぷいっとそっぽを向いて一人で歩き出した。
私はそれを慌てて追いかける。北川さんも普通の人間なんだ。申し訳なさと同時に妙な親近感が湧いてくる。
「北川さん、連絡先交換してください」
「どうしてこの流れでなんですの」
「もう解決したから帰っちゃうんじゃないですか。そしたらもう会えませんよね?」
「そうですわね」
「だから連絡先交換して欲しいんですけど」
「たまたま仕事で協力しただけの高校生にですか?」
「そうですけど、私は仲良くなりたいです」
「そういうのは同年代の方に言ったらどうですの」
「誰でもいいんじゃなくて、北川さんだからじゃないですか!」
いつの間にか玄関に着いて、北川さんの足が止まる。
「べ、別に仲良くなったからってタメ口きいたりナメた態度取ったりしませんよ……」
私を一瞥すると、何も答えずに手を離して靴に履き替え始めた。そのまま外へと進んでしまうのを慌てて追いかける。いつの間にか雨は小降りになっていた。
嫌われちゃったかな?
慌てて外に出てみると、北川さんは車の前で待っててくれた。
「良かったあ、待っててくれたんですね」
小降りとはいえ雨が降っているのに。
「約束したのに破ったりはしませんわ」
助手席の扉を開けてくれる。約束……とはいえ、なんだか猛烈に嬉しい。
「い、いいんですか」
「早く乗ってくださいまし」
綺麗な車内に靴を入れるのが緊張する。ドアを閉めてシートベルトをつけると、運転席に北川さんが座った。
エンジンがかけられ、車が校門を出た。ここをこう曲がるとか、次はこっちだとか言って、それしか喋っていないうちにどんどん家が近づいて来る。
……もう、これを逃したらチャンスはない気がするから。
「北川さ」
「園田さん」
家の前で車が止まった。お互い被ったのに、私に譲る素振りを見せない。北川さんが体ごと私に向くと目が合った。真剣な眼差しで、詰まる言葉を吐き出すようにゆっくりと口を動かしている。
「あたくしの所で働きませんか?」
は、働く……?
「ここから少し時間がかかりますが、交通費は出します。他のバイトより時給が良いことは約束しますわ。できたらエイプリルさんもご一緒に」
返事をする前にスマホが目の前に突き出された。
「……あたくしから言うつもりでしたの。園田さんが望む形にできるかは分かりませんが……。返事をくださいまし」
「やります!」
北川さんの面食らった顔。
「もちろんやりますよ! い、いいんですか、ほんとに」
「あたくしからお願いしていますの。別に、タメ口になったってあたくしは気にしませんわ。それと……これは、私用の連絡に使っても構いません」
「はーい」
お堅い言い方するけどLINEだもんね。QRコードを読み取ったら、北川さんのアカウントが出てくる。それに友達登録をして終わりと。
北川さんもやってくれた所で車を降ろされた。
「園田さん、また明日」
「はいっ、また明日会いましょうね!」
……また明日。遠ざかってく車を眺めながら心の中で繰り返して、嬉しくなってしまう。こんなこと言ってもらえるなんて思ってもみなかったな。また明日も会える。その次も。
スマホの画面には友達登録した北川さんのアカウント。……友達に、なれたらいいな。