霊の集う学校
「……こっくりさん、……りさん、おいで……さい」
トンネルの中で電話したときのような、途切れ途切れの声が響く。少女達の腕は動かない。
「もし……になられましたら、『はい』……お進みくだ……い」
急に静かになる教室。ジジジというノイズ。なぜか画面の画質が荒くなり……。
「何をやっていますの?」
「きゃあああっ!」
思わず前に倒れた。ごんっと鈍い音が鳴って、おでこに激痛が走る!
私は頭を机に強打していた。
「いっ……たい!」
「だっ、誰ですか⁉︎」
うずくまって動けなくなっている私に代わって、隣で見ていたエイプリルが叫んだ。教室で見る方がドキドキしていいと言ったのは私の方なのに、酷い有様である。
どうやら私の背後に人が二人いるっぽい。
「君達、学校に許可なくパソコンを持ち込んではだめだろう」
「あ……す、すみませえん」
エイプリルが明らかに猫撫で声を出した。誰がいるんだろう? 振り返ってみると、そこには綺麗な女の人と校長先生がいた。
「うわ、すみませーん」
「次に見つけたら没収する。それでこの方なんだが――最近学校で妙なことが起きているだろう、それを解決する為に私が依頼したんだ。君達が勝手に調査していると言ったら合わせて欲しいと言うから――詳しいことは君達が説明したまえ」
「北川美保と申します。校長先生、あとはあたくしから説明しますから」
もう帰ってくれて結構ですよ。と、言いたいんだろう。それを察したのか、校長は「では私はこれで」と去って行った。教室には北川美保と名乗る女性と、私達二人だけが残る。どちらとも何も言わない。気まずい沈黙が流れている。そのとき、北川さんが私達の方へ近づいて来た。
「動画を見せてくださいますか」
「あ、はい。いいよねエイプリル?」
「ええ」
途中まで見ていた動画を、また初めから再生する。北川さんは正面で立ちながら見ている。
それはごちゃごちゃした部屋で三人の少女がこっくりさんをする動画だった。
「……こっくりさん、……りさん、おいで……さい」
さっき見ていた場面だ。今のところ、こっくりさんは呼び出されていないように見える。
「もし……になられましたら、『はい』……お進みくだ……い」
しかしここからはさっきと違った。まずノイズが入らない。画面も粗くならずに、少女達の姿を写し続けている。すーっと、腕が動いた。それと同時に金属同士が擦れるような、「ずううぅ」という音が微かにする。
「……の……は……ですか?」
三つ編みの少女が問いかけ、また腕が動きかけた瞬間……! 映像は終わってしまった。
「充電切れちゃったのね。また収穫無しだわ」
「せっかくいい感じだったのにね」
私達は、女子更衣室に動体検知カメラを設置している。もちろんそこは女子更衣室として機能していなくて、隣の美術部に物置として使われているのだけど。なぜ私達がそんな所にカメラを設置したかというと、10月頃、妙な事件が起きたからである――。
鍵がかかっている女子更衣室の中で、大量に動物の毛が発見された。窓の鍵も内側から閉められており、動物が入り込んだ形跡もない。しかし更に奇妙なのはここからなのである。
美術部の物置と化している女子更衣室には、普段鍵がかけられていない。事件が起きた前日も鍵がかけられているはずがなく、扉さえ開けられれば動物が入ることは可能だった。
しかし毛が見つかった日、鍵はかかっていた。誰も外側からかけていないというのに……。
考えられる可能性は、動物が女子更衣室に忍び込み、室内で散々毛を撒き散らした挙句、何かの拍子で鍵をかけてしまい、そこからどうにかして消えたということ。普通に考えてあり得ない。
もう一つ考えるなら、誰かが動物の毛を女子更衣室に撒き散らし、その後外側から鍵をかけたということ。こちらの方があり得るけど、いかんせん動機が不明だ。
この事件以降、ここ緑林高校は妙に重苦しい雰囲気に支配された。目立ちたがりな子が「どこそこに赤いランドセルを背負った女の子が」と言うと、皆が信じてしまいそうな雰囲気。そして立て続けに妙な事が起きたのである――けど、それは割愛しよう。
心霊系の話が好きな私とエイプリルは、これを独自に調査することにした。勝手に女子更衣室に小型の動体検知カメラを仕掛けたり、聞き込み(それ系の噂を盗み聞きしてるだけ)をしたりしている。先生達には、調べていいか聞いただけで、カメラを設置しているのは内緒なんだけどね。
まさかこんな所に本職の人が来るとは思わなかった。っていうか、結構普通……綺麗な人だな。
長い黒髪を横結びにして、ベージュのシュシュをつけている。白いブラウスにジャケット、スリムなパンツ。服装だけならお洒落なOLさんという感じだけど、しゃんとした雰囲気がキャリアウーマンっぽさを感じさせる。心霊系のお仕事してる人って、どうしても和服を着た初老の人しか思い浮かばないんだけど、こんな普通の人もいるんだな。
そんなことを考えながら北川さんを眺めていると、いきなり顔がこちらを向いた。
「何か?」
「あ……いえ」
じろじろ見すぎた……。ていうかこの人ほんとに何なんだろう。何回も何回も動画を巻き戻して再生している。同じ行動をさせる実験みたい。
怖くなってエイプリルの方を見ると、エイプリルもこちらを見ていた。
「お二人とも、これはどのようにして撮影されましたの?」
「あ……えっと、女子更衣室に小型の動体検知カメラを設置しまして……それで」
エイプリルが答えた。北川さんはエイプリルの方を向くと、
「今すぐ止めてくださいまし」
そう、言ったのだった――。
「あたくしのように対抗手段があるならまだしも、何もできないのにこんなことをしてはいけませんわ。危険です」
「す、すみません」
「許可を取っていることは存じておりますわ。しかしこれは知識も何もない子供がやっていいことではありません! 今ここで、勝手に調査をしないことを約束してくださいまし」
凄まじい剣幕に空気が震える。私達は、ただ頷くしかなかった(許可なんてほぼ取ってないも同然だし)。
「……少々取り乱してしまいましたわ。あたくしは、あなた達を説教しに来たのではありません。協力して欲しいんですの」
協力?
ぽかんとする私達に北川さんは続ける。
「何もタダでとは言いません。もちろん報酬は……」
「お金がもらえるんですか?」
思わず突っ込むと北川さんに睨まれた。数秒無言で見つめられて、話が続けられる。
はいはい……人の話を遮るなっちゅーことね。
「協力していただけたら、その分の報酬は支払います。働きぶりに見合う分だけ、ですけれど」
それは、私達がよっぽど無能に見えるってことですか。働きぶりに見合う分だけとか、言われなくても分かりますけど。……なんか、イライラしてきた。
「で、どうされますの?」
北川さんは机に手をついて体を乗り出す。協力して欲しい奴の態度じゃないだろ、それは!
「私やりますっ」
断ろうとした瞬間、エイプリルが明るく宣言した。すぐにキラキラした笑顔を向けてくる。ああ、なんて純粋……「やるわよね!」と、言われているんだ……。
「……やります」
北川さんは表情ひとつ変えない。一仕事終えたようにため息を吐き、私達の方を見た。
「お名前は?」
「園田灯です。で、あっちが」
「エイプリルです!」
北川さんが初めて顔色を変えた。そしてまじまじとエイプリルを見ている。
「本名でして?」
「あ……えっと」
エイプリルが返答に詰まった。もう会わないだろう人には親が外国人で〜とか誤魔化してるけど、本当のことを言った方がいいだろう。
「あだ名みたいなものですよ。先生とかにもそうやって呼ばれてますから、北川さんもエイプリルって呼んでください」
エイプリルに代わって言ってみた。数秒、不自然な沈黙が流れる。
「……分かりましたわ」
ほっ。
「黒髪の方が園田で、茶髪の方がエイプリルって覚えてくださいね」
「あたくしにその程度の見分けがつかないとでも?」
「……いえ」
「えええっ、私達、双子みたいだねってよく言われるんですよ」
純粋なエイプリル。でも北川さんは無視して、次の話に進めた。
「最近起きている怪現象とやらを教えてくださいまし」
「……それで、何もない空間に突然毛が出現したとしか考えられないと」
ひとまず私が例の女子更衣室の事件を話した。「続けてください」と北川さん。エイプリルが後を継いで喋る。
「職員室が揺れたんです。これは、うちの担任から聞いた話なんですけど……昼休みにですね、その先生は職員室にいたんです。すると急に揺れ始めて。かなり激しい縦揺れだったそうです。揺れが収まった後、これは大変だとすぐに廊下に出たんですが、そこには平然としている生徒達がいました。聞けば少しも揺れていないとのことで……。結局、揺れていたのは職員室だけだったんです」
「体験した方はその先生だけですか」
「えっと……人数は分からないんですけど、結構いると思います」
北川さんは話を聞きながらメモを取っている。向こう側は見えないけど、びっしりと書き込まれているのだろう。
「他には?」
「……単に気のせいかもしれないことなんですけど、いいですか」
「とにかく話してくださいまし」
エイプリルは息を吐いて、
「最近、学校の敷地内で虫を見ないんです。変だなって思って先生に聞いたんですけど、特に殺虫剤のようなものは撒いてないらしくって。それで実験をしたんです」
「えっ、そんなのしてたの?」
北川さんに睨まれた。はーい、大人しくします!
「昆虫を引き寄せるトラップってあるじゃないですか。糖蜜……だったっけ? それを作って、昼に敷地内と敷地外をまたぐようにして撒いたんです。夜に来てみたら敷地外にだけ蛾や蟻がたくさん来ていて……敷地内にはガラスで仕切っているかのように1匹もいなかったんです」
北川さんは黙っている。最近虫を見ないのは私も気にしていたけど、具体的な実験はしていなかった。まさかエイプリルが一人でやっていたとは……。
「多分、今私が言ったので全部です。他の人達が体験しているかは知りませんけど」
「充分ですわ。ありがとうございます。後は明日にしましょう。明日の7時に校門前に来てくださいまし」
そうして一方的に約束を取り付けた北川さんは、颯爽と教室を去っていったのであった――。
「いいのかなあ、協力して」
「どうしてよ? 何か酷いことになる前に、解決してもらった方がいいじゃない」
二人残った教室で、パソコンの映像を見返しながら駄弁る。エイプリルは私ほど北川さんに悪印象を抱いていない様子だ。
「結構変わり者な印象だったけど」
「そりゃあ人間なんてそんなものよ」
そうかなあと答えて廊下に目をやる。ちょうど教室の前を見知らぬ三人組が通り過ぎるところで、私は思わず立ち上がった。
……一人は私くらいの身長しかない初老の男。和服を着て白髪頭で、上半身はいかにもテレビに出てる霊媒師! って感じなのに、赤紫のスリッパが浮いている。もう一人は天井くらいの身長があって、ラフな服装にながーいポニーテール。結構ガタイがいいので男だと思う。というか身長が高すぎる! この人と和服のおじさん、絶対一緒に写真撮れないでしょ。もう一人は普通の身長で、スーツを着た比較的普通の青年。どこか爽やかな雰囲気を携えている。一瞬この学校の事務さんかと思ったけど、あの二人と楽しそうに話しており結構親しげである。ってことは知り合いなのかな?
校長先生、一体どんな人らを調査に呼んだんだ……?