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そしていつかに捧げる傷痕

作者: フジオリ。

     





 ── 息を吐く。


 雪が降り出しそうな空を見上げいつかの記憶よりも随分と小さな手に息を吹きかける。

 手袋でもしてくれば、もっと暖かい上着で来たらよかったと小さな選択の後悔をする。


 吐いた息は指の間を白くなりながらすり抜け、温かい何かが欲しくなる。

 それがなんだか癪で手をグッと握りゆっくり下ろす。


 あと少し、あと少しだ。


 今か今かといわゆる勇者と呼ばれるまで成長した彼を待つ。

 辿り着いた彼はなんと言うだろうか。「お前だったのか」だろうか「裏切っていたのか」だろうか。

 …そう思う程度には私は彼を傷つけることをしたという自覚はあるらしい。


「でも、それでもだ」


 そうだそれでも今からでも都合のいいようにこの結末を変えるのはできない。してはいけない。


 唇を噛み締める。

 風が皮膚を裂くように吹き抜けていく。

 寒いのは慣れている。


「どうして!!」


 予想とは外れたが、それでも悲痛を滲ませた泣き声のような叫び声が聞こえた。


「だめじゃないですか、せっかく背後を取れていたのにそんな大きな声を出したら」

「答えろ、なぜお前がここにいるんだ」


 泣き崩れた勇者を奮い立たせようとする者や涙を拭う者がいる中で、勇者と好敵手だった若者が怒気を含ませた声で訊ねる。


「“なぜ”? おかしなことをいう、君たちだってその道でなければいけなかったものを『結果的に良かった』と選び進んだのは君たちだ」

「そんなの知るもんか!エリオの恩人のくせになぜエリオを苦しめ続けたんだ!」


 エリオと呼ばれた少年の肩から手を離し吠えるように少女が語る。


「恩人になったつもりはありません、ただ手を取っただけです」

「それでも貴女はエリオさんのお兄さんが亡くなった時その復讐を手伝い彼が勇者と呼ばれるよう導いた導き手ではありませんか」


 涙を拭ってあげていたもう一人の少女が問いただす。

 その言い方に少し懐かしさを感じた。


「私が手伝わなくても君は勇者になっていたよ」


 したことはいずれ来るだろう未来の出来事を予測しその問題を解決できる人材の育成時期を早めただけだ。


「星が瞬き月が導くのを太陽が隠す前に見つけただけ」


 いつかの自分がそうであったようにそういう運命なり宿命なりを持った人間はわかりやすいし見つけやすい。


「語られず朽ちる前に語り継がれるようにしただけ、だけど君は、君たちは道順を間違えた」

「なにを言っている」

「わからなくていい理解されなくていい。聞いてもただ嫌なことが心に残り続けるだけだよ」


「でも、それでもそれを知って行きたいって言ったじゃないかチェネレ」


 チェネレ

 それは自分の名前だ。人の名前を憶えるのが苦手な彼にしては珍らしい。

 彼は涙を自分で拭って立ち上がる。

 下を向いたら誰かに顔を持ち上げてもらわなければ前を向けなかったのに、成長したものだ。


「燃え尽きた者、嘆きの子、再誕の末路…あなたを形容する言葉は複数ありますが“チェネレさん”個人として今の状況はどう思っていらっしゃるんですか?」

「どうも思わない、なるべくしてなった」

「そうだろうな、でなければ一部の皇族および教会の上層部、二十八名を虐殺などしない」


 その事実を再認識したのか口を閉ざす


 それだけの人数で済ませるのにどれほど無用な努力をさせられたのか、元はといえば勇者が人に惑わされずに進んでいるのであれば一人の死だけでよかった。


 ……でも選択し影響を良しとしたのは自分だ。

 だからこの罪は私のものだ。


「あなたのような異能者を人として扱う穏健派の方や同族である異能者をも手にかけたのは何故ですか」

「…言ったところで意味はないけど、君たちがここに辿り着き失敗しないように語ろう」


 想定していたよりも多くのものを取りこぼす選択を取ってしまったのは私の失敗だ。

 仲間が増え別の視点からそれぞれの問題の最解答を選び抜けると思っていたが、逆に仲間という群に同調し自己判断する自我が薄くなってしまっていたのだろう。

 だから、なおさら彼らは殺さなくてはならなかったと拳を握る。


「彼らは勇者である君や私のような異能者を使ってこの世界を自分たちのものにしようとした

 簡単に言えば戦争を仕掛けようとしていたと言うべきかな

 隣の国が一人の異能者に滅ぼされたのを見て、統制できる異能者であれば軍事利用も可能と思ったんだろうね」


 異能者だと判断されたのは産まれてすぐだ。

 母方の伯父が異端者の研究者で赤子らしくないとその人に預けられたのがこの人生の運の尽きだった。


『それは人の範疇には収まらない異能である』


 そう言われたことは憶えている。まだ五体も満足に動かせなかった頃だったが人であるために努力をしていた産まれる前の人生を人ではない証拠とされたのだから、今でもたまに夢に見る。


「(それだけなら、まあいいんだ。確かにそれまでだって思うような人間扱いはされなかったし)」


 人ではない、それだけならまだ耐えられた。

 ああこの人生も努力してもダメだったなら来世で、もしかしたら普通の人のように過ごせる来世があるのかもしれない。ならば寿命で死ねるその時まで頑張れば耐えればいつかは解放されるものだったから。


『喜べネルシュ、お前に不老不死の加護が与えられた。

 これでお前の謎が解き明かされるまで生き続けられるぞ』


「年をとることも死ぬことも何かを成し遂げ終わることもできない者に再誕の末路なんてほんといい呼び名をつけたものです

 その上で誰も傷つけずにいたら嘆きの子だの燃え尽きた者だのって言われるんですから、いつまでも私は道化であればよかったのでしょう」


 死ぬのを諦め、せめていまを生きる人たちのためにこの国をよくしようと奔走した。

 ── 神の恩恵だと教会が語りいつしかその声が大きくなった。


 隣国を滅ぼしたという異能であれば私を殺せると思い彼を迎入れ、居場所を与えた。

 ── 私の元を去った彼は目の前にいる勇者によって倒された。


「何かをすれば壊され、壊した相手が賛美されるのは慣れています」


 だが壊された時の痛みは何度味わっても慣れない。壊されるたびに泣きたくなるのを我慢している。だって私は


「私は人を愛したの」


 今でない時の人を、想っている。

 でもその恋も愛も叶わなかった。


「好きになった人も愛した人も私ではない誰かを好い愛した」


 叶わない恋であればよかった一瞬でも叶ったと錯覚しなければよかった。

 愛を決めた後でその愛が不要となればその愛も恋も憎しみになってしまう。それは嫌だった。


「私がその人を幸せにできる方法が死ぬ事だけだった」


 そういうことが十数回ばかし続いた。

 それだけだ。私の恋も愛も人にとっては害にしかならない。


「誰かを愛し愛を失った記憶が残っているのにどうしてまた誰かを愛せましょうか」


 愛してる。

 なんど産まれその命が終わっても他の誰かを愛しても胸のどこかはずっと穴が開き続けている。

 もう何度産まれ変わってもこの想いは燃え尽きたまま灰のままだ。新しく誰かを愛することはこの魂はできないだろう。


「たしかにエリオ、君のことは愛している

 でもそれは子に対する親の気持ちであって私が失った愛はまた違うんだよ」


 泣きたくなるような恋をした。

 縋りたくなるような恋をした。

 死にたくなるような愛を知った。


「この虚しさも寂しさもこの自我が継続し続ける限り消えない」


 だからこの役割を引いた。


「この世界は都合が良かった

 神がいてその御使いがいて人外がいて悪があって、それらに対抗できる勇者がいる

 ならばこの時代この国の悪意の渦にいればいずれその悪を打ち倒す者が現れ、倒してくれると思ったの」


 愛することを悪だとされた。

 愛することを害だとされた。

 恋したことが過ちだった。

 だったらいつの私も想いも存在も倒されるべきだ。


「いつか誰かに悲劇のヒロインぶるなと言われたの、でもそれがなんなのか分からなかった」


 愛が死に終わった人生に次があった時その意味を知った。


「だから、私はこの人生では悪になろうと思った」


 死ねないのなら殺してくれる誰かが現れるのを待とう。現れたら相手が同情しない様に自分勝手で独りよがりな人に映るようにしよう。演技は不得意だけど頑張ろう。


 ── だってそれがみんな幸せになれる方法だから


「勇者が異能者を殺す力があるのは知っていましたが神の、…皇族が授ける祝福も消し去れるのは僥倖でした」


 神は神しか殺せない。

 どれだけ私や隣国を滅ぼしたという彼が力を持とうが神の系譜であった皇族は手が出せなかった。


「お兄さんも君が本当の弟でなくすり替えられた偽物だと知ってしまったから殺された」


 エリオという勇者が出来上がるには兄を死に至らしめた者への復讐が必要だった。しかしそもそもその復讐は本来であれば不要なものだった。


「皇族の子供と商人の子供を入れ替えてまで何を成したかったのでしょうね彼らは」


 学友だったと聞く。エリオの父と王の乳母の息子は。

 彼らは自分の血を皇族に組み込もうと目論んだエリオの義父と息子の自分よりも王を擁護する母への嫉妬から彼らを取り替えたという。


『…この子はこんな瞳の色をしていたかしら?』


 子を取り替えられた彼女の疑念を聞いた。けれどなにもしなかった。


「誰も欲を出さなければ悲劇は起きなかった」


 自分に言い聞かせふと自らへ湧く怒りに耳を傾ける。

 『人間として出来損ないで人間として成り損ないのくせに人を語るな」


 触れ合えば不要な傷ができるとわかっていた。

 わかっていたのにこの結末を引いた。


「貴女は自分が神にでもなったつもりですか」


 神、確かに見方を変えれば似てみえるだろう。

 けど私はその逆だ。


「私は──」

「そんなのどうでもいい」


 彼はいつか見た星のような瞳をして立ち上がる。

 そうだ、何かを変える運命の人間は打ちひしがれたときこそ立ち上がってしまう。


「一緒に帰ろう」


 その行き先に大切なものを失うとしても


「私も帰りたかったな」

「じゃ…!」

「でも帰りたい場所はないの」


 察してくれ、私と君とでは帰りたいと思う場所が違うことを。

 視線を流す。


「たしかに記憶を持って輪廻転生を繰り返している私は神に見えるでしょう」


 神になったつもりかと問うた少女を見る。


「でもそれは大切な人達との別れを意味するのです」

「何度も家族も友達も好きな人とも会えず自分だけ別の世界で生きるの」

「それがこれまでもこれからも続いていく」


 恩人なのにと叫んだ少女を見る。


「私が私でなければよかったのです」


 答えろと訊ねた少年を見る。


「たった一度でも愛し尽くして生きたかった」

「そうすればこんな無様で醜く生き死にを繰り返すモノにはならなかったでしょう」

「人は明確な終わりの記憶を持ってその記憶を貯蔵すると言います」

「でも私はそれができない」

「ずっと一つの道だった、一つの人生ごとに希望も渇望も区切ることができなかった」


 育み営んだこの体を作りあげた人たちのために寿命までは生きるつもりだった、だけどその終わりは訪れない。

 息をゆっくり吸って、止める。


 君が誰もが思い願う英雄であるならば──…

 英雄を見据える。


「この夢を終わらせてほしい」



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