四本指
肩肘張らずに軽い気持ちでお読みください。
久しぶり。元気してた?
高校の時以来だから、もう八年か。時が経つのは早いもんだ。
ああ、この包帯? ちょっと不注意でな。心配するなよ、ちゃんとネタは用意してるから。
しっかし、お前がまさか記者になってて、俺を取材しに来るとは思わなかったな……ま、そのおかげで高級そうな店の料理を御馳走してもらえるんだから、全然構わないけどさ。
やっぱりこんなところだと、有名人も結構来ているんだ。サイン手形が沢山ある、ひぃふぅみぃよぉ、ひぃふぅみぃよぉ……
まあ、ご馳走してもらうのに申し訳ないんだけど、「事実を基にしたホラー」って個人的には好きじゃねえんだよなあ。大体、仮に幽霊がいたとしても、そいつがオチとか考えて動いてくれるわけないだろ。ヤマなしオチなしイミなしだろうし、そもそも、そんなに細かく覚えてるわけねえじゃんって話よ。
それでテーマがかくれんぼ、ねえ。確かにホラーの題材には持ってこいだろうけどさ、昔ならともかく、今の都会とかで実際にかくれんぼしたことある人どんだけいんのって話だよ。鬼ごっことかケードロと違って、隠れる場所が必要なわけじゃん。俺はたまたま田舎育ちで、雑木林とかあったからやったことあるけど……
だから今日話をするのは、お前のアイデアに協力したからってわけじゃなくて、たまたま旧知の友人と顔を会わせる機会が出来たから乗ってやっただけだから、そのつもりで聞いてほしい。
ああ、ビールが来たな。そんじゃ、乾杯。
○
あれは、俺が小学三年の時の話だ。
転校してきた子がいたんだ。ああ、男の子な。その子の父親は転勤が多いらしくて、長くても一年くらいしか滞在しない。今までも転校を繰り返してきたらしいんだ。
俺の席のちょうど後ろに来たんで、まあ、交流は他の子より多かったかな。全国の色んなとこにいたんで、その時の思い出話とかを聞いてた。面白かったかは分からんが、良く話しかけてた気がする。
で、ある時にな、彼が身振り手振りするんで気付いたんだが……彼さ……指が四本しかなかったんだよ。
え、何言ってるかわかんないって? まあ、話を聞けって。俺だってその時は全然わからなかったんだから。
ある日、学校がなんかの理由で半休になって、当時の友達とその子と俺で遊ぶことになった。知っての通り、俺はド田舎育ちなんで、隠れる場所には困らなかった。かくれんぼをしようとなって、その子が鬼になった。ばらける前に彼は俺に向かって、ニコニコしながら「ぼくが君を見つけたら、その指貸してね」って言ったんだ……五本指の気持ちを体験してみたいのだとさ。
俺は不思議と嫌だとは思わなかった。まあ、子供の時とかって基本、物々交換だろ。俺も彼も多分、奪う奪われるとかじゃなくて、ただ単におもちゃの貸し借りをしたかっただけのような気がしたな。おもちゃじゃなくて指だけども。まあ、子供からすれば指もおもちゃもそう変わらんだろ。
ということもあって、定刻の鐘が鳴るまで、かくれんぼをすることになった。
しばらく時間が経ったが、特に動きはなかった。
探す気がなかったワケじゃなさそうだが、なかなか探すのに手間取っているようだった。転校したばかりだし、まあ仕方がないとは思う。こっちは何度かやってるし、慣れ親しんだ場所だしな。
近くにいた友達の一人が「誰かわざと見つかって、鬼に加わってやるべきだ」って提案してきたんだ。単に楽しく暇を潰したいだけなんだから、泣かれでもしたら、明日学校で困るしとは思った。
というのもあって、俺が名乗りを上げようとした。なんなら、その時に指を貸してやっても良いすら思った。でもな、すぐに止めることにした。
多分、何かの弾みで指の根元をな……切ったんだ。少しすると血が出てきて、痛みも出てきた。「指を取るとすると、もっと痛いんだろうな」。そう思ったら、急に怖くなりだした。
言い出しっぺの友達が立ち上がろうとするのを必死に引き止めた。勿論、その理由は言えなかった。それこそ明日学校で困る。
そん時、後ろから
「みぃつけた!!」
……心臓が止まるかと思ったね。
終わったかと思ったけど、見つかったのは別の子供だった。
ようやくゲームが盛り上がるということで、俺と友達は散り散りになった。
ひそひそと遠くから聞こえてくる会話では、見つかった子も鬼には加わらず、彼一人のまま続行するらしいことだった。鐘が鳴るにはまだ時間があるし「ユウ君を見つけるのは、ぼくだから」とのことだった。ああ、ユウ君は俺の当時の呼び名のことね。
少しずつ人を見つけるまでの時間が短くなっていった。彼が他の子供を見つけるたびに大きな声で「みぃつけた!!」って言うものだから、ブルっとくるんだ。
それで、残りは俺一人になった。
実際、彼に見つかった子達がしばしば俺の方を見て、にやにや笑っているわけよ。気が気じゃなかったな。本当、余計なことしてくれんなよと思ってた。
「ユウ君はどこかなあ!! ユウ君はどこかなあ!!」
すげえ怖かった。あと一人だし、約束もあるからだろうけど、陽気な声で俺を探してくるのが本当に怖かった。しかも、着実に声が大きくなってくるんだ……
鐘はまだか、鐘はまだか、怖い怖い、もうとっくに鳴っててもおかしくないはずだ、まさか故障か何かで鳴らないとか、それで学校が早く終わったのかとか、よく分からないこと考えてた。
「ここだね? ここだよね?」
もうバレるなと思った。指取られるくらいなら、いっそ襲ってやろうかとも。でもそんなことは流石に出来なくて、ただうずくまって身を震わせてた。
木の枝が折れる音、葉っぱが踏まれる音、ずっと動き回っていたのか、荒れた息の音まで聞こえてきた。
「あっ!!」
顔を上げると、その子がこちらを見てた。
心臓が止まった気がした。確か、その次は指をひたすら隠してたな。
で、次の彼の言葉が「大丈夫?」だった。うずくまってたのを、熱にやられたのと勘違いしてたんだと思う。俺の顔面は真っ赤じゃなくて、真っ青だったんだけども。
約束は守らないといけないと思って、指を出したら、ニコニコしたまま言うんだよ。「え、なんで? 君を見つける前に鐘が鳴ったんだから、ユウ君の勝ちだ」って。
全然気付かなかったんだけど、その子が言うには、結構前に鳴ってたらしいんだ。ということで、俺はいつの間にか勝ってて、彼からなんちゃらライダーの指人形を貰った。「その指に付けてみてよ」って言うもんだから、望みどおりにした。
その時の満面の笑みったら。あ、こいつと仲良くなってよかったと思ったね。
残念なことに、彼はすぐ後に転校しちゃって、かくれんぼはそれっきりになったんだけど。
とまあ、実際にあった話なんてもんは、大体こんなもんだ。
な、そうそう都合良く怖くなんてならないだろ?
○
ん、ああ、これで終わったんなら、わざわざここには来なかったんだ。でも、上手くオチが取ってついたんで、お前との再会のついでに話そうと思ったわけだ。
つい一ヶ月前のことなんだが、俺は機械仕事をしていたわけだが、その日は特に眠くて眠くて。明日が臨時の仕事になるって気づかずに、同僚と徹夜で麻雀してたのがいけなかったなあ。気付いたのがオーラスだったのよ、もうとっくに夜が明けててさあ、もうサーッと血の気が引いたね。でも、慣れた仕事だしなんとかなるかって、仮眠だけとって出勤したわけ。
なんとなく予想がついたか。ああ、こういう油断が命取りだって分かってたはずなんだが、なんかの弾みか、余程ぼけてたのか、自ら切断機械に向けて腕を突っ込んでしまったんだ。
まあ、最善を尽くしてみたが手遅れだったな。端の指、スパッと切っちまった。というわけで、始末書を書かされることになったし、包帯生活に突入というわけ。
で、その話をオヤジが聞きつけて、なんて言ったと思う?
同情とかだと思うだろ、違うんだな。「これでお前も俺達と同じだな」だぜ?
いやあ、ビックリしたなあ。その時に初めて知ったんだよ。オヤジもオフクロもそうだった。心底びくつきながら二人に聞いてみたら、「別に困らないだろうから」だってよ、まったく他人事だよなあ。
お前もやっぱり……そうだよなあ、ここにある手形もみんな、ひぃふぅみぃよぉ……ひぃふぅみぃよぉ……やっぱりか。
しかし、このジョッキの取っ手も窮屈だな。まあ、五本指があるやつのことを考えて作られてないんだから、仕方がないが……