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星花女子プロジェクト

迷い蜂は花を待つ

作者: 桜ノ夜月

 テレビの向こうでは最近よくコマーシャルにも使われているキャッチーなメロディーと、その曲に合わせて華やかな衣装に身を包んだ少女たちが踊っている。その様子を横目に近所のコンビニで買ってきたお弁当をレンジに入れると、表示された時間をセットしてスタートボタンを押す。途端に『一日分の野菜が摂れる』と書かれたお弁当がレンジの中でぎこちなく回り始める。


(……やっと金曜日ね)


 欠伸を噛み殺しながら疲弊した身体をグッと伸ばせば、背中からぽきりと音がする。ふと横目に見たテレビの向こうの少女たちは、白いフリルのスカートをひらひらと可憐に揺らしていた。


 ────テレビの向こう側にあるきらきらとした輝きに憧れて歌を歌っていたのは、今からもう十年も前の話だ。十代の少女を中心に結成したアイドルグループが、芽が出ずに解散してしまったと言うだけの、とるに足らないよくある話。私 小板橋(こいたばし)真悠(まゆ)も、そんなよくある物語の中の、脇役の一人に過ぎなかった。

 グループに在籍していた当時に名乗っていた『花宮まゆ』と言う名前を知る人は、きっともうどこにもいない。もちろん全くの無名だったと言うわけでもないけれど、だからと言っていつまでも誰かの記憶に残り続けるような()()のアイドルだったわけでもなかった。

 だからと言うべきなのか、高3の夏にグループが解散してからアイドルを辞めたことを後悔はしていなかった。当時の仲間とも引退して二年ほどは時々集まって近況を報告しあっていたけれど、やがて皆それぞれの生活を送ることに忙しくなって、いつの間にか集まることも無くなって。私も大学を卒業してから、現在の職場である私立星花女子学園で教師として働き始めてからは、おもに仕事と自宅を往復するだけだった。アイドル時代のような夢のようにきらきらしていた日々とは違うけれど、生徒達を支えながらその成長を身近で見守ることが出来る教師と言う仕事はやりがいもあって、生徒たちと過ごす日々を私は愛していた。

 着替えを終えてスーツを掛けていると、タイミングを見計らったように電子レンジからチンと間の抜けた音が聞こえた。クローゼットの戸を閉めると、温め終えた弁当をレンジから取り出す。「あっつ!」と不用意に蓋に触れてしまったことで、慌てて手を引っ込める自分の姿を少し情けなく思いながら。

 何とか取り出したコンビニ弁当とペットボトルのお茶をダイニングテーブルの上に置くと、コンビニで貰った割り箸を開けて「いただきます」と手を合わせた。『一日分の野菜が摂れる!』と勢いよく書かれたラベルをべりべりと剥がしながら、ついこの時間帯に摂る一日分の野菜に意味はあるのかなんて素朴な疑問を考えてしまった。


『それでは、次の出演者の紹介に移っていきたいと思います。話題のアイドルユニット、JoKe(ジョーク)のお二人です』


 高野豆腐とひじきの煮物を口に運びながらぼんやりとつけっぱなしにしていたテレビを眺めていれば、番組は次の出演者の紹介へと移ってゆく。高野豆腐を咀嚼しながら何となくそれを見てしまったのは、紹介されている少女たちから何もかもが対照的な雰囲気を感じ取ったからだった。

 JoKe(ジョーク)と言うアイドルユニットの名前には、私も聞き覚えがあった。時々インターネットニュースで流れてくる、急上昇中の新人アイドルユニットのひとつ。新人とは思えないほど高いパフォーマンスを行うこともその理由の一つだが、そのようなアイドルユニットは星の数ほどいる。その中で彼女たちのユニットが急上昇した理由は、他の実力派アイドルと決定的に異なる点があったからだ。それは────


『ちわーっす! この間ネットに私生活も荒れている炎上アイドルユニットって書かれましたァ! JoKe(ジョーク)でーす!』


 とんでもないことをさらりと言い出した金髪の少女の言葉に驚いて、思わずまだ形の残る高野豆腐を呑み込んでしまう。気管に入ってしまったことでゴホゴホと咳き込んでいれば、ベテランの司会者は『ははは!』と笑顔を崩さぬまま対応していて。炎上の件をなるべく長引かせないようにするためか、即座に『今回は新曲という事ですが、何か苦労した点はありますか?』と話の方向を切り替える。


『ええ、今回は私達、初めて歌詞を書かせて頂いて。とは言っても一部なんですけど、初めての体験だったのでとても勉強になりました』


 話の方向が切り替わったことを察したのか、隣に立っていた黒髪の少女が金髪の少女からマイクを受け取るとにこやかに話を進めてゆく。『何か困ったことはありましたか?』と言う問いかけに対し、彼女は『そうですね、ハチは大変だったみたいですよ? ね?』なんて冗談めかして振り返る。ハチと呼ばれた金髪の少女は『馨さんに何回もリテイク食らったんすよォ! も、ちょー厳しいんすよ!』なんて返して、それを聞いた会場の人たちは皆ドッと笑っていた。


『────それではJoKe(ジョーク)のお二人は、準備の方をお願いします』


 最初こそかなりヒヤヒヤしたものの次第に和やかな雰囲気を取り戻した二人に、司会者もどこかほっとした表情で準備を促す。馨さんと呼ばれていた少女は『はい!』と礼儀正しく返事をして、そのまま次のグループの紹介へと移ろうとした────時だった。


『あー、すんません! ハチから、ちょっとした発表があって!』


 金髪の少女は黒髪の少女からマイクをとると、まだあどけなさの残る笑顔でそんなことを言う。恐らく台本にない展開だったのだろう、司会者は僅かに声に動揺を滲ませながら『は、発表ですか?』とマイク越しに尋ねた。

 恐らく同じように何も聞かされていなかったのであろう黒髪の少女も驚いたように隣の少女を見て、会場は予想外の展開に次第にざわめきだす。皆が動揺する中で一人だけ冷静な金髪の少女は、何かを確かめるように会場を見回すと、人懐っこそうな笑顔を浮かべてとんでもないことを呟いた。



『ハチたち、二学期から星花女子学園(せいかじょしがくえん)に転入しまーす! 学園の皆さん、センセー、どーぞよろしくゥ!』



 咀嚼していたブロッコリーが、ぐっと器官に入り込むのが解った。ゴホゴホと咳き込みながらペットボトルのお茶に口を付けると、生温いお茶が喉を伝ってゆくのが解る。

 金髪の少女は、どこか満足そうな表情で会場を見回すと『んじゃ、そう言うことで! 行こ、馨さん』と言って、ひらひらと手を振りながら隣の少女を連れて画面から消える。後に残ったのは、ざわめく会場と、何とか話を切り替えようとする司会者だけだった。

 星花女子学園。酷く楽しそうな彼女の口から語られたその名前は、奇しくも私が教師として働く学園の名前で。私はペットボトルから口を離すと、思わず呟いた。


「────冗談、でしょ?」


 一人きりの部屋で零したその言葉に返事を返す人はいない。追いかけるように私の所属する中等部の学年主任の名前が携帯に表示されるのを見て、私はこれから先の対応を考えて、酷く頭が痛む思いがした。

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