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エヴァ ~森の娘~  作者: 三間 久士
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その4 実験台の街

■その4 実験台の街■


身を清め、研究棟と呼ばれる邸を出て青年は驚いた。

足元は雑草一本生えていないむき出しの土で、右手に馬房があり、五頭の馬が繋がれていた。

邸の敷地は広かったが、囲うのは頑丈な鉄で出来ていて、その高さは長身のギャビンの遥か上だった。

外門も厚めの鉄で出来ている。

そのせいか、青年は圧迫感を強く感じた。

三人は馬で十五分ほど村の外を走り、穂を膨らませ始めた麦畑を視察し、小さな村に戻った。

昼を少し過ぎた村は、ゆったりとした時間が流れていた。

馬を引き、小一時間歩いているが、時間の経過とともに、村全体が微睡みの中に進んでいくようだった。

ここの村人達はせかせかと動き回る者はおらず、ある者は実りの季節の太陽の下で猫達と昼寝を楽しみ、ある者は傍らに猫を置き友人とお茶の時間を楽しんでいた。


「いつも、こんな感じなのか?」


綺麗に洗濯された制服に身を包んだ三人は、ゆっくりと村を巡回していた。


「そう。

この町では、昼食後の小一時間はリラックスすることになっているんだ。

午前の疲れを癒やして、また午後に仕事に励んでもらうためにね。

そのほうが、仕事の効率がいいんだよ」


珍しい者を見る視線は、容赦なく青年に向けられた。

青年はその視線の方へと顔を向けると、その度にその者たちは笑顔で青年に手を振ってきた。


「はじめての場所で、愛想よく手を振れよ~。

とは言わないけどさ、女性には無愛想でも良いから手を振り返してやんなよ。

じゃなきゃ、もてないよ~」


そう軽く言いながら、ギャビンは愛想よく手を振っていた。


「俺達の仕事は、この村の公衆衛生を守ること。

この制服を着ていれば、異邦人とは見られないよ。

だけど、許可がないと、この村から出ることは出来ないからね。

まぁ、安心しなよ。

いい子にしていれば、命は取られないから」

「公衆衛生?

村はともかく、あの邸から出てよかったのか?」


シオンが頷くと、ギャビンは一件の店の前で馬から下り、そのドアを開けた。


「こんにちは。

時間外に失礼」

「ああ、ギャビン達か。

簡単なものでいいなら、すぐ出来るよ」


馴染みの店は、他と同じくランプの火を落としているので薄暗い。

三方向の壁にある大きな窓の一つから入る木漏れ日が、そう広くない店内の今の光源だ。

ギャビンの挨拶に、店の店主は姿こそ見せないが、陽気に声をかけてきた。


「ありがとう、助かるよ。

三人分頼む」


ギャビンはお礼を言うと声の方へと歩き出し、シオンは青年の肩を人差し指で突き、木漏れ日の入る窓際の席に誘導した。


「この村は変わっている。

他国はどうか分からないが、国内では実験台だ」


窓を左に、シオンとテーブルを挟んで向かい合うように腰を落ち着かせた青年は、差し込む柔らかな光が、シオンのハネている髪先で小さな小さな金の玉を作っているのに目を奪われた。


「それでも、人々は生を営んでいる」


ギャビンは三人分の陶製タンブラーを持って来るとそれぞれの前に起き、二人の間、窓を正面にして座った。

「はい、セルヴォワーズ。

君の国ではどうかは知らないが、ここらの国では水代わりにこれを飲むんだよ」


言うが早いか、ギャビンは喉を鳴らして飲み始めた。


「麦を水で煮て発酵させたものだ。

ここらの水は綺麗ではない。

何の処理もしていない水を飲むと、直ぐに腹を下す。

それも酷く。

しかも、チフスやコレラに感染する確率が高くなる。

水代わりで飲むぐらいだから、含まれているアルコールもそれ程ではない」


説明が終わり、シオンも飲み始めたのを見て、青年も口をつけた。

直ぐにドロリとした感触と、濃厚な味が口の中いっぱいに広がった。

が、シオンの言うようにアルコールを飲んでいる感じはなく、喉が潤っていく感じはたまらなかった。


「もう、飲み慣れただろう?」


一気に飲み干した青年を見て、ギャビンはニマッと笑い、空いたタンブラーを片手に席を立った。


「この村は、十数年前は街だった。

壊滅した。

黒死病という病を知っているか?

ある日突然高熱を出し、頭痛、悪寒、倦怠感、不快感、食欲不振、嘔吐、筋肉痛、疲労衰弱や精神混濁などの強い全身性の症状が現れる。

通例、発症後三 ~四日経過後に敗血症を起こし、その後二~三日以内に死亡する。

その殆どが手足といった末端の壊死、紫斑などが現れる」


シオンはぼんやりと窓の外に視線を向けながら、放し始めた。

それは、資料を読むように朗々としていた。


「報告は受けた。

我が国では、罹患したものは居なかったと思う」


この男は、自分を見ていない。

見ている時も、心の一部は浮ついている。


シオンを見て、青年はそう感じていた。

では、この男の心の一部は何処に向き、今は何を見ているのかと、少し気になった。

窓の外を向いているからと言って、そこに見える景色を見ているわけでもなさそうだった。


「この村は我が国で唯一、黒死病で壊滅した街だ。

私の父がある者から病に関しての知識を得たため、その知識が正しい事を証明せよと、国王から再建を・・・」


一瞬、シオンの瞳が大きく開かれた。


「失礼」


言葉尻を忘れ、荒々しく立ち上がったシオンは短く呟くと、慌てて店から出ていってしまった。


「幽霊でも歩いていたかい?」


呆然とする青年のもとに、ギャビンが料理と瓶を持って来た。


「・・・さぁ?

窓の外は見ていたが、何を見ていたかは?」

「ま、いいさ。

シオンの分も食べてしまおうじゃないか。

大丈夫、お代はシオンに付けておけば問題ない。

あまり待たせると、アデイールが煩いしね」


戸惑う青年にギャビンはウインクすると、豪快に料理を食べ始めた。


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