第一章
第一章
これは2020年の話。これから話すことは、フェイクも入れるがほぼ実話である。ふと、思い出したので文章にしてみようと思う。
僕の名前は佐々木ヒロ。神奈川県在住で30歳独身の普通のサラリーマンだ。
地方の高校を卒業してすぐに、俳優を目指して上京した。5年間活動してみたが何も芽は出なかった。
俳優を辞めてからは職を転々とし、現在は販売系の会社に就職し、客先で営業トークをする毎日だった。毎日毎日、同じことの繰り返し。ノルマを達成できて当たり前、ノルマが達成できなければ叱られる。そんな毎日が段々と嫌になってきた。
ある日、仕事でミスをした僕は先輩から酷く叱られた。その時から何かが弾けたように考え方が変わってしまった。
普通に生きていた僕が、生きるのが辛く全てが嫌になり、死ぬことしか考えなくなっていた。
心の拠り所になるような人も居ないので、尚更しんどかった。
「何でこうなったんだろう?」
と、考えていると気づけば会社の屋上に上がっていた。いっそのこと死ねば全てを投げ出して楽になれる。そう考えていた。
会社のビルは5階建てだ。頭から落ちれば即死できるだろう。涙が溢れて止まらない。親、兄弟への感謝の気持ち。友達への感謝の気持ち。色々な感情に押しつぶされそうになりながら、僕は飛び降りた。
・・耳元で声がする。
「大丈夫ですか?起きて下さい!」
「救急車すぐに来ますから!」
痛みは感じない、意識は遠のいていく。もう楽にさせてくれ。そう願った。
頭がぼーっとする。目を開けると見覚えのある部屋に1人で座っていた。
「ここどこだっけ?」
考えても思い出せない。さっきまでの記憶もなく、何があったのか全て忘れてしまっていた。
と、そこへ勢いよく部屋のドアが開く。
「失礼します!」
元気な女の子が入ってきた。顔を見て驚き声を失う。その子は、僕が当時付き合っていた彼女の山田ナミだった。
彼女は僕の3歳下で、色白で鼻筋はくっきり、目はパッチリしていて可愛らしい感じだ。
「大丈夫ですか?顔色良くないですよ?」
ナミに声をかけられるも驚きすぎて挙動不審になってしまう。
「あ、大丈夫です!何してるんですか?」
「バイトですよ!佐々木さんも早く着替えないと15時からのインに間に合わないですよ!」
あと、15分もある。割とせっかちだ。
あー懐かしいなーしてたよバイト。ハンバーガー屋さんだよね。確かここでナミと出会って付き合ったんだよなー。と懐かしく感じていた。
「ボーッとしてないで早く着替えて休憩室から出て下さい!」
「はい!すみません!」
ナミはしっかり者だ。口調が厳しい時もある。
バイトが終わったのは23時だった。着替えて休憩室を出ようとするとナミが声をかけてきた。
「待って下さい!一緒に帰りましょうよ!」
そういえば、帰る方向が一緒でいつも2人で帰ってたなー。
「着替えるのゆっくりで大丈夫ですよ。」
「わかりました!急ぎます!」
意味のないやりとりだった。
帰り道、ナミに色々と聞いてみることにした。
「今って2000何年だっけ?」
「2013年です。スマホ見ればいいじゃないですか。」
間抜けな質問をしてしまった。2013年11月になっている。少し肌寒いのに納得した。確か付き合ったのは12月で、この頃はまだバイト仲間みたいな感じだ。
「山田さんは短大だっけ?来年卒業だよね?」
「そうですよ!アパレル系に就職も決まってます!」
「すごいじゃん!今度、お祝いしてあげる!」
「本当ですか!?やったー!そしたら、来週末にご飯食べに行きましょうよ!」
かなり喜んでくれているのが伝わってくる。この天真爛漫なところに惹かれたのを思い出した。
「確か駅ビルに美味しいご飯屋さんあったと思うから予約しておきますね。」
「ありがとうございます!楽しみにしてます!」
「佐々木さんって彼女居ないんですか?」
「居ないと思います。」
「何ですかそれ?怪しいなー。」
「居ませんよ。」
「そうですか!頑張って下さい!」
ナミはニコニコしてこっちを見ている。
「山田さんは彼氏居ないの?」
「居ないと思います!」
「何ですかそれ?」
「居ません!真似してみました!」
こうして、他愛もないやりとりのあとにそれぞれの帰路についた。
そして当日、待ち合わせ時間は19時。2人して30分前に着いていた。
「佐々木さん早くないですか?」
「暇だったので早めに家を出ました。山田さんも早いですよ。」
「待ちきれなくて早めに家を出ました!」
「どんだけお腹空いてたんですか。」
「食いしん坊みたいに言わないで下さい!」
時間になり店へ入った。食事をしながら色んなことを聞いてみた。家族構成、部活、好きなアーティスト、休日の過ごし方。徐々に思い出し涙が溢れてきた。
「佐々木さん大丈夫ですか?苦しいんですか?」
当時の僕には、こんなに優しくて一緒に居て心が温かくなる人がそばに居たのかと考えると涙が止まらなくなった。
「大丈夫です。気管支かな?変なところにお茶が入っちゃった。」
「苦しいですよね?咳した方がいいですよ!」
背中をトントンと叩いてもらうと、段々と気持ちが落ち着いてきた。
「お店に入って大分経つし、そろそろご帰宅しましょう」そう言って席を立つナミ。気づけば2時間も経っていた。
帰り道、手を繋げそうな距離で歩いている。この頃からお互いに意識し合っていたのか、恋愛トークで盛り上がっていた。付き合うなら歳上がいいとか、優しい人がいいとか、結婚まで続く人がいいとか、ナミの要望は色々あった。僕は自分に当てはまっているかな?とか考えて歩いていた。
「今度はどこか遊びに行きませんか?」ナミに声をかけられ我にかえる。
「あーイルミネーション見に行くとかどうかな?みなとみらいとか良くない?」
来週から12月なのでやっているだろうと思った。
「いいですね!行きましょう!楽しみだなー!」
適当な提案で不安はあったが、ナミは思いのほか嬉しそうにしている。
「じゃあ、来週末に行きますか。」
「佐々木さん、ちゃんと厚着して行きましょうね!絶対寒いですよ!」
週末にデートの約束をした僕らは、またそれぞれの帰路についた。
そして迎えた当日。19時に桜木町駅で待ち合わせだ。30分前に着いてしまった。絶対に遅刻はしないと早めに家を出たが、外が寒くて待っているのが辛い。ダッフルコートに手袋とマフラーまでしているが寒さには敵わなかった。ボーッとしていると改札の方から小走りで向かってくるナミが見えた。
「佐々木さん早いですよ!」
「たまたま早く着いちゃっただけだよ。15分前なんだから走らなくても良かったのに。」
「姿が見えて嬉しくて走って来ました!」
「山田さん犬みたいですね。ハアハア言ってるとことか。」
「おい!!」
相変わらず愛嬌があって、一緒に居るとこっちも嬉しくなってくる。イルミネーションの方まで歩いている時も冗談を言い合ったりして楽しかった。
「わー!イルミネーション綺麗ですねー!」
「佐々木さん写真撮りましょう!写真!」
ナミのテンションは最高潮らしい。
「はしゃぎ方が子どもみたいですよ。」
「いいんですよ!まだ20歳なんだから子どもで!一緒に写真撮りたいなー!」
「はいはい、撮りましょう。」
「やったー!」
僕もテンションは上がっていたが、大人ぶって落ち着いているフリをする。
ベンチに座って2人でボーッとしていると。
「こんなところで告白されたいなー」と、隣でナミが何かボヤいている。
そこまで言われて黙っている訳にはいかない。意を決して告白しようと思う。
「僕、山田さんのことが好きです。一緒に居ると楽しくて、笑顔が素敵で笑顔を見ていると自然と嬉しくなります。」
ナミは顔を赤らめ涙を浮かべている。僕は言葉を続ける。
「思いやりがあって優しいし、しっかりしてるとことか、犬みたいに愛嬌があるとことかも好きです。」
「本当に大事にしたいと思うので付き合ってほしいです。」
ナミはもう泣きそうだ。
「本当に私でいいんですか?佐々木さん優しいから、ここまで私を連れて来て申し訳ないから告白したとかナシですよ?」
笑いそうになったが堪える。
「僕は本気ですよ!その気がなければ誘っていません!」
「本当に私でいいんですか?」
「はい!」
ナミは少し俯いた後に顔を上げてこう言った。
「私もずっと好きでした。佐々木さんは優しくて、カッコよくて、一緒に居ると楽しくて自然と笑顔になれました。」
「こんな私で良ければよろしくお願いします。」
気づけば2人して泣いていた。好きな人と一緒に居れる幸せな時間は無限ではない。可能な限りの時間を一緒に過ごしたい。
「はい!こちらこそよろしくお願いします!」
僕はこの時、ナミを絶対に幸せにしてみせると心に誓った。