6.正体
フライトを終えて発着場に戻り、真は機体を後にする。体を支配していた奇妙な感覚は抜けず、己の立つ足元が揺れているような錯覚にさえ陥る。
彼ら新入隊員にとってファースト・フライトはあまりに過酷であった。
不透明な脳内のままに首を動かし、黄瀬の姿を探した。真の前方で機体を降りた黄瀬は、真の横を通り過ぎ、格納待機列の後方へ早足で歩いていく。
慌てて後を追うと、日向や瑠依も真に続く。
黄瀬の向かった先にはあの戦闘機ーー敵の翼を焼いた彼の姿があった。菱川に告げられた機体番号が眩しく光っている。
そしてそのタラップの足元では一人の男が菱川と談笑していた。
「……どうして君がここにいるんだよ」
黄瀬の呆れたような声に彼が振り向く。すらりと伸びた背は、高身長に分類される瑠依よりも少し高い。
もう一人の上官とは異なるベクトルのイケメンである。
頬を染めた日向が「かっこいい……」と呟いた。
「まだ安静期間のはずだろう」
見れば彼の左腕には包帯がぐるぐると巻かれていて、骨折でもやらかしたのだろうか。
(この腕で宇宙へ飛んだのか)
黄瀬の口ぶりから察するに彼の腕はフライトに耐えうる状態ではない。
不利な条件さえある上であの攻撃など、一体彼は。
「悪い悪い。招集って聞いたらつい飛びたくなっちまってなぁ」
「つい、じゃないよ。何かあったらどうするつもり?」
「黄瀬は心配しすぎだろ」
ははは、と笑う彼に黄瀬はため息をついた。
なるほど彼は随分と楽観的な性格をしているらしい。先程のフライトからは想像もつかなかったが。
流れる空気は他者の介入を許さない。信頼し合ってこそのものだろうか、菱川さえも口を出さずに黄瀬の横へ下がった。
全ての隊員を降ろした戦闘機が格納庫へ収納されていく。
機体はここで整備班によって磨かれ、次のフライトを待つのだ。宇宙という危険極まりない空間へ隊員を運ぶだけあって、機体の欠損は人命をも左右しかねない。
牽引されていく機体を眺めながら、真は茫然と上官たちのやり取りを聞き流す。
「藍沢、黒島、それから……菊田、だよな」
突然呼ばれた名に、新入隊員たちは思わず背筋を伸ばす。
彼は三人を眺め回すとニッと笑ってみせた。黄瀬の優しげな笑顔とは違い、彼の内側に宿るエネルギーを感じさせる力強い表情。日焼けした肌は陸上部に所属していた友人たちを彷彿とさせる。
「俺は東海浩晶。第九班の班長を務めている」
なるほど合点がいった。
東海というのは黄瀬と並び称される伝説。つまりあの中途入隊を成し遂げた二人の片割れである。半ば神域に近いとされる二人は、出会ってみれば案外と普通の人間だった。
この人のもとで働くのか。悪くないかもしれない。
膨らむ期待に口角が上がるのを堪えていると、いつの間にか他の隊員たちはオフィスへと引き上げたようだった。
ぼんやりと格納庫の方を眺めていると、不意に東海が日向の顔を覗き込んでいた。
「なぁ」
「へっ!?は、はい……なんでしょうか」
「お前……」
見定められるような視線に冷や汗をかいている。
可哀想になるくらいに震えているその姿は、まるで兎のようだ。
しかしそんな日向を他所に、東海は興味深そうに日向の茶色の双眸を見つめ、再び人が良さそうな笑顔を浮かべた。
「さっきのフライト、すげー良かった。新入隊員にしては度胸もあるみたいだったし。お前やるなぁ」
「え……あ、ありがとうございますっ!」
嬉しそうな日向にうんうんと頷く。
しかし、あの視線、どこかで……。
思い当たる節は一つしかない。
(この人、どことなく黄瀬さんに似てるな)
いや、全く雰囲気などは似ても似つかないのだが、言葉の端々に滲む感情やちょっとした動作が。
相棒ゆえ……なのだろうか。
しかし黄瀬の表情は厳しいままだ。先程の戦闘が関係しているのは間違いない。
「あの……」
思わず声をかけてしまった。
まずい、と思ったが、こちらに目をやった黄瀬は柔らかい笑顔を浮かべていた。
「どうかした?」
「いえ……なんでもありません」
この人はやはり侮れない。
黄瀬の表情の裏にある思考は、真には計り知れなかった。