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4.離陸

発着場前は人で溢れかえっていた。

場内では少数の隊員が消火活動にあたっているというが、炎の勢いは容易に収まらず、その熱は場外で待機する真にまで届く。


物理的な熱さと、隊員たちに燻る熱意。その中には新入隊員であろう初々しい背中も見えるのだ。

誰もが発着場を真剣な表情で見つめて指令を待っている中、真は思わず両手に汗を握った。


駆けつけた隊員たちの中で、真は上官の名前を呼ぶ人を見つける。


「黄瀬さん!」


駆け寄ってきたのは菱川と、もう一人。


少し猫背だが長身でふわふわとした髪が走る度に踊る。整った顔立ちを不安げに(ゆが)めている。


「菱川。無事でよかったよ」

「ちょうど発着場に入る前だったので。菊田くんは場内にいましたが、軽傷です」

「そうか」


黄瀬の細められた目に一層縮こまりつつ、背中を丸めた青年は菊田(きくた)瑠依(るい)と名乗った。

微かに震える声に手の甲に目立つ傷。なるほど彼は爆発に巻き込まれたらしい。


小さな声で「すみません」と呟く瑠依は、その容姿も相まって、まるで人見知りの猫のようである。


「いや、軽傷でよかったよ」


黄瀬が状況を問うと、菱川は眉を寄せる。


「爆発があったのは五分ほど前です。菊田くんの話では発着場には隊員はおらず、引き出されていた機体はありません」

「被害が少なくて良かったよ。機体が破壊されて、そこを攻め落とされたら、空を戦場とする僕たちには何もできないからね」


その時、再びアナウンスが流れる。

第一報に比べ落ち着いた声は上級隊員だろうか。透明な低音が混乱する現場に響く。


『先遣隊より報告。北東上空にて爆発物投下疑いの敵機五機を発見。Novas各員は出動せよ。尚、フライトメンバーは第三班、第五班、第九班とする』


天井を見上げて呆然としていた隊員たちが一斉に動き出す。ある者は来た道を戻り、またある者は格納庫へ。


「第九班ってことは、私たちも飛ぶんですか」

「そういうことだね」

「敵機五に対してこちらは三班も?」

「緊急事態だからね。僕もそれが妥当だと思う」


発着場にチラチラと見えていた炎が小さくなる。消火は順調に進んでいるらしい。


黄瀬は胸ポケットからNovasの徽章(きしょう)を取り出し、瑠依に向き直った。そしてビクンと肩を揺らした瑠依に頬を緩ませて言う。


「菊田くんは怪我をしているみたいだけど、飛べるのかな?分かっているだろうけど無理はしないで。手当てなら救護室に」

「いえっ、行きます!」


それまで小さくなっていたはずだというのに、唐突に叫ぶ。未だ声は掠れている。


菱川の(いぶか)しむような視線を(なだ)めて、黄瀬は柔らかい笑顔を浮かべた。その笑顔は真たちに向けられるものと同じ。


「それは良かった」


そう言って徽章を瑠依に手渡す。

なぜだか複雑な面持ちを浮かべていた瑠依だったが、どうにか震える指で徽章を付け、背筋を伸ばす。


「じゃあ僕たちも格納庫へ急ごうか。他班に後れを取るわけにはいかないからね」

「はい」


四人の声が重なった。


気がつけば周りにいた隊員たちは散り、格納庫からは戦闘機のエンジン音が聞こえてくる。


「着いておいで」


笑顔の瞳の中に見え隠れする炎。


黒の軍服の胸元、ちょうど彼の心臓の位置に、Novasの(あかし)たる徽章が輝いていた。





格納庫の裏口から機体が引き出され、整備を経て滑走路に並べられる。


パイロットを待つ白い機体には汚れ一つ見当たらない。左翼には“Novas”の文字が、右翼には班の番号と日本宙軍であることを示す徽章が印字されている。


「これが君たちの機体だから、しっかり覚えて。訓練でも扱ってると思うけど、分からないことがあれば無線で聞くように。機種も少し違うだろうからね」


真に割り当てられたのは94号機である。十の位が班名で、一の位は個人番号。


タラップの下から見上げると、磨かれた機体に太陽が反射して眩しい。


ここにある戦闘機はすべてLAb-408E型ー通称8Eである。横浜本部に隣接された開発センターで製造されている最新鋭の機種だが、現在この機体を採用しているのはNovasだけだ。


地方基地などに属する一般隊員たちが使うのは一つ前の8D。その理由は改良が軽微であることや予算などあるが、そもそも8Eが開発されたのは数ヶ月前のことである。

中には大幅改良が発表されるまで同じ型に乗り続ける隊員もあるという。


全く宙軍を取り囲む状況は明るくない。


真が訓練生時代に与えられていたのは8Aだった。これは所謂(いわゆる)宙軍隊員たちの“お下がり”というもので、8Eは愚か8Dにだって触ることはなかった。


心臓がバクバクと音を立てるのが分かる。


憧れの機体。緊急事態とは分かっているが、真だけではなく他の新入隊員たちも、どうしたって興奮を抑えられない様子である。


『第三班、離陸を許可する』


広い滑走路にアナウンスが流れると、前方に並んでいた六機が滑走路を進んでいく。


(いよいよ、か)


タラップを上って操縦席に座り、無線のスイッチを入れる。


ランプが赤から青に変わると、少しのノイズの後、黄瀬の声が受信された。目の前のスクリーンに92という数字が浮かび上がる。


『こちら黄瀬。応答を求む』

「藍沢、離陸準備完了。いつでも飛べます」


次いで菱川らの返答が届く。先ほどまで震えていたはずの瑠依の声も安定している。


無線を通じて、第五班に向けて離陸許可が発せられ、六機の小編隊が空へ飛び立つ。

彼らは白く光る筋を残して宇宙へと消える。


他班が離陸した今、己の前にあるのは菱川と黄瀬の機体、それから横浜の街。


きっと緊急事態の(しら)せなど届いていないのだろう。見れば変わらず観覧車が回っている。


『第九班、離陸を許可する』


無線に入った指令に操縦桿を握りしめる。


黄瀬の声に合わせて滑走路を移動し、一時停止。上官たちが離陸していくのを眺める。


スタートラインに機体を持っていくと、シグナルが青く光った。滑走路に並ぶ赤いライトが進むべき方向を示す。


大きく息を吸い込み、グンとアクセルを踏み込むと、視界の端を緑色の景色が下の方へと流れていく。その景色は段々と速さを増して、そしてついに空の奥が目に入る。


操縦桿の横についたレバーに手を伸ばす。

それを引けば、一瞬。


目の前に宇宙の暗闇が広がった。

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