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2.第九班

やっとのことで辿(たど)り着いた目的地は、ガラス張りのホールだった。


番号の振られた扉にぐるりと囲まれて、見上げると高い吹き抜けに青い空が切り取られている。


(ここ、だよな)


上がった息を整える。


「第九班」の文字と東火宙軍の象徴である炎の徽章(きしょう)が書かれた札がかかった、今どき珍しい手動ドアである。


見当違いの場所で彷徨ってた真を助けたのは軍服の青年だった。

焦りゆえその顔は全く思い出せないが、ただ一つ、胸ポケットにつけられたバッジだけは覚えている。


(あれはたしかに、Novasの徽章だ)


目の前にあるものとは違い、Novasに属する者だけが身につける小さなバッジ。

星のモチーフがあしらわれた、憧れの徽章を見間違えるはずもない。


だが、顔も名前も分からないのでは、礼を言いようがない。


よく見れば軍服の左袖には彼の名前が刺繍(ししゅう)されていたはずなのに、自分の間抜けぶりに嫌気がさす。


扉を叩くと、中から男声が短く「どうぞ」と応えた。


「失礼します。本日より第九班に配属となりました、藍沢真三尉です」


中に入ると、そこには三人の男女。先程真に応えたのであろう青年が、奥の執務机から立ち上がる。


(綺麗な人だな)


明るい茶色の髪が窓から吹き抜けた風に揺れる。威厳と風格を(まと)いつつも、その立ち姿はどこか儚く、線の細い印象を与えた。


白い肌は少し不健康そうにも見えるが、凛とした表情は軍人のそれである。


「五分の遅刻。軍隊において時間厳守は基本だろう」

「申し訳ありません。……道に迷いまして」


厳しい口調で言う彼は班長か何かなのだろうか。

威圧的な態度に冷や汗をかく。

相手の気に触らぬよう、簡潔に事実だけを述べた。


「まったく、初日からこれとは先が思いやられる。訓練生時代にも教わっただろうに」


色素の薄い双眸(そうぼう)に睨まれると、何も言えなくなって口を噤んだ。


まるで蛇に睨まれた蛙である。


「…なんてね」

「え?」


一転、目の前の上官はふっと相好(そうごう)を崩した。

柔らかい笑みを浮かべた彼は先程までの威厳をどこかへ捨て去り、好意的な様子でこちらに歩み寄る。


「いや、たまには上官らしいことをするのも面白いね」


差し出された手をまじまじと見つめる。軍人にしては、細くて女性的な手だった。


「東火宙軍Novas第九班、副班長の黄瀬春騎(きせはるき)二佐です。よろしく」


その名前には聞き覚えがあった。


たしか、訓練生時代に風の噂に聞いたのだ。本来二年かけて習得する訓練課程をわずか半年で修了し、特例としてNovasに中途入隊した者がいる、とか何とか。


前代未聞のトンデモ技を、しかも同時に二人が成したとかで、訓練生の間では一つの伝説として語られていたが、彼がその一人か。


「…よろしくお願いします」


恐る恐る手をとると、「そんな固くならなくても」と困ったように笑う。


(特例というのだから、もっと貫禄(かんろく)のある人だと思っていたけれど)


イメージ違いもいいところである。


勧められるがままソファに腰かけると、開け放たれた窓に横浜の景色が見えた。


旧大型客船ターミナルである(おお)さん(ばし)に、開国当時の趣を感じさせる赤レンガ倉庫、高いビルの間から覗く少し寂れた観覧車。


数十年前から変わらない風情を感じる街並みは、真にとって見慣れた光景だった。


彼は横浜に生まれ育ったから。


それこそ中学の頃は、親友と屋上からターミナルを見下ろし、最新型の戦闘機の離着陸に歓声を上げていたものである。


「そういえば」


優雅に紅茶を啜っていた黄瀬が声を上げた。


「ここに来る途中、他の新入隊員に会わなかったかな?君たちともう一人が第九班に配属されているはずなのだけど」

「迷っている者はたくさんいましたが、もう一人というのがその中にいたかは…」

「あはは、たしかにターミナルは複雑な作りだからねえ」


真だってあの青年がいなければここに辿(たど)り着けなかったかもしれない。


青年に教えられた順路は、あまりにも入り組んでいた。敵の侵入を恐れてのことなのだろうが、地上戦が一度もなかったこの十年、果たしてここまでの構造をとる必要があったのかは謎である。


それでも真の後を追ってきた大半の者が、既にこちらに来ているはずだ。


「それじゃあ、そろそろ探しに行かないと。いつまでも迷っているようじゃ可哀想(かわいそう)だ」


菱川(ひしかわ)、という黄瀬の呼び声に、執務机の近くに立っていた女性が応えた。


「迎えに行ってやってくれるかな。新入隊員たちはターミナルの中は分からないだろうし、何より君は僕よりずっと人探しに適任だろうから」

「了解しました」


女性は一つに(まと)められた眩しい金髪を(ひるがえ)し、もう一人とやらを探しに出ていった。


(随分と信頼されているようで)


ここ最近は東火でも女性隊員の数は増加傾向にあるが、それでも軍隊という組織に進んで入る女性は珍しい。


まあ、それだけ優秀だということだろう。

無論Novasの隊員は皆当たり前のように優秀だが。


(そういえば、班長を見ていないな)


黄瀬は副班長であると言った。

執務机には相変わらず紅茶片手にタブレットをいじっている黄瀬の姿があるが、本来そこに座るべきは班長だ。


(早く会ってみたいものだが)


東火宙軍の精鋭・Novasの第九班を統括する班長。


彼の姿を見るのはそう遠い日ではなかった。

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