関係の築き方
「朝か……」
夢から覚めなかったことに、どうなるのかと危機感を覚える自分が一割。
夢じゃなくてよかったと、ほっとする自分が九割。
昨日ユリイエと別れた後、イーリス国のいわば城下町という所を見て回った。贅沢な暮らしが出来ている訳ではないが、古き良きという言葉がよく合う商店街や露店が広がっていた。
驚いたのはそこで売っている食べ物。地球で見たものとほとんど同じだった。
「これは何の肉ですか」
「そりゃ、ヤギだな!」
「……牛か鳥か豚はありませんか」
「乳牛と烏ならあるぞ!」
「……では乳牛の方をください」
たまに少しずれているが、味には特に問題ない。乳牛を焼いてしまうのはもったいない気もするが、そういう文化なのだろうと考えないようにした。焼いてしまえば美味しいというだけだ。
「すみません、何か適当に揃えてほしいのですが」
「お兄さん、随分高価そうなの着ているじゃない。 その服にかなう服なんてここにはないよ?」
「いえ、あまり目立ちたくないので。 皆さんが着ているような服にしていただきたいのです」
「ふーん、わかったよ」
愛想の悪い人かと思ったら、あっという間にいろいろと揃えてくれた。
とてもセンスのいい人らしい。着てみるとよくわかる。
「お代はどの位でしょうか」
「お金はいらないからさ、この服もらえたりしないかい」
「そんなもので良ければ構いませんよ」
「悪いね! 服に関してなら贔屓目するから、何時でも来なよ!」
スーツ一着で、今後の洋服の心配もなくなってしまった。
とてもいい人だったようだ。
「おはようございます」
「お、おあようございますっ。 よければ朝食どうぞ!」
町散策をある程度で切り上げ、見つけた宿屋に入った。挨拶をしたのは、昨日俺の受付をしてくれたここの従業員。
自分の顔を見て、顔を赤らめた人に二回もあったことが、昨日最後に驚いたことだ。
「朝食のお代はいいんですか」
「五泊分の宿代に入っていますから。 それに、お兄さんからは結局頂くことはありませんよ」
「このペンダントですか」
「はい。 今日は結んでいますか?」
「あなたに昨日言われましたからね、助かりました」
このペンダントがものすごく価値あるものであるという事も、昨日改めて知った。
この無駄に長い鉄のひもは、腰につないでおくための物らしい。手に持っているだけだと、簡単に盗まれてしまうそうだ。
結果、無料のような感覚で朝食を頂き部屋に戻った。
魔法の属性は九種類、自分の持つ属性を詠唱を利用して変化させながら使用
詠唱の基本形は四つから成り、これに沿わない詠唱による魔法は発動しない
魔力の所持は、契約者の血筋のみが見ることが出来る
アシリアからもらった魔法についての本。読めば読むほど、自分に魔法が使えるという事実に疑問が出てくる。
「魔力があっても、属性にあった詠唱を唱えないと魔法は出せないのだろうな」
アシリアの家の護衛たちが、生魔法と最後に叫んで魔法を出していたのを思い出す。
結局、自分の持つ魔法の属性を知らない俺では使えないという事だ。
「……自分の属性が何かって、どうやったら分かるのだろう」
「そりゃあ、遺跡に行くのが一番よね」
ざくっ。
「わお、お姉さんじゃなかったら死んでるわよ」
「オネエさんの間違いでは」
「女性には紳士に振舞うのが礼儀ではないの?」
「そうですね。 自分の性別と一度相談してから、その発言をして頂きたいです」
「あらぁ、いけずねぇ」
返答しながらとはいえ、投げたナイフも振りかざしたナイフも、全てきれいによけられた。おかげで宿の壁は穴だらけだが。
「あなたが噂のソーちゃんよね」
「……答える義理はありません」
「えー、じゃあ答えさせちゃおうかな」
オネエが腰の剣を抜いた。やっぱりお前はオネエだ、そんな上腕二頭筋の女なんて認めない。
「ほっ! そりゃ!!」
「……女性ならそれらしい声を出して欲しいものですね」
「あら忘れてたわ、そーれっ」
「やっぱりやめてください」
筋肉に任せて大振りで振ってるだけkと思ったら、全く隙を見せない。頭の中も筋肉かオネエなら幾らかやりやすくなるのに。
「考えてる暇はないわよっ」
「ちっ」
考えている暇など確かになかった。言われた時には、オネエの剣は頭上に迫っていた。
考える間もなく自然に、腰の剣に手をかけ引き抜いた。
使った事もないその剣は、なぜか自分の手に馴染み、抜いた勢いそのままオネエの剣を払いのけ、その首元に剣先を向けた。
「やっぱり噂のソーちゃんじゃない」
「誰に聞いたのかはっきり言ってもらいますよ、オネエさん」
「ちょ、ソーちゃん? 顔、すごく怖いわよ」
だんっ!
オネエの足の間の壁に、剣を思いっきり突き刺した。
「まず、その呼び方やめましょうか。 本当にお姉さんになりたいなら構いませんが」
「ゴメンナサイ」
壁、使い物にならなくなってしまった。上腕二頭筋に直させよう。
「それで、私のことは誰から聞いたのですか」
「ユリ隊長だよ」
「ユリ……、ユリイエのことですか」
「そ、俺はユリ隊長の部下。 名前はリアム。 よろしくな」
「初めまして、ヤシロ・ソラです。 いきなり人の部屋に入ってきて、何の御用でしょうか」
突然部屋に現れたオネエ、リアムはそのふざけた話し方に騙されそうになるが、おそらくかなりの実力の持ち主だ。
話しかけられる少し前までは気配にも気づかなかったし、話しながらも全く無駄のない動きですべての攻撃をかわされた。無駄だったのはしゃべり方だけだ。
「たまたま報告で長のお処へ伺ったら、ユリ隊長から自分の魔力を自覚していない面白い人にあったなんて、嬉しそうに語られちゃって。 そんでこの宿の前通ったら、魔力がブレブレの人がいるし、受付で聞いたらイーリス国のペンダント持っているって言うし」
「それでわざわざ襲い掛かって来たと」
「ユリ隊長が面白いって言った子なら大丈夫かなーってね」
ペンダントのことは、あの場にいた二人しか知らないはず。……ここの従業員が勝手にばらしたという可能性もあるか。
「あなたもペンダントを持っていますか」
「俺は役割上、いろいろな国に行くからさ。 紋様は多少違うけど、持っているよ」
ということは、勝手に話したわけではないのか。
「……それで、襲い掛かって何がしたかったのですか」
「お、信用してくれた?」
信用。会って五分もしないうちにいったい何を信用するというのだろうか。
「害は及ぼさないという点では信用していますよ」
「ふーん、まぁいいか。 俺が襲い掛かった理由は、ソーちゃんの疑問を解決するため」
「疑問……」
「自分の属性が何かって言ってたよな?」
言った、確かに。そういえば、それに答えていたな。
というよりもその呼び方はそのままなのか。
「遺跡に行く、でしたよね」
「ま、普通はね。 でも、ソーちゃんは幸運だから行かなくても大丈夫ー」
「どういう事ですか」
「ソーちゃんは見込み通りの男だったから、俺が今見てあげるって話」
「あなたが見ることが出来るのですか」
「そ」
「どこかの契約者なのですか」
アシリアからもらった本には、【魔力の所持は、契約者の血筋のみが見ることが出来る】という事だった。
契約者、つまりどこかの国の王族にしか見ることが出来ないという事だ。
だからこそ、アシリアのところの護衛は、俺に魔法で攻撃してきた。
魔力の有無を見ることが出来ない者がそれを確認する方法は、純粋な戦闘能力だという。ある程度戦闘に慣れている者であれば、魔力を所持しているという判断だ。
「それに関しての答えは違うだな。 ソーちゃんも例外見ていると思うけど」
「マオル国のボレミア殿ですね」
「そ。 魔力の有無は、極稀にそれに特化した才能を持つ者が現れることがある」
この世界のことに関して、普通の人であれば常識であることも俺には分からないことが、まだまだたくさんあるだろう。
そして得られる情報が、いつも正しいとは限らない。
正当性は自分で判断しなければならない。それを間違えれば、そのミスは自分に返ってくる。
どんな時でも、どんな世界でも。
「魔力の有無は、ですね」
「ん?」
「魔力の有無を見分けることが出来るものは、契約者でなくても現れることがある。 ですが、今の私の質問は属性を見分けることです」
「俺、言霊とられた感じか?」
「イーリス国の長も、私の属性を見分けることが出来ませんでした。 つまり、属性を見分けることが出来る者には、さらに限定された条件がある。 あなたがその例外である可能性もありましたが、魔力の有無はという事はそれ以外はその例外がないという事ですよね」
ここまでくれば、その話の中身の正しさの重要性は二の次。
もちろん正しい方がいいに決まっているが、ここで一番大切なことは相手に考えさせる時間を与えないこと。即ち、勢いだ。
「あはは、さすがユリ隊長が目にかけるお方だ」
そして、その勢いの後の相手の反応には、俺の基準としてこのような評価が続く。
自分の発言の正当性に自信がある場合は、そのまま論破し続けろ。 相手が負けを認めるまで。
そうでない場合。
こちらの勢いに乗って同じように反論してくるなら相手にするな。
話が終わった後に考えるような素振りを見せたなら、その後の策を練り上手く使え。
「ありがとうございます」
「お、やっと信頼された感じか」
聞いてすぐに否定でも肯定でもない返事が返って来たならば、それはお前を試しそれに応えたという返答だから、きっと俺の考えることについてこられる者だから、関係を築くべきだと。
読んでいただきありがとうございます。